大工が何者にも優先するものとは
「何?大ホールを作りたい?」
月がそろそろ沈み、今日の仕事をもう終わりにしようと書類をまとめていた時、その客は来た。サイクロプスのナッジ=アールは、これから趣味の模型作りに取り掛かろうとしていたところなので、その視線が鋭くなるのを抑えられない。
ナッジは大工として独立しており、その腕の確かさから仕事の依頼が途切れることはない。仕事を依頼してもらえるのは嬉しいのだが、最近の悩みは現場にあまり出れていないことだ。独立し、弟子を何人かとるうちに、規模も自然と大きくなり、事務所で書類作業をやらざるを得なくなってきたのだ。
そんなナッジの事務所の扉を叩いたのは、子供だった。サイクロプスという種族の特徴である大柄なナッジと比べると、その身長は膝までしかないだろう。その子供だが、見た目が子供なだけで、れっきとした大人だ。
「へへ。へぇ。祭壇の正面に、こう・・・・・・でけぇホールを作って、そこで舞踏会やら演劇やら演奏会を開きたいと思っておりやして。それをかの有名なナッジの旦那にお頼みしたく」
顔面に笑顔を貼り付けたままの子供、コボルトが手揉みをしながら仕事の内容を話す。
「あんた、名をなんといったか」
4本あるうちの下2本の腕を組む。
「マワ=リドと言います。へぇ」
マワの顔をその単眼で睨みつける。大概の相手はそれで怯み、目をそらすのだが、マワは依然として手揉みを続けている。上目遣いではあるが、ナッジの視線から目をそらすことはない。
とりあえずは第一の試験に合格、と内心で告げる。
「掛けろ」
ナッジの机を挟んで正面。そこにある椅子を顎で示す。
「へっへ。恐縮です」
「で、なぜうちに頼もうと思った。言っておくがうちは忙しい。着工できるのはいつになるかわからんぞ」
急ぎなら他所を当たれ、とそう続ける。
「いえね、ご存知の通り、近々金行の奴が祭壇の守人として派遣されてくるでしょう?それで祭壇の正面にでけぇホールでもありゃあ金行の奴らにおいら達がれっきとしたブンカジンだってことをわからせてやれるんじゃねぇかって思いましてね」
ナッジはコボルトを見る。こいつも文化人を気取りたがる阿呆の類か、と思いながら。だいたい、舞踏会というが、そんなものを開いてどうするというのか。自分を含め、土行の人は多椀、低身長、酔っ払い、老人など、他の種族と近い容姿をしているながらも、埋めることのできない差が確実にある。むしろ共通点が見つけられるからこそタチが悪い。これで火行の人のように絶対的に容姿が違うか、水行の人のように生活圏が重ならなければあきらめがつこうというものだ。だが共通点があれば、これは同じはず、という思い込みが両者の軋轢を生んでしまう。
目の前のコボルトは文化人、というものをわかっているのだろうか。主人の言葉をただ繰り返しているだけなのではないか。ナッジは口を開く。
「お前はどこに仕えているんだ」
「へぇ。スィフ=ラー様であります」
どこか誇らしげなマワの態度を見て、ナッジは右上腕を思わず額に置いた。
その名はこの土地では有名だ。悪い意味で。一度この土地の外に出たスィフは、他の種族の建築物や文化に驚いた。そしてはじめは反発心を抱いていたスィフだが、それは次第に憧れへと変わっていく。暫くしてこの土地に戻ってきたスィフは2言目には他の種族との比較を口にするようになっていた。
「そうか、スィフか・・・・・・」
スィフの父親はそれなりに地位のある人だ。ナッジも何度か依頼を受けたことがある。おそらくそれを見てナッジに立ててもらおうと思ったのだろう。スィフ本人は隠しているつもりらしいが、父親に対する反発心は周知の事実だ。これで父親よりも立派なものを作れば、自分への見方も変わると思っているに違いない。
