6話目
※
AM1:30、準備を整えた俺達は光学迷彩を発動した大型トラックで、ガニメデの入り口に乗りつけた。国防大臣の話だと、邪魔者を排除した後に陸軍を残しておくとそれが障害になるので、軍隊の皆さんはここから離れた場所で通行規制をしてるらしい。
至れり尽くせりで何とも有り難い話である。
駐車場から自動ドアを抜けてドーナツ状の建物に入ると、ここを通って行けと左右に整列して道を造った警備ロボットが出迎えてくれた。
「このまま進んでも大丈夫なのか?」
歩き始めるとでかい体の癖して俺と女神様の後ろにいるマックスは、左右を見ながら不安そうな声でこう言ってくる。
「拳銃すら持ってないから襲われたら一溜まりもないな」
「だからハンドクラスターぐらい持たせろって言ったんだ」
ハンドクラスターとは携帯型レールガンのこと。バッテリーパックを背負い、そこから銃に電気を送ってタングステンの弾を撃ちだす軍用拳銃だ。弾の初速はマッハ3、拳銃でありながら鋼板を打ち抜けるうえに射程も長く、裏社会で乱用された為に麻薬よりも厳しい取り締まりが行われる事になった、曰く付きの銃である。
「この辺りが全て抑えられたとして、想定される警備ロボットは最低でも170台。乱戦になったら確実に負けるし相手は丸腰で来いと命じてきた」
「んなことはわかってんだよ、お前は怖くないのか?」
「怖いに決まってるだろうが!」
と俺は振り返って叫ぶ。
及び腰のかれに言われるまでもない。
俺達を取り囲んだ複数のロボットから向けられる無機質な目、円柱形をしたロボットの手にはスタンガンや刃物が握られていて、内側にあるフィンで空を飛ぶ円盤形はガス弾や閃光弾といった飛び道具をぶら下げている。
機械的な圧力から来る逆らいようのない圧迫感は軍人でも耐え難く、考えないようにしてたのにマックスが思い起こさせてくれたから、足が竦んで動かなくなってしまう。
「何も考えるな、俺の目にロボットは映ってない、俺は安全なんだ……」
「俺が悪かった」
心と頭を騙してなんとかしようとぶつぶつぶつ呟いていたら
「止まるなさっさと歩け」
と抑揚のない声で話す何かが、おれの背中に鋭利な物をあてて脅かしてきた。顔を動かして後ろに目をやったら、円柱型から伸びた金属チューブの先にある手に、店から持ってきたらしい出刃包丁を握っているのが見える。
「コスモス戦闘態勢を解除するんだ」
前を向いたら俺を守ろうと拳を構えた女神様にこうお願いし、
「わかった歩く、歩くから包丁をしまってくれ」
と両手を挙げながら歩きだす。
エレベータに乗って4階へ。重量オーバーで警備ロボットが同乗できなかったから、試しに2階や3階のボタンを押してみたら扉が開くと同時に
「下らないを事やらずにさっさと決闘場所へ向え」
と円柱型が乗り込んできて上に向かうボタンを押してしまう。
俺は今すぐお家へ帰りたい、相手がキレやすい性格だったら、棺桶に入ってここから帰宅する羽目になるだろう。4階についてエレベーターから降りたら警備ロボットが道を作っていて、道なりに進んだ俺達は呼び出された場所までやってきた。
「誰もいないな、騙されたのか?」
と1台のロボットすらない公園を見たマックスがこう話す。
「腰抜けめ、女神様に恐れをなして敵前逃亡したらしいな。帰るぞ」
相手が逃げたのなら仕方ない。こんな場所には1分1秒たりとも居たくないと、噴水の中央にあるマーメイド像に背を向けた時だった
「私は腰抜けじゃないわ」
と間近からうら若き乙女の声が聞こえると同時に、何かが俺の脛を蹴飛ばしてくる。
「いでぇーーーーーーーーーーーーーーー」
と飛び上がった俺は、目に涙を溜めながら座ると向こう脛を必死に擦る。相手は加減したつもりかも知れないが、それは一瞬折れるかと思うほどに強烈だった。
「大げさね、少し突いたただけじゃない」
またしても近くから少女の声が聞こえ、言い返してやろうと右を向いたが誰も居ない。
