第21話 妥協と葛藤
「技術提供或いは兵器購入の許可を要望するか・・・」
「いずれは要求すると思っていましたが・・・タイミングを見計らっていたのでしょうか?」
「計画的だろうと便乗しただけだろうと、日本が関与せざるを得ない状況なのは変わらないがな。」
外務省の大臣室にて天野外相は議員秘書に愚痴をこぼしていた。
コミテルン帝国の日本侵攻が頓挫してから暫く経つと、ユーティアルを始め亜人各国から日本に兵器輸出が要求される様になった。
正確には、以前から打診されていた技術供与や武器輸出などの要望がより強くなっていたのだ。
帝国が日本に喧嘩を売る前から各国の外交団や視察団が日本に訪れる度、国によっては貿易を始める条件として兵器輸出や軍民問わず様々な分野での技術提供を求められたが、日本政府は各国が歓喜する様な返答をしなかった。
宮原政権が危惧していたのは、下手に技術を与えてかつての地球に於ける国内産業の空洞化や中韓企業の追い上げと似た事態が、この異世界で再燃することだった。
また武器輸出すれば年内にも始まると予想されるコミテルン帝国との戦争に使用されるのは明白だ。亜人各国が防戦一方ならばいいが、事と次第によっては日本が侵略戦争の片棒を担いでいると国内から批判を受けかねない。
さらにコミテルン帝国の武力制圧などを主張する過激な右派団体の増長に繋がるとの懸念もあった。
いくら非常事態下における独裁色の強い政権でも民意の完全なる無視は避けねばならない。ただでさえ年金などの社会保障費の一時的削減と自衛隊や警察への予算優遇で世論は真っ二つになっており、これ以上の国民感情の悪化は許容し難い。
だが亜人諸国がコミテルン帝国に蹂躙されるような事態になればそれどころでは無い。
折角の貿易基盤がひっくり返ればこれまでの血反吐を吐く様な努力が水の泡だ。
それに亜人各国では未だヒトに対する不信感や憎悪が渦巻いており、今後の外交・貿易の為にも日本が信頼に足る存在だと認めさせる必要があった。
戦争が予期される中で各国への協力を渋っていては「亜人がどうなろうと関係無いのか」「やはりヒトは信用ならない」などと言われかねない。
しかしこの問題は武器輸出を認めれば済むことでも無かった。
輸出先の軍備が日本製で占められれば占められるほど経済的にも政治的にも日本の利益にはなるのだが、重要なのは装備品を輸出した後に訓練・整備を指導する必要がある事だ。
日本国内で訓練を受けてさせてから引き渡しを行えばいいとの意見もあったのだが、特にコミテルン帝国と国境が近い国々からは1日でも早い武器輸出を求められていた。
帝国が西方の戦争相手国と和平交渉に入ったとの噂が流れてきた影響によるものだ。
しかし根本的な問題として、原材料の調達量が不十分なのだ。
現在アルバーサリなどでの現地商人と日本企業の資源取引とは別に、各大手企業がユーティアル王国と隣国アゲンタルにて採掘権を取得して各種の鉱山開発をしているのだが、採掘量も輸送手段も転移前の日本の消費量を賄うには及ばない状況だ。
他の通商条約締結国との取引に至っては未だ試行錯誤の段階だった。
日本国内の資源需要を満たせていないのに輸出向けの防衛装備品生産は無理がある。
ユーティアルにて計画中の鉄道建設も鉱山開発が前提の様なものなのだ。
最終的には各国に旧陸軍の兵器を指導付きで輸出し、帝国が亜人諸国へ侵攻を開始した時は旧海軍によって海空より亜人各国を支援することなった。
コミテルン帝国からユーティアル王国にかけての内陸部は魔族と呼ばれる凶悪な生物が常に跳梁跋扈しており、進軍するには沿岸部を通る必要があった。
つまりは海上からの砲撃や空爆が非常にやりやすい状況であり、旧海軍でも十分すぎる程に戦果が見込まれる。
日本には帝国に対して大義名分があるため大陸に陸上自衛隊の大部隊を援軍として派遣することも検討されたが、補給の問題や亜人諸国の反対などにより見送られた。
