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 ほのかな光が天井から降り注いでいた。氷がいろんな色合いを見せながら、きらきらときらめいている。

 その美しき人は、私の目の前に後ろ姿で立っていた。


 長く艶やかな白銀の髪。

 白く透き通るような肌。


 彼女だ。

 見た瞬間にそう理解し、溢れる様々な感情で、私はしばし言葉を失っていた。そして、様々な感情のなかでたちまち大きくなっていったものは、ただただ彼女への愛しさだった。


「……セシル……!」


 その名前を彼女に向かって再び呼びかけるこのときを、私はどれだけ待っただろう。捜し求め、ただひと目会いたいと願った彼女が、今目の前にいる。この現実に、陶然と私の足が動いた。


「きみに会いたかった。ずっとずっと私はきみを捜していたんだ……」


 一歩進むごとに、彼女に近づいていく。

 流れる髪の間に耳が見え、顔の輪郭が美しい曲線を描き出しているのが見えた。


 触れたい。

 きみに触れて、この手に抱き締めたい。


「セシル!」


 そうして彼女のほうに手を伸ばそうとしたとき、突然ビキビキビキッと激しい音がして、目の前にたちまち巨大な氷の壁ができあがった。


「な……っ! こ、これは……」


 私は彼女と自分との間にできた氷の壁に手を触れ、たまらずそれを叩いた。


「セシル! なんだこの壁は! せっかくきみにこうして会えたというのに……!」


 すると、氷の壁の向こうにいた彼女が、ゆっくりとこちらを振り向いたのが見えた。

 青く澄んだ瞳。氷の壁を通していても、その美しさがわかる。


「エーリク」


 静かな、どこまでも透明感のあるその声は、しかし以前耳にしたものよりもずっと冷たい響きを持っていた。


「こうして会うのは、随分久しぶりね」


 美しい彼女の表情は、氷の壁を通しているからという理由だけではない冷たさを持っていた。


「セシル。やはりきみが冬の女王だったんだね」


「ええ。わたしがこの冬をもたらしている魔女。驚いたかしら?」


 彼女が今、どのような心境でいるのか、私にはよくわからなかった。ただ、目の前にいる彼女は、私の知っている彼女とはずっと遠い存在のように思えた。


「……どうして言ってくれなかったんだ。私はきみがどんな存在であろうと、変わらずきみを愛したのに……」


 しかし、彼女は軽く首を振ってみせた。


「いいえ。きっとあなたは離れていったはず。だって、わたしとあなたとは住む世界が違う。あなたたち人間は、冬を嫌う。最初から、氷と雪に囲まれて育ったわたしとあなたが一緒にいられるわけがなかったのよ」


 やはりそうだった。彼女が姿を消したのは、きっとあのとき私があんなことを言ったからなのだ。冬の女王である彼女は、私とともにいることはもうできないと、自ら身を退いた。だとしたら……。


「私が人間だからきみは私の前からいなくなった。つまりそれは、私を嫌いになったからということではないのではないかい? もしかしたら、今でもきみは……」


「黙りなさい!」


 私の言葉を断ち切るように、彼女は鋭く言い放った。声は氷の壁に反響し、辺りに散っていった。


「わたしは冬の女王。この世界を冬で満たし、雪と氷の世界にしようとしている魔女。そんなわたしが人間と恋などするはずがないのです。あなたとのことは、単なるきまぐれにすぎない。あれは夢かまぼろしのようなもの。あなたももうそんなことは忘れてしまいなさい」


 そして彼女はまた私に背を向けた。しかし私は、そんな彼女にすがるように言葉をかける。


「嘘だ! あれが夢かまぼろしだったなんて。私たちは確かに愛し合っていた。お互いを求め合っていたはずだ。きみはそれをもう忘れてしまったというのか? そんなはずはない! 現にこうしてきみは私を救ってくれた。私に再び姿を見せてくれたじゃないか」


 彼女の顔が見たかった。その手を掴みたかった。

 ただ微笑んで欲しい。

 厚く冷たい氷の壁を、私は何度も叩き付けていた。


「女王様。いかがいたしましょう。この人間、やはり外へと追い出しますか?」


 雪だるまが私の横に来ていた。私は雪だるまに一瞥をくれたあと、彼女の後ろ姿に再び見入った。

 静かに言葉が返ってきた。


「……外は吹雪。人間の身では、すぐに死んでしまうでしょう。もうしばらく、ここに住まわせておきなさい」


 彼女はそれから、もうなにも話さなかった。






 氷でできた塔のなかで、私はある一室を与えられた。そこでは特別に火を使ってもいいということで、氷でできた暖炉に薪をくべて、私はなんとか暖をとっていた。さすがに雪だるまも案内まではしてくれたが、暖炉に火がついてからはこの部屋に近寄らなくなっていた。確かに体が溶けてしまったら困るだろう。

 しかし不思議なことに、暖炉は氷でできているのに、火が中で燃えていても、それが溶けることはなかった。なにか人知を超えた魔力がそこに秘められているのだろう。


「セシル……」


 私は彼女が言葉では拒否しながらも、こうして助けてくれたことに、わずかに希望を見出していた。

 塔に向かった他の人間は、誰一人として戻ってくることはなかった。きっとみな、山を登る途中で行き倒れたのに違いない。あの猛吹雪のなか、ここへとたどり着けたものはきっといたとしてもわずかだろう。見たところ私以外にこの城に他の人間がいる感じはしない。だとしたら、やはりみなここまで来る途中で死んでしまったと考えるのが自然だ。


 けれど、私は今ここにいる。

 セシルは私を助け、生かすことを選択した。

 それはまだ、彼女のなかで私の存在が特別なものだという認識があるからではないだろうか。まだ、望みはあるということではないだろうか。

 先程も、私を気遣う言葉を彼女は口にした。私を外へと追い出すようなことはしなかった。ああ言ってはいたが、彼女の本心はきっと別のところにある。

 私は、その本心を引き出したいと胸の奥で強く感じていた。




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