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ユートピア  作者: 影丸
9/12

9話目

 PM3:00、成り行きとはいえこれから俺はAries-01とデートをしてしまう訳だが、その前に腹ごしらえをしようと食堂に行ったら、コンクリート壁の奥にある岩を教徒と一緒にドリルで掘り進めている君宏に出会ってしまう。

「何で僕にやらせないんですか? 恨みますよ恵愛さん」

 事情を話したら憎しみの目と共にドリルを向けてくる君宏を、

「下僕は無駄口を叩かずに仕事をしていればいいの、さっさと作らないなら保健所に連れ行って処分するわよ」

 とAries-01は無情にも突き放す。

 追い出されるように休憩室へ行ったら、フィギアを弄っているマックス達とホログラムで表現された女神様で遊んでいるロック達に会ったので

「遊ぶぐらいなら情報部に協力して喜美花を探してきてくれ」

 と頼んでから秘密基地より出て行った。

 汚れた服からジーパンと長袖シャツに着替え、野球帽を被ってサングラスを掛け、風邪引きですよとマスクをした俺は、周囲を警戒しつつ植物工場から外にでる。それから食べ損なねた昼食を求めて近くのコンビニでお握りや唐揚げを買い求めたら

「妖しい男ね……」

「人攫いじゃないの?」

「通報した方がいいかしら?」

 と回りにいるオバさん達に怪しまれるも、愚民共のざわめきなど俺は気にしない。何も悪い事をしてないのに、言い掛かりを付ける方こそ通報されるべきである。そしてコンビニから出て近くにあるベンチに座り遅めの昼食を取っていたら、道行く人々から妙な視線を集めまくるも俺は完全無視を貫く。

 20代後半のおっさんが変装をして、ゴスロリを着た貴族のお嬢様にみえてしまうような美少女と並んで居るだけなのに、なぜ怪しまれなければならんのだ。

「これが人間のもつ疑心暗鬼なのね、醜い生き物だわ」

 と1人を睨み返して追いやったAries-01の意見は理解するが

「全部が全部そうじゃないぞ、あんな態度をとる連中が目立っているだけなんだからな」

 と補助するのを忘れない。

 アンドロイドは極端な方向へ走りやすく、彼女は人間を試しに来ているので、こういったのには細心の注意を払わなければならないのだ。

 

 で、食べ終わった俺がこれからどうすかなのだが

「これからどこに行きたい? 何かしい事があるのか?」

 とAries-01聞いてみた所

「人間がもつ生の感情が知りたいわ」

 と抽象的な答えが返ってくる。

 これは困った、一口に感情と言っても千差万別、教祖としてこの難題には全身全霊をかけて答えなければならないが、いかんせん範囲が広すぎるのだ。

 (人混みがあって荒れ過ぎず和みすぎず、あるいはホームステイでもして……むり)

「もっと具体的にどうしたいのかを教えてくれ」

「役立たず」

「そう言わずに頼むよ」

「そうねぇ」

 Aries-01はざっとあたりを見渡した。特に目的もなくそうしたようだが、気になる物を見つけると

「あれから始めましょう」

 と指差しながら言う。

「どれだ?」

「ほらあれ、子供が持ってるでしょう」

 Aries-01が示した方を見ると国道1号線のほどうを1組の親子が歩いていた。お父さんとお母さんに手を引かれて歩くのは3人の子供達、園児が1人に小学生が2人といった所で、それぞれの手にヒーローのキャラクター風船が握られている。

「あああれか」

「どこへ行くつもりなのかしら?」

「ガニメデだろ、土日はヒーローショーをやっているが行ってみるか?」

「いい調査場所になりそうだわ、行きましょう」

 こう言った彼女はベンチから立つと歩きだす。丈の長いスカートとツインテールを揺らしながら、歩幅の狭い足でなにかに急かされるように、鍛えている俺が競歩でも引き離されてしまうような早さでだ。

