第25話 砲火4
「・・・何なんだ・・・これは・・・」
眼前に広がる光景に帝国軍指揮官のヴィーラは理解が追いつかなかった。
最初は砦からの砲撃は頻度・数が多く無いと判断した為に部隊を前進させたが、突如として海から数・威力共に強力な砲撃が加わり、もはや組織としての行軍は不可能となっていた。
「走れ‼︎ 走れ‼︎」
「止まれば死ぬぞ‼︎ さっさと行け‼︎」
とある歩兵の集団に八九式十五糎加農砲の榴弾が直撃し、爆発音と共に土煙が兵士の視界を遮る。
「がぁぁぁぁぁ⁉︎」
「あ、足がっ・・・‼︎」
「何なんだよこれ⁉︎ 聞いてねぇぞ‼︎」
「た、助け・・て・・くれ・・・」
「ぐがぁ・・・腕が、腕がねぇ‼︎」
視覚と聴覚が遮られていても、兵士達の怒号や呻き声が僅かに聞こえる。
「動ける者は進め‼︎ 亜人共に立場を分からせてや・・・」
今度は41センチ連装砲の砲撃による大地の変形に巻き込まれ、部隊長と思しき者の声は強制的に遮断された。
何処を見ても爆風で体を失う者、飛び散った砲弾の破片で苦しむ者、大砲で耕された土に覆われる者、肉片と化した戦友を見て錯乱する者が視界に飛び込んでくる。
何が起きてる?
我々は何をしに来たのだ?
戦争をするための筈だ。それもこちらが一方的に勝利する戦争を。
だがこれは何だ。我々は戦争どころか、敵の姿すらまともに見ていない。
これが戦争だと・・・この一方的な殺戮が?
ふざけるな
帝国が、この私が・・・ただ嬲られるだけで終わるのが戦争だと言うのか⁉︎
「海から何か飛んで来ます‼︎」
兵士の一人が叫び、その声に反応して幾ばくかの者が海岸の方へ目を向けた。
ヴィーラは一瞬鳥の群れだと一蹴してしまいそうになったが、明らかな人工物であることが遠目に見ても分かってしまった。
加えて砦の後方からも何か飛んで来るのが、爆音と爆煙に包まれた戦場で奇跡的にヴィーラの目に映った。
そしてその直後、かなりの範囲に分散していた帝国軍の生き残りに対して金属の怪鳥達が襲い掛かった。
先ずは一式陸攻と九七式艦攻による水平爆撃によって、ハバル砦に最も接近していた兵士達がほぼ無力化される。
続いて九九式艦爆による急降下爆撃が僅かでも密集している敵部隊を精密に吹き飛ばす。
最後には零戦と陸自のUH-60JA(戦闘ヘリ)が生き残って迷走する敵兵に機銃掃射という名の豪雨を浴びせる。
そこはこの世界で今まで無かった鉄と火薬の理のみが存在する場所。
大砲が生み出されて間もない世界では想像すら出来ない無慈悲な戦場。
個々の兵が幾ら剣の腕を誇ったところで何の役にも立たないヴァルハラへの片道旅行。
帝国軍兵士にとっての地獄絵図は日本側の予定とほぼ変わらずに推移していった。
*****
「・・・何なんだ・・・これは・・・」
もはや加速度的に帝国軍の脅威が消滅していく中、メリアールは奇しくも帝国指揮官のヴィーラと全く同じ言葉を発していた。
憎っくき帝国が打ちのめされるのは喜ばしいことの筈だ。
かつてミノタウロスのとある氏族の長だった父の娘として生を受け、平穏に暮らしていたところに突如として帝国が奴隷狩りに来た。
立ち向かった男達は数の暴力で殆どが殺され、両親も目の前で殺された挙句にその亡骸の側で女としての自分を踏み躙った帝国の人間達。
それが眼前でただ一方的に蹂躙されている。
なのに納得がいかない。
自分の復讐心は満たされない。
奴隷狩りから逃れて今日まで、復讐の為に鍛錬を重ねてきた。
剣など握ったことの無い小娘から手練れを数人同時に相手に出来る程に腕を磨いた。
生き残ったミノタウロスの女性達を束ね、必死に訓練をしてきた。
目の前の帝国軍はもはや軍とは呼べない程に瓦解している。それも味方に1人の犠牲も出さずにだ。
自分は確かに帝国の敗北を望み目指してきた。
だがこんなものは望んでいない。果敢に立ち向かって勝利した上で敵の体に一族の恨みを文字通り刻み込むことを求めていた筈だ。
「こんな・・・これで・・・」
これで納得出来るわけが無い。こんなあっさりとした勝利で復讐心が満たされる訳が無い。
こんな簡単に勝てるのなら、これまでの自分は何だったと言うのだ。
「敵全部隊の後退を確認しました。これより残敵掃討に移行します。」
自衛官の事務的な報告はメリアールに表現し難い感情をより強く抱かせた。