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百合な彼女の転生後(仮)  作者: バルメ・メリーゲート
第三章 学園編
36/39

怖いもの

 静かだ。


 何も聞こえない、見えない。


 意識が暗闇に溶け込んでいくような気がする。


 私は死んでしまったのだろうか。







 ……なんてことはなく、私は生きている。

 外から鳥の囀りが聞こえ、暗闇に慣れた目の前には抱えているひざ小僧がはっきりと見え始めている。

 微妙に吐いた物の臭いがする気がする。不快だ。


 私は頭からかぶっていた布団を剥ぎ取り、もそもそとベッドに腰掛ける。

 二段ベッドの上の住人は、朝から私の吐しゃ物を片付けて薬草を採りに出かけた。


 私はぼう、と朝のやり取りを思い出す。


 気がついたときにはすでに私は嘔吐しながら泣いていた。

 最悪な夢を見た。


「カーレント君!! 大丈夫!?」


 私よ先に起きたらしいヨナ先輩があわてて駆け寄ってくる。

 感謝すべきだろう。結構な刺激臭のする汚物をものともせず、私に駆け寄り背中をさすってくれた。


 私はこの時、震えながら彼を突き放した。


 びっくりしながらも、私を落ち着かせようと言葉をかけてくれる彼を、私は精一杯拒絶した。


――ごめんなさい、大丈夫だから、もいいから、大丈夫だから――


 何回も同じことを言いながら、吐き気を我慢しつつ彼に干渉されるのを避けた。

 何か言ってきていたが、途中から無言で吐瀉物を一緒に片付けた。

 といっても、ほとんど彼がやってくれたのだが。


 その後、今日は体調が悪いから一緒に行けないとだけ何とか搾り出すように言って、彼を部屋から追い出した。


 ドアを閉めてからそのまま崩れ落ちるようにしゃがみこむ。

 手が震えている。

 