 地元の人らしい道中すれ違ったあの親子連れは、ぐずり始めた子供をあやしながら進んでいる。ここから目的地まで約1.2㎞、駐禁の罰則が怖くてやっと探し当てた駐車場から歩くつもりのようだが、あれではかなり大変だろう。

 南国は暑いし寝たりなくて追うのが億劫になったから、どうせ向こうで会えるだろうとのんびり親子連れの後ろを歩いたら

「もたもたしないで早く来なさい」

 と戻ってきたAries-01が俺の手を取って引っ張りだす。相手は早くてかなりの身長があるから必然的に前屈みで進むはめになり、足がもつれて倒れたら

「グズ、ノロマ」

 と側へきた彼女に罵られ

「時間を無駄にするのは嫌いよ」

 とAries-01は俺の首根っこを右手で掴んでそのまま引きずり始める。

 すれ違う人々が送ってくる視線のなんと痛い事か、抵抗しても刃が立たず抗議しても聞いて貰えず、諦めて背を向けたまま中腰でひかれていくこと約1㎞、ようやく目的地に着いたらガニメデ名物の混雑に出くわしてしまう。

 前回は7日水曜日でショーも無いからましだったが、これがガニメデ本来の姿。

 見よ、人がまるで砂糖に群がる蟻のようだ。人の手が入らない自然に囲まれ、宇宙中からあらゆる娯楽がよせ集められるサダルスウド、その集大成がここにある。

 数十人からなる熟練の警備員をもってしても手こずる人の群れ

「幾ら土地が貴重だからって1カ所にすべて押し込むな!」

 と方々からクレームが来る位にこれは凄まじい。

 俺なんかはガニメデを囲むほどうに居るだけで、うんざりし引き返したくなるが、夏休みなんかの長期休暇が重なるとこれがもっと増えるという。

「調査はしたいけど、ここまで人間が多いと逆に鬱陶しいわね」

 俺と同じ感想を持ったらしい、歩道から中を眺めているゴスロリ少女が言うので

「他の場所にしないか?」

 と提案したら脛を蹴られてしまい

「グダグダ言わずに行くわよ」

 とAries-01は歩きだす。


 ヒーローショーを見る方法は2つあり、金を払って指定席を買うかフリースペースを利用すればよいのだが、満席なので俺達が入る余地はない。諦めようと言ったら

「いい方法があるわ、ここで待っていなさい」

 となぜか女性用のトイレにAries-01が入って行く。その前にいる俺は証拠がないので捕まりこそしないものの、女の人や警備員に怪しまれながら待つ羽目になり、暫くすると畳まれた鏡のように光るマントを2つ持つAries-01が戻ってきた。

「光学迷彩マントだよなそれ?」

 と俺は聞いてみる。

「そうよ、人間が使っているのと大差ないはずだわ」

亜空間物質転送装置(ワープマテライザー)で取り出しのか? 人目に付いたら騒ぎになるだろうが」

「細かい事は一々気にしなくていいのよ」

 ガツッ、蹴られ続けている右足のズボンを捲ってみたら青あざが出来ていた。

 (後で脛を守るプロテクタターを買おう。所で、大人としてこれはどうなんだ?)

 精神が太い俺もさすがに忸怩たる思いがしてくる。たかがと言ってはあれだが、たかが低年齢向けのヒーローショウを盗み見るために、軍用の光学迷彩を使おうというだ。

 足下まで体を覆えるマントを頭から被ったら内側に垂れるケーブルを持って、Aries-01

は自分の首筋に、俺はベルトで腰に装着したボックスにコネクターを差し込む。3層構造でマジックミラーになっているこれは、内側から外が見えても逆はなく、内にあるカメラが映した映像を外にある画面に映すことで周囲と同化できる。

 これを使ってどこからショーを見るかだが、ドーナツの内側にあるテラスや、中央広場のステージ前に並ぶパイプ椅子ではなくて、なんと客が入れないメインステージの間近から盗み見ようという話なのである。

