3
ザクザクザク。
進んでも進んでも、頂上は近くならない。体の芯まで冷えて凍えそうになる。先程から辺りが猛烈に吹雪き始めていた。
視界が白く染まっていく。
冷たく深い、雪の世界。
世界を寒さで覆う白の世界。
けれど、これがセシルの感情の表れなのだとしたら。
どうしてそれを憎むことができるだろうか。忌むことができるだろうか。
彼女は生まれながらにして、冬を体現する存在となったのだ。好きでそうなったわけではない。人間や生き物たちは、春の暖かさばかりを追い求め、冬の冷たさを嫌う。だけど、冬の雪がやがて溶け、地上の春に潤いを与えるのだ。
そのことをなぜ私たちは考えないのだろう。身に凍みる寒さばかりを思うのだろう。
セシル。きみは悪くない。
冬を悪しきものに人間が勝手にしただけだ。
私もその一人であるのなら、私が代わりに贖罪しよう。きみにこの身を捧げよう。
吹雪はさらに激しさを増していた。私の足は完全に凍り付き、もう一歩も動けなくなっていた。もう周囲のなにものも視界に捉えられない。
それでも私は、胸に拳を当ててその名前を叫んだ。
「セシルーーーッ!」
きみに会いたい。
ただきみに会いたい。
愛しききみを想う。
美しく微笑むきみの顔が見たい。
白、白、白。
轟然と容赦なく降り続く雪。
目の前のすべてが白で覆われていくのと同時に、私の意識もまっ白に染まっていった。
――どれだけの時間が過ぎただろう。
私はもう死んでしまったのだろうか。
彼女に会うことは、やはり叶わなかったのだろうか。
うっすらと目蓋を開くと、しんとした静けさのなかに、遙かに遠い天井のようなものが見えた。固い氷の天井が放射状に緩やかな線を描いているのがわかる。
驚きながら身を起こし、周囲を見回すと、そこはどこかの建物内のようだった。辺りは氷のような壁で覆われ、神秘的な青白さで包まれていた。
私は寝台のようなところで寝ていたようである。体の上には冷え切った体を温めるかのように、毛布が何重にもかけられてあった。
「ここは……」
私が声を発すると、後方から突然声をかけられた。
「気がついたか。人間」
はっとして振り向いた先に、それはいた。
一見して、ただの雪だるまのようだったが、それは、信じられないことにこちらに近づいてきていた。
「な……っ?」
私は思わず仰け反るようにしたが、雪だるまは構わずに近づいてきた。
「随分体が冷えていて、生命の危機が危ぶまれたが、女王様の魔力で、なんとか危機は脱したようだな。本当は芯から体を温めなければいけないのだろうが、私には火を扱うことはできないし、どうにか見つけたありったけの毛布をお前の体に乗せただけだったが、まあなんとかそれでしのげたらしいな」
「ゆ、雪だるまがしゃべって……」
驚く私をよそに、雪だるまは無遠慮に私のことをじろじろと観察していた。
「しかし、女王様もなんだってこんな男を助けたりしたのか。今までは近づいてくる人間を廃絶するかのように門を固く閉ざしていたというのに」
雪だるまのその言葉に、私ははっと胸を突かれた。
「女王……冬の女王が、ここにいるのか……? 彼女はどこに!」
反対に詰め寄らんばかりに雪だるまに問いかけた私に、雪だるまは一瞬押し黙った。そして、しばらくののち、こう口を開いた。
「奥の部屋で休んでおられる。お前が気がついたら連れてくるよう言われている。ついて来るがいい」
雪だるまはくるりと踵を返すと、雪でできた足で奥の通路に向かって歩きだした。私はわずかに緊張を覚えながらも、黙ってそれに従うことにした。
氷でできたその塔は、四季の女王の住む四季の塔に間違いはなさそうだった。四季の山に他にこのように大きな建造物があるとは聞いたことがない。今は冬の女王が住んでいるために、塔はこのように建物すべてが氷で覆われているのだろう。
塔の内部には、雪だるまの他に誰もいる様子はなかった。しんと冷たい廊下が奥へと続いている。歩くと足音が氷の壁に反響して、高い天井にまで響いていった。
冷たい冷たい氷の塔。この塔に冬の女王が住んでいる。人間たちには魔女と恐れられ、今では長い冬をもたらした悪しき元凶のように言われている。
けれど、きっとそれは私のせいだ。私が彼女を傷つけたせい。
私は彼女に会って謝らなければならない。彼女にこの冬を止めてもらわなければならない。それが私に課せられた使命だ。この命に代えても果たさなければならない重大な命題なのだ――。
「ここだ」
雪だるまが、とある扉の前で足を止めた。
鼓動が高鳴る。弾けそうな緊張感で胸が張り裂けそうだ。
そして、ゆっくりと扉は開かれていった。