勇者のうっかりで世界が崩壊してしまったら。
「あっ、終わったわ」
テスト終了を告げるチャイムが鳴り響く。
後ろから解答用紙が回ってきて、僕の新品同様の真っ白な解答用紙を重ねた。
前の席に座っている同級生の優に解答用紙の束を渡しながら、今回の出来を聞いてみた。
「優、今回の調子はどう?」
「ん? 満点は固いな!」
自信満々の笑顔を見せつけてくる。
一方で、僕はげんなりとした表情で言う。
「いいな~優は。僕なんて白紙だよ~」
「ははっ、相変わらずだな! どんまい!」
優は僕の肩をたたいて励ました。
しかしその後、優は少し真面目な顔つきになって僕に問いかけてくる。
「でもさ、実際のとこお前ピンチだよな? 明日のテストが悪かったらきっとお前の姉ちゃんがだまってねえぜ?」
「そうだよね~」
僕は現在、5歳離れた姉さんと二人暮らししている。
姉さんは僕の生活管理を担っており、いわゆるお母さん的ポジションにいる。
「お前の趣味のプラモデル、きっと没収されるぜ?」
「そんな!」
僕の大好物はプラモデルだった。
たくさんのプラモデルを作り飾って、自分の部屋に一つの世界を作ることが僕の生きがいなのだ。
もしもプラモデルを没収されてしまったら、僕の人生は終焉を迎えるだろう。
「そうだね、明日のテスト頑張るよ!」
「おう、応援してるぜ!」
僕は僕の世界を救うために勉強する決意を固めた。
*
一日目のテストを終え帰宅した僕は、さっそく自分の部屋へと向かった。
扉を開けるとそこには一つの世界が広がっていた。
「あ~、何度見ても癒されるな~」
小さな空間に小さな世界が存在していることに僕は感動を覚えた。
「この世界を守るためだ、勉強を始めよう!」
世界を救う勇者のような気分に浸りながら、机にむかった。
幸いなことに明日の教科は日本史だ。
頭につめるだけの作業に集中すればいいので何とかなりそうだった。
さらに言えば、必死になって勉強すれば満点をとれるかもしれない。
もしもそうなったら、姉さんがご褒美に新しいプラモデルを買ってくれるかもしれない。
よこしまな考えが僕の頭の中を埋め尽くす。
カチッ
僕のやる気スイッチがオンになった。
「よし、やるぞ~!」
勇者と書かれたはちまきを額に巻きつけて、勉強を開始した。
*
どのくらいの時間が経っただろうか。
僕はすでに9割くらいの暗記事項を頭にインプットしていた。
さあラストスパートだ、という時に玄関の開く音が聞こえた。
仕事から姉さんが帰ってきたのだった。
姉さんが僕の部屋の扉を開き、机に向かっている姿を見て感心する。
「えらいですねみっちゃん、勉強ですか?」
「うん、明日のテスト勉強」
参考書を見つめながら、僕は返事を返した。
「頑張ってくださいね!」
「うん、点数低くてプラモを没収されないように頑張るよ!」
「いいえ、没収ではありません。破壊です。」
バタンッ
部屋のドアが閉められ、姉さんは鼻歌を歌いながらリビングに向かったのだった。
「……」
姉の言葉の意味ができなかった。
「没収じゃなくて、壊す? いやいやいや、それはやりすぎでしょ?」
恐怖におびえながら、机の上に置いてある一番お気に入りのプラモデルを見つめた。
(お願い勇者、僕たちの世界を救って)
机の上から、僕に助けを求める声が聞こえた気がした。
いいや違う、部屋全体から聞こえてくる。
プラモデルたちが僕に訴えかけているんだ。
僕はそう直感した。
様々な声が飛び交う中で、一つだけはっきりと聞き取れた声があった。
(あなたと離れたくないよ。みんなとずっと一緒がいいよ)
僕のやる気スイッチはショートして壊れてしまった。
しかし、立ち向かう闘志がみるみると湧いてくる。
「……みんな、僕やるよ!」
こうして勇者は世界を滅ぼさんとする魔王に立ち向かおうと決心したのだった。
*
テスト2日目の朝を迎えた。
本日は小鳥がさえずる絶好の日和だった。
しっかりと睡眠をとり、朝ごはんを食べた僕は最高の気分で登校した。
テスト5分前。
日本史の問題用紙と解答用紙が配られる。
僕は今とある世界の運命を背負っている。
鼓動が高鳴る。
試験官が合図を出す。
「それでは始め!」
僕の戦いが始まった。
問1:本能寺の変で討ち取られた人物は?
(そんなの簡単だ!)
僕は目にもとまらぬスピードで空欄に答えを埋める。
答:織田信長
(よし、次だ!)
それからというもの、僕の勢いはとどまることを知らなかった。
まるで1+1は2だと考えなくても答えが浮かぶように、問題を見れば答えが頭に浮かんだ。
試験終了5分前になって僕はようやくすべての問題を解き終えた。
正直、分からない問題など一つもなかった。
(プラモの世界のみんな、僕勝ったよ! みんなの勇者になれたんだ!)
心の中から自分の部屋に広がる世界に歓喜の報告を行った。
僕を称える歓声で満ち溢れている情景が目に浮かぶ。
試験官が時計を気にし始めた。
そろそろ試験終了なんだろう。
余裕のある僕は鼻歌でも歌いたい気分だった。
「試験終了! 後ろから解答用紙を回して」
試験官が指示を出した。
みんなが解答用紙を回し始める。
昨日と同じように、回ってきた解答用紙に僕の解答用紙を重ねる。
昨日と違う部分といえば、満点であろうということか。
解答用紙の束を前の席の優に渡す。
僕が余裕な雰囲気を醸し出していたからだろうか、優が不思議そうに聞いてきた。
「お前、いかにも余裕そうだな?」
「ま~ね、必死になって勉強したから! 満点確実だよ!」
僕はえっへんと胸を張った。
しかし、優は顔を渋め言う。
「いや、最後に空欄があるから満点は無理だろ?」
「え?」
空欄があるはずはなかった。
だって僕はすべての問題を解いたのだから。
あわてて僕は自分の解答用紙を確認した。
「あれ? 本当にある……」
最後の問題の欄が空白になっていた。
おかしい、何かがおかしい。
僕が思案していると、突然優が噴き出した。
「どうしたの?」
と、僕が質問すると優は笑いをこらえながら僕の名前の欄に指をさして答える。
「ここが間違っているんだよ、信長君」
まじまじと名前の欄を確認してみた。
僕の名前の欄には『織田信長』と書かれている。
「あ、終わったわ」
とある世界の崩壊が、決定した。
GAME OVER.