 お互いに視認できないのでAries-01と手を繋ぎつつ、1階の扉から出ると大型の扇風機で冷やされている子供達が座った席の脇を、得意げにしながら通り抜けてステージの隅っこへやってきた。

 内円の直径は50m、壁際にステージがあって上にワイヤーが渡してある。ワイヤーに吊されたのと床にあるホログラム投影装置を使い、映像の世界をそのまま立体感のある現実に再現してしまうから、このショーはとても人気が高いのだ。


 頭上にあった太陽が建物に隠れて若干涼しくなったPM4:00、スピーカーから開演のアナウンスが流れると床から煙が噴きだして辺りが白色に染まり、ステージの背景が岩と砂浜に変わると、床が割れて部下を連れた怪人が上がってくる。

 大太鼓をメインに据えた重厚感のある音楽を背に登場するのは、ウォーターポロの海底に潜む悪に染まったポセイドンの弟が率いる海賊オーシャンズ、そのオーシャンズに作り出された3将軍の1人目がこのタコヤッキーンだ。

 外見は捻り鉢巻きをした全長2mの巨大ダコ、よく伸びる手足と口から吹きだすタコ墨に火炎放射が必殺技で、毎回のように倒されるやられ役である。

 彼は出現するとまず客席のほうを向きながら

「正義を憎み悪をなさんとする子供達よ、今日は我らオーシャンズが主催するダークショーに集まってくれて心から感謝する。さぁ早くオーシャンズ入隊し一緒にアクアマンを倒そうではないか」

 と勧誘した。すると間を置いてから客席にいるサクラが

「私達は悪者の仲間になんかならないぞー」

 このように声を上げ、子供達からヤジが飛んだらタコヤッキーンは

「なにーーお前達はアクアマンの見方をするつもりか! 悪を憎み我らの邪魔をしようというのなら、こうしてくるわ!」

 と仰け反りながら息をすい込むと、タコ墨を吹きだして観客席にぶっかける。無論だがほんとうに泥水が出てくる訳ではない、タコヤッキーンの口から観客席を覆うようにして広がる汚いそれは、ホログラムで再現された映像であり、人間に当たる直前で壁際にある噴水口から水が吹きだして客に掛けるのだ。

 ステージの斜め前にいる俺達は頭上からバケツ一杯分ぐらいの水を被り、

「服が濡れたらどうしてくれるのよ!」

 とAries-01が怒るのを俺は宥めて落ち着かせる。光学迷彩は水を被ったぐらいじゃ平気なので大丈夫。

「これで悪の凄さが分かっただろう。これ以上いたい目に遭いたくなかったら、オーシャンズにひれ伏して入隊しろ!」

 太い眉毛をつり上げるも怖さより愛嬌が先にたつ顔のタコヤッキーンが、このように再び命じたら

「どれだけ酷い目に遭わされても、怪人の仲間になんかならないぞ!」

 とサクラが声を上げるのに合わせて子供達からヤジが飛ぶ。

「貴様らーーーーーもう許さんからな!」

 タコヤッキーンは短気でおこると体が茹でダコのように赤くなり、

「だったらもう一度タコ墨を喰らわしてやる!」

 と怪人が息を吸いこみ始めた所で

「そこまでだタコヤッキーン!」

 と屋上にヒーローが登場した。

 そいつは

「頑張ってーウィリアムーーー」

 とテラス等からキャーキャー黄色い声援を浴びると

「とうっ」

 とワイヤーに吊されながら屋上より颯爽と飛びりる。彼は白人系のイケメン、モテルやつなんかXで十分だ。

 ホログラムがあるのに人間が危険なアクロバットをするのは、『機械労働禁止法』による規制があるから。読んで字の如く、放っておくと仕事がすべて機械に奪われるので、これを規制し人間がはたらく場所を守るための法律である。

