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目が覚めたら

 俺たちが目覚めてまず目にしたものは、草だった。

 あたり一面に広がる草原。

 360度見回してみても、そこにあるのは地平線のみ。

 緩やかな勾配や小高い丘は見受けられるものの、建物らしきものは一切なく、かと言って人がいるのかと言えばこれまたそうでもなく、そこにあるのはただ、草だった。

 爽やかな風が草をカサカサとゆらし、同時に植物特有の青い匂いが鼻孔をくすぐる。

 とても夢だとは思えないほど五感から得られるものは現実感に溢れているが、一応確認のために自分の頬を思いっきりつねってみる。

 痛い。


「なにこれ、いったいどういうこと?」

 隣で同じように自身の頬をつねった後、片目に涙を浮かべながら無限に続く草原を睥睨するのは、俺の幼馴染である怜奈だ。


 幼馴染という名の腐れ縁であり、幼いころから常に一緒に遊んでいたのだが、怜奈はいつも唐突に何かを思いつき、そして唐突にそれをすぐ実行に移すようなやつだった。

「山に登ろう!山はいいよ。空に近づけるからね!」彼女がそう言ったのは、たしか俺たちが小学三年生ぐらいの頃だったか。空に近づくと何がいいのか、全く理解できない俺の手を取り、無理やり登山させられ、あげくの果てに遭難し、心配した親の依頼で捜索隊まで組まれる事態となった。

 しかしその時印象に残ったのは、遭難中夜になり星が瞬く中で彼女が発したある言葉だった。


「ねぇ竜次、このままどこか遠くへ行きたいね」

 どこかって、どこ?

「たとえば、あの一番明るく光ってる星とか。たとえば、人間なんていない異世界とか」


 今思えば誰もが一度は思い描くような厨二的発想であるが、その時の怜奈の、瞳の奥に輝く星を見たとき、うっかり俺は異世界があるなら連れて行ってあげたいなどと思ってしまった。

 もちろん異世界など存在するはずもないし、どこかの惑星に行くなんて事は何百年先の話になるかわからなかったが、彼女は異世界へのあこがれを捨てきれず、しばらくは奇行が続いた。

 しかしそれも中学まで。高校生になった俺たちは、少しだけオトナになった。

 かに思えた。


「今日お前が、急に天体観測に行こうなんて言い出さなければ、こんな事態にはならなかった」

 俺は尖った声を怜奈に向ける。

「なによ。じゃあ言わせて貰うけど、あんたとばったり出くわして長話をしていなければ、わたしはもう一本早いバスに乗っていて、こんな事態にはならなかったわよ」

 それは夕暮れ時のことだった。俺は学校帰り、本屋に寄ろうと街を歩いていると、バス停でなにやらうきうきとした表情をしている怜奈を見つけた。向こうもこちらを見つけ、「なにやってるの」から長話は始まり「スーパーで買った豆腐の賞味期限が」と続き「わたし自転車通学にしようかな」で終わった。

 そして、話に夢中になっているうちにバスを一本見送った事実に気付いた怜奈は頬を膨らませたあと、「ねぇ竜次、天体観測に行かない?」と唐突にのたまった。

 そう、怜奈の唐突な奇行は高校生になった今でも、終わっていなかったのだ。

「めんどくさいし、行きたくないし」と嫌がる俺を無理やりバスに押し込み、バスは威勢よく山道を上り、そして疲れていたのかうとうとと居眠りを始める運転手によってコントロールを失ったバスは、ガードレールを突き破って切り立つ崖から転落した。


 その時の事を思い出す限り俺が感じたものは、不愉快な浮遊感と、失った平衡感覚と、怜奈の悲鳴と、俺の悲鳴と、数人いた乗客の悲鳴と、運転手のいびきと、走馬灯らしき映像と、その映像が突然ぷっつりと途切れるかのような感覚だった。


 死ぬよな、普通。高高度からバスが転落したんだ。助かるわけがない。


 だが俺たちは生きていた。明瞭とした視界や、鼻につく草の香り。寝起きの口の中に広がる苦い味や、草原のざわめく音。吹き付ける風が肌を撫でる感覚。

 五感のすべてが、俺たちは生きている、と知らせていた。

 異世界、か。目の前に広がる光景は、そうとしか思えなかった。

 いやしかしにわかには信じられない。こんなリアルな夢も、世の中にはあるのかもしれない。それとも、これは走馬灯の続きなのか?


