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 そんなある日のこと、塔のなかで不思議な場所を私は見つけていた。


「なんだここ?」


 そこは塔の中央から遠くはずれた突端にあり、迷路のように入り組んだ先に、まるで密かに隠されてでもいたかのようにぽつんとひとつだけ扉が存在していた。木でできたその扉は、厳重に錠がかけられており、無闇に入ることを許さない無言の雰囲気を醸し出していた。

 なかになにがあるのか気になったが、鍵がないため当然入ることはできない。どうすることもできないのであきらめようとそこを離れかけた、そのときだった。


『――けて』


 遠くより、小さくささやくような声が聞こえた気がした。

 はっとして、私は周囲をきょろきょろと見回したが、他に誰かがいる様子はない。気のせいかと思いかけたとき、再びその声は私の耳に聞こえてきた。


『助けて』


 間違いない。これは気のせいなどではなく、誰かがどこかで助けを求めているのだ。

 私は例の木の扉に注目した。もしかしたら、という思いでそっと耳を扉の表面に当ててみる。すると、先程よりも鮮明に、その声は聞こえてきた。


「この扉のなかに誰かがいる……」


 言葉にして愕然とした。声はセシルのものでもノークのものでもなかった。どことなく柔らかくてたおやかな女性の声のように思われた。そしてその声の主は助けを求めている。


「まさかこんなところに誰かが閉じこめられているなんて……。一刻も早く助けなければ……!」


 私は閉じこめられている誰かを助けたいという信念にかられた。


「ノーク、ノーク!」


 雪だるまの姿を捜して塔のなかを歩き回っていると、ようやく目的の相手に出くわすことができた。


「うるさいぞ、エーリク。氷の壁にお前の叫び声が反響してかなわん」


「ノーク! 頼みがあるんだ!」


 ノークの姿を見つけるや、すぐさま私は彼をあの場所へと連れていった。


「この扉のなかに誰かが閉じこめられているみたいなんだ。なかで助けがくるのを待っている。ノーク、お前ならここの扉の鍵のありかを知っているんじゃないか?」


 強引に連れてこられたノークは、その扉を前にすると、ものすごく神妙な顔つきになっていた。


「……駄目だ。知っていても教えることはできない」


 ノークの言葉に、私は信じられない気持ちになった。


「なぜだ!? そもそもここに閉じこめられているのは誰なんだ? 今までこの城にはセシルとお前以外に誰もいないと思っていた。だけどここにもう一人誰かがいる。どういうことだ? お前はなにかを知っているんだろう?」


 私の問いかけに、しばらくノークは沈黙を保ち続けた。我慢強く彼が口を開くのを待っていると、彼は大きくため息をついた。


「まったく……。女王様に会いたい会いたいとうるさかったと思ったら、今度はまさかここを見つけてしまうとは……。お前がこの塔にやってきてからやっかいごとばかりだ」


「ノーク……」


「ああ、やめろやめろ。そんなすがるような目で私のことを見るんじゃない。わかったよ。話せばいいんだろう」


「話してくれるのか!?」


「まあ、実はここのことは女王様に口止めをされているわけではなく、私の判断で鍵を取り付けただけだからな。なかにいる方に悪しきものが近づかないようにという配慮であって、特に閉じこめようとかそういうつもりがあったわけじゃない」


「閉じこめられているわけじゃない……? でも、確かに私はこのなかから助けを求める声を聞いた」


「……たぶん、お前が思っている意味とは違う意味であの方はおっしゃったのだろう」


「違う意味……? おい、ノーク。教えてくれ。このなかにいるのは誰なんだ? あの方というのはいったい……」


 問いつめる私に観念したのか、あきらめたような表情を浮かべて雪だるまは言った。


「春の女王様だ」






 春の女王は冬の女王の妹で、冬を司る魔女であるセシルと同じように、春を司る魔女である。春の女王がずっと長いこと行方不明となっていたせいで、この国の気候はおかしくなってしまい、長くつらい冬に閉じこめられてしまっているのだ。


「まさか……。どうしてこんなところに……」


 ノークは私の疑問に答える代わりに、自分の体に隠し持っていた鍵を取り出し、目の前にあった木製の扉を開けた。


「その疑問の答えは、己の目で確かめてくるといい。春の女王様が助けを求めていたという話が本当なら、もしかすると女王様はお前になにか用がおありなのかもしれない。さあ、私の後ろからついてくるんだ。ただしなにか不審な動きをしたら、ただじゃおかないぞ」


 そう釘を刺して、ノークは扉のなかへと入っていった。私は少しだけためらいながらも、ゆっくりとそこへと足を踏み入れていった。

 扉のなかに入ってすぐのところに、上へ続く階段と、下へ続く階段が見えた。


「こっちだ」


 ノークは下へ続く階段のほうへと向かっていったので、私もそちらについていった。不思議に思ったのは、先程扉を入った瞬間より、周囲の空気の温度が少し上昇したような感じがしたことだ。

 私は春の女王がどんな人物なのか。そしてなぜこのようなところに隠れていたのか。いろんなことに想像をめぐらせながら、一歩一歩階段をおりていった。


「この先に春の女王様がいらっしゃる」


 ノークに案内されたのは、地下のかなり深くまでおりていった先にあったとある扉の前だった。その扉の周りには、なぜか蔦が生え、小さな花までもが震えるようにしながらもところどころに咲いていた。


「いいのか? 開けても」


「ここの鍵は閉まってはいないはずだ。だけど、なかにいらっしゃるのは高貴な方。決して粗相のないよう気を付けることだ」


 そう釘を刺すと、ノークは扉の前を退いた。私は緊張しながらも、そっと扉に近づく。


 ――春の女王。

 なぜここにいるのか。なぜ春の訪れを待ちわびる国民の前に姿を現さないのか。

 疑問は尽きなかったが、それはなかに入って話を訊けばいいことだ。私は扉の取っ手に手をかけると、ゆっくりと扉を開いていった。




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