5話目
「はーーはっはっは」
PM7:00、走り回ってどうにか追跡を振り切った俺は教団施設の通信室にいて、目の前で立ったまま笑っている立体映像は、紋付き袴を着た厳ついじいさんである。
「笑い事じゃありません! 正体がばれる所だったじゃないですか!」
「いや~悪かった悪かった。離れた所から指示を出しているとこの手のトラブルはよく起こるものだ。後始末はやっておくから安心するがいい」
「ほんとお願いしますよ。このまま警察庁で実験を続けさせるんですか?」
「いやさすがにそれはない。新しい実験場所は用意するから次の連絡を待ってくれ」
「わかりました、早急に手配して下さい」
「うむ。ではまたな」
通信が終わると映像が消えて、壁から目を離した俺は振り返って3人を見た。
椅子に座ってパソコン画面を見つめているロック、同じく壁を向いている君宏と、その前で『月刊 ウルトラフィギア』 を呼んでいるマックス。俺の視線に気付いている筈だが誰も目を合わせようとしない。
「何か俺に言うことがあるんじゃないか?」
と憤りを抑えつつ3人に聞いてみる。
「トラックの荷台にいた僕と君宏くんに無茶言わないでよ」
「コスモスはまだ未熟なので、恵愛さんに注意が集まっている隙を突くかたちで撤退させたんです。済みませんでした」
1人は開き直り、1人は形だけ頭を下げて、最後の1人に目をやれば
「人波にのまれて全く動けなかった。助けてやれなくて悪かったな」
と口先だけで話を反らそうとする。
「巻き込まれたくないから、俺を生け贄にしただけじゃないのか?」
「そんな酷いことするわけ無いじゃないか。なぁみんな?」
裸の造形美特集をよんでいたマックスは、こう言いながら雑誌をテーブルに置くと同意を求めるようにロックと君宏を交互にみた。
「そうだよ。教祖様を見捨てるなんて非常識な信徒が、僕達の教団にいる訳がない」
「そうですよ。無事だったんだからもういいじゃないですか」
やっと俺の方を向いたと思えば、言い逃れをしようと彼らは事実をねじ曲げるので
「女神様のために教祖らしく笑って死ねと誰か言ってたな」
と俺は更に突っ込んで聞いてやる。
「そんな酷いことを言ったのは誰なんだ! 僕が叱ってやるぞ!」
と椅子から立ったロックは周りにいる信徒を睨めつけたが、俺は彼のそばへ寄ると
「お前だお前。まわりを囲まれて追い詰められた俺を助ける所か、逆に犠牲になってくれってどういう神経をしているんだ」
とロックの両頬をつねって引っ張りながら尋問をする。
「痛いたいです。謝るからそれ止めて」
「今度やったら許さないからな」
ロックから手を離したら疲労困憊なので今日はここまで。女神様が完成したので片時も離れたくない俺達は、彼女を充電器に繋いでスリープモードにしたら、地下に作ったそれぞれの部屋に戻って休むことにする。
※
「まったく使えない人ね。私は彼らに探りを入れて欲しいって頼んだのに、初日から勢いに任せて追い詰めたあげく取り逃がすなんて、それでも一端の刑事なのかしら?」
「ほんとに申し訳ありませんでした。クビにされても文句は言えません、煮るなり焼くなり好きにしてやって下さい」
PM9:00、私はバラの香りが充満する執務室で、足を組んで赤いソファーに座っているマリー長官に机の横から土下座している。
「国防省に問いただしたらそのような事実は存在しないの一点張り。こっちにある電子書類はわざとプロテクトを掛けずに送ってたから、ねつ造されたデータなんか知らないって言われたらそれまでなの」
話し終えてからほうっと溜息を吐かれたマリー長官は、きっと軽蔑の眼差しで私を見下ろしているに違いない。
「私のミスで変態宗教を追い詰めるチャンスを逃してしまいました。ほんっとうに申し訳ありません」
「困ったわねぇ、どうにかしようにもお手上げ状態なのよ。あなた1人をクビにしても何も状況は変わらないしどうようしから……顔を上げてくれる」
「顔ですか?」
