第13話 対馬沖事件
混乱しつつも国家プロジェクトとして開始された皇国島開発に多くの企業が手を挙げ、本格的に港湾整備や油田開発の準備が異例のスピードで進められていた。既に皇国島の日本領編入が閣議決定されており、後はどれだけ早急に石油が掘削できるかが問題だった。
この油田開発が軌道に乗れば日本のエネルギー事情を根幹から救うことが可能であり、さらに激減が予測される税収を賄うどころか将来的には減税も視野に入れることも不可能ではない。
油田公社を設立するための法案作りが政府・与党内にて急ピッチで進んでいたことからも、政府がどれだけこの油田開発に期待をかけているのかが知られていた。
企業にとってもこれ程会社を立て直すチャンスは無いため、業種を問わず受注競争の激しさが日に日に増していった。
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対馬・厳原港
対馬の海の玄関口であるこの港に旧海軍の第一艦隊に属する第一水雷戦隊・第六駆逐隊の駆逐艦『暁』『響』『電』の3隻が停泊していた。
転移時に原因不明で使用不能となってしまった巡視船の穴埋めに旧海軍の艦艇を充てることが決まり、主に駆逐艦が臨時に海上保安庁へ協力することになった。また軽巡や重巡も何隻か部分的に改修して海上自衛隊に加わる。
当然の事ながら造船所の数や能力には限りがあり、護衛艦・巡視船の修理や旧海軍艦艇の改修を一気に推し進める事は出来ない。それを抜きにしても人間には陸での休息が必要不可欠であるため、瀬戸内海や東京湾に何時までも帝国海軍を放置する訳にはいかなかった。
それらの事から艦艇を少しずつ海上自衛隊の基地だけでなく民間でも入港可能な港に分散させることとなり、瀬戸内海の各港に連合艦隊司令長官直卒と第一艦隊を、九州各港に第二艦隊を中心に入港させ、東京湾の艦隊も順次近場の港に錨を下ろす方向で話が進んでいた。
難航したのは指揮権と補正予算だ。旧海軍としては海自の指揮下に入るのは抵抗があり、更に山本長官が海上幕僚長の下の立場になる事には特に連合艦隊首脳部が納得しなかった。
紆余曲折はあったものの、とりあえず各艦に自衛官をオブザーバーとして乗せて「意見具申」する事とし、旧海軍の行動は海上幕僚長若しくは自衛艦隊司令から連合艦隊司令長官への「要請」に基づいて行うという形で旧海軍側の一応の理解は得られた。
補正予算はお馴染みの某野党が「旧海軍艦艇の改装は軍国主義の復活だ」として国会で何かと足を引っ張ったが、与党の協力もあっていざとなれば強行採決で決められる道筋が立ちそうだった。
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対馬沖を航行していた第七管区海上保安本部・福岡海上保安部所属、はてるま型巡視船『のじま』の矢部正太郎艦長に不審船の報告が入ったのは午後1時頃だった。
「何の冗談だ?」
矢部艦長は思わず呟いた。何しろ双眼鏡を覗いた先には、大航海時代に活躍していたガレオン船のような木造帆船7隻が一列の単縦陣にて海上を航行していたのだ。
帆船艦隊の進路が対馬に向かっていたことに加え、とにかくこの世界での日本以外の勢力と早急に接触を図るよう政府から海上保安庁や自衛隊に強いプレッシャーが掛かっていたため、『のじま』は艦隊に接近を試みた。
しかし『のじま』と艦隊が近距離で並走する形になった瞬間、砲声が鳴り響いた。
「な!?」
放たれた砲弾は遠弾ばかりだったが相手の兵装のレベルの低さからして威嚇射撃などはあり得ず、明らかに『のじま』に対する砲撃だった。
「艦長、明確な攻撃です!! 反撃の指示を!!」
「あ、あぁ・・・」
この時、矢部艦長は躊躇してしまった。実は前年に彼の乗艦する別の巡視船が中国の違法漁船船団と衝突事故を起こし、日中双方に負傷者が出る事態が起きていた。
その際、やはりお馴染みの某左派政党が巡視船側に不手際があったのではないかと一方的に主張し、当時の艦長の懲戒処分すら要求したのだ。当然そのようなことは無かったが、海上保安庁全体が委縮する出来事となった。
そのようなことから、即座に防衛行動を指示することに迷いが生じていたのだ。そしてその迷いが彼を一生後悔させる事になる。
「ッ!?」
突如艦橋に衝撃が響いた。奇跡にも近い確率で、巡視船と比べれば骨董品レベルの大砲の砲弾が命中したのだ。
「被害報告!! 船首付近に被弾、負傷者数名!!」
負傷者の発生を耳にして矢部艦長はようやく指示を出した。
「威嚇で無くて良い! 当てるつもりで撃て!」
「了解!!・・・・・・な!? 機銃が動きません!! おそらく先ほどの被弾で・・・」
最悪の事態に陥った。いくら武装を持つと言っても、はてるま型巡視船の主武装である30mm単装機銃が使用不能では有効的な反撃手段は無いに等しい。
「最大船速! こうなっては逃げの一手だ!」
矢部艦長は自分の愚かさを心から憎んだ。退避した『のじま』は無線で各地に状況を知らせ、船内では負傷者の応急措置が急がれていた。
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「前方に艦影!!」
張り詰めた空気で満たされた艦橋に響き渡った見張員の声は、艦橋乗組員を激しく動揺させた。しかし『のじま』に接近していたのは警備活動中だった旧海軍の吹雪型駆逐艦『雷』だった。
『雷』を指揮する工藤俊作艦長は、史実では大戦中のスラバヤ沖海戦の後に漂流中だった連合国軍人422名を救助した人物だ。
救助した敵兵が『雷』乗組員数の倍に匹敵することから、彼の行動がどれだけ異例だったかが分かるだろう。しかし彼は敵兵を救助したことを自らの口で語る事無く生涯を閉じ、この時に救助され戦後は外交官として活躍した英国人のフォール氏が来日するまで、彼の行動は国内で殆ど知られてなかった。
「艦長、『暁』『電』『響』が先ほど厳原港を出ました。また高木少将の第五戦隊も此方へ向かっているそうです。」
高木武雄少将が指揮する第五戦隊・重巡『那智』『妙高』『羽黒』は佐世保へ向かっていた最中に無線を受け、急遽進路を変更していた。
「本艦だけで十分だろうが、各個に逃げられたら厄介だからな。」
報告を受けた工藤艦長は自艦の優位を疑わず、されど相手を必要以上に侮っていなかった。
そして『のじま』と『雷』か交差し、さらに帆船艦隊との距離が12.7センチ連装砲の有効射程に入ると、工藤艦長は迷いなく下令した。
「撃ち方始め!!」
『のじま』は架空のはてるま型巡視船です。