新しい家族
翌朝、アーレとゴルドールと私の三人は村の広場にいた。
もちろんあの奴隷商から例の子を買うためだ。
奴隷商は前日声をかけたときと同じように草煙草をふかしていた。
「すいません、奴隷の子をそのぉ……買いたいのですが」
買うと言う言葉はあまり使いたくない。
が、今はしょうがない。
奴隷商はこちらをちらっと見てすぐに視線を外した。
「なんだ昨日の嬢ちゃんか。冷やかしなら帰ってくれ。お兄さんは忙しいんだ」
煙草をすうのはそんなに忙しいことなのだろうか。
しかもお兄さんって、どうみてもおっさんでしょ。
いや今はそんな事がどうでもいい。
「今日はちゃんとお金を持って来ました。少し高くてもたぶん足りる位ありあすよ」
あ、これは信じてないな。
いかにも信じてないですって目でこっちを見てる。
「こんにちは商人さん。今日はこの子、ちゃんと買う気で来たのよ」
後ろから現れたアーレとゴルドールを見て、意味を理解したのかすぐさま営業スマイルになった。
切り替えの速さに脱帽する。
「やぁやぁいらっしゃいませ! やや、なんて綺麗な奥様だ。ややや、旦那様もかなりの美男子で……」
すごいな、よくここまでスラスラお世辞が出るものだ。
まぁ確かにアーレとゴルドールは美男美女だが。
だが私達はお世辞を聞きに来たのではない。
「すいません、お世辞はいいので奴隷の子を見せてくれませんか?」
ズバッとゴルドールがお世辞のラッシュを切って言った。
商人は言われた瞬間にぴたっとお世辞を言うのをやめて、すぐにカーテンを開きだした。
「奴隷は一人しかいませんが、これがなかなかの掘り出し物で。なんとハオウ共和国でも珍しい銀色の毛の獣人でして、まだ子供なので観賞用にいかがかと」
観賞用?
観賞用だと?
私は商人の言葉に胸糞わるさを感じたが我慢した。
ここではそれが普通で、奴隷はそういうモノなのだ。
アーレ達は違うようだが、それがこの世界の常識と割り切っている。
大人だ。
檻の中の子は相変わらず暗い目をしていた。
どこを見ているかはっきりとしていない、何も見てないような目。
なにもかもどうでもいい、興味を失い感情も何も失ったような顔。
私は奴隷商にお金を渡し、奴隷契約証を貰い銀色の髪の子を家につれて帰った。
奴隷契約証には性別と金額、奴隷のしたことには責任を持つ、これを読んで了承したこととするサインを書く欄があった。
私は未成年なので、ゴルドールが代わりにサインした。
金貨三枚が、彼女の値段だった。
家に帰るなり少し早い昼食をとることにした。
見た目からして痩せ過ぎていたし、奴隷商も少し栄養失調気味で、と言っていたからだ。
パーフェクトメイドのセーラは、何を言わなくても胃にやさしそうな野菜を小さく切ってやわらかくなるまで煮たスープと、やわらかい白いパンを出してくれた。
たぶん昨日の会話から察して準備していたのだろう。
さすがパーフェクトメイド。
皆席に着き、食事を食べ始めても彼女は手を付けずに周りを見渡していた。
食欲がない訳じゃないだろう、隣のいる私には彼女のお腹が鳴る音が聞こえた。
だが、彼女は手をつけなかった。
見かねて私は、食べないの?と聞いた。
すると彼女は
「わ、私は……ど、どれい、です。ごしゅじんさま、たちと、同じものを食べては、いけないと、聞かされ、た、ました」
と、かさついた唇で言った。
私はその言葉を聞いてすごく悲しくなった。
奴隷商は一応は奴隷としての教育は済ませてあると言っていたが、これが教育なのか。
「なぜ、同じものは食べれないの?」
「わ、わたしは、奴隷で、もう人じゃない、から、どれいは人より、しただから、といわれました」
これがこの世界の奴隷の常識か。
なんてくそったれな常識だ。
言葉にできないほどに怒りがこみ上げてくる。
Fu○kだ、ほんっとにクソッタレだ。
「君の名前は?」
「セリシア、です」
「私の名前はカーレント・アウド。セリシア、君は今日から私達の家族だ。今日からセリシア・アウドだ。だから同じものを食べてもいい。だって家族なんだから」
私の言うことに彼女、セリシアはきょとんとした。
そして周りの人たちを見渡した。
アーレも、マリアも、セーラも、彼女に優しく微笑んでくれる。
ゴルドールはぱちりとウィンクをした。
「わ、わたし、どれい、じゃ、なくても、いいの?」
「そうだよ。今日からもう奴隷じゃない。家族だ」
私の言葉を聞いた彼女の目から、つぅと涙がこぼれた。
そして声を上げながら泣き出した。
私は彼女の頭を抱くように引き寄せると、私の服をつかんで胸にかををうずませ、セリシアは泣き続けた。
その後セリシアは涙を流しながらスープとパンをお腹いっぱいまで食べて、アーレと私が勧めるままに一緒にお風呂に入った。