(なにこれ……)
前を向いた私の瞳に映ったのは、はしゃいだ末にミスをした子供を見守っている親のような微笑を浮かべたマリー長官。
(2回目なのになんで怒らないのよ。マリー様らしくないわ、まるで別人みたい)
「どうしたの、私の顔に何か付いているのかしら?」
「何でもありません、すみませんでした」
責められる立場だし疑っちゃいけないんだけど、どうやら私はまた彼女を見つめていたらしく苦笑いをしてはぐらかす。
「もういいわあなた役立たずに興味はないから出ていって。罰として刑事部長から刑事に降格します、明日から日常業務に戻りなさい」
「それだけですか?」
「どういう意味、左遷して欲しいの?」
「そんな訳ありません」
私の目を見ながら顔を顰められたマリー長官はちょっと怖い、でもそれだけ。次の動作を決めかねてまごつけば、マリー長官はさっっさと視界から消えて欲しいと扉のほうを指差すので、もう一度頭を下げて謝ってから執務室より出て行った。
※
だから、最初から、激務をやらせるなって言うに、なんでこんなにアバウトなんだ。
1/7AM9:00、早めに寝たのが功を奏してか朝4時にきた連絡へもスムーズに対応できた俺達は、色々と準備を整えてから国道1号線沿いにある、大型ショッピングモール『ガニメデ』へとやってきた。
今日のお仕事はここの警備。直径500mの4階建て、中央広場で行われるアトラクションを全方位から見るためにドーナツ状に作られたここには、映画館やゲーセンなんかも入っていて人がうじゃうじゃいる。
俺たちの勤務先は、金剛軍事財閥が経営している警備会社『スターセキュリティ』 が圧力をかけて黙らせた、サダルスウドの警備会社『Seabird』。責任はわしがもつ新人研修をやるから好きにやらせろ、と一徹様はかなり強引に押し込んで認めさせたらしい。
好きにやれと言われてもそれはそれで困るのだが、警備会社の新人にすれば女神様は変装しなくてよいのが楽、だが俺達にそれが必要なのは変わりない。露出系と清純系、女神様にどちらを着て頂くか、ここに来る直前まで俺達4人にほかの信徒も巻き込んで揉めたが、欲望に負けてすこーしだけ派手にした。
まず外せないのが生足に空色のミニスカとヒール、階段ではあれだったりするがこれ位でよい。上は薄めの生地で作った半袖で胸元はノーブラの開き気味、前屈みになってくれたら目の保養になる。後は腰の革ベルトに警棒とペイントボールを吊り、Seabirdと書かれた腕章を右腕にはめて帽子を被らせたら完成。
「完全にコスプレですね、短すぎませんか?」
とか
「こんな警備員は実にけしからん」
とか言う外野は放っておいて問題なし。
俺達は長袖、長ズボン、手袋、帽子、目出し帽はまずいので大きめのグラサンを掛けたらカメラを避けるように行動する。
モールの裏にある立体駐車場の従業員用スペースに車を止めたらテクテクと、ここから入り口を目指すだけでもかなり人目を引くが気にしない。ヒールを履いた美脚を堂々と晒しつつ、紫色のロングストレートを揺らして歩く女神様は本当にお美しいのだ。
好きにやって良いというのだから勝手にやらせて貰う。自動ドアから直進した俺達は突き当たりの窓までやってきた、台風に備えて窓が少ない外側と違って内側はガラス張りで全階テラス付き。今日はイベントの予定がないので、客に解放されたグラウンドでは警備員に見守られながら子供達がボール遊びをしたりしていた。
イベント時には窓際にある椅子が有料になり、一周300m弱の内円付近には定期的に回ってくる全自動ミニバスの路線と踏切がある。
その通路に沿って歩きながら俺が
「警備モードAで通路に沿って歩いてくれ」
と前にいる女神様にお願いをしたら
「了解しました。前方180度を警戒しながら直進します」
と応じて仕事をお始めになる。女神様が使用する監視判断プログラムは、警備会社が使っているのをインストールしたので信頼性は高い。