「いや、ちょっと待て。祭壇の正面だと?」
そこにまつわる命令を思い出し、ナッジは額に載せた手を退ける。
「あそこはドラウグがよく出るから何かを建築するのは自重するように、という達しがあったはずだぞ。それを出したのはスィフの父親だ。知らんとは言わせん」
ドラウグ、というのは死した戦士の魂が実態を持ち彷徨う姿だ。戦い、満足すれば土に帰るというが、死してなお戦いを求めるような戦士の魂だ。満足させるのは困難を極める。
マワは首をかしげる。
「へぇ、確かに。ですがおいらの主人はスィフ=ラー様でありますれば。スィフが御所望とあらばどのような命令も関係ございません」
「そういう話なら断る。こっちには大工としてのしがらみや約束事がある。命令に背いて今後仕事が来なくなっては弟子たちを路頭に迷わせることになる」
自重、とは命令書にあったが、それはやったらどうなるかわかっているだろうな、ということだ。
「へぇ、そうでありますか。・・・・・・ではこれをごらんください」
マワが取り出したのは一枚の紙だ。丸められたそれを、ナッジがよく見えるように机の上に広げていく。
「これは・・・・・・!」
広げられたものを見て、ナッジは呻いた。
空に太陽がない時間。ナッジの姿は空き地の中にあった。
ガブリエルが昇っており、普段であれば勤務している時間だ。
ナッジの4本の腕には仕事で使うものとは別の、戦闘で使うための槌が握られている。この空き地に現れるというドラウグを打ち倒し、スィフに持ちかけられた話を実現させるために。
自分でもわかっている。バカなことをしていると。弟子たちには止められたし、騒動を聞きつけた師匠も駆けつけたほどだ。それでも
(夢の実現のためだ。これだけは譲れん)
周囲、空き地を通りがかる人たちは空き地の中で槌を持ち佇むナッジを怪訝そうに見て通り過ぎる。
ナッジは空を見上げた。その単眼に映るのは赤い月。夏日だ。月の位置はそろそろ天頂に届こうかというところ。ドラウグが現れるのは天頂にある月、ラファエルとガブリエルが重なる頃だと聞いている。
ならばそろそろか、と視線を下げる。
そこには今までなかったものがあった。土の塊だ。土の塊はナッジの見ている前で次第に大きくなり、人の形を取り始めた。ナッジはその様子をいつでも動ける体勢で見守る。
「おいおい・・・・・・冗談だろう」
土塊が大きくなるのを止めた時、そこにある姿を見てナッジは思わずそう呟いていた。視線の先にある土塊がとった姿は細部が不明瞭だ。しかし、細部が不明瞭でも、馬の四肢と人間の上半身を持つ種族など、一つしかない。ケンタウロイだ。
戦闘は唐突に始まった。
始まりはケンタウロイの突撃だ。その両手には剣の形をかたどった土の塊。本来の用途とは異なるが、ケンタウロイと同時に形成された、ということは得意武器だったのだろうと推測される。
突撃の勢いを乗せた右の剣の振り下ろしが来る。ナッジはそれを左の上腕で持った槌で塞ぐ。息をつく暇もなく左の剣。今度は突きだ。まっすぐナッジの鳩尾を狙ってきたそれを、右の上腕の槌で叩き落す。
ナッジが両の下腕の槌で相手の体を挟みこもうとした時、ケンタウロイが武器を弾き、前足を浮かせた。その状態からくる攻撃を予想し、ナッジは防御姿勢をとる。
果たしてナッジの予想は当たった。馬の前足から繰り出される強烈な蹴りだ。
防御が間に合ったとはいえ、ナッジの体が大きく後方に吹き飛ばされる。
体勢をどうにか立て直し、顔を前に向けると、そこには顔面目指して飛んでくるケンタウロイの土剣があった。慌てて顔をそらしてそれを避ける。
顔を逸らしたままでからだを前進。顔を上げるのは前進途中で問題無い。