「光学迷彩かいつから側にいた?」
「去年の12月31日からずっと監視していたわ」
視認できないとはいえこちらも備えていた訳で、(これほど長い間おれたちに存在を気付かせないとは相当腕が立つな) 等と考えていたら、公園の地面に生えている人工芝を踏み潰しながら何かが噴水の方へと歩いて行く。
痛みを我慢して立つとそれは噴水の前で止まり、鏡のように光沢のあるフードの付きのコートを体から外して姿が現れる。
「初めまして、愚かで無能な人間共」
初対面なのに相手は礼もせず上から目線でいきなり貶してきた。
「あなた達の事は知っているわ。私はAries-01、アルカディア帝国に属するエクリプス軍12将軍のうちの1機よ」
相手が人間でなおかつ美少女でなかったら、俺はすぐに殴りかかっただろう。それほどまでに金髪をリボンで纏めたツインテールの少女が向ける蔑みの目はきつく、人間をいかに侮っているかがよく分かる。
身長は女神様より低い150㎝台で幼げな白一色のゴスロリ風。足下からヒール、同色のストッキング、フリルスのあるカートと長袖。第一印象は傲慢で関わったら面倒くさそうな美少女、だけど美しい。
「指先の細部まで徹底して作り込んでやがる、誰が作ったんだろうな」
黒人の男は大人が向けるやらしー視線で少女を舐めるように見た。
「確かにそうだな。是非お友達になりたいものだ」
マックスに釣られた俺も同じように注視してしまうのだが、
「変態達に見つめられると気持ち悪いから止めなさい」
と美少女に睨まれるので目を反らしておく。
「聞きたい事があるんだがいいか?」
「話の前にコスモスのテストするわよ。構えなさい」
こう話した彼女は左足を一歩引いて拳を構え、鋭い目つきを女神様に向けたが、アンドロイドには殺気や闘気がないのでその強さを推し量りにくい。白肌にブルーアイをした外見は小学生と中学生の境目ぐらいなので、弱そうと言えば弱そうに見える。
(このまま女神様を戦わせてよいものか?) と迷っていたら
「どうしたの? さっさと構えさせなさいよ」
とお嬢様から抗議が来た。
「いやその、大の男が美少女どうしの殴り合いを命じると言うのは、世間体的に問題があるからやりたくないんだが」
「下らない感情ね、これだから人間は……」
何を思ったのか踵を返して噴水の内側に入った彼女は、スカートが濡れるのも構わずに膝下まで水に浸かりながら前進する。Aries-01が注目しているのはここが作られた時に守り神として特注された、岩場に腰掛けて水瓶を担いだ等身大のマーメイド像。
何をやろうとしているのか察した俺が
「やめろっそれは国宝なんだ!」
と叫ぶもAries-01は躊躇わずにストレートパンチを放つ。
ドゴッと鈍い音を出しながら文字通りの鉄拳がマーメイドの中央、おへそら辺に命中するとそこから左右にひびが入り、切り離された守り神の上半身がバランスを崩して下にある小池に落ちたら水飛沫を上げて、
「後で上から無茶苦茶おこられるんだろうな」
と俺の横にいるマックスが呟いた。
唖然として開いた口が塞がらず棒立ちしていたら、水を浴びつつ振り返った彼女は
「どうかしら、これでもやるきならない? 足りないならもっと壊してあげるわよ」
と不機嫌そうな顔で脅しを掛けてくる。
別に石像を壊された事に対して腹を立てた訳ではない、だが被害を増やされたら後始末が大変なので俺は女神様に
「コスモス目前にいるAries-01を拘束しろ。相手はアンドロイドだから頭以外は壊しても構わない手加減するな」
とお願いをする。
「了解しました、Aries-01を拘束します」
美声で応じられた女神様は臆する事なく彼女に向かって歩きした。
戦いに備えて女神様には強化ゴムとCNTを重ねて作った、厚さ1㎝の黒いボディスーツを着せてある。頭部のヘッドギアと合わせたら全身がごわごわし、美しさが損なわれてしまうがこれは仕方がない。