入り口付近にあるのは、20台のレジが並ぶ化け物スーパーと美容室やら化粧品にブランド物の専門店。ようするに女性向けの店がズラーと並んでいる所で、平日の朝方でイベントもないのに態々やってくる、少しでも他人と差をつけようと徒労を重ねながら企業に貢がれるお嬢様が結構いる。
「何よあの警備員みせつけてくれるわね」
「あの制服短すぎじゃない? マジでむかつくんだけど」
一言目を発したのはミドルスカートを履いて男と歩くアジア系の人、二言目を発したのは男に腕を絡ませてブランドショップへ引き込んでいるイギリス系の人。いずれも自分の男が顔を反らして女神様に見とれたのが気に食わなかったらしい。
思う所はあるが関わりたくないので、(早くここから離れたい、問題なんか起きるんじゃないぞ) と願っていたら
「瀬戸様まん引きを発見しました。指示をお願いします」
と女神様はその思いを見事に裏切って下された。
「あの群れへ近付けと言うか」
「俺はここで待っているからな、後は任せたぞ」
「そんな勝手が許されると思うのか?」
これは仕事だから誠実に対応すればよい、はず。やはり清純系の服装にしておくべきだった僅かに後悔しつつ、こっちにくんな! 比べられるだろうが! と敵意を剥き出しにしてくる女性陣の側へ、女神様を先頭にマックスの腕を掴んで引きずるようにしながら距離を詰めていく。
あろう事か女神様が歩いて行かれるのは宝石店。(これはまずい)
店先にいるボディコンスーツを着た茶髪のネーちゃんは、足を止めて女神様をみた男の脛を蹴っ飛ばし、左手の薬指にダイヤの指輪をした若奥様は、旦那のつま先を潰れそうなほどに力を込めたヒールで踏んづけた。
店内にいる着飾ったお嬢様方はガラス越しに睨みつけてきて、俺達の侵入を阻もうと黒いオーラ壁を店の自動ドアに形成する。観光都市らしく近場にはキャバクラやホストクラブもあるので、そのプレッシャーは肌で感じられる程に凄まじい。
(人間の女はなんて面倒くさいんだ、女神様の足元にも及ばない癖に……)
「瀬戸様そちらではありません、出店が犯行現場です」
店の外と内を隔ててあるガラス板、この数㎝の距離を嫌がる足を動かし勇気をもって踏み越えようとしたら、女神様はこう言いながら黄金比で作られた顔を動かされる。
目線の先にあるのは、白い布が掛けられた長机と斜めに立てられた網板。そこに並んでいるのは、ハート型のイヤリングにアニメのキャラを模して作ったペンダント、といったプラスチックと人工石で作られたアクセサリー。
安物には興味がないと女性陣が目もくれないその場所には、トイレにでも行っているのか店員すら見つけられないので
「犯人はどこに居るんだ?」
と聞いてみたら
「あそこです」
と朝一番に時間をかけて俺が磨いて差し上げた、人差し指の爪でみぎを示される。だが大勢の人がウロつくこの場所で、指で示されても誰が犯人なのか分からない。
なので
「次は犯行現場ではなく盗んだ人間がいる方へ誘導しろ」
「了解しました、修正を加えます」
と女神様にお願いをしたら耳にある無線機へ触りつつロックへ
「コスモスは誰を見ている?」
と聞ていてみる。
「追跡命令を出せば捕まえてくれるよ。早く早く、逃げられちゃう」
「犯人を追跡して拘束するんだコスモス」
ロックの指示通りにお願いすると応じてくれた女神差は動きだし、
「了解しました。ターゲットまで80m、追跡を開始します」
と言うが早いか脚線美溢れるおみ足で床を蹴ると、両手を振りながら疾風のように駆けだされる。設計通りなら最大で100m7秒台、重鎧で身を固めた人がこの速度で体当たりをかましたら、当られた方は大怪我をしてしまうだろが女神様なら大丈夫。
「通りますどいて下さい!」
このように周囲へ注意を促しつつ女神様は、電子頭脳で人間の動きを計算して躱しながら走り、俺達は回りに被害を与えないかと内心ヒヤヒヤしつつ後から追う。
