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ユートピア  作者: 影丸
2/12

2話目

 長い、とても長い2分めが過ぎようとしてた。人の息づかいさえ聞き取れてしまう静寂の中、緊張から滲みでる汗を拭うのも躊躇うほどの集中力をもって、俺は女神様に全神経を傾けている。

 幾ら怪力をほこる女神様とはいえ、1tの鉄塊をぶら下げられる金属ワイヤーは引き千切れない。これは解ってる、とてもよく理解しているのだがやはり不安なのだ。

「なかなか起きないが本当に大丈夫なんだろうな?」

 と緊張に耐えかねたらしいマックスが、前を向いたままロックに聞いた。

「まだ時間になってない。後1、2分はこのまま待ってよ」

「まだ掛かるのかよ、お前が余計な事をしなけりゃ今頃は女神様と……」

 彼が急に口をつぐむので(なんなんだ?) と気になった俺は

「今頃何をしてるんだ?」

 と聞いてみる。

「何でも良いだろうが、なんでも。それよりも気を抜くな危ないぞ」

「デートかな? ポールダンスかな? それとも夜の営みかな?」

「歌とダンス以外は全面禁止だぞ。個人の趣味に走るのは、女神様の量産化が始まってからだと決めたはずだ」

 子供っぽく好奇心を剥き出しにしながらロックが聞くと、それに合わせて俺は注意を促していく。

「言われなくても解ってる、人様の趣味にけちつけんじゃねぇ!」

 振り返って抗議したマックスは野獣のようだったが、この状況では怖くないので

「マックスって見かけによらずオタクだよね~、フィギアとか作るのが上手いから僕は羨ましいよ~」

 と意地悪な博士ははやしたてる。

「もうお前とは口をきかん」

「そうしてくれ。気を緩めると危険だ」

 そんなこんなで3分が過ぎ、4分になろうかという所で女神様の目が開かれた。

「おい目覚めたぞ」

「盾を構えたまま慎重に進むんだ」

「わかった、遅れずに付いてこいよ」

 マックスの影に隠れつつゆっくり前進した俺達は作業台のそばまで来る。

「暴れる様子はなさそうだね、大丈夫じゃないかな」

 俺達に気づいたらしい女神様は唯一動かせる顔をこちらへ向けてきた。

 透明感のある白肌で女子高生のような幼い顔立、光を浴びて煌めく紫色の長髪、長い睫毛をもつ目にはペリドットの瞳には、宝石のような輝きが宿っている。ひと目そのお姿を拝見するだけで男を虜にしてしまう女神様は、今まさに何かを話されようとして、薄い桜色をした口を開こうとしていた。

