香辛料 魔族 モンスター
荒野のど真ん中。天中には太陽があり、俺の体を焼くことに余念がない。
「くそッ・・・・・・。どうしてこんなことに・・・・・・」
手の中を見下ろす。そこには一枚の金貨。それ一枚で贅沢を望まなければ1年は過ごせる代物だ。視線をあげ、東を見る。そこには壁のような岩がある。
ただの岩ではない。いや、近くで見ていないため、本当にただの岩かどうかはわからない。もしかすると先ほどの騒動で何か化学反応を起こして特殊な岩となっているかもしれない。
この場からわかるのは、その岩の形が特殊なことだ。壁のように左右に広がっている中央に、丸い穴が開いているのだ。
ため息をつく。
背のうを下ろし、火を焚く準備をする。
旅を続けた初めは苦労した火おこしも、今では慣れてしまった。それがいいことなのか悪いことなのかでいえば、今この時に限って言えばいいことなのだろう。
背のうから干し肉を取り出すと、そこに香辛料をまぶす。先ほどの街で買った物で結構な値段だった。火にかけ色が変わるのを待つ。
何もすることがないので、空に上る煙を視線で追いかける。
何も遮る物のない荒野で火を焚くほど愚かなこともないのだが、もうそんなことを考えるのも面倒になってしまった。
「あー・・・・・・。なんでもいいからこの状況変えてくれねぇかなぁ」
つい先ほど、この状況を変えてくれるものが現れたが、俺が何かをする前に立ち去ってしまった。あの岩に穴を開けて。
「さすが勇者。全然俺とは違うなぁ・・・・・・」
俺が勇者と出会ったのは、この場所。魔物に囲まれている時だった。
魔物とは魔王と同時にこの場所に現れた存在で、その生態は謎に包まれている。
その生態で唯一わかっているのは、この大陸にもともと存在していた生物に対して異常なほど攻撃的なことのみだ。
その魔物に囲まれ、俺は絶望していた。何しろこちとらしがない商人。雇っていた護衛もつい先ほどやられてしまった。この世の中には戦闘もできる商人もいるそうだが、俺はそんなことできない。これまで商いに精を出してきたし、趣味と言ったら屋外でする料理ぐらい。それを護衛として雇った奴らに振舞ってその顔を緩めるのが俺の趣味だ。少なくとも魔物に囲まれた状況では役に立たない。彼らの表情が緩むかどうかはわからないが、その表情が緩む時は俺を殺した時ぐらいだろう。
「あ、あの、何か振る舞うんで、許してもらえないかなぁ・・・・・・なんて」
ジリジリと包囲網を狭めてくる魔物にそう提案するが、当然その脚が止まることはない。
耳障りな骨を砕く音が聞こえて来る。全力で耳をふさぎたいが、そんなことをして魔物を刺激したくない。
「ごめん、ちょっと通るよー」
耳に届いたのは、そんな軽い言葉。声のした方に顔を向ける。あ、俺こんな余裕がまだあったんだ。と思っていると、顔を向けた方向で魔物が吹き飛んだ。
「え、何が・・・・・・」
訳も分からず戸惑っていると、戸惑っている間にもう一体。
「準備運動にもならないなー」
間延びした声とともに俺の目に留まったのは、一人の男。これといった装備はないが、だからこそその背に背負った槍斧が目立つ。
「あ、一般の方?ちょっと待っててねー。一掃するからー」
そういった男が滑らかな動きで槍斧を構える。素人目にわかるのはそれが突きの準備動作ということだけ。
そして、俺の予想どうり突きを放った。予想と違ったのはその進路上のものを貫く衝撃波のようなものが出たことだ。その勢いのあまりはっきりと目に見える衝撃波は、横に広がる岩を貫き、穴を開けたところで勢いが消滅したらしい。
「うんうん。やっぱり準備体操はいらなかったねー。さて、せっかくだしあの方向に行こうかなー」
そう言うと、男は突きで開いた風穴向かって歩き始めた。
「あ、あんた一体何者だ」
「ん?俺?勇者」
振り返り、日に照らされた顔はとても爽やかに笑っていた。
「まったく・・・・・・あれじゃどっちがモンスターかわからねぇよ」
俺は火にあぶられ焼き色のついた肉を手に取ると、それに齧り付いた。
香辛料のよく効いた肉はすこし辛かった。