女神様はビックリした母親の前でベビーカーを飛び越え、対応に困って固まった2人が壁になったら速度を殺さないまま右へ飛び、もたついている俺達など気にも掛けずに駆け抜けて行かれる。あっという間に開いた距離をどうにかしようと頑張っても、母親に呼び止められたり人にぶつかって倒したりして、縮まる所か逆に見失ってしまう始末。
「さすがコスモス、凄いね~ほんと。僕が運動プログラムを組んだんだよ~」
動けなくなって立ち止まり無線機ごしに自慢するロックへ
「コスモスは今どこにいる?」
とこのように聞いてみれば
「えーっとここはねぇ……」
「追跡してるのは女子高生です、いま2階へ上がる階段の方に移動して……あっ捕まえました早く向かって下さい」
と手間取る博士の変わりに君宏が答えてきた。
言われた場所に来ると、女神様はセーラー服を着ている子の手首を捕まえたまま俺達の到着を待っていた。拘束から逃れようと少女は女神様に抵抗しているがどうにかなる筈もなく、俺達が到着すると諦めたから警備室に連絡を入れて、やってきた本職に後を任せかせたら仕事に戻る。
※
(あの子はスムーズに動けるようね、人間にしては上出来だわ)
接触しないように注意しつつ恵愛の側に立っている、誰からも見えない少女は警備員に補導されていく女子高生を表情一つ変えずに見送った。
(人間がものを盗む感覚って理解できないわ……コスモスの基本動作は問題なさそうだけど、それ以外はどうなのかしら?)
コスモス完成の報を受けてから一睡もせずに恵愛達を見張っていた少女は、その完成具合が気になるけど、下手に暴れて犠牲者を出すとこれからの計画に差し障りがでて困るから止めておく。
(計画通りに夜まで待つのよ)
このように決めた少女は、万引き犯をひき渡してから次の場所へ移動をする恵愛達の背後を、呼吸はおろか瞬きすらせず熟練の暗殺者のように気配を殺し、静かに静かに着いて行くのだった。
※
あの後モールの中心部へ戻ったら、手提げ鞄を持ったひったくりを追いかけ、2階にある電気屋にまた万引きが出て、これを捕まえたら女神様がベンチの側にいる置き引きを見つける。浮気相手に包丁を向けた奥さんをどうにか宥め、迷子を助けること3回、店員とと客が揉めたかと思えば、別の場所では無銭飲食が出現する。
犯罪を早期発見されて警察官10人分ぐらいの仕事を、お一人でこなされる女神様はとても優秀だが、態とやっているとしか思えないほど立て続けに発生し、日頃の警備はどうなってるんだ? と同僚へ質問すれば
「腑抜けたこと言うな、今日はまだ楽なほうだなんだぞ。そんな調子じゃ夏場のかせぎ時は半日ともたねぇぜ」
と言い返された。なんでもスリや窃盗だけで豪邸を建てた集団もいるらしく、麻薬や違法売春の監視までやると、年中振り回されて心が病んでくるという。
現在PM4:49、まだ仕事を終えるには早い時間だが、スゲ~疲れて体が悲鳴を上げてきたから今日はここまでにしておく。
「ただいま~」
とへばっている俺は、張りのない声でこう言いながらトラックの荷台を開けて、直ぐに冷蔵庫からビールを取り出すと椅子に座って飲み、同じようにマックスも続いて、飲んだら眠くなったから簡易ベットで仮眠を取る。
「恵愛おきろーー一大事だぞ!」
教祖の特権を行使しベッドで女神様に膝枕をして頂きながら、極楽な気分で眠りを貪っていたら誰かが俺を揺さぶってきた。しかし軍の庇護下にある秘密教団に慌てるほどの問題は起こりえないので、その手を払いのけたら女神様の腰にしがみつき、両目をしっかり閉じて2度寝する。
人肌のように柔らかいシリコンと男を魅了する、シトラス系にフルーツ系の甘さを合わせるSummer loverの爽やかな香りが堪らない。
「貴様って奴は……」
「起きろーーー変態!」
ガツンと誰かか固い物で俺のあたまを殴りつけてきた。その敵意を籠めた一撃は目から火花が散るほどに痛かったので、怒鳴りつけてやろうと飛び起きたら、ワイヤレスキーボードを掲げたロックが2回目をやろうとして構えていて