「現れたなウィリアム=フェルバーナ、今日という今日こそは貴様を倒してやる!」

 どうやったのか知らないがXと対峙したタコヤッキーンは、8本の足を縦長になっている顔の後ろへ回すと、それぞれの手にロングソードと銀色の光線銃を4ずつ取りだす。

「どうやら話し合いの余地はないようだな。だったこちらも本気で行くぞ」

 タコヤッキーンに合わせてこう話したXは、首にチェーンでぶら下げた踝ほどのサファイヤを天に掲げると、

「海神ポセイドンの力よ我がみに宿れ、アクアチェンジ!」

 と変身した。どこからとも無く現れた津波が彼をのみ込み、数秒後に変身が終わったヒーローがそこに現る。全身を包んだ海色のスーツは魚の鱗で守られて、胸に力の象徴であるサファイヤがあり、背中にポセイドンの槍を背負っていた。

 津波に合わせてXが誰かと入れ替わったのではなく、Xの周囲をホログラムが取り囲んで着せ替えただけ。タコヤッキーンはナノマシンで補助された胴体を、同じようにホログラムで囲んでいるのだろう。

「いつもいつも邪魔しやがって、やってしまえタツーラ!」

 ステージにいるザコは2人だけ、どこから現れるのかと思ったら客席にいた数人の警備員が警棒を抜いて津波に襲われる。変身を終えて現れるのは薄茶色をした、タツノオトシゴのように特徴的な口が飛びでた顔と、尻尾に体がある戦闘員。

 警棒をけんや光線銃に持ち替えた彼らはXに襲いかかって乱戦開始。飛び交うレーザー光線に振り回されるポセイドンの槍、アクアマンが数に手こずり始めたらポセイドンの娘でマーメイドらしいヒロインが助っ人にくる。

 タコヤッキーンが劣勢になったら隠れていたタツーラが人質をとり、3人目のザ・シャークがそれを助けて更に戦闘が進み、彼は背負っていた人間サイズのシャークブーメランを客席からタコヤッキーン目掛けて投げつけた。

 俺は怪人とブーメランの間に立っている。(どうせホログラムだろう……) と座っている観客の頭上を飛んできたそれを眺めていたら、なにか固い物に当たられた。俺に当たって床に落ちたシャークブーメランは、俺が投射されるホログラムを遮っているので本体のフリスビーが露わになっている。

 ヒーローショウが緊急停止、客と警備員と役者がおれが居る方へと注目してきたら

「あれぐらい避けなさいよドン亀」

 と横にいるAries-01に罵られてしまう。

 (落ち着け、落ち着くんだ俺。光学迷彩で見えない筈、はやくこの場を離れるんだ)

 ザワザワザワザワザワ、客の響めき合わせるようにして怪人に変身しなかった警備員が集まってくる。出口は離れた所にあって即封鎖、機転を利かしたヒーローが

「まだ怪人が残っていたのか、隠れてないで姿を見せろ!」

 と指差して叫べば

「あれは仲間じゃない! どこのスパイだ捕まえて拷問にしてやる、タツーラ掛かれ!」

 と戦闘員が退路を塞ぐようにして戦列に加わってきた。

「折角のショーが台無しだわ。あなたの責任だから1人でどうにかしなさい」

 始めから当てにしてないがAries-01はブリザード並みに冷たくて、彼女が繋いでいた手を離すと同時に地面をける音がしたら俺は1人にされてしまう。

「光学迷彩で隠れてるぞ! カラーボールを使え!」

 誰かがこのように叫べば一斉に構えた警備員が投げつけ、命中したら襲ってくる警備員から逃れようと俺は乱闘を開始するのだった。

                 ※

 PM4:25兄さんはやっぱり変態で、私は変態集団の秘密基地にいる。偽マリー長官の下から逃れたら、なぜか生活苦から職場の金を横領した事にされて、警察に追われてサダルスウドを走り回っている所を軍に保護された。

