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ユートピア  作者: 影丸
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1話目

       ユートピア


   「準備はいいかぁーー」

 リーダー[俺]が声を発した場所は、薄暗くて客が20人程度しか入れない店内のステージ上だ。そこには2体の女性型アンドロイドが2体たっている。

 1体目は赤色い長髪のスリム型、2体目は緑色のショートボブのグラマー型。外装は金属板の上にスポンジを貼り付け、その上からビニールを被せて塗装した安いつくり。少ない予算ではこれが限界で、フリルのついた白い服と空色のミニワンピースやアクセサリー等は、針仕事に不慣れな男が作ったのでサイズが微妙にあってない。

 満員の部屋にはアンドロイドの名前が入った白い鉢巻きを巻いて、蛍光ピンクのはっぴを羽織った男達が並んでいる。彼らは俺の動きをまねて両膝を付くとアンドロイドを崇める様に、背筋を伸ばし両手を胸の辺りで組み合わせながら脇を締める。

 そして準備が整ったら

「1、2の3ハイッ」

「萌えーーーーーーー♡」

 と全員で声を合わせ前の女神達をあがめ奉る様に合唱をする。初めての人にはきついだろうがこれが我らAI女神信仰教のお祈りだ。

 祈りが済まんだらごわついた肌をもつ女神達を、歌って踊らせたり、あーんな事やこーんな事をさせつつ至福の時間に浸って幸せを享受する。油圧シリンダーと安物の部品を使用してるのでぎこちない動きだが、今の俺たちにはこれが精一杯なのだ。

 だが、先生や女共に見つからない様に学校中から協力者を集め、2年がかりでやっと完成した美少女アンドロイドのパフォーマンスに酔いしれる俺達の中で、この場へ迫りつつある危機に気がつく者は一人としていない。

 幸せの時間が刻々と過ぎていき絶好調に達した所で、突如として店の扉が蹴破られると愚かな指導者が創った法に従う、偽善者達が店内になだれ込んできた。バーン、ドタドタドタ……国家権力の象徴である青い制服を身につけた連中は、警棒と手錠を握りしめながら俺達へ強権を振るわんと拡声器を使って宣言する。

「変態共いますぐこの馬鹿騒ぎを止めるんだ! その腐りきった性根を『擬人化禁止法』の名のもとに更生施設で叩き直してくれる。確保ーーーー」

 警棒を持って襲いくる番犬共を前に、俺達はペンキやオイルの缶に椅子とあらゆる物を使って抵抗を試みたが蟷螂の斧に過ぎなかった。1人、2人と仲間の数が減っていき気がつくと俺1人しか残っておらず、周囲を囲まれていて

「貴様で最後だかかれーーー」 

「捕まってたまるかぁーーー」

 と奴らの隙間をくぐり抜けた俺はステージから飛び降りる。


 ドタッ、机ほどの高さから飛んだだけなのになぜか体が痛い。

「イタタタ」

 どうやら夢遊病状態だった俺は、ベットに立ち上がってジャンプをしたらしい。バランスを欠いて横向きに落ちたさいに打った左腕をさすりつつ立つと、足に絡まっている布団をベットへ戻す。

 可能な限り意識しないようにしているが、ときおり女神様が自分を忘れさせないようにと夢に現れては、俺に憑依して体を動かしこの様になるのだ。

 AD3674/1/5AM7:15 俺が起きるには早いので2度寝を考えるも、目が覚めたので不満を口に出しながら、近くにあるタブレットを操作して音楽をかける。

「全く、誰にも迷惑を掛けてないのにどうして俺が更生処置を受けるんだ。16歳から10年間、社会奉仕から肉体労働に始まり軍事訓練まで男を鍛え直すという名目の元、むさ苦しい連中に囲まれて青春を奪われてきた。この世界はなんて理不尽なんだ。今に見てろ絶対にやつらを後悔の海に沈めてやるからな、ぶつぶつぶつ……」