「次はぼくの番だ!」
こう話したじいさんは、キーボードを床に捨てて俺を押しのけると、女神様の胸へと飛び込んで抱きつきながら頬ずりをする。
「この弾力は最高ーーに気持ちいい、僕このまま寝るね~」
「寝るな色ボケ博士、ついさっき一大事だって言っただろうが」
マックスは太い腕を伸ばして警備員の格好をしたロックの襟首を掴むと、名残惜しそうにしがみつく彼を力業でひき剥がず。
「ケチ、ちょと位いいじゃないか」
腕時計を見たらAM0:37、口を尖らせつつブツブツ文句を言うロックがパソコン机に座った所で、俺は何があったのかをみんなに聞いた。
「まずテレビを見てくれ」
彼は天井に吊ってあるロールから壁掛モニターを引き降ろすと、リモコンで操作して国営放送局にチャンネルを合わせる。
『テロリストが暴れているので、サダルスウド都市全域に戒厳令が発令されました。住民の皆様は外出せずただちに建物へ避難し、屋内で騒ぎが沈静化するのを待って下さい』
放送を見始めて直ぐに、戦車や兵士に囲まれるガニメデの映像をバックにして、ニュースキャターが繰り返しこう話すの聞かされたら、
「かなり大事になっているんだな、何があったんだ?」
と俺はみんなに質問した。
「事件が起きたのは30分ぐらい前です。これを見て下さい」
パソコンを操作した君宏が映像を切り替えると、ガニメデ内部に設置された監視カメラが捉えた、大勢の人が遊んだり買い物をしている映像に切り替わる。始めは普通だったが暫くすると、施設内を巡回していたロッキーの様なタワー型の警備ロボットが、刃物を持って子供を捕まえた。
それからロボットは周囲にいる人間へ退去命令を出し、警備員とか警察が来たらそれに合わせるように施設中のロボットが集合して、現在に至っているらしい。
「次はこれです」
続いて映し出されたのはガニメデの4階北側にある、中央に水瓶を担いた大理石のマーメイド像が置かれた公園。そこに並ぶのは人間ではなく、キャタピラを履いた円柱形と円盤形をした飛行型警備ロボットの群れ、画面に映るのだけで20台はあった。
擬人化禁止法により人型は勿論、動物や空想のキャラクターも使えず、機能美のみを追求して作られたロボットは、どれもこれも似たり寄ったりなのでつまらない。
「この映像はテロリスト自身が撮影し、警察に用意させた秘匿回線を使って警察庁に送られたものを軍に提供して、そこから回ってきた極秘映像です。ここと周辺にいた警備ロボット数百台が氾濫を起こしたのは夜12時丁度、それからガニメデを制圧して立て籠もったロボット達はこんな要求をしてきました」
動画を見てたらSeabirdと社名の入った筒型がカメラの前に出てきて、テロリストらしくA4の紙を金属チューブの先にあるマジックハンドで広げて見せる。
『果たし状
私は女神様との一騎打ちを望んでいる、丸腰で直ぐにここへ来なさい。
ここは警備ロボットが占拠した、目的が達成されるまで何人たりとも侵入禁止する。
命令に従わない場合は、人質を殺しサダルスウド全域の警備ロボットを暴走させる』
「もういいですよね」
こう言った君宏がパソコンで映像を切ると、天井のロールにテレビをしまう。
「まさか名指しで指名されるとはな。奴らが動いてきたという訳か」
「間違いないと思います。本件の対応は警察から陸軍が取り上げてやるそうです」
「証拠隠滅の準備もぬかりなしと……」
「国防省から野次馬やスクープを求める記者の排除に時間がいるので、こちらから指示があるまでは突入しないで欲しいと連絡がありました」
「そうかならご要望通りに、準備が整いしだい急いで向かうとしよう」
※
きのう降格を命じられた私は、日中は痴漢を捕まえに電車へ乗ったり事務処理をしたりして職務をこなし、夜は兄さんに備えてここへ泊まり込むことにした。そして歯を磨き仮眠室のベットで寝ようとしたら、スマフォが発した緊急速報に邪魔される。