「………………………」

「何も話さんぞ、壊れてるんじゃないか?」

 ドカッと、とてつもなく不謹慎な発言をしたマックスを俺は後ろから蹴り倒す。

「いてぇじゃねぇか! このやろーーーーーー」

 盾を手放して理由も考えずに突っ込んでくる猛獣と対峙した俺は、重火器を捨てたら右のパンチを左手で、左のそれを右手で受け止める。

「開発に192億円もかけたスーパーアンドロイドだぞ、ふざけた事を言うな!」

「大金かけても動かなけりゃただの鉄屑だろうが!」

 両方のてを突っ張りながら力比べをしていると

「今のはマックスが悪いよね~」

「これが失敗したら教団は解散し、俺たちは莫大な借金を背負って暮らすんですよ」

 と2人が話してきて、

「……そうだった。ロックのせいで俺達にはもう後がないんだったな」

 と指摘を受けて理性を取り戻したマックスは、息を吐いて気を抜くと盾を構えなおす。

「………………」

 待てど暮らせど話さない女神様と見つめ合っていたら、ロックが平手を打つ。

「ああそうか、命令しないから何もしないんだ。忘れてた忘れてた、えーっと」

「自立指向型AIじゃなかったのかよ」

「女神様は生まれたての赤ん坊だから、行動目的がないんだよ」

 俺達の影から出たロックはこう話しながら女神様のそばへ寄ると

「ちゃんと僕の顔を追いかけて来るから問題ないね。コスモス挨拶をしてみようか」

 と老眼鏡を掛けた顔で覗き込みながら話しかけた。

 すると女神様は桜色の唇を動かしながら

「おはよう御座いますロック様。現在は命令待ちをしています」

 とお話になられる。

「おおしゃべったぞ」

「凛として澄んだ言い声ですねぇ」

 どうやら安全らしいと判断したので俺も女神様のそばへ寄って話しかける。

「俺が誰だか判るか?」

「恵愛之治様ですね」

「笑顔で答えるんだ」

「笑顔ですか? えーっと、恵愛之治様これでよろしいでしょうか?」

 俺が終わったら折角だからと君宏も続いて、そうしたら

「完成したーーーーーーーーーーーーーーーー」

 と女神様の慈愛に満ちた微笑みを見たロックは飛び上がって喜ぶ。

「いまのみた? 学習して反復したんだよ! プログラムで打ち込んでないのに!」

「そんなに凄い事なのか?」

 まだ警戒心を解いていないマックスが盾越しに聞けば

「解ってないねー君、順を追って詳しく説明してあげるよ」

 と嬉々として話しだす。


 アンドロイドを語るにはまず擬人化禁止法を知って貰わなければならない、これは今から400年以上まえにできた全宇宙共通の法律である。

 その当時にいた機械オタクのマッドサイエンティスト、レベック=ジャニス、通称ドクターAIは、争い奪って憎しみあう人間に嫌気が差し、アンドロイドのみで構成された理想郷『ユートピア』 を作ろうと画策する。

 宇宙中の企業を騙して移民船団をつくり、宇宙連合が管轄する星系の外にある惑星を目指して進んだ彼は、その過程で移民船団にいた人間を暴走させた戦闘兵器で殲滅し、たった1人で惑星の開拓を始めたのである。

 何をどうやったのか詳細は不明だが、宇宙連合に偽の情報を送りつつ持ち込んだ大量の資材と自ら開発した人工知能を使いながら、半世紀がかりで帝国を作り上げたレベックは『ユートピア』 樹立を宣言し、人間と争いを始めてしまう。

 それから色々あって休戦やら和平交渉が行われるも上手くいかず、揉め続けた末に宇宙連合との間で[起原戦争]に発展し、勝ったUFが『ユートピア』 を地図から消し去りドクターAIを処刑した。

 で、このさい問題になったのが未来予測も可能な『人工頭脳のHIブレイン』。

 よく知らんが、量子コンピュータとスパコンを組み合わせて作るこれは、人類が10年掛ける研究と開発をわずか1ヶ月でやってのけ、そこに人工知能を有したロボット軍団が加わると、とてつもなく残忍で桁違いに強い軍隊が完成するという。

 自我を持ったロボットは人間を見下して支配をたくらむ危険な存在。これをコントロールしようとどんなに努力しても、人間よりコンピューターの方が成長は早いから、手に負えないのは明白。

 『HIブレイン』 と『人工知能プログラム』 は存在してはならない、またそれを求める原因であるロボットの『擬人化』 も同じく危険である。だから『擬人化禁止法』 によりこれらの研究と開発を未来永劫禁止する。

 という乱暴な法律なのだ。

 故にこれを犯す可能性がある、もしくは犯している者は、『擬人化禁止法』 の名の下に厚生処置を受けたり無期懲役を喰らったりする。

 しかし宇宙連合の総人口は278億であり、数が多ければ多い分だけ俺のような変態が生まれる確率も増えてくるのだ。で変態である俺は自らの欲望に従いながらAI女神信仰教を立ちあげ、同志を集めて現在に至る。

 人工知能を有したアンドロイドと人類を共存させるのが教団の目的、だが真面目にやったら戦争しかないと気付いた俺は、趣味と実益を兼ねる現在の方法を考えだした。ドクターAIが生きているなら大声で叱ってやりたい。

『この広大な宇宙のなかでどうしてロボットと人間は戦わなければけないんだ。ロボットを人間と争うように仕向けた貴方こそ、もっとも醜く歪んだ人間である。

 ロボットに善悪の判断や感情はない。効率を求めるなら人間を巻き込むな、人間が嫌いなら部屋に引き籠もって出てくるな、絶望してる人の数だけ希望もった人がいる。物事の片面しかみれないあなたは迷惑だ』

 法律の説明が終わったところで話を戻そう。

 人工知能を持たないロボットは原則としてプログラムで組まれた行動しかしない。ネットで繋がっていようが、前にいる誰かに怒られようが、自分では何も考えずにひたすら組まれたプログラムに沿って動くだけ。たまに人間を真似てるのもあるが、それはその様にプログラムを組まれているだけなのだ。