 バーンと勢いよく部屋の扉が開いたら、パジャマ姿でラジオ体操をしている俺にフライパンが飛んでくるので、サッと左に避ける。

「うるさいわよこの変態! 反省してないならまた施設に入れるからね!」

 投げから文句を言った女は、フライパンを拾うとバンッと戸を閉めて出て行った。

 彼女は恵愛(めあい)喜美花(きみか)25歳、俺の妹で黒いショートへアーの似合うスーツ姿をした刑事部長である。昔は何でも俺の言うことを聞いて女神様にも理解を示してくれたのに、今では腐敗した権力思想に毒されて事ある毎にあれだ。

 (まったくどいつもこいつも……)

「どうして連中は理解できないんだか。清く、正しく、美しく、常に主人を支える女神様ほど素晴らしい存在はどこを探しても居ないのに、この世界は狂ってる」

 手足の曲げ伸ばしをしながら文句を言うと、地獄耳の妹はまた扉を開いて凄みを利かせてきた。狐目に口紅を塗った顔、会わなかった数年間の間にでる所はちゃんとでて、鍛えてある体は理想的だがそれも長く保ちはしない。

「うるさいって言ったでしょうがこのニート! あなたが変な事をすると私が職場で困るのよ! く、れ、ぐ、れ、も余計な騒ぎは起こさないでよね!」 

 バタンッ、妹は部屋から出ていくときに、嫌がらせをする様にわざと大きな音を立てて戸を閉めていく。

 言っておくが現在28歳になる俺はニートではない。国に飼われる番犬どもが俺を厚生施設へ入れたのは大失敗、同じ趣味をもった連中が集められてくる厚生施設にて、影の支配者となった俺はAI女神信仰教の拡大に成功し、政治家とスポンサーや信者による寄付金で悠々自適な暮らしをしている。

 見よ、厚生施設の軍事訓練できたえ上げたこの肉体美を。知れ、猛勉強してロボット工学の博士号を取った、世界有数の頭脳かみちびき出される知識の数々を。俺がこんなに凄い奴だとは思わなかった、俺自身が驚きすぎて困ってしまう。

「はーーーはっはっはっ権力になびく愚か者共よ、自らの行いを悔い改めるがいい!」

「悔い改めるのはあんたでしょうが!」

 3回目の扉が開くと包丁が飛んできたので俺はひらりと躱す。

「もーーーーー、毎日毎日いい加減にしてよ! 昇給と昇進に響くじゃない! なんで私が保護観察対象者の、監視なんかしなくちゃいけないのよ! 真面目に働けーーーー」

 空手3段の猛者でも力では敵わないと知っているから、妹は手当たり次第にいろんな物を投げつけてくる。お玉にお鍋、まな板にガラス瓶、鍛えた動体視力で見極めながら、危なくない物をキャッチしたら床に捨て、刃物や尖った物はしっかり避ける。

「ほんとどうしようもない屑、ご近所で黒い噂が流れてるのを自覚してよ!」

 (自覚してるしよく聞いてもいるがそれがどうした。愚民共のざわめきで俺の野望を阻もうなど片腹痛いわ)

「仕事はいいのか? 25分になりそうだぞ」

「あっ、もーーーーーーーーーーー。この最低男! 人類の敵! 全宇宙のガン細胞! 遊び人の碌でなし! 一家の恥さらし! 兄さんの顔なんか見たくないわ!」

 バッターーン、刑事部長の癖してご近所への騒音被害を考えられない妹は、壊れるんじゃないかと思うぐらいの力で扉をしめてから、台所に戻っていった。

 (見たくないなら見なければいい、自分から来といてなんて言いぐさだ)

 俺は日常業務を何もせず、寄付金を集めに各地を巡礼する日を除いて、空いた時間をひたすら研究と開発に注いでいる。

 胸を張れる研究ではないので妹にさえその内容と施設の場所はあかさず、家を出るのと帰ってくる時間に一貫性がないから、何時もどこかでフラフラ遊び惚けていると近くにいる奴らは考えているようだ。

 その癖やたらと羽振りがいいとくれば、

「きっとどこかで悪さをしているに違いない」

「裏仕事をしてるんじゃないか?」

「怪しい奴だぞ気をつけよう」

 と妄想を抱いて無実な好青年を地べたへ這い蹲らせるべく、正義感を振りかざしながら圧力を掛けるのが愚民である。

「兄さん今日は外出禁止! 保護観察官の権限による命令だから、違反したら強制的に施設へ送り返すからね! わかったの? 返事して! 早く!」

 妹は近くのバス停から30分発のバスに乗り、電車を乗り継いで職場である警察庁へ働きに行っている。急いで準備を終えたら玄関先でこう喚く、妹の勝手な指示にしたがう理由などこれっぽっちも無いのだが、遅刻させては可愛そうなので