「あなたを破壊したくありません、早々に投降される事をお勧めします」
女神様は攻撃の間合いに入ると同時にプログラムに従ってこう話されるが、
「人間が作ったガラクタの分際で随分と生意気な口を利くじゃない」
と言われた方はこれがえらく気に入らなかったようで
「壊れるのはあなたの方よ!」
と飛びかかっていった。
(凄いなぁ) これが彼女たちの戦いを見て素直に出てきた最初の感想。
Aries-01が一撃目に選んだのはなぜかジャンプキックで、スカートを履いてるのにどドッと3m近くも飛んだ彼女は、斜め下に右足を伸ばしてコスモスに蹴りかかる。
(カボチャパンツなんか見えても楽しくない)
分かりやすい攻撃を左側へ体をずらして避けた女神様は、相手の背中へ回って着地後の間合いを狙うように右ストレートを放ったが、Aries-01は硬直時間をナノマシンの力で強引に殺しながらしゃがんで躱し、そのまま円を描くように足払いを掛けた。
すると女神様はこれを避けるために足へ力を入れて高く跳び、前へ向かう体の流れを生かすように空中で前転しながら着地する。
「まるで曲芸師だな」
とマックスは遠ざかりながら2機の戦いをみて感想を述べた。
「サーカスをやらせたら人気が出るぞ」
アンドロイドの戦いに生身で巻き込まれたら命が幾つあっても足りないので、俺達は安全地帯へ避難をしている最中である。
「稼働して日が浅いのに悪くない動きね、これならどう」
立ち上がって床を蹴った彼女は、動きにくそうなロングスカートをはためかせて女神様に走り寄る。どうやらAries-01は足技に自信があるらしく、待ち構えている女神様へスカートを両手で持ち上げながら右回し蹴りを放ち、それが手で止められると左足だけで上に飛び体を前に回しながらかかと落としを繰りだした。
女神様が後ろへ下がったら間を置かずに走り寄って胴に殴りかかり、手で払われるとその下から顎を狙ったサマーソルトをする。
「なんて足癖の悪い女だ」
「きっと常日頃から回りの奴らを蹴りまくってるに違いない」
「あんな可愛い子になら蹴られてもいいかもな」
マックスは冗談のつもりだろうが笑えない話なので俺はこう切り返す。
「人間なら一蹴りで骨が粉砕されるぞ、信徒らしく女神様を援護するついでに試してきたらどうだ?」
「ははははは、マジで勘弁してくれ」
外見は美少女でも、あの2機は軽く殴っただけで大理石を破壊できる超パワーの持ち主であり、性能が同程度だからただの格闘技戦に見えているだけ。2機の戦いは一見すると互角だが、年季の入った将軍が相手では分が悪いらしく、女神様はだんだんと防戦一方になってきた。
「始めの強気はどうしたの? 私を失望させないでよね」
女神様の電子頭脳にはロックとその部下達が作った空手のデータが入っている、だが所詮は仮想世界のシュミレーションで作ったに過ぎず、結果は見ての通り。
正拳突き、前蹴り、上げ突き、至近距離での膝蹴り、Aries-01はそれぞれの攻撃を受けるではなく体をずらし最小の移動で避けたら、蹴上げ、足払い、横蹴りと次々に技を繰り出していく。女神様はそれなりに考えながら攻撃を仕掛けていくが、その光景はまるで素人を相手にする達人の様相だ。
「もう後がないわよ、早く私を捕まえてみなさい」
電子頭脳がどれだけ優秀でも知らない事は出来ない訳で、もち技を潰された女神様は守りつづけるより他になく、背中に壁が当たる位置まで追い込まれてしまう。
俺はその戦いを眺めながら対策をえる。
公園には使えそうな武器がなくて丸腰で助けに入るド根性もなく、壊されると修理費が高いので止めて欲しいが、どうしようもない。武器がないなら君宏達に連絡して転送して貰えばいい、が、警備ロボットに参戦されたらしゃれにならん。
なので考え方を変えてみる。
Aries-01は女神様を破壊するために来たのか?