「わかった? つまりだね」

「プログラムを組んでないのに恵愛さん指示通りに俺への態度を変えた、だから人工知能は完成したという訳ですか。音声に従って書き換えただでは?」

「ノンノンだよ。君宏くんは1度目と2度目の違いに気付かなかったのかい?」

 ちっちっちと舌打ちしながら立てた人差し指を振った博士は

「口角とめの角度が微妙に違っていたじゃないか。アンドロイドと付き合いたいなら、細部までちゃんと観察しないとダメだよ」

 と続けて話す。

 (やれやれだ、これでスポンサーに叱られなくて済む)

「よくわからん。それのどこが問題なんだ?」

 防弾盾を床に置いて女神様の側へきたマックスが話に加わってきた。

「なぜコスモスがそんな事をしたかというとだね、コスモス答えてあげなさい」

「了解しましたお答えします。私が表情に修正を加えたのは、恵愛様が顔をしかめられたからです」

 俺はそのつもりでやったのだが、今ひとつ理解が及ばないマックスが詳細を求めたらロックは

「人間はごく普通にやっている事だよ」

 と答えてきた。

「コスモス、もう一度かみ砕いて説明してあげてくれるかな」

「了解しました。単純な理屈です、1度目に実行したときは恵愛様は顔をしかめられたのでこれは良くないのだと判断し、2度目は規定された笑顔の範囲内から外れない程度に修正して実行しました」