「わかった今日はここから出ない、約束する」

 と部屋の中から答えてやった。

「兄さんのせいで遅刻しちゃうじゃない、大人しくしててよね!」

 バタンドタドタドダ、と妹が飛び出していったら暫くして玄関のチャイムが鳴る。

 (あの糞ババアまた来やがった、人へ注意するまえに自分の迷惑さを自覚しろよ)

 糞ババアとはお隣に住む、株と不動産で偶然儲けた夫にくっついている成金。権力に従順なババアは妹へ直接文句を言えないから、いつもこうやって妹が居なくなる頃合いを見計らい、グダグダと正義感ぶりながら騒ぎにくるのだ。

 玄関の扉を開けたら厚化粧の醜い顔をみる羽目になるから、普段通りに自分の部屋にあるドアモニターのボタンを押したら

「富沢富子様いつもいつもお騒がせして申し訳ありません。反省しますからさっさとお帰り下さい、お疲れになられるだけですよ」

 と追い返しにかかる。

「何よその態度は、ぜんっぜん反省して無いじゃない! 大声で騒ぐし怪しい商売なんかして、こっちはね大迷惑を被っているのよ! 返事しなさい! まったく……」

 言いがかりも甚だしいが、教祖で人格者のおれは騒がず落ち着いた態度で

「ハイハイ」

「スミマセンスミマセン」

「ゴメンナサイ」

「アヤマルカラユルシテクダサイ」

 と耳栓をしながら適当に相づちを打って諦めてくれるのを待つ。

「一欠片も心がこもってないわよ! まったく……」


 長々と続けられた抗議が終わって、喉がカラカラになったババアが帰ると俺は朝ご飯にする。俺が月100万円の家賃を払っている高級マンションの最上部50階は、大部屋が4つと小部屋が3つに、ダイニングキッチンと立派な風呂がついている。

 空間のひずみを利用して一気に数十万光年も飛べる、亜空間航法(ワープ)が確立される程に技術が発達した現代において、資産家は家事育児などしなくてもよい。これらをやってくれるのはメイドや執事ではなくロボットだ。

 信徒に作って貰ったのは警察の奴らが

「保護観察者である恵愛之治(めあいゆきはる)さんを見張るために、これを使って下さい」

 と強制的に味もしゃしゃりもない軍用にとり替えてしまう。

 いまは8時丁度、この頃になるとロッキーは掃除洗濯を始めるので(まずあそこからだったな……) と思い出しながら探していくと、予測通り洗濯室にいた。斜めドラム式洗濯乾燥機のふたを開けて、洗濯籠からマジックハンドで摘み上げた妹のパンティを放り込むのは、タコ型ロボットAXGー39A7改。

 幅60㎝高さ1.5m、強化カーボンナノチューブ[CNT]に覆われた円柱型ガードナーで妹がロッキーと名付けたこれは、カメラを搭載しゴムキャタピラのついた体に、側面から生えているマジックハンド付きの金属チューブが4本。こいつは妹の指示しか聞かない様に設定されているが、

「おいロッキー腹が減ったぞなにか作れ」

 と食欲に勝てない俺は命令をする。しかし

「喜美花様に設定された仕事を実行中です。時間を置いて再度はなしかけて下さい」

 とあれは聞き流し、戸棚から液体洗剤のボトルを手で掴んで取ると、キャップを開けて分量を量りながら洗濯機に注いでいく。

 (ロボットの癖して人間に逆らうとか、全くもって許せん。それならばだ……)

 軍用だからどうした、言う事を聞かないなら無理にでも聞かせてやると、ポケットから小型タブレットを取り出したらあれに向けて操作する。

 まず指紋と網膜を使ってロックを解除し、画面をなぞりながらフォルダーを開いて予め組んでおいたプログラムを呼びだして送信。画面を眺めていると、我が教団に属する優秀なクラッカーが作ったハッキングプログラムが、ロッキーのプロテクトを突破して人物リストが画面に表示される。

