密偵、王様、暗闇
後味のあまりいい終わり方ではありません。
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日が沈み周囲を星の光が照らしている。月はない。
そんな空を、星が作り出す影の中から見上げる人影があった。全身を黒い服で身を包み、外気に触れているのは目の周囲だけだ。一目では性別はわからないが、その主張のない胸から考えるに男だろう。
その人影が視線を下ろす。その視線の先には一つの城がある。黒服の仕えている国とは距離があるため、脅威はそれほどない。しかし、近年不審な動きが連続して報告されたため、密偵として彼が放たれたのだ。
人影が身を沈める。そして音もなく走り出した。
明かりのない城。男はその城門で首をかしげる。原因は城門だ。
『ちょっと城空けるわ。誰か城の換気をお願いします
城主』
首を戻し、視線を城内に向ける。当然、城壁で囲まれた城内の様子を見ることはできない。外からわかるのは、明かりがないことぐらいだ。
男は一度城門から離れると、人の気配に気を配りながら城壁の周りを一周する。城壁は立派な造りで、過去に幾度か訪れたことのある辺境の城壁とはできが違う。城壁には不規則に銃眼が開けられており、籠城の際も外に向けて最低限の応戦ができるようになっている。
城壁の造りに感心していると、城門の前にたどり着いた。
この城門の他に入り口として作られた場所はない。それを確認した男は、再び歩き出した。そして城壁の外周、その角を一つ曲がったところで足を止める。そこで、腰にくくりつけた巾着から鉤縄を取り出した。
周囲を確認すると、その鉤縄を城壁の縁に投げ掛ける。縄を数度引いてその強度を確かめると、男は縄を掴み城壁を登り始めた。
城壁を登り終わり、城壁の上で身を低くして城内を見渡す。
やはり明かりのついている場所はない。
明かりがないことに男は異常を感じる。ここは城だ。たとえ城主がいなくとも、その管理に数人の使用人は残しているはずだし、そもそもここで雇っていた人員はどうしたのだろう。城の敷地内が荒れていないことから、この城が無人になってからそれほど時間が経っていないことがわかる。城というのは外敵から責められた時のことを計算して設計されているため、無人となった城はならず者たちのこれ以上ないアジトとなるのだ。
ここまで、使令にあった不審な動き、というものが一切ない。だからこそ、これは異常だと感じた。どうしてこのような事態になっているのか。少なくとも、これは自分ひとりの手に負える事態ではない。そう判断した男は、自国に戻り、その旨を報告することに決めた。
体を起こし、ただちに城外へと離脱しようとする。
その時、城内の明かりが一斉についた。頭の中が真っ白になる。ばれたか!?
「王よ!王よ!!我らが王よ!!我らあなた様の帰りを待つものなり!我らあなた様の支配を喜ぶものなり!!」
自分が発見されたわけではないと判断したのは、城内からそれまでの静寂が信じられないほどの合唱が響いてきたからだ。その内容は王を讃えるものだ。
城壁で固まっていた男は、驚きで硬直してしまった体を無理やり動かし、城壁に寝かせる。
その場で四周を伺い、異変に気がつく。
西。丘の上。
そこに明かりが灯っていたのだ。明かりは列をなし、ゆっくりとこちらに向かってきている。軍隊のように列をなしているそれ。明かりが照らすものをみて、男は我が目を疑った。骸骨!
男の国の宗教観では、確かに骸骨は存在する。しかし骸骨とは死した聖人の意思を正しく伝えるための方法ではなかったのか。それがどうだ。あの骸骨の群れにはそのような神聖な気配など欠片もない。
骸骨の群れの中には冠をいただいているものが一体確認できる。遠目から確認できたのは、その王冠が光っているからだ。おそらくあれがこの城の王様だろう。
それを理解した瞬間、男はこの地で起こっている事態を早急に自国に報告せねばならない、という使命感に燃えた。
城壁を身を低く、這うようにして移動する。相手に見つかっても何もされないかもしれない。そんな楽観的な考えは、あの禍々しい姿を見た今、とても持つことができなかった。
ふと、視線を感じた。
振り返ってはいけない。何に言われるでもなく、そう直感した男は、ただただ身を前に。城壁を移動し、自分の姿が城で遮るようにして地に降りなければ。
そう思うのに、体が動かない。顔がひとりでに後ろを向く。
そこにあったものは
気がつくと、体が拘束されていた。拘束されているのは、手首、足首。どうやら捕まってしまったらしい。
首を左右に動かし、周囲の状況を把握しようとするが、目隠しをされているのか、どこを向いても暗闇だ。
「我が城に侵入したのは貴公一人かな」
頬に冷気を感じる。目の前に気を失う前に見た骸骨がいることを想像する。
「君はどこの国の人かな。他にも我が城に侵入したものはいるのかな。・・・・・・まあいいか」
冷気が離れていく。思わず安堵のため息を吐こうとした。
背中を汗が流れていく。
息が、できない。
しかし不思議と息苦しくはない。どういうことか混乱する。
「まぁいい。些細なことなのだから。ようこそ、我が新しい眷属よ。私は君を歓迎しよう」
視界が開ける。
手足が自由になる。いきなり拘束が解除されたことで、地面に投げ出される。思わず地面に手をつき、その手の白さに驚いた。
いや、これは・・・・・・
星々を雲が覆い隠す空の下。城の中から男の絶叫が響き渡った。