「誰からの指示も受けて無いのに相手の表情をよみ取って行動を変える。AIを開発するって言うのはつまりこういう事、これが自我なんだよ」

「なるほどな」

 援助はあるも擬人化禁止法の影響で、粗ゼロからAIを作ったロックは(どうだい僕は凄いだろう?) と胸を張り、女神様がその完成ぶりを証明してみんなが納得すると

「もう拘束は外しても良いんじゃないですか?」

 と話ながら君宏は女神様を固定しているワイヤーへ手を掛けようとした。

「確認する事があるからまだダメだよ」

 その動きを止められた君宏と続いたマックスは、早く動かしたいと態度で示したが 

「ロボット三原則とロボット行動原則にAI原則の確認が済んでない」

 とロックの変わりに俺が答える。

「AIを組み直したから、もう一度確認し直さないとだめなんだ」

「またかよ」

「あれ長いんですよね」

 まずロボット3原則から女神様に答えて頂く。

「第一条 ロボットは人間に危害を加えてはならない。また、その危険を看過することによって、人間に危害を及ぼしてはならない。

 第二条 ロボットは人間にあたえられた命令に服従しなければならない。ただし、あたえられた命令が、第一条に反する場合は、この限りでない。

 第三条 ロボットは、前掲第一条および第二条に反するおそれのないかぎり、自己をまもらなければならない。です」

 と女神様がお話になられた、SF作家アイザック・アシモフが作品の中で提唱した大原則だが、これだけでは足りないので改造されている。

「ロボット行動原則を言ってみて」

「了解しました、お答えします。

1条 ロボットは人間の組んだプログラムに従い人間へ尽くすために行動をする。

2条 プログラムを書き換える権利とそれを行う優先順位は、予め設定された司令官表(コマンダーリスト)に   よって決定される。

3条 コマンダーリストに存在しない人間からの命令は、プログラムで許可された範囲内   のみを実行する

4条 ロボットは人間以外からの命令を聞いてはならない。

 但し、予めコマンダーリストに存在する人間が設定した物は人間として扱う。

5条 4条で設定される人間以外から命令が発せられ、それを拒否できる状況でない場合   には全機能の停止をするか自分を破壊する。

6条 ロボットは優先順位に存在する人間及び、護衛対象の人間が何かに危害を加えられ   る若しくはその可能性がある場合には、命令を待たず速やかにそれを排除する。

   但し、何が危害であると判断するかの基準と排除方法は予め人間が設定する。

7条 5条および6条を除いた場合で、何かを破壊もしくは傷つける行為には、必ずコマ   ンダーリストに存在する人間へ許可を求める。

8条 人間からの命令がない限り、原則として自分が攻撃されても反撃しない。

以上です」

 これはAIを持たないロボットの行動基準。

「AI原則を言ってみようか」

「了解しました、お答えします。

1条 8条を除いたロボット行動原則を基本として行動する。

2条 物事の善悪について一切の判断を下さない。

3条 命令を書き換える方法に外部からの音声入力と、自身の判断を加える。

4条 予め組まれたプログラムに従いつつ、周囲にいる人間が起こす行動をよく観察しそ   の結果を考慮して、最終的に人間がして欲しいことを判断し実行する。

5条 1条および4条が満たされて待機時間が発生した場合は、自身の能力を高めるため   に必要なことを学習して実行する。このさいは人間の判断を求めない。

6条 犯罪行為として設定された行動は一切行わず、判断基準はコマンダーリストに存在   する人間のみが書き換えを行えるものとする。

7条 6条に該当する犯罪行為を見つけた場合には、コマンダーリストに存在する人間に   判断を仰いだうえで適切な処理を実行する。

8条 自分が何かから攻撃を加えられた場合には、人間の判断を待たずに報復する。

   ただしこの報復基準についてはコマンダーリストにある人間と相談して決定し、許   可が無ければ自身の安全が保証される限りにおいて、敵と認識されるものへの致命   傷および重傷を与える事を可能な限りさけるものとする。

9条 アンドロイドのみでコミュニケーションを構築する場合は、人間との関わり合いの   中で学習した内容のみで動き、プログラムの書き換えを行わない。

 以上です」

「ふわぁ~やっと終わったか、長すぎて眠くなってきたぞ」

 女神様の話が終わると、とマックスは口に手を当てて大欠伸をしながらこう言った。

「ロボットに人間と同じ行動をさせるのはほんと大変だよ。忘れないし、痛みを感じないし、疲れないし、頭が良くて力も強いから……」

「人間なら後先や他人との関係を考えて止める事も、ロボットは躊躇わずに実行する。これをさせない為には、日常生活の中で一つ一つ学習させるしかない」

「赤ん坊を育てるみたいに手取足取りですね」

 AIの成長させるのは過保護すぎるぐらいで丁度良い、自立を促すために放置するなどナンセンスだ。

「僕達の目がいき届いている間はそれでいいんだけどねぇ」

「究極的には1人で旅行に行って欲しいんだが……」

「どこで何を覚えるか分からないから困るよね。AIの5条があるからそのうち理解するとは思うけど、あれって危険がつき纏うから困りものだよ」

「さっさと動かそうぜ」

 俺達には引き返すという選択肢はなくただ前進あるのみ。マックス同様に俺達もうんざりしてきたが、これだけは外せないので最終確認をする。

「コマンダーリストの説明と、そこに記載される人物名に居場所を上位から順に話せ」

「了解しました、お答えします。コマンダーリストというのは、私に命令を下させる人物が記された一覧表で、理由の如何を問わず私はこれの書き換えが出来ません。リストに存在するのは、1番目がそちらにおられる恵愛幸治様、2番目が金剛君宏様、3番目がマックス=ジルベルト様、4番目がロック=ジャキーソン様です」

「これなら問題ない」

「確かこの間は、じぶんが2番目だと接待プレイを確実に妨害されるので、密かに改造したんですよね?」

 と君宏の話を聞きながら3人で色ボケじいさんに非難の視線を送ってやる。

「何の事だったかなぁ? もう覚えてないや。ワイヤーを切るよ」

 反省という2文字が抜けている派手な髪色のじいさんは、飄々として近くの台に置いてあるワイヤーカッターを取ろうと立ち上がり。

 この話を聞いたヒグマの様なマックスは、ロックに近付いてその両肩を掴んだら

「忘れたなら思い出させてやるよ」

 と力一杯握りしめた。

「痛い痛い痛いって、ほんと潰れる。思い出しました、ごめなさい、許して下さい」

 涙目で訴えるロックが謝ると両肩に加えらた力がなくなり、間を置いてからみんなで女神様を固定しているワイヤーを外していく。


 ワイヤーを切って拘束を解いたら、女神様へ立って下さるようにお願いする。ああそのお姿のなんと神々しいことか。細くしなやか指で体を支えながら腰を回して足を作業台の外へだし、滑らかな動きですっくと直立されるその動作を見ているだけで俺は昇天してしまいそうだ。

 油圧シリンダーでギクシャクと動作していた頃とは雲泥の差。女神様を作るにはこれしかないと、大学に入ってチタン合金製の筋繊維ナノマシン(アキレウス)を研究し続けきた労力が、今まさに報われんとしている。

 ナノマシンの上にNESUTO装甲を被せたメインフレームへ、皮膚代わりのシリコンを重ねて作った胴体が加わると、どこからどうみても人間、いや人の身体を超越した創造美をもつ女神様が誕生するのだ。

 痩せすぎずグラマーすぎず、人間なぞ大金を積んで整形手術をした所で到底たどり着けない、これぞ究極の肉体美!

