第2話 転移前の日本
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2020年12月3日
「総理、各国から外務省に非難のメッセージが殺到しております。」
「まあ、そうでしょうな。」
初の首相公選制による直接選挙によって選ばれた日本国総理大臣、宮原栄治は高野久信首相補佐官から報告を受けていた。
宮原内閣は日本初の首相公選制内閣であり、また宮原総理は自分の双子の娘2人を私設秘書にしていたこともあって注目を集めていた。
閣僚の顔触れは特命担当大臣を除いて以下の様になっている。
官房長官・原田源文
与党内で指折りの防衛通議員。実力派議員ではあるが党内では冷ややかな目で見られている。
財務大臣・木村重蔵
内閣最年長で与党内でも長老格のベテラン議員。
経済産業大臣・倉田祐樹
与党議員。父親は総理経験者。
国土交通大臣・広田翔
与党議員。
農水大臣・田中重盛
与党議員。
法務大臣・榊原恭輔
前与党幹事長。
外務大臣・天野公顕
元外交官で与党議員。
総務大臣・上原恵子
民間登用の大臣。
環境大臣・村本正一
民間登用の大臣。
防衛大臣・杉浦楓
女性では最年少の防衛大臣。父親が元陸上幕僚長、二人の弟がそれぞれ航空自衛隊、海上自衛隊に勤務している。
厚生労働大臣・東野秀樹
連立与党を組む政党の議員。
国家公安委員長・松本正
元警察庁警備局長。警察内部に強い影響力を持っている族議員。
しかし、宮原総理は首相公選制内閣とは別の理由でさらに世界中から注目を集めていた。
この日に行われた衆議院特別委員会で「日本政府は本日、NPT(核拡散防止条約)脱退・核開発開始の検討、空母3隻の建造を開始する。」と宣言したのだ。当然隣国の主に2カ国が真っ先に反応し、それに各国が続いて声明を発表していた。
日本の根幹に関わる方針の転換には理由がある。事の発端は宮原総理の就任から間もない頃だった。日本が頼る友人が、突発的な軍事衝突を避けるために尖閣諸島を係争地と認め、船舶や航空機での接近を控えてはどうか、と打診してきたのだ。
流石にその様な提案に対して首を縦に振ることは出来ず、何とか突っ撥ねようと向こうの政府と秘密裏に協議を重ねている最中に、隣国の主に2カ国との歴史認識の拗れを創り出した新聞社が、日本の友人からの打診を暴露してしまった。まさに利敵行為そのものだ。
勿論、尖閣諸島を己の核心的利益と主張する国は大々的に宣伝を繰り返した。曰く、「日本の友人は尖閣諸島を日本領と認識しているわけでは無い。日本が国際秩序を乱す身勝手な行動をとるならば、我が国は大国の責務として核による制裁も辞さない。」と
流石に核の使用を認める訳にはいかないと国際社会は反発したが、かの国は聞く耳を持たず、ただ尖閣は我が人民のものであるとしか主張することは無かった。
宮原総理は就任早々いきなり現実を突きつけられた。どれだけ高潔な理想を掲げていようが、力が無ければただ喰い物にされると。
彼は与野党からの批判や内閣不信任決議も覚悟の上で、日本の核保有の検討はあくまで核による恫喝に対し、自存自衛を図る為だと主張した。
ちなみに、ここでいう与党は内閣を組織する政党ではなく、内閣に協賛する政党という定義である。
そもそも、首相公選制導入の大きな理由となったのが、政権与党の致命的なスキャンダルだった。昨年に時の政権と与党による大規模な汚職が発覚し、内閣は総辞職に追い込まれた。政権交代も叫ばれたが他に政権を担える政党も居らず、かといって政権与党の代名詞とも言える集団に任せるのも憚られた。
そこで予てから議論が進められており、実験的導入も検討されていた首相公選制に白羽の矢が立った。
首相公選制の実施を機に憲法改正も主張されたが、汚職への批判が強い中で当時の与党が言い出すことは出来なかった。そのため現状の国会議員の中から国民が総理を選び、国会の議決で追認するという形にする事で、憲法に触れず衆議院総選挙も行わずに首相の直接選挙のみを行うことになった。
また公選制では党の内閣への影響力を保つため、首相選への立候補には政党の公認と国会議員25人の推薦を必要とし、当選した場合には候補者を公認した政党の立場を「内閣に協賛する政党」という定義の与党とした。
政権与党の代名詞から見れば内閣は、企業の本社部門から分社化した程度の存在で、自分たち与党を蔑ろにするのは我慢ならなかった。
宮原総理の方針演説を受けて与野党は早速内閣不信任決議を行うために協議を始めようとするが、それどころではない状況となる。
午後11時30分 日本全域に濃霧が発生。
12月4日 午前0時 日本国が地球上から消えた。