 これはロッキーの内部データに登録されている物で、ここを弄れば命令する人、警戒する人、攻撃を加えて排除する人、等を自由にくみ替えられるのだ。

「命令の優先順位を喜美花から俺に変更……これでよし」

 犯罪者扱いされていた俺の画像を指で押さえながらコマンダーリストに動かして、ついでに喜美花のうえへ順番をいれ替える。後でリストを元通りにしておけば俺を監視している連中にばれる事はない。そして準備が整ったら

「ロッキー俺の朝食を作るんだ」

 ともう一度命令する。

「了解しました、現在おこなっている作業を中断して朝食を作ります」

 警察は操られないようにと改造した軍用を使わせてるが、俺達の前では赤子同然。いきなり物分かりがよくなったロッキーは妹の洗濯物を床に置くと、ゴムキャタピラで移動しながらダイニングキッチンへ移動する。

 とっても広い部屋には8人掛けのテーブルとかがあり、カウンターの向こう側には炊事場とIH調理器具があって、そこへ移動したロッキーは作業を開始した。体の基本は朝の食事から。ロッキーはまず冷蔵庫を開けて牛乳、ニンニク、生姜、卵を取りだし加工しながらハンドミキサーへ蜂蜜と一緒にいれて粉砕する。

「この一杯がないと始まらないんだよな」

 ロッキーがマジックハンドでカウンターに置いたビールジョッキに、特製ジュースを注ぐと俺はそれを取って呷りながら一気飲み。これが済んだらロッキーは卵を割ってスクラブルエッグを作り、ハムを包丁で切りだし、パンをトースターで焼きながら、ヨーグルトが入った椀に皮を剥いたキウイをいれる。

 あのロボットはいとも簡単そうに作るが、これらは精細な動きをする5本指があって始めて実現可能になる複雑な作業だ。鋭敏な圧力センサーが無ければ卵は掴めないし、絶妙な包丁のかくどや力加減をコントロール出来なければ、柔らかいキウイやニンニクの小粒の皮剥きは無理。

 これを白いゴム手袋をはめた4本の手を使いつつ、複数の作業を同時にこなして時短を計ろうとするのだから、さすが軍用のロボットだと褒めてやりたくなる。

 ソファーに座りながら(いい時代になったなぁ) と感傷に浸りつつ、待っているとお盆に載せたそれらをロッキーが運んで来るので、受け取った俺は手を合わせて女神様に感謝を捧げてから朝食を食べる。

 

 AI女神信仰教の理念は、強く、正しく、美しく、自らの心へ正義の炎を灯しながら欲望を満たすために最大限の努力をせよ、である。だから教祖である俺はその教えを実践するために、起きてご飯を食べたらランニングをするのが日課。

 だが今はそとに出られない。俺の腕にはGPS機能付きの腕輪が巻いてあって、妹の許可がないと窓や玄関にあるオートロックが外せないのである。

 権力者共とそれに仕える犬は余ほど俺様が怖いらしいが、この程度で捕まえた気になるとはめでたい連中だ。要はロッキー同様に機械を騙してしまえばいいだけ。人間の相手をするよりずっと楽なので既に何回も脱出してるが、俺の手際が良すぎて駄犬はワンとも吠えずにゴロゴロしている。

 壁に耳あり障子に目あり。設定を元に戻すと洗濯を再開したロッキーは、GPSで俺を監視しつつ周囲の音をずっと録音しているし、発見済みの盗聴器もあるので、時が来るまでは騒がずに善良な市民を演じておく方がよい。

 と言うわけで寝間着からジャージに着替えた俺は、トレーニングルームに行ってランニングマシンとバーベル上げで汗を流し、終わったら風呂に入ってからビールを飲みつつ最新式のゲーム機で遊ぶ。


 AM11:00になったので行動開始。帰ってきたのがAM1:00なので休みにしたいが、夢で女神様が急かしてきたように今日は特別な日なので脱出をする。

 まず自室の鍵を開けて入ったら、壁とベッドしかない部屋の雨戸を閉めてベランダからの出入りを遮断。続いて例のタブレットを持ったら、これから解除キーを送信して腕輪を外しベッドにおく。

