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とても平和と言えるような情勢ではないけれど

 喫茶店の中。

 店内には二つの人影。カウンターを挟んでいる二人はともに人間だ。一人は黒髪に黒縁のメガネを掛けた青年。もう一人はゴシックドレスに身を包んだ少女だ。服と対照的なその白い肌は、服に強調されその白さが際立つ。しかし目を引くのはその白と黒の見事な対立ではない。その燃えるような赤い髪と赤い瞳だ。

「外は騒々しいわね」

 コーヒーを口に含むのはカウンター席に座る少女だ。その視線は店にある窓を通して外に向けられている。決して大きいとは言えない窓の外には、様々な種族の人たちがいる。共通しているのは、以前よりも落ち着きがないことだ。

「落ち着いている君のほうがおかしいんだよ、ルベル。君ぐらいの年の子は家で震えてるか、なにが起きているかもわからずに無邪気に遊んでいるのが一般的なんだ。喫茶店で一人ブラックコーヒーを飲むなんて、10歳の子の世間一般の常識とかけ離れてる」

 カウンターの内側の青年の手はカップを磨くのを止めようとしない。ルベル、と呼ばれた少女は視線を外からカウンターの内側に向ける。

「コルウス。そんなこと言っても仕方がないじゃない。私は今なにがどうなろうとしてるか知っているし、どんなに慌ててもどうしようもないわ」

 ルベルの視線の先には一枚の絵が飾られている。男三人が肩を組んで笑っている写真で、その内の一人はコルウス。もう一人はルベルと同じ赤い髪。最後の一人は顔を黒く塗りつぶされておりどのような顔立ちかを知ることは出来ない。が、顔を黒く塗りつぶされた一人は他の二人よりも体つきがしっかりしており、まくられた袖からは筋肉質な下腕部が覗いている。

「そうだろうとも。なんと言っても君の兄さんは勇者だ。剣を扱わせるとその右に出るものはなく、精霊術を使えば地形が変わるとまで言われた逸物だ。それでもね、君はこの店にいるんじゃなくて城にいて皇帝陛下と皇后殿下を安心させてあげるべきだよ」

「私がいることで得られる安心なんて必要ないわ。だいたい、世界の終わりの原因がわかってるのに誰もどうもしようとしなかったのがいけないんでしょう」

 ルベルがコーヒーを飲む。コルウスはルベルがブラックコーヒーを好きで飲んでいると思っているが、少し違う。ルベルはこの店のブラックコーヒーしか飲まない。はじめは兄であるアポリトの真似をして飲んでいたのだが、そのうちその苦さと香りが好きになった。しかしこの店のブラックコーヒーを飲むこと2年。旅先で出されたコーヒーの飲んで、コルウスの入れるコーヒーとのあまりの違いに思わず吐き出してしまったことがある。

「今日はもう人はきそうにないなぁ」

 視線を上げたコルウスが見るのは店内にある壁掛け時計。針が3本あり、3つの月と2つの太陽の動きが一目でわかるようになっているそれは、アポリトがこの店に送ったものだ。5点と呼ばれるその時計はかなり高価なもので、コルウスがこの店で最も高価なものである、と言って憚らない。

 コルウスは流しの下から自分用のカップを取り出すとカフェオレを作る。

 店内に温められた牛乳の匂いが漂う。それを嗅いで眉をひそめたのはカウンター席に座る少女だ。

「ちょっと。まだ営業中よ。それなのにまたカフェオレなんて飲むつもり?店内に甘ったるい匂いが染み付くわ。他の客の注文で作るならまだしも、自分のためにたった一人のお客様の気分を害するなんて、乳ばなれが出来てないんじゃないの、このマザコン」

 もしもこの店に馴染みの客がいたなら、ルベルの口を慌てて塞ぐか、顔面蒼白になりコルウスの顔を伺ったことだろう。コルウスは母親を早くに亡くしている。コルウスの額に青筋が浮かぶ。が、それは決してマザコンと言われたからではない。だいたいおぼろげにしか覚えていない母のことを言われてところでなんとも思わない。

「あれ、なんか言ったかな、この貧乳。牛乳も飲まずにブラックコーヒーばっかり飲んでるから成長しないんだよ。だいたい、勝手に席に座ってコーヒーは注文するくせに代金を払わないようなお子様は客とは呼びません」

「お子様?!今お子様って言った?!しかもその前にはさらっと貧乳とまで言ったわね?!当然でしょ!むしろこの歳で胸がおっきかったらそっちの方がおかしいわ!だいたい、お母様は胸大きいし、私もきっと大きくなるわよ!!」

