火山の頂上を目指して
三題噺第6話。
今回から趣向を変えてお題は伏せていくことにしました。
さて、今回のお題はなんでしょう。
火山の頂上を目指すことになったきっかけは何だっか・・・・・・。
呼吸をするだけで肺の中まで焼き尽くされそうな環境の中を黙々と進んで行く。
目の前を歩くのはタージルと名乗るドワーフの商人だ。タージルはこの過酷な環境を苦に思っていないのか、時折立ち止まっては後ろを進む俺たちの様子を確認する。
「はぁ・・・・・・暑いわねぇ」
隣で女の声がする。そう、タージルについて歩くのは俺一人じゃない。
「そういうなよ。イーラが言い始めたことだろう」
そうなんだけど、と言いながら尻尾を地面に打ち付けるイーラから視線を外し、タージルに視線を戻す。
「それにしてもあのドワーフのおじさん元気ねぇ。リザードマンの私たちがこんなにへばってるのに、どうしてあんなに元気なのかしら」
「話をそらすな。どうして火山の頂上なんかに行きたいんだ」
それに付き合う俺も俺だが、と思うが、そこは惚れた弱みというやつだ。たとえそれが理不尽な頼みでも、引き受けて少しでも好意的に見てほしいと思うのは仕方がないと思う。
「あの頂上に行けばわかるはず。あそこは・・・・・・」
「二人とも、何をしておる。早くせんと日が暮れるぞ」
「こんなに明るいんだもの。日が沈んでも明るいでしょう?」
減らず口を、と思うが、タージルはそうは思わなかったらしい。
「それもそうじゃな。じゃが日が沈んだ後のことは知らんぞ。このあたりは日が沈むと火山活動が活発になる。わざわざ月が昇っていない時を狙って登っておるんじゃ。そんな面倒には巻き込まれたくない。溶岩に巻き込まれたいなら二人だけでやってくれ。そうなりゃ儂ゃこの話から降りる」
予想外に恐ろしい話を聞いてしまった。この暑さだけでも辛いのに、この上溶岩に襲われるなど冗談ではない。イーラと顔を見合わせると、同時に尻尾を地面に叩きつけタージルの待つ場所まで慌てて駆け上った。
「タージル。月が昇れば溶岩が来ると言っていたが、ならば月が昇っている間はどうするんだ?」
「レイナのところに厄介になるのもいいが・・・・・・。正直借りは作りたくないしの。オオカミの祠で月をやり過ごす」
「オオカミの祠?」
歩き始めたタージルが指さすのは頂上方向。俺はそちらに視線を向けるが、そこにはなにも見つけられない。
「見ても意味がないぞ。少なくとももう少し太陽が傾くまで歩かんと見つけられん」
だったら指さすなよ、と思うが、案内されている身でそんなことを言えた義理はない。
「ならなんのために指差したの?」
が、隣にそんなことを気にしないバカがいた。言い方というのは時に厄介だが、うまく使えば軋轢を生まない。俺とは違った切り口でタージルにその意味を聞く。
「大まかな方向を教えてやろうと思ってな。お前さんらもどこに行くかもわからず歩くよりはそっちの方がいいじゃろ」
確かに進む方向はわかったが、この辛い現状が変わるわけではない。俺は疲労をため息をつくことで追い出そうとした。当然、ため息をついて疲労が消えるわけもない。むしろ一層疲労がたまった気がして、鼻から息を吹き出した。
「ここがオオカミの祠じゃ」
太陽がほぼ地平線まで傾いた頃、ようやく俺たちは今日の最終目的地にたどり着いた。タージルのいうとおり、入り口はオオカミが口を開いたように見える。
「オオカミの祠、というのは形が由来ではないぞ。奥にワーウルフの戦士を祀っておる。それが由来だ」
さようですか。形が由来だと思ったことは口にしない。
「ここなら溶岩が来ても安全じゃ。他よりかなり高いところにあるから、溶岩が来たとしてもここを避けて流れていく」
太陽が昇れば溶岩が固まって地形は変わるがな、と続けたタージルに疑問をぶつける。