「夢であるかどうかを確かめる方法は、この世に存在しないわ」

 と唐突に腕を組みながら言う怜奈の声に、俺は耳を傾ける。

「どれだけリアルに五感を得ても、それが本当であるという証拠はひとつもないもの。現実っていうものは、脳の思い込みによって左右されるものよ。催眠術なんかはその典型ね。人にそうだと思いこませる事によって、脳が勘違いして五感情報を伝達する。たとえば、こんな話があるわ」

 怜奈は、いい? というように一呼吸置くが、俺には話があまり理解できていない。

「ある人に目隠しをして、『今から真っ赤に熱せられた鉄を、お前の腕に押し付ける』という催眠術をかけるの。でも実際に押し当てるのは、ただのスプーン。それを押し当てられた人は耳をつんざくような悲鳴をあげるわ。そして、腕には膨れ上がった火傷の跡が残った」

 子供に怖い話を聞かせる時のように、怜奈はにんまりと不気味な笑みを漏らしていた。

「なぜ、ただのスプーンを押し当てられただけで、その人に苦痛と、物理的な火傷の跡を残せたと思う?」

 さぁ……?

「それは、世界を知覚しているのが脳みそだから。脳が勘違いを起こせば、その人にとっての世界は、自然とそうなるの。逆に言えば、脳みそが世界を創っているともいえるわ。現実がどうあれね」

 へぇ……?

「極端な話、頭から脳だけを取り出されて、電極に繋がれて、すべての感覚を何者かに操られて、夢を見せられていたとしても、私たちにはそれがわからないの。だって、今感じている全てが、私たちの世界だから。もしかしたら、バスに乗っていたほうが夢で、こっちが現実かもしれない。こっちが夢で、あっちが現実かもしれない。あるいは、ずっと、今までの全部が夢かもしれない。そしてたとえ目が覚めたとしても、それも夢じゃないとは限らない。答えは、永遠に出ないの」

 ほぅ……?

 つまり、と怜奈は俺にぴしっと綺麗な指を突きつける。

「今そんなことを考えていても、まったく、ぜんぜん、これっぽっちも、意味はない!ってこと」

 その指を見つめ寄り目になりながら、俺は面食らう。

 まったく、ぜんぜん、これっぽっちも、意味が分からない。怜奈は、知らぬ間にSF少女になっていた。



「いいのよ。今感じている現実を、そのまま楽しめればなんだって」

 怜奈は嬉しそうに空を見上げながら言う。

 俺は先ほどの怜奈の話を反芻する。そして混乱する。人生は全部が夢かもしれない、か……。正直ぴんとこなかったが、なんだかどうでもよくなってきた。考えることが、面倒だ。空を見上げる。

 俺たちがこの草原に来て、最初に目にしたのは草。そして次に目に飛び込んできたものが、あれだった。


 空に浮かぶ、三つの月。


 今は太陽も出ていて、真昼間であるはずなのだが、月が出ていた。それも三つ。

 ありえない光景だった。俺たちのいた世界に月は三つも存在しない。

 その月は薄い青色に輝き、等間隔に横並びで存在していた。サイズは日本から見る月よりも少し大きい。

「気になるわよね、あれ」

 怜奈は好奇心丸出しで弾んだ声を出す。

「ちょっと見てみるわ」

 と言い、背負っていたリュックからにょきにょきっと長い筒を取り出した。天体望遠鏡だ。

 いそいそと天体観測を始める怜奈。栗色のショートヘアが穏やかな風にさらっと揺れる。

 どうだ?と問いかけても答えはなく、しばらくそのまま動かないので、仕方なく俺は草原に寝そべった。風が気持ちいい。揺れる草が俺の頬を優しくくすぐる。目をつむった。

 今はなにも、考えたくない。


「驚いたわ」

 俺は意識を怜奈に向ける。

「あの月、全部、地球よ」


 俺は目を開けた。


 

見切り発車。

改稿中。

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