 それまでおとなしかったルベルがギャーギャーと騒ぎ始める。それまでの淑女然としていた少女と同一人物とは思えない代わりようだ。

「えぇえぇ、言いましたとも。少なくとも人の好みに口を出す間はお子様ですよ」

 カフェオレを口に運ぶ。先ほどルベルがしていたように窓の外を見れば、やはり皆どことなく落ち着きがない。原因は近年の精霊量の低下だ。精霊量が減っていけば、日々の生活の前提となっている精霊術の発動すら危うくなるとまで言わており、それが人々を不安にさせている。

「じゃあコルウスはどうなの?!」

「ん、僕かい?」

 コルウスは首を傾げる。ルベルが言いたいのは、自分が人の好みに口は出さないのか、と言いたいのだろう。カフェオレのカップから立ち上る湯気の行方を目で追う。コルウスは考える。自分は食べ物の好き嫌いについて語っただけだ。それ以外のことはしらない。

「うん。別に僕は人の好き嫌いに口を出したりはしないよ。少なくとも食べ物に関してはね。あまりにも偏った食生活をしている友人がいたとして、この店に来たら何か振舞うことはあるけど」

 近頃心配なのはルガルの兄であり、アポリトの兄であるテリオだ。王宮には優秀なコックがいるので、食の面では心配していないが、この店に訪れるたびにやつれている気がする。何がそうさせるのかは聞いてもはぐらかされるので聞くのはやめた。しつこく聞いてこの店に来なくなり、その姿を見れなくなることの方が心配だ。

「そうじゃなくて!!その・・・・・・私が裏路地に住むチンピラと仲良くしても口出しはしないの?!」

「うーん。裏路地の治安が悪いと思ってるなら、まずその治安を良くするのが王族としての務めじゃないかな。それに王族であるルガルが裏路地に近づいたら、仲良くする以前に捕まって売り飛ばされるか、人質にとってお金を要求するんじゃないかな」

 現実的に裏路地の連中が取りそうなことをあげると、ルガルの顔が青くなった。馴染み客の痴女はこれを言うと顔を赤くしてよだれを垂らすだろう。その様がありありと想像できるので、まだまともな感性を持っているルガルに少し安心する。

「だいたい、どうして私がこの店に一人でくると思ってるのよ・・・・・・」

 そっぽを向いてルガルがそういう。小さな声だがしっかりとコルウスには聞こえた。

「?コーヒーを飲みにだろう?」

 コルウスは首を傾げる。ここはそういう店だ。

「もういい・・・・・・。はぁ・・・・・・」

 ルガルがため息をつくのを見て、コルウスの中でますます疑問が膨らむ。なんかため息をつくようなことがあっただろうか。コルウスとしては当然だと思う答えを返したのだが。

「それにしてもこの店は平和よね。窓の外とは別世界みたい」

 ルガルがコーヒーを飲もうとして、もうカップが空だということに気がつき、視線を外に向けてそう言った。

「確かに精霊術が使えなくなるかもしれないって言われて大混乱しているみんなとは違うよね。親父が精霊術をあまり使えないものだったから、この店は精霊術を使えなくても運営できるようになってるし」

 コルウスも窓の外に視線を飛ばす。こんなにのんびりしていて申し訳ないが、アポリトは今頃どこかで戦っているのだろう。魔王討伐を成し遂げるために。

「アポリトが早く帰ってこないかなぁ」

 アポリトが帰ってきてくれたらまた一緒にバカをやりたい。騒ぎを起こして、通報を受けて駆けつけた兵たちに平謝りしていたころが懐かしい。兵たちも王族が騒ぎを起こしたと知れば怒るに怒れずに歯切れの悪い言葉を掛けては詰所に帰って行っていた。

 問題はそのあとに来るテリオだ。無表情のままのテリオは、アポリトとコルウスを引きずって国王の執務室に連れて行くと、騒ぎの内容とどれだけ領民に迷惑を掛けたかを懇々と説くのだ。それを国王の前でやるのだからタチが悪い。

「そうね。早く帰ってきてほしいわ」

 二人の視線は窓の外、街のずっと遠くを見つめていた。

今回のお題は世界の終わり、貧乳、大混乱。でした。


世間の空気には惑わされず、自分を通すやつってどこにでもいるよなぁ、と思いつつ書きました。勇者に〜を読んでいる方が少しニヤッとしてくれると嬉しいかったり。

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