第12話 貢献
「痛いのは最初の一瞬だけだから、ちょっとだけ我慢して下さい。」
「は・・・はひ・・・」
「だ、だいじょうふれふ・・・」
アリンとアリスは生まれて初めて体験する採血というものに心が折れそうだった。
白衣を着た女医が優しく丁寧に説明と励ましをしてくれたものの、やはり腕へ針を刺す行為に恐怖していた。
そして無事に採血を終えた2人は、まるで一生分の恐怖を味わったかのような様子だった。
アリンとアリスは自衛隊舞鶴病院にしばらく居ることが済し崩し的に決まっていたが、意識が回復したアリスも姉と同じく言語魔法を使えたため、2人揃ってユーティアル語の辞書作成や異世界情勢の情報提供、身体検査などに協力していた。
採血などへ協力させるのは控えるべきではないかとの意見もあったが、大学や各種研究機関の学者や研究者から猛烈に要望されて実施に至っていた。
また2人の保護・観察を担当する部署については一悶着あった。
外交を進めるためにも辞書作成が最優先であるため、自分たちが身柄を管理すると主張する外務省。
地球上には無かった病気の有無や、エルフと人間の身体構造の差異などの調査が本省主体で必須だと主張する厚労省。
大陸の地理状況の把握が優先だと譲らない国交省。
既に自分たちが保護・観察を行っているのだから管轄の移行は不要と固持する防衛省。
主にこの四つの省が火花を散らす様な権限争いを繰り広げたのだ。
日本が転移した事によって限られた予算や資源を最低限必要な活動に投入せねばならないため、各省庁の事業の多くで凍結や予算削減が断行されていた。
それによって、予算獲得が確実であり、姉妹の協力が不可欠となる省庁を跨いでの事業で主導権を握れるエルフ姉妹の保護・観察の管轄権を巡る熾烈な省庁間の駆け引きが行われたのだ。
結果的には防衛省に軍配が上がった。但し保護・観察は防衛省の所管とはなったが、エルフ姉妹の協力が必要な各種の調査などは国家安全保障局が主体となって各省と連携するという形になった。
国家安全保障局を縄張りの一つとする外務省と防衛省の引き分けと言っていよいだろう。
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「死神?」
「はい。かつてマーダリア大陸で大流行した病気で、呪いの様だったそうです。」
この日は彼女たちの世話係となっている日高一等海尉と渡邊首相補佐官も同席して異世界における病気などの聞き取りが行われていた。
「致死率が高いから死神と呼ばれたのですか?」
「それもありますが、全身に黒いあざが出来て亡くなるので、死神と恐れられたそうです。」
日高一尉と渡邊補佐官、厚労省や国家安全保障局の調査官はアリンの言葉に驚愕と恐怖した。
かつて地球上で欧州人口の3割を死に追いやった黒死病、ペストがこの世界でも存在する可能性が出てきたのだ。
この情報は厚労省や内閣に大きな衝撃を与え、その日の内に国立感染症研究所村山庁舎や理化学研究所筑波研究所などをBSL-4の実験施設として稼働することが閣議決定された。
BSLとは細菌やウイルスなどの微生物や病原体などを扱う施設の格付けであるバイオセーフティーレベルの事でレベル1〜4まである。例えばインフルエンザはレベル2に分類され、最高のレベル4に分類されるのは天然痘やエボラなどのかなり危険な病原体だ。
ペスト菌はレベル3の病原菌だがこの世界で流行した疫病がペストであると判明した訳ではないし、天然痘やエボラ、又はそれらに似た地球上には無かった病原菌が存在しないという保障も無い。
直ぐに東野厚労相が秘密裏に出向いて立地自治体の首長に施設の稼働を通知した。
上記の施設は以前から周辺住民が反対していたことによって稼働出来なかったのだが、突然一方的に稼働を通知されて当然の事ながら立地自治体の首長は猛反発した。
だが東野厚労相は、国内で未知の病原体による感染の大流行が起こった場合に施設があるのに自分たちのエゴで稼働を認めず、多くの犠牲者を出させた自治体として日本中の怨嗟の的になっても良いのかと、半ば脅迫して稼働を認めさせた。