 ……怖かった。

 夢の続きが再生されるような気がして、彼の目も、顔も、かけてくれる言葉さえ怖くて仕方がなかった。

 何も言わずに綺麗にしてくれたベッド、といっても洗わないといけないが、それをしてくれた優しささえ、もしばれたら、否定されたらと思うと怖くて仕方がなかった。


 私は少し湿っているのもお構いなしにベッドにもぐりこみ、布団をかぶり震えが収まるまでひざを抱いていた。


 ……どっちも最低だ。夢も、自分も。



~~~



 ローブを目深にかぶり薄暗い廊下を歩く。

 学園の中にはこのようなあまり人が行きたがらないような薄暗かったり気味が悪い所が数多くある。

 

 ベッドから抜け出た私は部屋からでようとした。

 特に行きたいところがあるわけでもなかったが、落ち着いた今、夢を思い出しそうで部屋にいるのは嫌だった。

 と、廊下に出ようとしたところで外から足音が聞こえる。

 私は手を止め、部屋の中の私の着替えが入った棚からフードつきのローブを引っ張り出した。

 それを羽織り、廊下からの足音が聞こえなくなってから部屋を出た。


 廊下に私一人分の足音が響く。

 男子寮を出た後、そのまま学園から外に出ようかと思ったが、人通りが多い門を抜けるのが嫌だったので、学園塔に入りとにかく人が少ない方へと彷徨っているうちに、いつのまにかこの廊下を歩いていた。

 最初見たとき感じた継ぎ足し継ぎ足し、増築に増築を重ねたと思われるこの学園は、中心から離れるごとに迷路のような構造になっていた。

 正直ここまでの道のりもよく覚えていない。


 こつこつと靴音が響く。

 

 時折外から聞こえるほかの学生たちの声が届く。

 

 ……少し疲れたな。


 外を見ると日が高く上っている。そろそろ昼の時間か。

 食堂、に行く気は無い。けど、少し休みたいな。


 廊下のに面している扉が三つあり、廊下の先には階段があった。

 

 階段で座って休もうかとも思ったが、私以外の靴音が階段の上か下、どちらかはわからないが響いて聞こえてきたので、私は階段に行くのをやめ、適当に近くの扉に手をかけた。


――危険、許可  入らな こ ――


 扉を開ける前にちらと張ってあるぼろぼろの紙が目に入った。

 所々はがれて文字が消えているが意味はわかった。が、わかった所で入るのをやめる気にならなかった。

 別に暴れるわけじゃないし、この中で少し休もう。

 私は近づいてくる足音から逃げるように扉の隙間から体を滑り込ませた。

 

 できるだけ静かに、だけどできるだけ早く扉を閉める。


 部屋の中は真っ暗だった。

 入って正面にある窓、それにかかったカーテンの隙間から入ってくる光が、まるで質量があるみたいにくっきりと見える。


 少しほこっている中、窓にかかっているカーテンを開ける。

 まぶしさに目を細めながら周りを見渡すと、壁際にずらっと棚が置いてあり、そのうち半分は学校の掃除ロッカーのような縦長のものが置いてあった。

 この部屋にはそれ以外は何も、いや、部屋の端に机がひとつと椅子が三つ置いてある。

 部屋に入ってすぐ左側にあり、入ってきたときには気がつかなかった。


 私は三つある椅子のひとつに座る。

 ちょっと埃を被っていたので少し払って、ローブをお尻の下に入れるようにして座った。


 静かだ。

 さっきの足音も、いつの間にか聞こえなくなっていた。


 ……私は打ち明けるべきなのだろうか。

 それともこのまま隠し続けるべきなのだろうか。


 嫁いでいってほしくない。ずっとそばに、一緒にいてほしいと彼女に言えばいいのだろうか。

 そうしたら"普通"の彼女はどうするのだろうか……。


「……私も普通に生まれたかったな」


 そうすればこんな気持ちも持たなかっただろう。

 

 普通に友達としていれただろう。


 人は自分に理解できないもの、それを本能的に拒否してしまうと何処かで読んだことがある。

 私は自分の持ってしまった気持ちを、私という存在の一部を、それを拒否されるのが怖い。


 いつも一緒にいてくれた彼女が、私を拒否して、冷たく空気が変わっていくのを感じるのが怖い。


 やはりこのまま隠していくべきだろう。

 元々報われないとわかっているんだ、そのまま閉まっておくべきだろう。

 

 今までばれずに、知られずにこれたんだ、これからも何とかなるだろう。

 とりあえず、ヨナ先輩に謝らないと。

 大丈夫、私はまだ"普通"にできている、大丈夫。

 朝の夢は忘れろ、あれは夢だ、現実じゃない。


 そう思っても、頭のどこかでは夢のようにばれてしまった時の光景が、ちらついて消えなかった。 


 

~~~



 どれくらいたっただろうか。

 

 窓から入ってくる日差しが少し弱くなったように感じる。

 

 部屋の中は変わらずそのままで、物音ひとつしない。

 

 このままじっとしていたい気もするし、何かしないといけない気もする。

 どうしようか。


 考えていると、ぐううとお腹が鳴った。

 こんなに悩んでいても、落ち込んでいてもお腹は減るのか。


 私はふらふらと立ち上がり、扉へ向かって歩き出した。

 

 が、ふと立ち止まる。

 今、何か聞こえた気がした。


 外から? そう思ったが、いや、思いたかったが、次の瞬間はっきりと聞こえてしまった。


「あなたは……だれ、ですカ?」


 少しくぐもった声が後ろから聞こえてくる。

 

 そう、後ろからだ。

 

 ここにはほかに誰もいなかった。

 扉もこの入ったときの扉しかない。


 ギギギと何かが開く音がする。


 朝と違った冷たい汗が垂れる。


 ぼそぼそと聞こえてくる声とかちゃかちゃと動く音が聞こえる。

 

 私はせきたてられるように、半ばパニックになりながら扉に手をかける。が、扉は開かない、ガチャガチャと動かしてもまるで開く気配がない。

 何処かに鍵があるのか、内側からなら開けられるだろう、そう思って探しても扉には丸い取っ手しかない。鍵穴も、特殊な止め具なども見当たらない。


 そうしている間にどんどんと音が近づいてくる。

 

