一匹目。
まあね、こんな感じで最終オーディションまで来ちゃいましたよ。はい。
「じゃあ、ヤト、いってらっしゃぁい。やるからには、合格しなさいよっ、」
朝からカツ丼を食べさせられた後、私は、母に背中を押されて、家を出た。今日の服装はとっくに成人した兄貴のお下がりだ。
「あぁ…いってきます、」
私は力なく母に手を振ると、電車に乗るために駅へと向かった。
私は、電車に揺られて見上げると首が痛くなるほど、高いビルの入り口に立っていた。以前、来ていたオーディションでは、もうちょっと、小さい建物だったのだ。
「あ、オーディションの子だね。受付は一階でして、そのあと、三階に上がってね。」
警備員らしい人に教えられたとおり、一階の所で受付の女性に声をかける。
「すいません、宇佐乃 ヤトです。」
すると、女性は紙に書かれた私の名前部分に蛍光ペンで印をつけて、私に紙を渡してくれた。紙は、8と大きく書かれて、安全ピンが付いている。
「じゃあ、それをつけて、三階に上がってください。ほら、もう始まるかもしれないから、急いでね。」
女の人に軽く会釈して、安全ピンで札をつけながら、エレベーターに乗った。
「ま、待ってっ!!」
駆け込みでエレベーターに男の人が乗り込んできた。男の人の髪の色は赤色で、ピアスをつけていて、まさに不良、チャラ男、って感じだ。
でも、その考えは彼の顔を見た瞬間に変わった。なんていうか、正統派の顔!! ちょっと、目はツリ目なんだけど、その他のパーツと上手くあっていて、まさにイケメン!!!
「あ、何階ですか?」
たぶん、っていうか、絶対、三階だろうけど、念のため聞いておく。すると、イケメンはビクッ、と驚いた後、斜め下を見ながら、ボソッと呟いた。
「三階。お前もだろ?」
「あ…はい、」
ふぅ、と彼は息をつくと右手に持っていた3と大きく書かれた札をつけようとした。だが、手元が狂い、ぷす、と親指に安全ピンが刺さってしまった。
「っ! 痛っ……、」
「わ、大丈夫ですか!?」
私は驚いて、彼に尋ねた。彼の親指からぷくぅ、と真紅の血が出てきた。私は慌てて、鞄からバンドエイドを取り出した。すると、彼は、躊躇なく親指の血に舌を伸ばした。
「っ…、」
私は息を飲んだ。だって、とても、綺麗だったから。自分の親指を赤い舌で舐めていく姿が。私は、ハッ、と我に返ると彼の親指を持った。そして、軽くティッシュで拭いて、バンドエイドを貼った。
「あの、イヌじゃないんですから、傷口は舐めないで下さい。あ、三階に着きましたよ。」
チーン、というエレベーターの音に反応して、私がそう伝える。そして、彼のそんな仕草に興奮してしまった自分の頬を押さえるようして、エレベーターを降りた。