騎士 鳥の胡椒焼き ろうそく
(何でこんなことをしてるんだ・・・・・・)
城。その厨房にて。
一人の男が鍋を振るっていた。もちろん、厨房で男が鍋を振るうこと自体は何の問題もない。厨房である以上、料理をし、食事を作る場所だからだ。
男が動くたびに金属がぶつかりあう甲高い音がする。厨房で男がいることは問題ではないが、その格好が問題なのだ。
(オレ人に料理したことないんだけどなぁ)
騎士甲冑である。それもこの城の騎士甲冑ではない。隣国の騎士甲冑だ。今男がいる国と、男が装着している甲冑の国は戦争中であり、常識的に考えればこうして厨房でのんきに料理などしているはずがない。調理できるとすれば、それは捕虜として捕えられ、囚われている間の労働としてであろう。
しかし、考えてもみてほしい。敵対している国の兵士に調理など任せるだろうか?何しろ相手はこちらの首を狙っている敵である。戦意を喪失させるために食事に毒を盛ることすらも戦術として組み込む国の兵に食事の準備をさせるなど、さぁ毒を盛ってくださいと言わんばかりだ。
ところが、この厨房に立つ男、一向に毒を盛ろうとはしない。
「ねぇ!まだー!?」
「はいはい!もうちょっと待ってくださいよ!!」
厨房の外からの声に、騎士甲冑の男が返事をする。若い女の声だ。どうやら厨房の外には若い女が男が作る料理を待っているらしい。
「はぁ・・・・・・。なんでこんなことに・・・・・・」
「何か言ったー?!」
「なんでもないですよ!!」
地獄耳め、と口の中でつぶやき、調理を再開する。
ことのきっかけは2時間ほど前。
「なんだ、こりゃ」
城の前。何度か攻めたことのある見慣れた城門は固く閉ざされている。観音開きの、大きな城門だ。が、普段と違うのはその城門に一枚の張り紙があること
『ちょっと城空けるわ。誰か城の換気をお願いします
城主』
「なんだ、こりゃ・・・・・・?」
今まで何度攻めても開かなかった城門に、開けてくださいと書いている。これは何かの罠だろうか、と思いつつ、自国の領主に渡された書簡を手に取り、城門を軽く押す。するとまるでそれが当然であるかのように音も立てずに開いた。
罠であった場合を想定し、一歩大きく飛び退く。が、なにも起こらない。恐る恐る城門に近づき、内部を覗く。
(誰もいねぇな・・・・・・。本当に城を空けてるのか?)
ともあれ、書簡を届けなければ。届けることができなくても、執務室に届けないと、このまま帰って誰もいませんでした、と言っても彼が仕える主人は信じてくれないだろう。
「誰か!!誰かいないか!!」
城内に入り大声を上げるが、誰も彼の対応に出てくることはとなかった。
男は困った。執務室の場所がわからないのだ。城内に入って変な部屋を開けて罠で死んでしまう可能性もある。何しろこの城は数々の罠が仕掛けられていることでも有名なのだ。誇張されているとは思うが、使用人がうっかり罠にひっかかり死んでしまった、という話も流れてくる。
とにかく、返事がなかったのだ。罠に引っかかって死んでしまうのは嫌なので、書簡はどこかに置いておこう。城の換気、というのだから、城内に入ってすぐに罠が作動してこちらを殺しにかかることはないだろう。
敷地内に入り、周囲を見渡す。大小様々な建物があるが、どこにおけばこの城主の手元に確実に渡るだろうか。一番大きな建物が城主の住まいだろう、と考え、目に付く範囲で最も大きな建物に近づく。建物の外周を一周。中に入ることための扉は一つだけだ。
(うーん・・・・・・。人の気配がしない。本当に城を空けているんだろうか・・・・・・)
だとすれば不用心すぎる。それともここにはそれほどの価値はないのだろうか?
考えながら、扉を空ける。中に明かりはない。真っ暗だ。
「誰!!」
暗闇から突如として響いた誰何の声に、男は身を硬くする。
「隣国からこの城主に書簡を届けに来たものだ!あ、怪しいものではない」
うっかり隣国、と言ってしまったことを後悔する。これでは怪しんでくださいと言っているようなものだ。
「あ、そう。わざわざご苦労様。疲れたでしょう。いまこの城には私以外誰もいないから、もてなすことはできないけどゆっくりしていって」
暗闇から聞こえた言葉が、何を意味するかわからなかった。しかし、その意味を理解するに従って困惑するのが自分でわかった。隣国の敵兵が城内に侵入しているのに、ゆっくりしていってはないだろう。
「あ、こう暗くちゃあくつろげないか。ちょっと待ってね」
足音が遠ざかっていく。その足音を聞いたことで、いまこの場所に自分以外の人物がいたのだ、という実感が湧く。やがて明かりがつき、そこが正面に立派な階段を持ったホールであることを知った。
「お待たせ。ところで、お客様にいうのも心苦しいんだけど、あなた何か食べられるものをもってない?」
階段から、立派なドレスを纏った淑女が降りてくる。
「え・・・・・・。えぇ。もっているにはもっていますが」
背のうの中には鶏肉と味付けの香辛料が入っている。
「だったら何か用意して欲しいんだけれど」
「あの、料理人などは・・・・・・」
「料理人・・・・・・。あぁ。お父様が皆連れて行ってしまったの。だから料理をできるものが誰もいないのよ」
「・・・・・・仮に私が料理をして、あなたに毒を盛る、ということは考えないのですか」
「やだ。疑って欲しいの?でも入ってきて自分の国を名乗るような馬鹿正直なひとがそんなことするとは思えないわ」
淑女の言葉に喉の奥で唸る。確かに初めのあの場面ではこちらの甲冑の様式などわからなかっただろうから、なんとでもいうことはできた。
「わかりました。ちょっと待っていてください」
そうして冒頭に続く。何かと注文をつけられてるうちに、脳内での呼び名が淑女から女へと降格していったのは仕方がないだろう。
男はため息をつくと、厨房から皿を探す。ちょうどいい皿を見つけると、続いてコップと飲み物。ぶどう酒があったのでそれをいただくことにする。鍋から料理を皿に移し、隣の食堂で待つ女にもっていく。
「すごい!!これはなんという料理?」
「鳥の胡椒焼きです」
感動しているようだが、なんの工夫もない鳥の胡椒焼きだ。鳥の腹に香辛料とご飯を詰め合わせ、胡椒を表面に振りかけただけのものだ。
そんなことよりも男は食堂のシャンデリアに感動していた。ろうそくのついたシャンデリアなど初めて見た。
「ちょっと待っててください。コップとぶどう酒をもってきますので」
「あなたもすっかりおおきな顔をするようになったわねぇ」
「?えぇ。そうですね」
そういえば、どうしてぶどう酒を開けようと思ったのだろう。普段の自分からは想像もできない行動に疑問を覚えるが、次の瞬間にはどうでもよくなった。厨房からぶどう酒とコップをもってくる。
「そういえば、この城の城主はいつになったら戻ってくるのです?」
「何を言っているの?この城の主はあなたでしょう?」
口の端を釣り上げて笑った女の言葉に、首をかしげる。
はて、そういえばそうだ。俺は何を言っているんだろう。
男は、鶏肉を切り取ると、それを頬張った。
筆が思った以上に進んだぜ!
とりあえず二日目から挫折、とかそういうことにならなくてよかった。