紅茶とケーキ
すっと目が覚めて、ぐっと伸びをする。節々が小さくパキポキと音を立て、頭がじーんとしびれるような、目が覚めるような感覚。
うっすらと、テーブルのランプに照らされた部屋を見渡す。ベッドにはもう誰もいない。ソファーから立ち上がりながら、もう一度体を伸ばす。
床よりはいいけど、体がバキバキにこってしまっている。
「…帰るか」
首をコキコキ左右に傾けながら、皆今頃なにしてるかと考える。今起き始めたころかなぁ。
想像しているとなんとなく、学校をずる休みした次の日のような罪悪感というか、むずむずする感覚がする。約束の当日に体調が悪いとは言えドタキャンしたんだからそう感じるのも無理ないか・・・。
私はランプを消して、また点けた。窓もないこの部屋では真っ暗すぎて、どこがドアかも分からなくなったからだ。というか何でドアが隠し扉になってるんだ。趣味なのか、いや、研究してるものを見られたりしたら困るとか、成果を持ってかれるとかあるのかもしれないな。実験室とかそういう新し物を開発してたりするところはカメラとかの持込を厳しくとりしまるとか、前に聞いた事あるし。
とりあえず先にドアを開けといて、それからランプを消して部屋を出た。
カーテンの隙間から入ってくる光。ほこりを被った棚と机、それに備え付けてある椅子にはフランツさんが座っていた。怖い。
「あの、お邪魔しました…」
ギギギッと音を立てて顔だけがこちらに向く。
「また あイましょう」
「あ、はい、またです…」
言葉を返すとまたギギギッと元の方向に向いて動かなくなった。
私はちらちらと、フランツさんを気にしながら部屋を出た。
~~~
少し迷いながらも学園塔の一階ホールまで帰ってきた。
学園塔はこのホールから三つの大きな廊下が伸びていて、さらにそこから各教室等に細かく通路が延びているような造りになっている。
ついでにこのホールからではなくても外から廊下に入れるドアが所々にあって、私はホールを避けて適当なドアから入ってうろうろしていたために、半分迷子になって先生の部屋に行き着いたのである。
さて、どうしようかな。
気分はいい。最高というわけではないが、悪くはない。
自分の内面を話せたというのもあるし、つらいときにいける場所があるというのはすごく気持ちを楽にしてくれた。今度何かで先生にお返しができたらいいな。お洒落には気を使ってそうではないし、家具や調度品なども興味なさそうだから、珍しい食べ物とか美味しいものの方がいいのかもしれない。
美味しいものといえば、私は起きてからまだ何も食べていなった。ホールの上にかけてある時計は昼前を指している。その事を自覚したが早いか、お腹が音を立てて食べ物を催促してきた。
食堂に行ってもいい、自室に戻ったらパンや日持ちするものが置いてあるからそれでもいい。
ホールの端から思い思いの方向へ流れていく人を見ながら考える。
すると、入り口から見知った姿が入って来た。
私は少し戸惑いながら、声をかけようかと近づこうとして、やめた。
そのグループは食堂のある方角へ向かっていった。
人違いだった。
「帰ってくるのは夕方って言ってたっけ…」
忘れてた。時間的にまだ帰ってこないはずなのだ。
帰ってきたときどうしようか。まずはごめんなさいだな、ドタキャンしてしまったわけだし。
謝罪とくれば貢物だ。何がいいか。
いけてる服なんかはどうだ。サイズも分からないし個人の趣味も把握してないから無し。
かわいい小物とか。疲れて帰ってきてそれもらってもなぁ。
疲れて帰ってきたとしたら飲み物、ハーブティーとか疲れが取れたりする薬草類の飲み物といいのでは。ティーといえば甘いものもほしいな。疲れたときは特にほしくなる。うん、私はほしくなる。
「とすると、大通りの方か」
この都市で一番大きな通り。中心にある学園と都市の入り口までをずどんとまっすぐつないでいる通りである。
一番人通りが多い、そしてお店も多い。
だがどこのお店が安いとか、品揃えが多いとかが分からない。
分かるとしたら、武具店や鍛冶屋、あとは冒険者向けの雑貨などを置いてあるお店だ。
「とりあえず、何か食べながらうろついてみようか」
