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 廻るはずの季節が滞るようになったのは、その年の冬に入ってからのことだった。それは、私の住む王国に多大な影響をもたらした。


「これは、山の上の塔に住む冬の女王の仕業である」


 そう断言したのは、他でもないこの国の王だった。我が国の北にある四季の山と言われるその山には、四季の塔と呼ばれる塔が建っていた。その塔は、春夏秋冬と、季節ごとに女王と呼ばれる魔女が住み、この国にそれぞれの季節を訪れさせていた。

 国王は四季の女王たちとうまく取引をし、季節をうまく廻らせるようにしてもらうことで、国を護ってきた。それぞれの季節を一年のうちの四分の一ずつとすることで、女王たちも納得し今までうまくやってきたのである。


 ところが、どうしたわけか今年は冬の勢力が増したまま、春が訪れるのが大幅に遅れてしまっていた。すでに季節はとっくに春を迎えていなければならないというのに、寒さが和らぐことはなく、雪はいつまでも人々の間に降り続けていた。当然、そこで暮らす人々の口に入るはずの収穫は次第に乏しくなり、国は著しく困窮していった。


 この事態に、人々はこんなことを考え始めた。

 冬の女王と春の女王との間でなにかがあったのだ、と。

 女王は、季節ごとに塔に交代で暮らしている。いつもなら、季節がめぐるときに女王たちは次の相手に塔を譲り、別の場所に移り住んでいる。

 次の季節の担い手であるはずの春の女王は、自分の季節がやってくるまでは、通常美しの森と呼ばれる深い森の奥に住んでいる。しかし近頃、いつもなら冬の間いるはずのその場所に、女王の姿が見えなくなったという噂が立っていた。噂を裏付けるように、年中美しい花が咲き乱れているはずの森は、今では色褪せた枯れた草木ばかりしか見えなくなっているというのである。


 冬の女王が春の女王と仲違いをした。そのせいで季節がおかしくなってしまったのだ。

 そんな噂が国中でささやかれるようになり、事態の深刻さを重く見た国王は、姿の見えぬ春の女王に対しては捜索隊を出し、問題の冬の女王に対しては使節団を四季の山へと送り込んだ。

 しかし、春の女王は一向に見つかることはなく、四季の山に登っていった使節団は、その後一人として帰ってくることはなかったのである。

 もはや、魔女は人間との取引に応じなくなった。こうなったら、魔女からその魔力の源である宝石を奪うより他に方法はない。

 そう決意した国王は、国中から勇者を募った。たくさんの報奨金が得られるとあって、多くの戦士たちが四季の山へと登っていったが、いずれも帰ってくることはなかったのである。


 長い冬は人々の鋭気を吸い取り、国は重い病に冒されているようだった。このままでは、この国はいずれ駄目になってしまうだろう。永遠に春が訪れることはなくなってしまうだろう。

 そんな恐怖が国民の間に次第に広がり、どうにかして魔女から魔力を奪ってくれる勇者が現れることを期待した。長い旅から国に帰ってきた私が、その役目を任されたのは、もはや逃れられない運命だったのである。

 そして私は気づくことになる。

 山に住む魔女の正体に――。




     ***




「この宝石には、一年中雪が降り続いているのよ」


 そう言って彼女が見せてくれたのは、美しい見たこともない宝石だった。

 宝石は、青白い光を放ちながら彼女の手の上に浮かび上がった。どんな魔法を使っているのかまるでわからなかったが、目の前に浮かんだ美しい宝石の中には、やむことなくしんしんと雪が降り続いていた。


「信じられない。こんな宝石がこの世にあるなんて……」


 私は驚きつつも、その宝石に魅入られたように目が離せずにいた。

 いつもの木の下で彼女と二人、秘密の逢瀬を私はあのころ繰り返していた。私は彼女を愛していた。そして、きっと彼女も……。

 そんな幸せなときのなかで、ふいに彼女が私にその宝石を見せてくれたのだ。


「綺麗でしょう。冬はとても清浄。穢れのないまっ白な世界をわたしたちに見せてくれる。静かで、清らかな……」


「そうだね。だけど、冬は寒いし、生き物たちにとってはつらいものだよ」


 私がそう言うと、セシルはかすかに眉間に皺を寄せた。


「エーリクも冬は嫌い……?」


 どこか懇願するような、なにか切実な表情を浮かべる彼女に、私は迷いながらこんなふうに答えた。


「そうだな。どちらかといえば、やっぱりあんまり好きではないかな。雪は綺麗ではあるけれど、やはり私も生き物だからね。寒さは身にこたえる」


 私の言葉に、セシルは一瞬酷く傷ついたような表情を浮かべた。そして、雪の降る宝石を服の中にしまうと、くるりと私に背を向けて言った。


「そうよね。人間が冬を好きになるわけ、ないわよね……」


 独白のようなその言葉は、とても悲しげに耳に響いた。私は抑えきれない焦燥を感じ、彼女に声をかけようとしたが、なにを話せばいいのかわからず、口ごもっていた。

 そして結局、彼女はそのままその場から立ち去っていった。

 寒空が遠くまで続いていたその日の夜、その冬初めての雪が降った。






 冬の女王が宝石を持っているという話を、私は旅の途中で知った。

 私はあの日以来行方がわからなくなってしまったセシルを捜すために、長い旅に出ることにしたのだった。

 そのころから、この国の気候はおかしくなっていった。冬が勢力を増し、これまでに降ったこともないほどの大雪が続いた。

 しかしそんな国の状況よりも、私にとっては彼女を捜すことのが重要だった。時間をかけて国中のいたるところを訪ね歩いた。しかし、どこに行っても彼女に再び会えることはなかったのである。


 ――セシル。きみに会いたい。

 日に日に想いは募るばかりで、彼女会いたさに、私の胸は切ない苦しさでいっぱいになっていた。


「冬の女王は不思議な宝石を持っているらしい」


 それを耳にしたのは、故郷から遠く離れたとある小さな村でのことだった。一夜の宿を探していたとき、親切な村人が、薪割りをする代わりに家に泊めてくれたのだ。そこでそんな話を家の主が口にしたのだった。


「不思議な宝石?」


「そう。なんでもその宝石の中では年中雪が降っているそうだ。それがこの国に冬をもたらしているらしい」


 私は驚きに目を瞠った。そして、己の鼓動が激しくなるのを感じていた。

 外ではしんしんと雪が降り積もっている。ぱちぱちと爆ぜる薪の音が、静かな夜の静寂に響いていた。






 セシル。きみが冬の女王だったのか? 冬が好きではないと言ってしまった私に愛想を尽かせてしまったから、姿を消してしまったのか? 私のことを、きみは嫌いになってしまったのだろうか。

 私はいてもたってもいられず、すぐさま故郷へ戻ることにした。

 そして知った。私が旅に出ている間に、故郷は随分困窮してしまっていたことに。長い冬が、人々の暮らしをどん底へと貶めてしまっていたことに。


 私が会いに行かなければいけない。

 セシルはきっと、私のせいで傷つき、こんなふうに病んでしまったのだ。長い長い冬を辺りにもたらしたまま、塔に閉じこもってしまっているのだ。




     ***




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