顔を上げた。
そこには再び迫る相手の土剣。槌で叩き落す。これで相手は無手だ。そう思いケンタウロイを見れば、その手にはしっかり2本の土剣が握られている。どうやら投げたからといってなくなるものでは無いらしい。
しかし走り出したからだを止めることは出来ないし、止めるつもりも無い。
ナッジは体をケンタウロイにぶつけた。全体重を乗せたタックルだ。
今度はケンタウロイが吹き飛ぶ。馬の四肢を持っている特性上、横転した時の復帰速度は遅い方だ。それを考え、ナッジは跳んだ。落下速度も乗せた槌による4連撃だ。
必殺の4連撃を、ケンタウロイはナッジの単眼に土剣を投擲することで阻止しようとする。
ナッジが土剣に槌を振るった。右の上腕の槌だ。ケンタウロイは右の上腕を振るったことでできた僅かな空間に体を動かすことで4連撃を避けた。
舌打ちをしたナッジの耳に歓声が響く。ケンタウロイから距離を取り、周囲を見渡したナッジは戦闘中にもかかわらず思わず目を見開いた。空き地の周りには黒山の人だかりができていたのだ。
「ナッジ!前!前!!」
観衆の声に我に帰り、突撃してきたケンタウロイの一撃を躱す。その手に握られていたのは剣では無い。槍だ。
武器の交換もできるのか!と忌々しく思いながらすれ違いざまに槌を振るうが、それは振り上げられた後ろ足に弾かれた。舌打ちしたナッジが振り返り、ケンタウロイとにらみ合う。
両者が飛び出すと観衆が沸く。両者が交差すれば息を飲み、攻撃を躱せば嘆息する。
ナッジとケンタウロイの戦いは月が2周してようやく決着がついた。
ナッジの全身のいたるところに怪我があり、無事なところを探すのが困難なほどだ。
そして相手、ケンタウロイは。
ナッジとその戦いを観戦していた観客の前で、土の塊が崩れていくところだった。土の塊からは青い光が立ち上っている。これまで何度かナッジがケンタウロイの体を崩したが、そのたびに体を再構築してきたケンタウロイとは明らかに異なる様子に、皆これが最後なのだな、と光の行方を目で追った。
ここに、ドラウグによる騒動に決着がついた。
後日、神殿の正面。ドラウグが出るため建築物の建造は自重するように、という命令があった場所には、巨大なホールが出来上がっていた。4つある入り口のアーチは腕の意匠があしらわれているのが特長だ。正方形の全体像は宝箱を思わせる形で、屋根は丸みを帯びだもの。窓はすべて鍵穴を連想させる形となっている。
「いい出来だ」
周囲の冷ややかな視線とは別に、そのホールの前ではナッジが感慨深そうに頷いていた。
スィフに持ちかけられたのは、仮にドラウグを倒し、土地を自由に使えるようになった暁には、ナッジが好きにデザインしてホールを作ってくれて構わない、というものだった。
普段からナッジに持ちかけられる仕事は、すでにデザインが決まっており、そこにナッジの考えを入れられる余地はなかった。だからこそ、いつか自分でデザインしたものを立てるところを想像してはそれを模型にしていたのだ。
弟子たちが止めたのも、師匠が止めに来たのも、どちらもナッジのデザインがひどいことを知っていたからだ。そうとは知らず、危険だからやめろ、と言われていると思っているのはナッジただ一人だ。
そのことに気がつく様子もなく、ナッジは完成した大ホールの前で一人再び頷いた。
4000文字・・・・・・。予想以上に分量多くなったなぁ。
あと戦闘描写はやっぱりできませんな。動きのイメージがつかめて無いというか。人形でもあれば別なんでしょうが、今回はケンタウロイと4本腕の戦いだったし。予定ではホラーにするつもりが、どうしてこうなった。
今回のお題:舞踏会、宝箱、想像
ではまた。