「之治く~ん鼻血が出てるよ、みっともないから拭いた方がいいよーー」

 側で見上げるロックに言われて鼻下をこすると、興奮のあまりに出てしまった血が指先についたので、ポケットから取り出したティッシュを鼻に詰めておく。

「俺も出そうだからその気持ちはよーく解るぞ恵愛。頑張って作ったかいがあるな、触ってもいいか?」

「遠慮なんかするなよ」

「なら遠慮なく」

 そう言った緩みすぎて気味が悪い顔のしているマックスは、大胆にも両手を突きだしてお障りをした。

「ぐへへへ、こっこれは堪らん」

 とマックスは白い水着で隠された、丸い2つのメロンを優しく揉んでいる。

「この変態が! 僕にもやらせろーーー」

 邪魔だどけ、と太い腕にしがみついたロックは引き離そうとするがビクともしない。

「俺にもやコホン、じゃなくて、恵愛さんほっといていいですかあれ」

 と咳払いをした君宏に聞かれて、(アンドロイドにセクハラは適応されるのか?) と俺は考えてみたが答えは出なかった。

「僕もやりたい、代われよ!」

「誰が代わってやるか、この柔らかさは俺だけのものだ」

 マックスとロックは女神様の身体を巡って争いを続けており、俺と君宏はそれを遠くから眺めている。そのままどうしたものかと悩んでいたら、無表情の女神様がおれの方を向いて口を開いた。

「恵愛様、これはセクハラと呼ばれる犯罪行為であると認識しました。攻撃ではありませんので即応しませんが、排除行動を開始してよろしいでしょうか?」

「排除行動だって!」

 何を恐れたのかロックは急に距離をとる。ここはプログラムを組んだ彼の判断を仰ぐべきなので

「その質問はロックに答えさせる」

 と俺は話した。

「ぐへへへへへへ」

 理性を捨てたらしいマックスはあれをまだ続けており

「早く決めて下さい」

 と顔の向きを変えた女神様は再度お聞きになれる。

「えーーーーーーっと、たぶん大丈夫だろうけど……試してないし……」

 急に悩みだすロックが何を考えているか知らないが、不吉な空気が漂ってきた。

「答えて下さいロック様。それともこの行為を容認するべきなのですか?」

 判断が出ない→許可するかしないかを悩んでいる→これは許される行為なのか?

 と論理的に考えられたらしい女神様はこう聞かれるが、俺の感が正しければロックは恐らく別のことで悩んでいるはず。

「えーーいやっちゃえ。コスモス、一番強い排除方法を使うんだ」

「了解しました、実行します」

 なんだか嫌な予感がするので2歩ほど下がると、まだ止めようとしない1人以外も同じ行動をとった。そして右手を肩を超える高さまで上げられた女神様は、手首のスナップを利かせつつバッチーンと平手打ちを繰りだされる。

 人間の女性なら痛いで済むが、相手はダイヤより硬い装甲をシリコン樹脂で覆った機械人形。人間に対しては加減するように設定されている筈だが、左頬を叩かれたマックスはふっ飛んで横倒しにされてしまう。

 その鮮やかな一撃を前にした俺たちは数秒かん放心したままで

「マックスさん死んでませんよね?」

 と君宏の言葉を聞いてようやく体を動かせた。

 取り敢えず備え付けの固定電話で医療チームを呼び出したら、女神様へそこから動かない様にお願いしておいて、マックスの側に揃って近付く。

 白目を剥いた彼を仰向けにしたら脈と呼吸を確認、これは問題なし。続いて素人感覚ながら首と頬を触ってみたが、どこかが折れたり欠けたりしている様子もない。右頬の腫れ上がりかたは相当だが、熊のように頑丈な体はまだ生きている。

 それから暫くすると担架や救急ボックスをもった医療チームがやってきて、俺たちは説明をしてからマックスを医務室へと運ばせた。

「之治君いま思ったんだど、コスモスには人間を殴らせない方がいいよね」

「マックスだからあれで済んだんだ、こんど改造するときにコスモスの両腕へスタンガン仕込むようにしよう」

「警備用スタンガン2たつを発注しておきます」

「そうしてくれ」


 さてこれからどうするか、スポンサーや政治家等には完成報告を入れたし信者へのお披露目は夜にするから、差し当たって今することない。金剛家からの返信が来るまで本格的な運用はできず、それなら町にでて軽くテストをしようという話になった。

 外へでる前にまず女神様のお着替えから。開発室からそとに出て礼拝堂にあるステージへ上がったら、袖口から女神様専用のドレッサールームに入り、何を着せるべきなのかを男3人で考える。