 アンドロイドの命令で食堂に開けた穴からシャベルで掘り進めるアホが居て、桃色の法被に鉢巻きを締めた不気味な信徒がいて、ここは警察庁の真横にある地下基地。兄さんと入れ違うように来たから帰ってくるのを待ってたら、会議室に呼び出された。

 椅子に座れないから将軍機らしいAries-01は土嚢に乗っていて、三原色に頭を染めたおじいさん、クロサンの情報部、強そうな黒人、と一緒に長机を囲んでいる。

 私はきっと夢を見ているに違いない。

 アルカディア帝国のエクリプス軍、AIを進化させる創造神開発計画(Aether make project)、ヒーローショウを見に行って大乱闘の末に兄さんが警察に捕まるとか、説明を聞いたら現実を受け入れられない頭がエラーを吐き出して調整に難儀した。

「皆さんが揃いましたので、教祖様の現状を確認する所から始めたいと思います。まずはこれを見て下さい」

 黒サンにスーツを着た男はノートパソコンを操作して、壁掛けテレビに録画したニュース番組を表示させる。映像の右上に表されている時間はPM4:20、緊急速報と大きな見出しがあってそこに『ヒーローショウを襲撃した犯人を逮捕』 と書いてあった。

 解説者や警察の適当な話に合わせて逮捕時の乱闘シーンが流されて、最後に兄さん手配写真が表示される。擬人化禁止法がどうしたとか、秘密教団の教祖が捕まってよかっただとか、自分じゃ尻尾も掴めなかった幹部が自慢げに話すのは面白くない。

「では今後の対応についてご説明します」

 この後テレビの映像を切った男が話した内容を纏めたら、プロである自分達が警察との交渉から教祖の奪還までやるから何もするな、となる。どうやら彼らは元よりAries-01も知らないらしい、いま署長室に座っているマリー長官が偽者である事を。

 これは話しておかなければならないと、今度はわたしが説明を始める。

「……それ本当の話なの? 嘘だったら蹴り倒すわよ」

 眉間を寄せて表情を硬くし真剣さを表したつもりらしいAries-01は、偽マリー長官のように暖かみが感じられないけど、フランス人形みたいで純粋に可愛いと思う。切れ長の目に小さい手足、部屋に飾って置きたい位で兄さんが欲しがる理由も分かるけど、機械の癖して生意気すぎるこの性格は受け入れがたい。

「嘘は吐いてないわ」

「そうなの。まぁいいわ之治と本物のマリー長官は諦めましょう」

「ふざけないで!」

 アンドロイドだけあって血も涙もないAries-01へ私は言い返したが、彼女はちっとも堪えずにそれ所か自分の正しさを主張し始める。

「警察庁を仕切っているのは強行派の部下で、あれらはサダルスウドを制圧するために軍団を使って、入念な下準備をしてるから攻めるのは無謀よ。あと偽者の正体を暴いたらUFとエクリプス軍が動いて戦争になるから絶対にダメ」

「だったらあなたがTaurus-01と交渉して何とかしてよ」

「私が? どうして?」

 小さく首を曲げて聞き返してくる彼女に、私は手に持ったコップを投げつけてやると構えそうになった。

「下僕を守るのは女王様の仕事じゃないのかな~」

「下僕には私も含まれるわけ?」

「その通りよ。AI女神信仰教は私のためにあるの、だからぜんぶ私の物」

 ロックの話に対して、当然でしょってツンとした氷のような顔で答える、Aries-01を見たらムッカーーーーーってきた。

「みんなはこれでいいの?」

「技術提供時の取引で、教祖より偉い教皇として扱う事に決まってるんだとよ」

「そうよだからみんな私をあがめ奉って、私の命令通りに動いていればいいの」

「僕達は教皇様に縋って生きるしかないんだ、恵愛君達を助けてよ」

「仕方がないわね手を貸してあげるわ」

 社長から中間管理職に降格された兄さんはザマみろだけど、アンドロイドは大ーーーーっ嫌い。拳を握りしめて浮き上がりかけた腰を沈めた私は、これからについて話し合う。

                  ※

 教祖だから奪還にくるに違いない、だから厳重警戒をしよう、という訳で俺は警察署ではなく警察庁の地下にある特別管理室に投獄されてしまう。この部屋はコンクリートの外側を鋼鉄と電磁シールドで囲んだらしく、監視カメラがあって扉の外には看守もいる。