「溶岩でこの入り口がふさがれることはないのか」
「問題ない。祀られている戦士の魂がそうさせるのか、この入り口近くには一度も溶岩が流れてこん。だからここを今日の休憩地点にしたのじゃ」
へぇ、とイーラが感心した声を出す。
「火山に登るのなんぞレイナのバカぐらいかと思っておったが・・・・・・。お前さんらは何が目的で火山に登るんじゃ」
「私たちよりもタージルさんの理由を教えてよ。火山に登る途中で出会えた私たちは幸運だったけど」
「儂か。儂は単純にこの山頂でしか取れん鉱石を取りに来ただけじゃ。龍鱗石というやつでな。貴族連中に高く売れるんじゃ」
職業上、その存在を知っていた俺はその話を聞き流したが、食い着いたのは隣のイーラだ。
「龍鱗石?それって宝石なの?」
「まぁな。石の断面に鱗のような模様がある石で、その断面にある鱗のかずが多いほど価値が上がる。石が大きければ鱗の数が多くなる、というわけでもないのが厄介なところじゃな」
欲しいとは思うが、買ってまで欲しいとは思わない。イーラの用事が終われば、少し探してみよう、と思い外を見ていた。突如、地響きが聞こえたかと思うと、視界の外を赤い塊が流れていく。溶岩だ、と思った時には視界一面が溶岩で覆われていた。
「間一髪じゃったな。お前さんらがもう少し遅ければあの溶岩に巻き込まれておったわ」
その言葉にゾッとするこちらとは対照的に、タージルは陽気に笑っている。
「・・・・・・タージルさんは怖くないの」
「儂か?儂は溶岩に焼かれても平気じゃからな」
溶岩に焼かれても平気とは一体どういうことか。ぎょっとしてそちらを見るが、タージルは笑うばかりで答えてくれそうにはない。
「さて日が昇ったらまた出発するぞ。しっかり休んでおけよ」
そういったタージルは祠の奥に進んで行く。その姿が信じられなくて視線で追いかける。
「綺麗ねぇ」
隣で聞こえた声に意識を戻される。溶岩のことだろうと思い祠の外に視線を向ける。
「確かに綺麗だが、恐ろしくもあるな。あれに触って平気なのは一部の種族とタージルみたいな例外だけだろう」
「そうでしょうね。でも綺麗なのは溶岩だけじゃないわ。前を見て」
言われて視線を上げる。そこには火の粉が舞っている。風が吹くたびに火の粉も舞、まるで火の精霊が踊っているようだ。
「これが吹雪ってやつかしら」
「そりゃ雪の話じゃなかったか」
「ロマンのない人ね。私たちが雪の降るような土地に行ったらすぐに凍死しちゃうわ」
雪原地帯に行った場合の現実的な話を聞かされ、ロマンがないのはどっちだよ、と思うが、ロマンを追いかけて雪原地帯に行ってしまうと確かに死んでしまう。ロマンだけでは生きていけないのだ。
「で、そろそろ聞かせてくれよ。どうしてこの山頂に行きたいんだ。事情も話さず無理やり連れて来やがって」
「内緒!」
額を小突かれ、のけぞっている間に、イーラは祠の奥に行ってしまった。俺もそれに続く。日が昇れば山登りを再開だ。こんな、日にちを気にせず月と太陽だけを気にして生活するのも悪くないな、と思いながら。
日が昇り、祠の外に出ると、確かに溶岩は固まっていた。
恐る恐る溶岩だったものに足を乗せると、まだほの暖かい。まだ日が昇り間もないこともあり、暑さもそれほどではない。
今日の朝食は持参の干し肉だ。群れの中の貯蔵庫から黙ってくすねてきたものなので帰ったら族長にひどく怒られることは間違いないだろう。
一方でタージルはパンとスープ。それに魚の干物だった。さすがは旅慣れている。が、それを見て思ったのは肉がないので寂しいな、ということだった。
「さて、今日のうちに山頂に着く。お前さんらを山頂まで案内したら儂は龍鱗石を探す。帰りはどうする」
「大丈夫。タージルさんがいなかったら月が昇っている間も登ろうとして危なかったわ。ありがとう」