他国の大規模な軍隊が自国内を動き回るのは簡単に容認できないという感覚は、世界が異なっても地球と同じだった。また全面的に日本に頼る様な姿勢は亜人各国にとって国家の面子を潰しかねないとの懸念も影響していた。
いずれにしろ日本にとっては80年前の装備でも亜人各国では夢の兵器であり、引く手数多だった。
自衛隊の退役済或いは退役予定の兵器を輸出する案も有力だったのだが、その多くが旧陸軍将兵への訓練・教育に充てられており、輸出する量的余裕は無かった。
一方で陸軍と陸自を指導要員として各国に派遣するのはいいとしても、海軍を援軍として派遣するのには日本政府内で異論が相次いだ。しかし海自は護衛艦の修理と護衛艦隊の再編成がまだ途上であり、中途半端な状態での派遣は様々な問題点を抱え込むことになるとして、海軍の派遣準備が押し切られた。
とは言え軍事的にも経済的にも不合理さの目立つ旧陸軍装備の輸出と旧海軍による支援は、外交と内政の妥協と言うべきだった。
日本は決して亜人諸国の危機に無関心では無いとの外交アピールであると同時に、何かと風当たりの強い旧陸海軍が活躍することで日本国内に燻る旧軍への不信感の払拭とイメージ向上を試み、加えて旧軍内に於ける不満の解消を図る目的もあった。
*****
ユーティアル南部国境・ハバル国境監視砦
対帝国の最前線であるこの砦に陸上自衛隊員と旧陸軍軍人、数名の防衛省職員が引き渡し予定の兵器と共に到着した。
今回の責任者として防衛省から赴いた日高浩二は砦の兵士達を見て驚いていた。
事前に砦の兵士の大半がミノタウロス族だと聞いてはいた。しかし身長は2メートル程度に加え、足は蹄だが普通に二足歩行だ。さらに頭部は角と耳を除けばほぼ人間だった。
だが何よりも驚愕だったのが、かなりの兵士が女性である事だった。
責任者の日高、陸自と旧陸軍それぞれの隊長の3名は砦の指揮官の部屋に案内された。
「失礼します。日本から参られた方々です。」
案内役の兵士が扉を開けた先にはミノタウロスの女性とエルフの男性の姿があった。
「遠路はるばるご苦労様でした。指揮官の補佐を務めているガルと申します。」
「日高と申します。暫くの間はご厄介になりますが、よろしくお願いします。」
「此方こそよろしくお願いします。指揮官のメリアールです。」
ガルというエルフの男性は好意的な態度だったのに対して、メリアールと名乗ったミノタウロスの女性はお世辞にも日高たちを歓迎しているとは言えなかった。
「到着なさって早々ですので、今後の事については後ほどお話しの機会を設けるという事で宜しいですか?」
「構いません。我々にも準備がありますので後ほど説明に上がります。では。」
「・・・あれがニホン人ですか・・・。」
「メリアール殿、大丈夫ですか?」
「大丈夫、です。少々過去の事を思い出しただけで・・・。」
「貴女には酷な話ですが、ニホンはヒトが中心と言っても帝国とは違います。それに我らが帝国に対抗するには彼らの協力が・・・」
「分かっています‼︎」
部屋の外にも響く勢いでメリアールは叫んだ。
「・・・すみません、ガルさん。声を荒げてしまって・・・」
「いえ、此方こそ無神経でした。」
2時間程して日高達が再び指揮官室に赴き、武器のスペックから説明を始めた。
彼女らに与えられるのは第二十三軍隷下の第一砲兵隊独立重砲兵第二大隊第一中隊の八九式十五糎加農砲4門、第三十八師団独立山砲兵第十連隊に属する2個中隊の四一式山砲8門であり、砲弾だけでなく多数の整備部品も持ち込まれている。
「今後ですが砲兵隊となる兵を選別し、各々で必要な訓練を課す事になります。本来であれば年単位の修学と訓練が必要となるところをかなり短縮しますので、それなりに厳しいものになるとご理解下さい。」
「この砦の後方に敵情偵察や爆撃の拠点として簡易的な飛行場を建設する予定です。また帝国が予想より早く侵攻してきた場合、日本は海上からユーティアルを援護する手筈になっています。」
メリアールの補佐役であるガルと王都から遣わされたエルフ2名は興味深そうに日高の説明を聞いていたが、指揮官のメリアールは一貫して不機嫌な表情をしていた。