(あり得ない、あり得なさ過ぎる。なにこれ、警備ロボットの反乱? 警察を追いやった軍が現場を封鎖しているですって! これはきっと兄さんに変態宗教が絡んでる、こうしちゃいられない……)
飛び起きた私は直ぐにテレビを付けて状況を確認し、感情が命じるに任せてエレベーターの前まで来た。上向きのボタンを押したら暫くしてドアが開き、乗り込んで最上階へ行こうとしたけど、思い留まって外に出たらマリー長官に電話で確認してみる。
すると
「役立たずに用はないわ、忙しいからもう掛けてこないで。余計な事はしちゃだめよ」
と思った通り冷たくあしらわれてしまう。
警察という組織は上からの命令に絶対服従、マリー長官が関わるなと言うなら私は動かずに騒ぎが収まるまで、じっとしているのが正しい選択。でも気になる、刑事で妹だしコケにされたので一発かましてやりたい。
外には軍隊がいる。事件現場も封鎖済、この次ヘマをやらかしたら左遷かクビ。
情報を求めて刑事課に行ったら凄い剣幕でおい出され、同僚は当てにならない。
(せめて中の様子だけでも知りたい、何かいい方法はないかしら?)
ドラマなんかではこういう場合、テレビ局の中継車やカメラマンを使って遠い場所から監視、ハッカーに頼んで監視カメラを使うって所だけど私にこの手のつてはなく、拳銃や警察機材を借りようと上司に相談しても
「そんな理由で許可を出せる訳がないだろう」
と一蹴されてしまう。
残る手は1つ、行くべきか行かざるべきか、悩みに悩んだ末にエレベーターの前まで戻ってきた私は、乗り込んでから最上階へ向かうボタンを押す。
数十秒かけて目的地に到着しドアが開くと、バラの香りが漂う赤い絨毯の敷かれた廊下へと私は足を踏みだした。
このフロアは長官の他に幹部クラスも泊まるので、個室や大浴場等を備えた豪勢な作りになっている。外があんなだからここもバタバタしているかと思ったけど、意外にも静寂に包まれて人気がない。
(軍に追い出されてみんなふて寝してるのかしら? まさかね……)
照明は眩しいぐらいなのに薄気味悪さを感じさせる廊下を進み、重量感のある扉の前に私はたつ。ノックをする前にまず深呼吸、表情を整え、背を伸ばし、ノックをして呼びかけても返事がないから、そっとドアノブに手を掛けて扉を開けてみる。
……誰もいなかった。
中へ入りバラに関した物ばかりが目につく部屋を見渡してもやっぱり同じ。
(なんでいないのよ……あっもしかして会議室? そりゃそうよね)
ここから出たら私は隣の部屋へむかい、分厚い木で作った扉までやってきたら、ノックをするまえに耳を扉にひっつけて中の様子を探る。
「……」
板の厚みに邪魔をされているのか何も聞こえず、ノックをしても誰も答えない。おかしいと思って扉を開けたら会議室は無人だった。
(この非常事態に警察庁長官が不在ってかなりまずいんじゃ……)
他の場所にいるかも知れないから、キッチンにトイレと回って大浴場に来る。さすがにこれはない、こんな場所にいたらマリー様といえども人格を疑ってしまう。
女湯の暖簾がかかった引き戸を開けると中は明るい。鍵のついたロッカーに高級マッサージ器、洗面台、冷蔵庫、脱衣所にある籠を調べたら女物の制服と下着が入っていた。
(落ち着くのよ私、私に文句をいう資格なんて無いんだから)
選択肢は2つ
1、私も服を脱いで浴場に入ったらマリー様にゴマをする。
2,スーツ姿のまま入ってマリー様に注意したら、これをネタに手を貸して貰う。
マリー様はよほど機嫌がいいのか鼻歌が脱衣所まで聞こえてきて、2番を選んだ私は靴下だけを脱いで服を着たままガラス戸を開けて進んでいく。
床は凹凸のあるプラスチック、バラの花が浮かんだ浴槽の手前側には背中を向けたマリー様が肩まで浸かっていて、最初は気付かなかったけど白いコードみたいなのがそこから脱衣所の方まで伸びている。(えっ、あれ? うそーーーーーーーーーーーー、電源コードがお湯に浸かってるじゃない!)