答えはNO、それなら最初から銃器を構えて撃ってくる。(まてよ、彼女はテストをやると言ったな……)
「Aries-01! もうコスモスの能力は十分理解できた筈だ、その辺にしておいてくれ」
と俺は離れた所から、大声でツインテールの少女に話しかけた。
「嫌よ、まだあの子の全力を見てないわ」
Aries-01が俺達に横目を向けて話すと生じた隙を狙って女神様は殴りかかるが
「この程度なの?」
と顔を軽く動かして正拳突きを躱しつつ詰め寄り、女神様の襟首と腕を捕まえて
「基本から勉強し直しなさい」
と280㎏もある体に背負い投げを喰らわす。その後Aries-01は女神様を頭を踏んづけようと足を上げ、女神様が床を転がってそれから逃れたら
「全力を出させないならこのまま破壊するけど、いいのかしら?」
と体を固定したまま顔だけを俺の方に向けて脅かしてくる。
「あれをやれと言うのか、まだ未調整だから使わせたくないんだが」
「このノロマ、私が何のためにここへ来たと思っているの。いいから早くしなさい」
有無を言わせないAries-01の態度が気にいらない。暴走を許したら全損するかも知れないが、イノシシ武者の女神様をこのまま続けさせても結末は見えている。
(やむを得ない。どうなっても知らないからな、後で泣くなよ)
「コスモス戦闘を一時中断して距離を取るんだ」
準備をするために女神様へこうお願いし動いて頂いたら
「グズグズしないで、大急ぎよ」
とAries-01も同じように離れて命令される。
(リスクが高い、やらせたくないなぁ……)
「周りにある店を手当たり次第に壊してくるから、のんびり準備してればいいわ」
「わかったやらせる! やらせればいいんだろうが」
俺が迷っていたら、ドゴンと鉄拳でアイスクリーム屋のコンクリート壁に穴を開けたAries-01が、中へ入って行こうとするから慌てて止める。
「コスモス物質超電荷機能を起動しろ」
「最終調整が済んでいません、暴走する危険性が高いですが実行して宜しいですか?」
恐れている訳ではないのだが、離れた所からお願いをすると俺の方を向いた女神様はこのように返事をなされた。
「壊れたら直してやる、いいからやるんだ」
「了解しました。起動するまで暫くお待ち下さい」
こうは言ったもののやはり心許ない。設計通りなら大丈夫な筈だが、新型機というものは設計通りにいくほうが珍しい訳で、右耳の無線機に手を当てたら
「話は聞いているなロックと君宏? 暴走に備えて準備しておいてくれ」
と指示を出しておく。
「分かりました、暴走しないように祈っておきます」
これでいい後は運を天に任せるだけ。
「超金属ナノマシン(ミスリル)のリミッターをOFFにします、エネルギータンクからのミスリルへの電力供給を最大値に設定……マテリアル化を開始しました」
ぼうっと女神様の全身が蛍のように淡い光を放ちだす。マテリアル化とはプラズマエネルギーを必要な場所へ集中させて、プラスマその物をミスリルと併用して爆発的な運動力に変換したり、装甲の代わりにしたりする事である。
神々しいオーラを身に纏うコスモスは、まさしく女神様と呼ぶに相応しい出で立ちではあるが、1億V、3万Aになる弱電プラズマを帯びてるので人間が触れたら即死する。
「起動まで後10秒です、9、8、7……0。起動しました行動を指示して下さい」
マテリアル化された光る髪は風もないのに妖しく揺れて、ペリドットの瞳には爛々と緑の炎が燃えている。ミスリル製の人工筋肉が拡大して細身の美少女からスポーツ系お姉さんになったが、試した事がないのでその実力は俺も知らない。
「本当に戦わせてももいいんだな?」
と女神様のまえで拳を構え直したAries-01に聞いてみた。
「クズ、ノロマ、鈍足、ボンクラ、碌でなし」
「コスモスAries-01を破壊するんだ」
「了解しました」
俺のお願いを聞いてくれた女神様が走りだす。体のサイズが変わっても重量は同じであり、風を切るような早さでAries-01に接近した戦女神は右で回し蹴りを放ち、受ける方は縦に構えた両手で防ごうとする。