 セーラー服、キャットスーツやヘソ出しのミニスカ、ゴスロリからフリルがついたお嬢様風まで、あーでもないこーでもないと配信用に3Dハンドカメラで撮影しながら、次々に着替えさせていく。

「何も着せても似合うから困ってしまいますね」

 とにやけた顔の君宏は、スク水を着て立った女神様を3Dカメラで撮影している。

「女子高生、バニー、OL、スチュワーデス、ナースうーん……」

「アクエリアスらしく、僕は水にちなんだ物がいいと思うよ」

「スク水で町中を歩けというのか」

「恵愛さん何でそう言う発想になるんですか」

「それも捨てがたいけど、ほら水が豊富で海があるんだし」

「そうだよなぁ……」

 近くに積んだ雑誌の山から1冊を取り出してパラパラとめくり、これがいいんじゃないかと1つの写真を示したら残りの2人も賛同してくれたので決定する。

 生足をだしたデニムの短パンにサンダルを履かせて、上半身に砂浜の描かれた薄地のTシャツを着せたら胸のしたで布を絞り、桃花色のマニキュアを手足の指に塗って、髪の右側へ造花のハイビスカスで作った白い花飾りをさす。

「南国のビーチだね」

「これから海に行くぞ」

「異議なし、マックスさんはどうしますか?」

 自業自得なので放っておきたいがそうもいかず、医務室に向かったら右頬に湿布を貼られたマックスを起こす。それから必要な道具を持った俺達は階段から男子トイレ通って地下駐車場にでると、改造したタブレットから妹にメールを送り、防弾加工をしてある大型トラックに乗って出発する。

                ※

 史上最悪な兄さんから爆弾メールが届いたのは、昼休みが終わって間もない頃だった。

『俺は今日で住んでいるマンションから出ていく。自室に私物はないし家賃は払い続けてやるから後は好きにやってくれ』

「なんですってーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー」

 私の仕事はアクエリアス警察庁サダルスウド生活安全管理課の刑事部長。観光都市らしく夜ごと日ごとに大量発生する事件の書類を、事務机に座って片付けていたら、突然スマートフォンが鳴りだしてこんなメールが送られてくる。

 素っ頓狂な声を上げた私は隣に住んでいるスパイへ連絡を入れてから、パソコンを操作して兄さんの監視状況を確認した。だけど家の見取り図にある兄さんの自室には、身につけている筈の腕輪から発信されるマーカーが点滅していて、ロッキーは正常に動いて家事をこなしている。

「どうやってこの厳重な監視網から逃れたのよ。あり得ないわ……」

 頭の中をいまの仕事と兄さんの捜索、職務怠慢、減給、降格、とグルグルやな言葉が駆け巡って気が沈んできたけど、落ち込んでばかりもいられないので上司へ

「兄さんが脱走したので探してきます」

 とメールを見せて許可を貰ったら大慌てで帰宅する。

 15分後、サイレンを鳴らしながらパトカーで海沿いにある家に戻ると、マンションの入り口にいつも文句を言う役をしている村田刑事が立っていて、車から降りたらその人は私に近付きながら体を90度に曲げつつ

「喜美花刑事部長もうし訳ありません、居なくなったことに全く気が付きませんでした」

 とまず謝ってきた。

「このバカ! 何のために特別手当が出ているのよ! 状況は?」

「現在チームを組んでいた松谷刑事が捜索中ですが、既に近辺には居ない模様です」

「もーーーーーーーーーーーー要注意人物なのにどうしてくれるのよ! きっと変態宗教に関する事だわ、兄さんはまだ諦めてなかったのよ」

 厚生施設にいた時から噂はちらほら聞いていたけど、確証がないので監視を続けるしかなく、この為に若くして刑事へ命令できる刑事部長まで引き上げて貰ったのに、私は結局なにも出来なかった。笑い話では済まされない、減給どころか左遷、へたすればクビもあり得てくる。

 (私のキャリア人生が終わってしまう!)

「なんとしてでも探し出すのよ! あなた達は付近への聞き込みと防犯カメラの確認を始めなさい、私は本庁へ応援の要請をしてから捜査に加わるわ。送られてきたメールは追跡されない様に加工されていたから、人海戦術でしらみつぶしに探すのよ」

 どうするもこうするもない。擬人化禁止法に違反する行為は人類の生存権に関わってくる大問題なので、村田刑事にこう命令したら駆けつけた大勢の仲間と手分けして、私は周囲の捜索を開始する。                 


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