(漏電する!) とコンセントに飛びついた私は引っこ抜き
「マリー様、大丈夫ですか!」
と駆け寄って生死を確認する。
「なによ、うるさいわねぇ……」
側へ寄ろうとしたらマリー様はこう話しつつ、美しい顔を180回して私をみた。
(これは夢? 私はベットで寝ているのかしら?)
「軍が何もするなって言うから、仕事の無くなった今夜はゆっくり浸かれると思ったのにどうして貴女はここにいるの? 余計な事はしないように命じた筈よね?」
「え、えと……」 (お願いですから、首をねじ曲げたまま立たないで下さい)
「折角だからあなたも浸かっていきなさいな」
首を直しながら私へ体を向けた長官のダイナマイトボディは強烈だったけど、浴槽に浸かっていたのに微かな赤みも差してない真っ白。
「け、結構です。間に合ってますから!」
よく分からないけど人間じゃないのは確か、刑事としての感が逃走命令を発すると私は背を向けて走り出そうとする。でも
「怯えなくてもいいじゃない、お話ししましょうよ」
と私の右手首を掴んだマリー様は、抵抗する私を、私より細い腕で、力任せに湯船の中へと引っ張り込んだ。
「いやーーー離してぇー」
服を着たままバラの香りがするお湯に浸かり、ずぶ濡れになった私へ裸になったマリー様が迫ってくる。折れそうな程に強く捕まれた右手首にある手を外そうと、左手で抵抗したけどビクともしない。
「痛いじゃないですか! 離して下さい!」
「貴女ってほんとに屑ね、役立たずの癖に私の秘密を探りに来るなんて悪い子だわ。きっつーいお仕置きをしなくちゃいけけないようね」
妖艶な笑みを浮かべて迫るマリー様を見てると胸の鼓動が早くなる……ちがう、そうじゃなくて顔が射程に入ったら左の拳を構えて
「このっ!」
と私は右側から顎を殴りつけた。
ガンッ
「いったぁーーい、なにこれぇ」
鉄を殴るような衝撃が走った左手を振りながら、涙目で睨むとマリー様は
「手は大丈夫? 私の体はダイヤよりも2700倍かたい重圧縮合金(NESUTO)装甲なの。殴らない方がいいわよ」
と気遣ってくれる。
「長官がアンドロイドにすり替わっていたなんて……」
「残念だけど貴女を拘束させて貰うわ、痛いけど我慢してね」
「我慢なんて出来ません、止めて下さい! ここで見たことは誰にも言いませんから」
「人間の口約束ほど信用に値しないものはないのよ」
凶悪なアンドロイドの右手が私の方へと伸びてくる。目前に来たそれを払いのけたら払いのけた私の方が痛くて、そいつが私の手を掴むと同時にビリッと来た。スタンガンを押しつけらた私の体は
「キャーーーーーー」
と悲鳴を上げながら跳ねまわり意識が遠ざかっていく。