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第16話 自覚

 



 日本が異世界に転移して5ヶ月近くが経過し、対外的にも対内的にも一定の落ち着きを取り戻しつつあった。





 日本の希望とも言える皇国島開発は北部の皇北みほく港(旧横須賀鎮守府を改名・改良した港)と南部にて新設・拡張中の港が拠点となって進められ、試験運転ではあるが原油生産も始まっていた。皇国島の陸海軍将兵には建設作業や農作業に従事して貰い、更には小隊や中隊ごとに本土に連れて現代生活の体験や自衛隊の見学が行われていた。


 また外交においてはユーティアルとの国交樹立や通商条約の締結が既に実現しており、他にも幾つかの国々と国交が成立している。





 先の対馬沖事件については先制攻撃を行ったユーティアル側に責任があるとしながらも、多数の死傷者を出してしまった事に対する日本側の配慮としてユーティアル国内のインフラ整備への協力が約束された。

 砲艦外交が全く無かったとは言い難いが、圧倒的有利にありながらも相手国に一定の配慮をした外交は、ユーティアルのごく一部ではあるが指導者層に日本への好印象を抱かせるきっかけとなった。


 因みにフィヨル王女を含め拘束されたエルフ達は交渉中にユーティアルへ送還されていた。日本としては他国の王族の身柄を預かるという面倒で危うい責任を負いたくないからだったのだが、この王女を人質にしなかったということも日本の印象を向上させていた。




 この5ヶ月間は日本中の役所に勤める公務員が最も酷使された期間として語られるだろう。















 擬似的とは言え独裁的体制に移行した宮原政権に対して、当初はあらゆるメディアが大批判をしていたのだが次第に批判と評価が半々になり、最近の世論調査では政権支持が若干不支持を上回る程になっていた。

 もっとも専制政治下の世論調査など信用出来ないという批判も多かったが。




 政策の中で最も批判を受けていたのがクーデター当日に行われた反国家的勢力への強制捜査や、警察庁を警察省に昇格して国家公安委員会を廃止、警備局を警備庁と国家公安庁へ分離・格上げするといった警察組織の強化・拡大。企業に対する法人税の納税猶予。大都市圏から地方への疎開政策だった。


 更に納税猶予の発表前には年金積立金管理運営独立行政法人:GPIFでの史上最悪の運用損失による年金給付額の減額や、生活保護費の支給額引き下げなどが公表されていた。

 その後に企業の納税が猶予されたとあっては、社会弱者の切り捨てだとバッシングの嵐が吹き荒れるのは当然だろう。

 現に年金や生活保護の受給者を含め、この数ヶ月の間に自殺者数が過去に例を見ない増加率を見せていた。


 しかしその一方で最底辺にまで悪化した治安を自衛隊の出動という強硬策で回復させ、マイナンバーを使っての配給制度の準備を即座に指示したことについては評価する声もあった。更に皇国島の油田開発及びインフラ整備による株価の回復も政府批判を和らげていた。








 宮原政権の社会福祉分野の政策は巨視的に見ると、高齢世代の福祉を減らして若年層の救済を優先するような姿勢だった。特に子育て世代の支援は転移前よりも向上しており、この点も評価されていた。



 国会議員は選挙を気にせずに政治をする事など出来ない。どれだけ清廉潔白な人物であろうと、どんなに優秀な人間だろうと選挙で落選すればただの一般人になる。

 この議会制民主主義があるからこそ政治家は有権者の利益を常に考えねばならず、だから政治において民主主義が大切だと言われるのだ。


 だが民主主義は絶対的に正しいシステムでは無い。少子高齢化の進行に加えて若年層の投票率が低い時、それは如実に示される。

 高齢者ばかりが投票するなら、議員は票の獲得の為に高齢者重視の政策を進めるだろう。もちろん高齢者対策を後回しにして良い訳がないのだが、だからと言って若年層に対する政策の先送りを完全に正当化は出来ない。

 民主主義とはあくまでワーストを避ける為のシステムであり、決して無条件に正しい神の如き存在では無いのだ。





 また政権の中でも総理に次いで批判と評価を受けているのが杉浦防衛相だった。


 彼女は、第二次大戦前に海軍大臣や総理大臣を歴任した加藤友三郎の「国防は軍人の占有物にあらず」という言葉をアレンジした「国防は男の占有物にあらず」をスローガンに掲げ、中央省庁で女性参加率が最も低い防衛省や実力組織である自衛隊への女性参加率をこれまで以上に高めることを通じて政界や官界、経済界での女性進出を促すという目標を打ち立てていた。


 女性すら戦争に駆り立てるのかという批判と、女性活躍社会の体現という評価で二分されていた杉浦大臣だが、彼女の原動力は父親への反発が大きいものであった。

 彼女の父は陸上幕僚長を経験するほど優秀な人物だったが女性自衛官に懐疑的であり、娘が自衛隊に志願したいと願い出た時は烈火の如く反対して認めなかったそうだ。


 政治や軍事に女は関わらなくていいと言う一方で、杉浦大臣の弟達が自衛隊に入る時はさほど反対しなかった父親を見返してやりたいという思いがあり、国会議員となって安全保障の分野に拘りを持っていたのも、そうした反発心が体現した結果だった。








*****









「ニホンは我が帝国と対等な交渉を行いたいという姿勢は変えないのだな?」


「はい。帝国とは良好な関係を築きたいと切に願っておりますが、それは隷属ではありません。」


 外務省から派遣された菅谷忠道と部下数名はコミテルン帝国との国交樹立交渉の為にノボォナという港街を訪れていた。






 コミテルン帝国はマーダリア大陸に於ける覇権国の一つで、人口の多くはヒト種で構成されている。ノボォナは帝国の東方に於ける主要都市だ。


 帝国と接触を図ってから1ヶ月近くなるのだが、帝都から遣わされた責任者だという男性は終始一貫して見下した態度を取っていた。


「大陸の端に位置する未開の国がこの大陸を統べる我が帝国と対等など、身の程知らずにも程がある。」


何度同じ台詞を繰り返すのかと菅谷は心の中で呟いた。

 最初に接触した時は好奇心が強かったのかそれなりに日本側の話を聞いていたのだが、最近は横暴な態度が目立っていた。


「我が国と交易をしたいと言うならば、先ずは50人程度の奴隷を献上し、その後に毎年差し出す子女の数を示すのが筋というものだがな。」


「何度も申し上げた通り日本には奴隷が存在しないため、献上のしようがありません。ご笑納して頂きました我が国の産物では不十分でしょうか?」


 交渉が始まる際に日本刀や日本酒を始め日本が誇る伝統工芸品の数々を渡していたのだが、日本が期待する様な言動は得られなかった。


「だがら奴隷を差し出すのは勘弁してくれと? それでは話にならん。

まあ、亜人如きと関わりを持つ国がまともな訳が無いだろうな。」


 この様なやり取りが延々と繰り返されている最中に、日本への武力侵攻が計画されていたなど交渉団は予想だにしていなかった。






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