「礼には及ばん。ついでじゃからな」
食事を食べ終え、一息つくと山登りを再開した。もう少しで山頂、ということもあるのか、昨日よりも傾斜がきつい。太陽の熱と地面からの熱で肺を焼くほどの暑さになる中、黙々と登っていく。イーラも辛いのか、山頂に近づくにしたがって口数が少なくなっていく。
ちらりと横目で確認すると、イーラも俺の方を見ていたのか、そっぽを向かれる。尻尾をみれば落ち着きなく左右に揺れている。何か悪いことをしただろうか、と思いながら、余計なことを言って思わぬ反撃をされることを恐れて何も言わない。
そのあとも、会話らしい会話をすることなく山頂に着いた。
山頂には火口があり、沸き立つ溶岩を見ることができた。それまでにあった熱気とは比べものにならないほどの熱気が俺を襲う。イーラはどうだろう、と思ってイーラの方を見る。
「・・・・・・どうしたんだ」
みれば、イーラは荷物の中から鏡を取り出していた。そしてそれを見た俺はどうしてイーラがここに来たがったのかを悟った。イーラが鏡を両手で持ってこちらに差し出してくる。
「火の神立会いのもと、私、イーラはホドスに婚約を申し込みます」
両手で差し出された鏡を、俺も両手で持つ。
「火の神立会いのもと、俺、ホドスはイーラからの婚約を受け取ります」
イーラが手放した鏡を受け取り、それを火口に落とす。二人で火口に落ちる鏡を見送る。落ちていきながら、鏡面に光が反射する。
「このために俺を連れてきたのか」
「えぇ。だって私が炉の前で鏡渡しても、婚約の練習か、の一言で終わらしたでしょ。さすがにあれには傷ついたわ」
「仕方がないだろ。まさか本気だとは思わなかったんだ」
あの頃イーラは他の雄と付き合っていると噂になっていたし、その婚約を受け取って物陰から他の連中が出てきて冗談だ、と言われるのが怖かったのだ。
「傷つくわぁ。結構積極的にアピールしてたつもりなんだけどなぁ」
そんなことを言われても困る。最近ようやく親方に認めらえて、少しではあるが鍛冶の仕事を任して貰えるようになったのだ。他に気をくばる余裕なんかなかった。
「あ、そうだこれ。タージルさんが告白に成功したら渡せって」
イーラが渡してきたのは龍鱗石だ。実際に見たのはこれが初めてだが、タージルから話を聞く前から存在自体は知っていた。
「何でも鍛冶師の間では有名らしいわね」
「まぁ、鍛冶の神様、というか、龍鱗石のある工房ではいいものが作られるっていう迷信みたいなものがある」
受け取りまじまじと眺める。噂で聞いた通り、その断面には龍の鱗のようなものが見える。
「婚約の件、他の連中は知ってるのか」
個人的には龍鱗石よりも重要なことを聞く。帰った時が怖いのだ。
「族長には報告してあるわ」
そうか、と、それだけ言う。
「こうして俺と母ちゃんは夫婦になったんだよ」
仕事が終わり、火を落とした工房で、4人の子供に囲まれながら告白された経緯を話す。
「母ちゃんは父ちゃんのどこに惚れたの?」
4人の子供のうち、ませた長女がそう聞いてくる。
「ん。聞いてもよくわからなかったんだが、告白してもまともに相手にされなかったところだと。他の連中は告白されたらすごく喜んだらしいんだが、俺はそれが本気だとは思えなくてなぁ」
それをきいた子供達もよくわからなかったのか、首を傾げている。
俺も言っていてよくわからないので、子供の様子を見て苦笑する。
「ご飯よー!」と外でイーラの声がする。
「さ、早くいこう。母ちゃんが怒る」
それを合図に子供達が工房から出て行く。俺もそのあとを追いながらふと振り返った。
そこには龍の鱗がある石が飾られている。
今回のお題はオオカミ、吹雪、神でした。
吹雪のところが不自然だったんで、それはわかりやすかったかな、と。