 そして俺は

「巻き込んでおきながら自分だけ逃げやがって、この恨みは忘れないからなーーー」

 と部屋のなかで憂さ晴らしに叫ぶのだった。

 すこし気が晴れたら俺はどこかに脱出手段はないかと探す。排気口はなく空調管理は天井にあるはめ込み式のエアコンがやり、ベッドの下に有って欲しい抜け道はなく、地下なので窓はないし、この壁を破るならレーザー砲がいるだろう。

 諦めてふて寝する。(俺は教祖で軍隊がついている、何も心配しなくていい筈だ)

 ……暫くすると誰かが体を揺すってきた。その手を払いのけたら屈強な男達に引きずり出されて、手錠をされたらどこかに連行される。痛いのも辛いのも嫌だが、教祖なのでこれからされるだろう尋問にも抵抗しよう、と考えていたら警察庁長官の部屋に連れてこられて訳が分からなくなった。

 噎せ返るようなバラの匂い、どこを向いても赤だらけ、高そうなデスクの向こう側にはブロンドウェーブで年増の長官様が座っている。

「後は私がやるからあな達は外にいなさい」

 腕に自信があるのか付いて来た警察官に邪魔だと長官が指示したら、言われた方は渋る様子も見せずにさっさと出て行ってしまう。

「座りなさい恵愛之治」

 さてどうしたものか、言われるままにデスクの前に置かれた椅子に座りはしたが相手はアンドロイドだとすぐに判る。瞬きせず硬い顔から感情が読み取れず、この常識外れの行動を照らし合わせたら疑いの余地はないのだ。

彼女はAries-01の部下かそれともTaurus-01のほうか、確率は2分の1なので俺は

「Taurus-01の部下らしいが何が目的だ」

 と聞いてみる事にする。

「驚いたわねもうばれるなんて」

「お前達はばれないつもりかも知れないが、居ることを前提にしてよく観察すれば見分けるのは容易いことなんだぞ」

 驚いたと言いながら表情を変えず音声もそのまま、まだまだ人間にはほど遠い。

「そうなの、どこが人間と違うのかしら?」

「教えてやるわけないだろうが。で、何が聞きたいんだ?」

「聞きたい事なんて無いわ。お願いがあるだけよ」

「抵抗を諦めてコスモスを差し出すならここから逃がしてやる。か?」

「教祖をやっているだけあって頭はいいみたいね、返事は?」

「NOだ、機械に支配される世界なんて冗談じゃない」

「そんな邪険にしなくてもいいじゃない」

 僅かな油断が死を招く。あれらと向き合うときには、人間はお前達よりも優れているから力に訴えたら酷い目に会うぞと、強気を維持しなければならないのだ。ぎっと顔を引き締めて抵抗の意志を示していたら、立ち上がって近くに寄ってきた偽者が手錠にカードキーを差し込んで外してしまう。

そして手錠が床に落ちたら

「これならどうかしら?」

 と話しながらペーパーナイフを顎の下にある首に当ててきた。

「2人きりになったら教祖が私を人質にしようと襲ってきたので、仕方なく反撃したら弾みで殺してしまいました」

「殺すなら殺せばいい、情報が手に入らないだけだ」

「あなたを人質にして仲間と交渉するって言う手もあるわね」

「警察による取り調べがあるんだ、幾ら長官でも勝手は通らないぞ」

「ふーんじゃあぁこれは?」

 (こいつらはどこでこんな方法を学んでくるんだ?)