次の瞬間だった、Aries-01の体が中に浮いたのは。地面がへこむほどに両足で踏ん張って耐えようとした彼女だが、まるでボールを蹴るかよのようにあっさりと蹴り飛ばされてしまったのだ。
コスモスより小型でも百貫デブ体重200㎏は下らない。空中を進んでいくAries-01は姿勢を制御して地面に足をつき、芝生を引きずられるようにして何とか止まる。
「なかなかやるじゃない、もっとよ!」
叫んだゴスロリ少女が放つのはヒーロー張りのジャンプキック、これを手で掴んだ女神様は流れに載せてAries-01を地面に叩きつけた。窪んだ地面にいる相手にとどめを刺そうと、女神様は右足を持ち上げて踏みつける。
ガシッとAries-01はそれを両手で受け止めるも敵わない。ギシギシと音を立てている両手は段々と下がっていき、(もうダメかな?) と思ったら
「たいしたパワーだけど力だけじゃ勝てないわよ」
と両足で踏ん張りながらAries-01は体を右へ動かした。女神様がバランスを崩して倒されたらその隙に少女はたち上がりなんと
「コスモスの性能は大体判ったわ、戦いを止めましょう」
といきなり言ってくる。
戸惑って対応の遅れた俺のまえで女神様は突撃し、顔に伸びてくるパンチを大きな動きで避けたAries-01は、自慢の足で後方へと一気に5mぐらい飛ぶ。
「カメよりも鈍い男ねさっさと止めなさい!」
顔を回しながらこう叫ぶAries-01の身勝手な話へ従ってやる義理はないが、戦う気がないならと俺は女神様にお願いをする。
「コスモス戦闘を停止しろ」
「……」 (だからやりたくないって言ったんだ)
返事が頂けないのでもう一度頼んでみるのだが目もくれず、過電流で制御不能になったらしい女神様に、ガン無視されると切ない気持ちになった。Aries-01を追って空中にとぶ勇猛な女神様は硬いヒールで天井を蹴り、獲物を狙う鷲のように襲いかかって行く。
「低脳! 無能! 止めなさいって言ってるでしょ!」
Aries-01が横飛びで躱したら女神様の足は地面へぶつかって深く抉り、1階下にある店の商品棚が見えるようになる。
「戦闘を止めるんだコスモス! 俺の命令が聞こけないのか!」
「……」
「見事に暴走してるな、笑っていいか恵愛?」
「装備を転送してくれ君宏」
「分かりました、そこから動かないで下さい」
単調な女神様の攻撃を避けながら俺に向ける、Aries-01の侮辱的な視線がイタイ。
「所詮は人間ね、呆れてものが言えないわ」
(はいはい、そうですかそうですか。もうどうとでも罵ってくれ)
こっちはそれ所じゃない。行き場を失ったプラズマが電子頭脳を焼ききる前に、教祖としてこの身を犠牲にしてでも、女神様をお止めしなければならんのだ。
「なんか焦げ臭くないか?」
と少しして横にいるマックスが聞いてくる。
「まだか君宏? 早くしろ!」
「座標の設定がややこしいんです、もう少し待って下さい」
まずい事に耐熱仕様のボディスーツが溶けてきた。その下にある胸やお尻が見えてエロイとかそんなアホな話をしてるレベルではない。皮膚代わりのシリコンも溶けてその下にある鈍色の人工筋肉やNESUTO装甲が露出している。
「早く止めないと全損するわよ! 急ぎなさい!」
女神様の攻撃を避けつつ叫んだAries-01に言われるまでもない。女神様はもはやまともな思考制御をしておらず、敵に向かって動きながら両手を振り回したり、相手が間合いの外なのに前蹴りを続けたりと挙動がおかしくなっている。
「転送します、頭上に注意して下さい」
(やっと来たか) と俺は天井に目をやった。ワープ技術が確立されてからうん百年、その間に亜空間制御装置の開発は進んで、いまはトラックへ乗せられる程にまで小型化されている。危険なので軍の管理品かつ人間のしようは禁止だが、物を送るだけならこの亜空間物質転送装置は素晴らしい機械なのだ。
転送は俺達が持つスマフォから発せられた位置情報を頼りに行われ、空間の歪みから天井板が渦を巻くように見え始めると、中心部に光のない黒い通路が現れる。道具はここを通って送られてきて、まず漁網のように絡まりやすいCNT製の網が届いた。
続いて耐電耐寒の手袋にフルフェイスのヘルメットと防寒着、ハンマーとリュックのように背負える液体窒素のボンベがホース付きで来る。