お腹が減っていては戦えぬ。いや、戦うわけじゃないけど、なかなかに時間がかかりそうな案件だ。
私は端のほうをぐるりと回るようにして人ごみを避け、ホールから外に出た。
~~~
「ハーブティー、コーヒー、緑茶、は無いか」
大通りを歩きながらどういうものにするか考える。
紅茶、コーヒーと同じような飲み物はある。名称は違うが、私の中ではそれらは紅茶とコーヒーで置き換えられている。
この世界の紅茶は少し薄口で、コーヒーのほうはなんというか、苦味があるのは前の世界と同じなのだが、何か独特な香りが強い物が多かった。
もとの世界でも、最初は薬と同じような感じで飲まれていたって聞いたし、こっちでもそうなのかもしれない。
私は割とそれが好きだった。元々もとの世界で夜間起きていたことが多かったから、ゲームの最中など集中するために飲んでいたからだ。
だがセリシアは鼻が人より敏感なので苦手なようだった。アヤメは苦味が嫌いらしく、紅茶を飲むほうが多かったかな。
「とすると紅茶の方がいいのか。でも疲れが取れたりするのを考えたら、紅茶にハーブみたいなのがブレンドしてあるものとかがいいのかな」
ブレンドしてないハーブやらだけの奴を飲んだ事あるけど、私的にはちょっと苦手だったからそっちの方が飲みやすいのではと思ったのだ。
ただ、これには問題があった。
「そもそもそういうの、売ってるんだろうか」
この世界の一般常識として、病気は薬草などでの治療が主である。
魔法を使えれば早く治したりもできるが、術者の技術によってできるできないがかなり幅があるし、青の系統を使えるかどうか、という問題も出てくる。
そうなると、手に入りさえすればある程度誰でも使える薬草類での治療が普及するのも分かる。
アロエの葉の皮を剥いて、火傷した所に当てておくとか、小さいころやったことあるし。
途中にあったクレープ(に似たお菓子のようなもの)を食べながらお店を見て回る。
ついでにこれはデザートで、お昼ご飯は串焼きを食べた。こういう外で手軽に食べれるものを売っている店はよくある。
串焼き食べてすぐクレープなんか食べて大丈夫なのかって?女の子のおなかの中は、デザートだけ別のところに入るのだ。
「んー…こことかいいかも」
いかにも子洒落た綺麗なお店。
看板には紅茶とケーキと、文字の先がどれもクルリと丸まってるかわいらしい文字で「シャレット」と書かれていた。
「シャレット…シャレットというお店はお洒落っと…。プフッ」
これは面白い、会心の出来だ。
今度アヤメ達に言ってみよう。
「いらっしゃいませぇ」
ちりんちりんと鈴がなり、店員の声を聞きながらお店に入る。
中はカウンターと、ここで買って食べられるのだろうか、三つ丸いテーブルが並んでいる。
そのうちの一つは女性の二人組みが座り、なにやら話しながらケーキと紅茶を味わっていた。
カウンターにはケーキが何点か並んでおり、同じように小さな缶も並んでいた。たぶん紅茶の茶葉が入っているのだろう。
どれにしようか。
「ここで食べられますか?お持ち帰りいたしますか?」
店員の女性が笑顔で声をかけてくる。
「あー…お持ち帰りで」
「かしこまりました。どれになさいますか?」
うーむ、クリーム系もいいけどモンブランのようなのも食べてみたい。
フルーツがたくさん使われているパウンドケーキや、ベイクドチーズケーキなどもある。
いろいろな種類を買って帰ろうか、それとも皆同じものにしようか。
さっきクレープを食べたばかりだが、凄く食欲をそそられる。別腹別腹。
どれか悩んでいると視線を感じる。
座っていた女性二人組みからのようだった。
チラチラこっちを気にしているようだ。
イケメンはつらいな。すぐに視線を奪ってしまう。
と浸っていたが、よく考えれば私は他の人から見たら線は細いが男に見えるのだ。
こんな女の子女の子した店に一人で入れば、珍しく感じるられるのも無理ないか。
ふっと思考を戻してケーキ選びに、と思ったが、視界に小さな缶が入ったことで思い出した。
そうだ、ケーキよりも紅茶だ。
「あの、紅茶で薬草がブレンドしてあったり、疲れが取れやすいとか、そういうのってあったりします?」
「あぁ、それでしたらこちらなどいかがでしょうか」