セーラとマリアが私達がやりますからと言ってくたが、アーレと私は譲らなかった。
この国だけなのかはわからないが、お風呂場には浴槽が無い。
大きな桶にお湯が入れてあり、それをかけて体を洗うのだ。
お湯はあらかじめマリアが準備してくれていた。
ちょっと温かったが、それを言うとマリアがまた怒られてしまうので三人で内緒にすることにした。
セリシアの体は細かった。
あばらが浮き出てるし、髪はがさがさだった。
私はアーレと一緒にセリシアの体をやさしく洗ってあげた。
セリシアは緊張しているのか背筋を伸ばしたままじっとしていた。
セリシアは獣人らしく猫耳がついているのだが、今はぺたっと伏せている。
そして耳だけじゃなく尻尾もついていた。
緊張のためか少し震えながら腰に巻かれていた。
私は尻尾を洗うために泡を手につけてそっと触ったのだが、すごく敏感なのかぴくんと体も跳ねた。
「ごめん、いやだった?」
「いえ! あの、いやじゃない、んですが、耳としっぽはびんかん、なので……」
体は人でもやっぱり尻尾と耳は猫なのか。
私は彼女に断りを入れてから尻尾を洗っていく。
それと同時にアーレが頭を洗う。
耳と尻尾の同時責めを我慢するセリシア。
お風呂から上がったときには既に眠そうに目を瞬かせていた。
今まで檻のなかで満足に寝れなかったのだろう。
「お母様、セリシアを寝かせて来ます」
「わかったわ。カレンに任せた!」
私はセリシアを連れて二階に上がった。
うちには余っている部屋がないので、セリシアは私の部屋で寝泊りすることにした。
私はセリシアを自分のベッドに寝かせた。
シングルのベッドだが、まだ私もセリシアも子供なので二人で寝るのに十分な大きさがあった。
「今日からここで二人で寝るんだよ」
「は、い……わかり、ました……」
セリシアはすでに半分夢の中に入っているようだった。
彼女をベッドに連れて行くと倒れこむように寝てしまった。
安らかな寝顔、しばらく見つめているとすっと目が開けられた。
起こしてしまったか、私は部屋から出ようとするが、それを彼女の声が止める。
「ありがとう」
ベッドの中、そう言った彼女の笑顔を見て、なぜ自分がこれほどまで彼女に固執したのか理解した。
そうか、私はあの時そうだったのか。
私はきっと彼女を一目見たときに、惚れてしまったのだ。
一目惚れって……
まったく、前世であれだけトラウマになったのにまた懲りずに……
でも、今度は、結ばれなくても誓いを果たそう。
この笑顔を守れるように、私は強くあろう。
というか、もう家族だから結ばれるってのもできないのか?
そこらへんこの世界は無しなのだろうか。
まぁいいや、この気持は私の中で気付かれないようにしまっておこう。
もうあんな思いはたくさんだ……
私は彼女に布団をかけて、そっと部屋を出た。
一階に下りるとアーレとゴルドールがなにか話しながら盛り上がっていた。
あんまり大きな声を出すとセリシアが起きてしまいます、と階段を下りながら言う私にアーレ達はごめんなさいと言って声の大きさを落とした。
「にしてもカレンには本当に驚かされるな」
ゴルドールが私の顔を見ながら言う。
何の事だろうか。
私は意味が理解できず首をかしげた。
「昨日のカレンの誓いもすごかったけど、今日のあの家族だって言うのもすごかったわ」
「ほんとにな。たまにカレンがまだ子供だっていうのを忘れそうになるよ」
この国では成人は十五歳だ。
一応それまでに働きに出たりもするが、大人と認められるのは十五歳からになる。
私はまだ7歳のがきんちょだ。
「私はまだまだ7歳の子供です。知らないことやできないことばかりです」
「七歳でここまではっきりと意思を持って考える子なんてそうそういないぞ?魔法も使えるし」
「読み書きもできるし、計算までできるしね」
たしかに言われてみればそうかもしれない。
この世界では中流階級以下の人たちはあまり読み書きができない。
普通に暮らしていたら必要にならないのだ。
計算はある程度できるが、それでも小さな足し引きくらいだ。
だが私は小さなころから前世の意識と記憶を持っていた。
だから計算もできた。
この世界の常識で見たら本を読んで勝手に勉強して、計算や読み書きができるようになっただけでもすごいことかもしれない。
だがそれを知ってもアーレ達は何も言わずに、好きにさせてくれていた。
「やっぱり変、ですか?」
「なに言ってんだ? そんなわけ無いだろう」
「カレンは自慢の娘よ。さすが私の娘ね!」
アーレ達は笑顔でそう言った。
私は照れながら小さな声で、ありがとうと言った。
やっと新しい登場人物が出せた……
本当はもう二話くらい早い段階で出せるかと思ってましたが、書いてるとどんどん話が長くなるんですよね……
とりあえず新しい獣人の女の子、セリシア登場でございます。