ファンタジーだわ
怜奈をどかせ、天体望遠鏡を覗いてみる。
それは、たしかに地球だった。
望遠鏡の性能があまりよくないのではっきりとはしない。しかし確かに、惑星を覆う白い雲と、青い海と緑色の大陸が見て取れた。テレビなんかではよく宇宙から撮った地球の映像が流れるが、まさに、それだった。
「ファンタジーだわ!」
怜奈はその大きな目を輝かせている。
「あそこに地球があるってことは、ここは同じ太陽系の、違う惑星だってことか?」
「おそらく違うわ。だって、地球は三つも存在しないもの。たぶん、ここはどこの銀河系にも属さない異世界で、次元が歪むとかしちゃったりなんかしてあんな風にみえているのよ」
俺は望遠鏡の接眼レンズから目を離した。
雲ひとつない、青い空に浮かぶ三つの地球。やっぱり不思議な光景だ。
「聞いたことあるでしょ。並行世界ってやつ。世界はちょっとしたIFで分岐するの。それがあの三つの地球ね。ここでそれが見えているってことは、きっと、それぞれの世界で矛盾がおきないように管理している生命体がいるのよ」
どうやら怜奈の頭の中はSF設定でいっぱいのようだ。
「探しに行きましょ」
「なにを?」
「その、生命体をよ」
「なんのために?」
「面白いからよ!」
そんなこんなで果てしない草原を歩き出した俺たちの前に姿を現したのは、妖精だった。
手のひらに収まるくらい小さな人間が、背の低い草むらの中から、ひょこっと顔を出している。
小さな布切れを二枚、上下に纏い、背中からは昆虫の羽のようなものが生えていた。
「よ、妖精!」
怜奈がぴしっと指をさして驚きの声を上げると、その妖精も目を丸くして驚き、そして慌てたようにどこかへ飛んで行ってしまった。
「妖精!」
そう言って目を丸くしたまま勢いよく俺を振り返る怜奈。俺も驚いてるよ。
「あんなものがいるって事自体が、やっぱりこの世界は異世界であるという証拠なのよ!」
「どうやらそのようだな」
「あれ、ほしい……捕まえればよかった」
怜奈は悔しそうに爪を噛む。
これまたそんなこんなで果てしない草原をひた歩く俺たち―――怜奈は妖精を探そうと目を皿にしながら―――の耳に聞こえてきたのは、空を切り裂くような甲高い悲鳴だった。
「たすけてー!」
続いて聞こえるのは、複数の重い足音。どどどどど。
声のする方へ目をやると、草原の小高い丘の上から何者かがこちらに駆けてくるのが見えた。
そいつの姿がようやく把握できる距離まで来た時、俺は諦観を込めてこう思った。もはや疑いようがない。ここは、異世界だ。
悲鳴の主は、黒い服を着て、二足歩行をする、人の姿をした少年だった。
しかし、全身がオレンジ色の毛で覆われ、猫のような耳と尻尾が生えている。