第14話 対馬沖事件2
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戦闘は帆船艦隊側が撃沈2隻、大破2隻、中破3隻の被害を受けて終了し、駆け付けた残りの第六駆逐隊3隻に海保・海自の航空機も加わって多数の生存者が救助・拘束された。また第五戦隊は念のために周辺海域の警戒に当たった。
「ええ先程入ってきたニュースです。本日午後1時頃、対馬沖で海上保安庁の巡視船が所属不明の艦船から攻撃を受け、負傷者が出た模様です。また駆け付けた旧海軍の駆逐艦『雷』が不明艦を撃退したとの情報も入っております。繰り返します。本日午後1時頃、対馬沖で・・・」
これだけの騒動をマスコミが放っておくはずが無く、夕方からのテレビ放送で各局が挙って取り上げた。
また各新聞社は号外の大配布を行おうとしたが政府から資源節約の強い圧力をかけられ、一部の新聞を除いて号外は刷られなかった。
これが後に、政府が情報統制を図ったと国会で槍玉に挙げられることになる。
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救助・拘束された者達(全員がエルフ)は100名近くに上り、一旦対馬に運ばれて怪我人の手当てなどが行なわれた。しかしまだ意思疎通が十分に出来ないため治療を拒んだり無闇に反抗する者が後を絶たず、保安庁も海自も旧海軍も手を焼いていた。
そこでアリスを通訳として舞鶴から対馬へ向かわせることとなった。(この時アリンは別件で東京に向かっている最中だった。)
結果から見ればこれは正解だった。アリスの存在と彼女の説得によってエルフ達は落ち着いて事情聴取を受けるようになり、その結果彼らがユーティアルの兵士であること、さらにユーティアルの王族が一人含まれていたという衝撃的な事実を日本側が早期に知ることが出来たからだ。
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「日本の外交を代表しております天野と申します。」
挨拶した天野外相の目線の先には腰にまで届く金色の長髪と蒼い瞳のエルフの少女がベットに腰掛けており、その少女と天野外相との間にエルフの女性兵士が盾になるかのように立っていた。
宮原総理が報告を受けた時にはNSC国家安全保障会議の9大臣会合が別件で開かれていたのだが、それどころではなくなった。
正当防衛とは言え国交が無い国の王族が乗った船を攻撃したのだ。しかもアリンとアリスからの情報によって、ユーティアルの文化や政治のレベルが地球で言うと中世から近世にかけての程度だと思われていたため、下手をすれば戦争に直結する事態だと判断された。このことから、天野外相が急遽外務省の職員と共に対馬を訪れることになった。
「ユーティアル王国第3王女のフィヨルです。私どもを救助して頂いたこと、心よりお礼申し上げます。」
戸惑いながらもフィヨル王女は挨拶と感謝の言葉を述べ、天野外相は直ぐに本題に入った。
「既に我が国の事情についてはお聞きになっていると思いますが、先ず我が国の船を攻撃した理由についてもう一度確認させて下さい。」
外相らが来る前の事情聴取で既にフィヨル王女へ大まかな日本の現状が説明されており、また彼女達の事情は天野外相が対馬に到着した直後に報告されていた。
報告された内容は、ユーティアルはとある事情から南方に位置する国々と秘密協定を結ぶため、フィヨル王女らを乗せた艦隊が秘密裏にその国々へ向かう最中に海保の巡視船が近づいた。艦隊行動が外部に知られてはならないので攻撃を加えた、というものだった。
ユーティアルの事情を再確認すると、天野外相に付き添っていた外務省職員が改めて日本の現状をアリスの通訳を通して説明をし始めた。
すると護衛と思われるエルフの女性兵士が怒りを露わにしながら何か言い出した。
「殿下への謝罪もせずにそんな馬鹿げた話を二度も聞かせるな! と言ってます・・・」
アリスが恐る恐る訳して伝えた。
他の兵士も口には出さなかったが、敵意を隠そうともせずに天野外相を睨んでいた。その様な中でフィヨル王女が意外な言葉を発した。
「もう良いです、リル。」
リルと呼ばれた女性兵士が振り向いた。
「こうして外交を司る代表が話を聞いてくれているのです。それに此処で彼らに刃向かう事など不可能でしょう。」
王女は天野外相に目線を戻して尋ねた。
「それで、アマノ殿にお聞きたいことが有るのですが。」
「何でしょうか?」
「私達の扱いについてです。捕虜という認識でよろしいのでしょうか?」
その言葉で場の空気が変わった。日本側は戸惑いの表情を見せ、フィヨル王女を除くエルフ達は恐怖の表情を見せる者も居ればより殺気を込めた目をする者も居た。
そして日本政府の頭を悩ませていたのが彼らの法的な扱いだった。「武力攻撃事態における捕虜等の取扱いに関する法律(捕虜取扱い法)」という法律名から分かるように、日本における捕虜の規定は武力攻撃事態の発生が前提となっている。今回の事態を武力攻撃事態として認定するのが妥当かどうか政府内に於いて意見が分かれていた。
さらに対処したのが海上保安庁に協力している旧海軍の駆逐艦だった事が事態をより複雑にしていた。
旧陸海軍を自衛隊の一部と見なすのか、自衛隊とは別に日本が所有する武力組織とするか、それとも他国の軍隊と見なすのか意見がまとまらない中で「海上保安庁と協力関係にある旧海軍の駆逐艦」が、巡視船を守るために反撃したという状況において拘束したエルフ達の法的な扱いがどうなるか結論が出ていなかった。
大雑把に言えば、捕虜に当たるのか公務執行妨害の容疑者に当たるのか、分からない状況だったのだ。
そういった事情から天野外相が返答に困っていると、フィヨル王女は何かを決心したように告げた。
「彼らに暴行を加えないと約束するなら、この身の捧げることも厭いません。」
王女の衝撃発言に周りのエルフ達は動揺し、日本語に訳されたセリフを聞いた天野外相も慌てて返答した。
「そ、そのような事をなさらずとも皆さんに危害は決して加えませんよ! お約束します。」
「本当ですか⁉︎」
王女は初めて日本人に笑顔を見せた。その後は幾つかの取り決めをまとめて話し合いは一旦終了となった。
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「・・・なるほど。これは天の救いだったかもしれませんね。」
官邸にて報告を受けた宮原総理が安堵した声で呟くと、高野補佐官が同意した。
「一歩間違えれば戦争を覚悟する必要が有りましたが、これでユーティアルという国と大きな繋がりを持てました。しかし、また国会が大荒れになります。」
武力衝突が報じられただけでも既に一部野党が支持者を動員して国会前でデモ活動を繰り広げており、国会内でも法案審議が進まずにいた。ここで対馬沖の全容が公表されれば、国会は火山噴火の如く支離滅裂な状態に陥るだろう。
「まあ、仕方ないでしょう。とにかく国交を結ぶことが優先です。」
総理は諦めたような、あるいは悟ったような声だった。