 次は少々難しいが、タブレットを操作して家の見取り図をだし、そこへ赤いマークで表示されるロッキーの動きをよく見つつ、鈎のついたロープを持って妹の部屋へいく。そこからベランダに出たら鈎を手摺りに引っかけて、ロープを伝って隠れ信者に借りさせた1階下の家まで降り、着いたらロープを揺すって回収する。

 ロッキーは腕輪のGPSを信じて自室に俺がいると判断しており、警察官兼ほご監察官でもある妹の部屋を監視する者などおらず、隣で迷惑な人を演じつつ玄関を見張っている警察スパイもこの手には気付かない。

 (駄犬共よ全部バレバレだぞ、これではただの税金泥棒ではないか。はっはっは)

 1階下にある部屋に入ったら、そこでライダースーツに着替えてフルフェイスのヘルメットで顔を隠し、堂々とマンションから出て駐車場にある電動バイクに乗る。

 俺がいる星は惑星名水球(ウォーターポロ)、地球から60万光年も離れた第8太陽系にある、地球よりも水資源に恵まれた第4惑星。恵まれ過ぎて地表は惑星全体の15%しか無く、厳格な環境保護法の影響もあって、陸地の殆どを観光と食料生産に使われている所。

 この星で1番広くて赤道付近にある大陸がアクエリアスで、そこにある450万を越える人がすむ過密大都市がサダルスウド。そして俺はこの都市の海に面している高級マンションから内陸に向けて走っている。

 土地が貴重なここでは一軒家が認められず、4車線道路を高層マンションが取り囲んでいて少々息苦しい感じはあるが、資産家の連中は海にクルーザーや客船を並べて住むのが普通なので困る事はない。

 電気は太陽と水素発電機が作るからゴミ処理場いがいでは物を燃やさず、ここの名物はなにかと聞かれたら、住人は迷わず空気だと答える位に澄み切っている。バイクで風を感じながら駆け抜ける時のなんとすがすがしい事か、コロニーに住む連中から見れば眉唾物であるこれは、多少の渋滞に囲まれても苦痛を感じさせない程に旨い。


 40分ほど走って着いた場所は5階建てをした巨大な植物工場、教団本部はここの地下にあり、その隣には妹が働く勇ましい警察庁のビルがドドーーンと建っている。

 (警察庁の真横に秘密組織があるんだぞ! どうだ参ったか、はーーーはっはっは)

 といつも通り胸のうちで高笑いをした俺は、工場の裏から地下駐車場に入った。隅へ隠すようにバイクを置いたら、奥まった所にあるわざと汚く使った男子トイレの個室に入ってタンクの蓋を外し、水に手を浸けながら丸いボタンをポチッと押す。

 するとウィーンと機械音を出しながら個室の奥にある壁が開いて、その先に薄暗い蛍光灯に照らされた階段が現れるので俺は降りていく。

 約3階分ほど下ったら鉄扉が現れるのでヘルメットを外し、監視カメラの下にある認証装置の画面へ手を伸せながら、前にある鏡を眺めつつ

「全宇宙に女神様の愛と美しさを理解させて、楽園を作りたい」

 というパスワードを話してセキュリティを解除する。

「網膜、指紋、声紋とパスワードを確認しました。お帰りなさいませ教祖様、みんなが女神様の起動を心待ちにしています」

「そうかそうか待たせて悪かったな。すぐ起動準備に掛かるから待っていてくれ」

 カメラのスピーカー越しに警備員へ返事をした俺は開いた扉から中に入る。

 横向きでないとすれ違えない廊下は、塗装のないコンクリートで作られて空気の流れも悪くかび臭い。お金はあるから安作りにしなくてよいのだが、この方が秘密基地っぽくなるし浮いた予算はすべて女神様に捧げようと、話し合いの末にこうしてあるのだ。

 一本道の通路には礼拝堂を初めとする様々な部屋がある。

 最奥に研究室があり、ロケット弾にも耐えられる重い扉から入った先は、電子機器等を埃から守るためにクリーンルーム。ライダースーツを脱いだら白いズボンとシャツに帽子を着て、エアーシャワーを浴びてから奥へと進む。