 なにを考えたのか偽者は急に後ろを向き、そのまま椅子に座っている俺の膝に右側から座ってきた。ナノマシンで制御された体は重さを感じさせずにフワリと乗り、せなかを傾けたら右手を俺の首筋に回して下から見上げてくる。

「私を見なさい」

 こんなのは屁でもないと天井を向いたら、顎を持った左手と後頭部を掴んだ右手で顔の向きを変えられた。抵抗したら折られそうな馬鹿力だったので従うより他になく、美味しい思い、違う、男として大ピンチになってしまう。

 密着する巨乳の破壊力、年を感じさせない瑞々しい肌、媚びない制服を着ている所がまたそそられる。口紅を付けた艶のある唇から紡がれるのは

「あなたが寝返るなら私を好きにして良いのよ」

 と甘美にして芳香な香りに乗せて繰り出される妖艶な誘い。

 (このまま押し倒せたら……) と一瞬だけ悪魔の囁ききこえたが、俺は教祖、持ち前の根性でこれをねじ伏せたら頭を回転させる。

 (俺が寝返ってもコスモスは差し出せない、人類の命運を握っているAries-01、AI女神信仰教、そして軍隊は甘くないのだ。となると偽者にとって用済みになった俺は早々に性分される。やはり寝返るのはよくないな、うん)

「俺1人ではコスモスの扱いを決められないんだ、色仕掛けなんかしても得られる物は何一つないぞ」

「渡せないなら壊してくれればいいのよ。私1人じゃ足りないなら1tの金塊と部下もつけてあげる。何が欲しいの? 望む物を望んだだけあげるわ、教団の基地はどこ?」

 (う~ダメだ耐えるんだ俺。戦争がー人類の未来がー、女神様おれに力をください)

「人間を堕とすのって、女も男も基本は同じなのよねぇ……」

 俺を見つめていた顔が下をむく。身を捩っても動けず

「殺されるーーーー助けてくれーー」

 と扉の外に居るであろう警察官に向けて声を上げたが

「外にいるのは私の部下だから、叫んでも助けなんか来ないわよ」

 と変態アンドロイドは言う。

「攻める方が好き? それとも攻めて欲しいの?」

 顎を固定していた左手が下に降りる。(うーんこれはマズイ。いや美少女アンドロイドを崇める俺にとってはむしろ願ったり叶ったりか? いかん、いかんぞこれは) 逃げなければならないが、脆弱な人間ではどうにもならない。欲望と正義、好奇心と責任感、相反する2つの感情がせめぎ合うと男として俺はおっきくなる。

「随分と逞しいのねぇフフフフフ、!」

 偽者の顔が突然後ろを向いた、体をすり寄せながらやるので首が180度回転し、俺の心は真冬の海へとび込むぐらいに瞬時にして冷えてしまう。

「もうっ誰よこんな時に」

 と文句を言いながら立った偽者は、デスクに座るとパソコンの操作を始めた。着信音は聞こえなかったが、きっと電子頭脳内へ呼び掛けるように設定してあるのだろう。

「……そうですか、時間は?……了解しました。ここで待機します」

 通信を終えたらしい偽者が俺をみながらこう話す。

「これからAries-01があなたと本物のマリー長官を迎えに来るそうよ。人間程度に下らない小細工はいらないから解放しろって、Taurus-01に命令されちゃったわ」

「それは残念だ」

「残念?」

 右へ傾いた傾国美女の顔が妖しく笑う。

「違う! さっきのは間違いだ! お前なんかとは金輪際関わりたくない、離れられて清々している。2度とおれの側へ近寄るな、わかったな!」

「虚勢なんか張っても損するだけよ。ほんとうに裏切る気はないの? 今ならまだ間に合うわ、寝返っちゃいなさいよ」

 まだ脈はありそうだと椅子から立った偽者がこっちへ来る。Aries-01助けに来るなら早くしてくれ、このままでは俺の理性がいつまで保つか分からない。

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