そう言って店員がピンク色の小さな缶をカウンターの上に置いた。
薬草がよく使われてる世界だからあるとは思ったけど、ほんとにあってよかった。
「こちらは紅茶の葉と疲れに効果のあるスカレの葉が混ぜてあるので、お勉強やお仕事の後の一息つきたいときに最適ですよ。もしよければ試飲なさいますか?」
おぉ、試飲できるのか。
「じゃあお願いします」
「かしこまりました。少々お待ちくださいね」
てきぱきと慣れた手つきで、一杯分より少し少ないくらいの量を入れてカップを出してくれた。
「いただきます」
まだ暖かいそれを一口飲んでみるうおおおぉ、これは…なんというか、すごいクるな。
少し薄いダージリンのような味と、なんか、こう、栄養ドリンクの香りというか、いかにも薬草というか。
不快というほどではないが、効きそうな感じがする。
そして飲んだ後、鼻腔やのどがすうっとする清涼感。
いやこれ普通に気持ちいい。
というか個人的にも凄くほしい。
「これいいですね。これを一つお願いします」
「かしこまりました」
さて、紅茶は決まった。次はケーキだ。
悩む。
皆女子だから結構甘いクリーム系でもいいかしら。
と思ったが、ヨナ先輩男だった。
だとしたら、チーズケーキかモンブランか。
「んー…どうしようか」
むむむ…。
私で言えばチーズケーキ一択なわけだが、私メインではなく皆が食べるのだからそうも行かない。
いやでもレアチーズじゃないし、そこまで甘くないんじゃないかしら。
むむむ…。
私が頭を抱えていると、ドアが開いたことを知らせる鈴がなる。
先にいた女性二人組みはまだ立ち上がった気配は無い。
新しいお客さんが来たようだ。
「いらっしゃいませ」
私と同じように笑顔で挨拶をする店員さん。
私は新たに来た人たちの邪魔にならないよう、すっと奥のほうに詰める。
お客さんは複数人で来たようだ。
もうちょっと避けたほうがいいかな。
というか凄い詰めてくるな。
私のすぐ横にまで来ている。
「なぁにやってんのよ。体調は?もう大丈夫なの?」
あぁ体調はもう大丈夫っ、て?
「カレン様、凄い顔してる」
「え…みんな、なんで」
「早く帰ってきたら、あんたがちょうどお店に入って行くのが見えたから。カレンってケーキ好きだったの?」
「カレン様、変な顔してる」
少し心配そうなアヤメ。
私の驚いた顔を覗き込んでくるセリシア。
「あ~!カーレント君一人でケーキ食べようとしてたなぁ?」
「アイナさん、他の方に迷惑だから静かにね?」
テンション高めでビシッと指を指し、ずるいぞー!というアイナ先輩。
テンション高めのアイナ先輩をなだめるヨナ先輩。
「いや、わた、僕が土壇場でキャンセルしちゃったから、お詫びにケーキや紅茶でもと思って」
「え?まさか奢ってくれるんですか!?やったー!」
「ほんと?でもここ結構高そうだよ?」
「へー、ここ薬草とのブレンドもしてるのね」
「歩くの辛かったら言って。カレン様背負って帰る」
さすがに荷物と私両方同時にはきついと思うよセリシア。
各々私の体調を気遣いながらも、わいわいどれにしようか悩んでいる。
なんか、馬鹿らしいな。
皆を見ていると、暗かった気持ちが晴れていく気がする。
すごく、居心地がいいというか、安心する。
「ははっ…」
いいやもう。
ばれたときはそのときだ。
それで誰かが離れていったら、また先生に泊めてもらおう。
もう少し、楽に考えていこう。
「カレン様、泣いてるの?」
気がついたら、涙が流れていた。
胸がきゅっとして、熱くなる。
「ちょ、ちょっと!?大丈夫なの?無理しなくてもいいのよ?」
「わわわ!奢りはさすがにきつかったですか!?」
「いえ、大丈夫。大丈夫ですから」
私はぐっと涙をぬぐった。
「よし!じゃあ一人二個までいいですよ!お金ならあります!どんとこいです!」
その日、荷物を片付けた後、食堂で買ってきたケーキと紅茶、アイナ先輩が持ってきたお菓子を食べながらどういう場所に薬草があったとか、アイナ先輩がずっこけたとか、アヤメが虫にビビッて涙目になってたとか色々な話を聞いた。
私はその夜、ふかふかのベッドで、皆と一緒に笑顔で薬草をとりに出かける、楽しい夢を見た。