 足下で掃除ロボットが動きまわる部屋は白一色。壁際にはスーパーコンピュータと部品置き場がならび、中央に設置された鋼鉄の作業台には280㎏もある女神様が金属ワイヤーで固定されている。

「遅いよ~之治君、待ちくたびたからもう勝手に起動しようかと思っていた所だ」

 女神様の横にある机に置かれたパソコン画面から、目を離して話しかけて来たのは白人のロック=ジャキーソン 74歳。大学院時代からの恩師で、AIを弄らせたら右にでる者は居ないと言われた天才プログラマーである。

 ひ弱な体にある髪は三原色に塗り分けたオールバックで、度数のきつい黒縁めがねを掛けたアニメの美少女に関する物を集めまくる変人だ。

「そんなふざけた事が許されるとでも思っているのか?」

 と彼の右肩に手をおいて力を加えたのは、宇宙連合軍(Universal Force)[UF]の元メカニックで今は金剛軍事財閥の技術者として働く、マックス=ジルベルト 42歳。熊を連想させるような巨体の禿頭をした黒人でいざという時に頼りなる男。

「そうですよ師匠がした自分勝手な行動が、4日前にコスモスの暴走を引き起こしたのをもう忘れたんですか?」

 と椅子に座ってロックに話しかけるのは、金剛君宏 24歳。財閥の次期後継者にして教団の副教祖、俺の親友であり大学で彼と出会わなければ教団は今ここにない。穏和な性格で短く整えられた髪に標準体型と目立たない男だが、資材調達、信者の募集に管理、政界人や財閥等とのパイプ役、など裏方を一手にひき受けて貰っている。

「あれはただのプログラムミスだって、何度も説明したじゃないか」

「そのプログラムミスで殺されかけたんだぞ、まだ反省が足りてないようだな」

「細かいなミスをいつまで……イダダダ、御免なさい、謝ります、それやめて」

 押さえつけらているロックが言い訳をすると、マックスは両肩に手を置いて握り潰そうと自慢の怪力を発揮した。

 本来なら1月1日の元旦にコスモスは完成していた筈である。しかしコスモスにご主人様と呼ばせて接待プレイをさせようと画策したロックは、起動前夜に本来ないプログラムを密かに書き込むと同時にコマンダーリストを改造し、そのさい敵と味方の設定をまちがえて記憶させてしまったのだ。

 起動試験は12月31日の朝方に終わっていたから、礼拝堂で祈りを捧げながら女神様の起動をする演出をしたのだが見事に大失敗、それはもう悲惨だった。コンクリート壁をぶち抜ける豪腕で信者や俺達をおそった女神様は、停止プログラムを送信するまでの間に警備員3人の、顎、右腕、肋を潰してしまったのである。

「運良く誰も死ななかったからいいものの、死人が出てたら今頃リンチだぞ」

「もう二度とやりません、大反省したからその手を離して下さい」

「その言葉を忘れるんじゃねぇぞ」

 そう脅かすように言ったマックスが手を離すと、立ち上がったロックは両肩を擦ったり回したりして痛みを和らげていく。

 間を置いてからもういいだろうと俺はロックに

「それで調子のほうはどうなんだ? 修正は3日もかからないと言っていたな?」

 と聞いてみた。

「今日の11時まで何回もチェックして、完璧に仕上げたから次は大丈夫。いつでも起動できるよ」

「よしそれなら準備を始めよう」

 また暴走するかも知れないという警戒感からこんどは入念な準備をする。女神様から3m位離れたら、軍用の防弾盾を持たせたマックスの後ろにみんなで隠れて、君弘には停止プログラムを呼び出した小型タブレットを持たせ、俺は回転式グレネードランチャーを構えて待機する。

「準備できたぞロック、始めてくれ」

「了解。刮目せよ、女神様のご光臨である!」

 指示を出すと信徒らしく高らかに宣言をしたロックは、パソコンのエンターキーを押してから転がるように俺達の所へ走ってきて、最後尾につく。

「メインプログラムを起動してから初期設定が完了するまで3分はかかるよ」

「分かってる、みんな気を抜くなよ」


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