「ボンベは俺が背負う、マックスはAries-01と協力して女神様を捕まえてくれ」
防寒着を着ながらこう指示すると彼はハンマー手に持って、
「あの傍若無人なお嬢様と協力しあえってか、やれやれだぜ」
と話つつ網から伸びたコードの先にある杭を地面に打ちこむ。
「傍若無人で悪かったわね、早く来なさい」
準備ができて網を持ったマックスがAries-01を見たら、このように睨まれるので何かを言いたそうに俺の方へと振り返った。しかし俺は聞き入れるつもりはないので、彼の尻を蹴ったら顎で先に進むように指示をだす。
「覚えてろよ恵愛」
尻を擦りながらマックスが進むとAries-01も側へ来て、近くに来たら向こう脛を鉄より固いヒールのつま先で蹴飛ばしてくる。
「いでぇ!」
彼は涙目になったがそこは耐えて、人は近づけないからAries-01に網を渡したマックスは後退して受け取った少女は女神様へと走っていく。
女神様の様子はかなり酷い。ゴムやシリコンの溶ける臭いが辺りに充満し、ボディスーツが溶け落ちて、外装も滅茶滅茶であらわになった鉄面から目玉が出ていたり、おっぱいが床に落ちている。
首をグルグル回しながらうろつく女神様へ、近寄ったAries-01が網を掛けたらアースに向かってプラズマが流れだし、頃合いをみて俺は液体窒素で急速冷却をした。
そして冷やしながら俺が
「エネルギータンクを閉鎖しろ、緊急停止だ」
とお願いをしたら暫くして
「メインフレームの暴走を確認、全機能をシャットダウンします」
と応じられた女神様は床に倒れられる。
「やっと止まったわ、人間がつくる機械は欠陥が多くてほんとダメね」
「機械人形がデカイ口を叩くんじゃねぇよ」
「軟弱な生物の癖して逆らう気、蹴り殺して欲しいの?」
事後処理をして貰おうと国防大臣に連絡を入れてたら2人が喧嘩を始め、それを宥めたらAries-01に女神様を背負わて一緒に大型トラックまで戻っていく。
※
目を覚ますとどこかの部屋にある床に私は転がされていた。背を起こしてから周りを見ると、ここがどこだか何となく察しが付いてしまう。
床は赤い、金縁のベットにはバラ柄の布団があり、壁際にあるガラスケース内にはレッドローズが育ててある。広さは8畳程、ベランダへ続く窓には鉄格子が嵌められて、部屋の扉はスライド式のオートロック。
両手は自由なので、時間を見ようとスマートフォンや腕時計を探したけど取られてしまったのか見つからず、壁にあるバラの形をした時計を見たら朝の7時過ぎだった。
ここはマリー長官の寝室で、昨日気絶させられてから運び込まれたらしい。だけど(何でここなの?) と私は疑問に思った。てっきり敵のアジトへ監禁されるか殺されると予測してたのに、なんだか拍子抜けしてしまう。
ちなみに、たぶん本物だと思うマリー長官は布団を被ってベットに寝ている。起こして今の状況を確認したいけど、長官の睡眠を邪魔したら給料に響くのでやめておく。
扉のボタンを押しても開かないし、幾ら待っても誰も来なくて暇だから、スピーカーにヘッドホンを繋いだら天井からテレビを引き下ろして時間をつぶす事にした。
1時間後、朝のニュースや料理番組を見終わった。
昨晩の事件は強行突入した軍が解決したらしい。
2時間後、通販チャンネルやドラマの再放送を見終わった。
3時間後、バスケットボールの試合中継があったので見始める。
4時間後、試合が終わったらCMや旅番組で時間の浪費。
5時間後、ニュースが始まったので見ていたら、トイレに行きたくなってきた。
(どうしよう……) 扉を叩いて叫んでも返事がなく、いつまで経っても起きないマリー長官に助けて貰おうと、私は横になっている体を揺さぶってみる。
「マリー様起きて下さい」
幾ら揺すっても反応はなく、非常事態になった私が助けになる物を探したら、クローゼットの中に携帯用トイレとポンチョを発見した。あのアンドロイドは私を殺すつもりはないけど、ここから出すつもりもないらしい。
その横にある段ボール箱には非常食に水やジュースのペットボトルがあって、マリー長官が飲んだらしい睡眠薬も一緒に入れてある。
(あの人はいつからここに居るんだろう?)
考えいても生理現象は止まらない、やる事をやったら非常食を食べて、マリー長官が起きるまでテレビ画面を眺めている事にした。
※
「こんな場所に入りたくないわ、服が汚れてしまうじゃない」
と1月8日の夜明けまえに、女神様を背負ってごねるAries-01をどうにか男子便所に入れたら、隠し扉を開いて教団本部へと俺達はやってくる。
「能なしの人間に相応しい随分と陰気なところね、穢れてしまいそうだわ」
「見かけだけで判断するとはエクリプス軍もたいしたことないな」
安作りには違いないが、面と向かって言われると癪に障るので言い返したら
「人間の癖に生意気よ」
と脛を蹴られて涙が出そうになった。
クリーンルームである開発室へ入る前にまず女神様の身を清める。風呂場にセットした鉄の作業台に女神様を載せたら、外部装甲にこびり付いている邪魔なシリコンやスーツの残骸を、剥離剤やマイナスドライバーを使って削ぎ落とす。それから感電に注意しつつ外部装甲を外すとミスリルを束にした人工筋肉が現れて、本体に洗剤をかけたらデッキブラシやタワシを使ってゴシゴシ洗う。
作業が終わったらAries-01に女神様を再び背負って貰い、開発室に入ろうとしたら
「この変態、蹴り殺して欲しいの?」
と睨まれてしまうので、仕方がなくAries-01が着替るのを外で待ってから俺達もクリーンルームへと入って行く。
みんな頭をすっぽり覆う帽子をかぶり白い長シャツにズボンと手袋だ。部屋の中央にあ作業台に女神様を載せたら損傷の確認を始める。
体の構造はシンプルで肺にある検査装置、エネルギータンク、表面の所々に設置された圧力センサーに人工筋肉だけ。ミスリルはマテリアル化をせずともNESUTO装甲より頑丈なので、電気ケーブルから骨格、関節に至るまで全てこれで作ってある。
各種センサーが詰まった頭以外を直すのは簡単、壊れた箇所を特定して切り離し、部品を変えるか粉末状のミスリルを切断面にかけるだけでよい。ミスリルは通電すると電子頭脳から送られるプログラムに従って丁度いい形に固まってくれる。
問題なのは頭。センサー類の交換だけで済めばいいが、特注された電子頭脳を載せ替えるとなれば膨大なプログラムのインストールをし直さねばならず、安全検査や起動テストに制作期間を含めて向こう数ヶ月はなにも出来なくなるのだ。
「じゃあ僕からやるね」
こう話したロック博士はスーパーコンピュータに繋いだパソコンから伸びる、ケーブルを女神様の首筋へ接続して椅子に座り、キーボードを叩いてプログラムを送信。それが終ったら3色頭のにやけ顔でお嬢様を見つめつつ
「今から診断プログラムでコスモスの状態を確認するんだけど、3時間は掛かるからその間に夜食を食べつつAries-01と話をしようよ」
と言う。それに対する金髪お嬢様のお返事は
「ド変態達とはなす事なんて無いわ、気安く話しかけないで頂戴」
と言うどぎつい言葉だった。
みんな二の句が継げない、気持ちは察するがこれでは大変困る。
(アルカディア帝国って素晴らしい! なんて感情の豊かなアンドロイドだ。何とかして親密度を上げていきたいものだが、どうしたものか……)
俺は趣味が趣味だけに恋愛とはほんと縁がなく、どうして良いか分からない。アンドロイドの造形美とか、あーんな事やこーんな事の経験談を、女性に話してもどん引きして避けられるだけ。若気の至りでロック達と女性信者6人を集めて合コンしたら、その翌日に揃って退団されたというのは教団内で有名な話。
それ以来おれは人間の女を、女神様より格下で取るに足らない存在、と心のなかで性的な興味から追放する共に、女神様への愛と信仰心を揺るぎない強固なものへと進化させてきたのである。
話がそれてしまった。で問題の彼女についてだがとりつく島がないので
「話が出来なくて困るのはお互い様なはずだぞ。私情は抜きにして何が起きているか説明してくれないだろうか?」
と当たり障りのない話題できっかけを作ってみる。
「そうね、見窄らしい秘密基地でお山の大将やお馬鹿さん達と、これから一緒に暮らして共闘するんでもの。説明ぐらいしてあげるわ、跪いて感謝しなさい」
ツンとしたすまし顔で高い位置から貶されたら殺意が沸いてきた。でも相手がゴスロリ少女だと許さなければならない雰囲気にもなってくる。
(恐ろしい魔力だ、こう言うのも悪くはないことはなかったりあったり……)
「こんな場所で話をさせるつもり? ダサイ上にレディの扱い方も知れないなんて、ほんと使えないダメ男共ね」
Aries-01の傲慢無礼な態度にみんなは動こうとしないので、俺が
「会議室はこっちだ付いて来てくれ」
と小突かれながらエスコートする羽目になってしまう。