 私は半狂乱になりながら扉に向かって魔法を放った。

 床から岩が飛び出し扉を破壊、できなかった。

 扉に当たった岩は、触れた部分から砂のように分解されて散っていく。


 これじゃだめだ。

 

 私はとっさに腰にあるSGブレードを抜き、即座に弾を込め、扉を打ち抜く。

 だが、それも扉に触れた瞬間砂のように散った。

 なんで、どうしてとあせる私の肩にぽんと手が置かれる。





 は? 


「おわああぁぁあ!?]


 置かれたそれを払いのけるようにして横に飛ぶ。

 

 椅子にや机に突っ込みながら後ろを振り向く。


 そこにはまるでホラーゲームに出てくるような包帯をぐるぐるに巻いた人がゆらりと立っていた。

 

 私を見下ろすその姿は、人に見える。が、人らしさを出しているのは形だけで、顔も手も包帯だらけで見えなくなっている。

 そもそも目も隠されているのに何でこっちを向いているのかわからない。

 ズボンらしき物を履いているが男性なのだろうか。

 

「あなたは……だレだ?」


 もごもごと口があるであろう部分が包帯の下で動き、くぐもった声が聞こえる。

 誰? 私のことか?

 いや、ここには私とこの、人? しかいないのだからそうだろう。

 もしかしてこの部屋の人か? いや本当に人なのか?


「わ、私はこの学園の生徒で、あの、勝手に入ってごめ、ごめんなさい。すぐに出ていきましゅかりゃ」


 噛んだ。二箇所も。


 いや、そんなことはどうでもいい、早くここから出よう。

 あ、扉開かないんだった。


「あなたは……スワニルダ?」

 

 スワニ、何だって?

 部族か何かか?


「あ、私はそんな部族ではなく人間族です?」


 かちゃりと動きが止まり、私をじっと見つめる。

 目があるのかどうかわからないが。


 いやおかしいだろ。

 スワニルダ族がいたとして人間族ならくくりは同じじゃなかろうか。

 いやまてよ、もしかしてそういう種族があるとか?


 とにかく何かはじっとしている。

 今のうちに横をすり抜けて扉まで、いや、開かないから窓をぶち破れば……。

 頭の中でシュミレートする。

 身体強化で一気に走り抜けつつ、魔法を、いやそのまま突っ込めばいいか。

 よし、いくぞ、いくぞ! 

 ちらりと動かない何かを見る。

 まだ動く気配がない。いける!

 よし、じゃあ三二一で行こう! よし!


 もう一度見てみる。

 大丈夫動かない、たぶん。


 怖い……。


 なんていってる場合じゃない! 行くぞ、ほらいくぞ!

 三、二、い――


 駆け出そうとした瞬間、視界の中で何かが動いた。

 私は動きを止め、そっちに意識を持っていく。

 何だ? 

 何かの腕らしきものが顔の部分まで持ち上がる。

 そして、人間なら眼があるだろう場所に押し付け、ずるりと下にずらす。


 そこには黄ばんだ白い眼球が埋まっていた。

 そしてそれがきりきりと音を立てながら動き、私と眼があう。


「スワニルダ、じゃない。だレだ?」

「う、うわぁぁああ!?」


 うおああああああああああ!!


 私は弾けるように立ち上がり、一気に窓まで、いけなかった。

 私の腕が掴まれている。

 腕から湿った包帯の感触と、何かずるりとした感触が……。


「うわっ! やだっやあああああ!?」


 もうまともに思考できなかった。

 とにかく離れたい、逃げ出したい一身で腕を力いっぱい振り解こうとする。が、まったく離れない、離れない!

 

 魔法、魔法を!

 

 反対の手を向け調整やイメージなどせずとにかく何かを放つ。

 岩が飛び、風が吹き荒れ、炎が舞う。

 周りの椅子や机が派手に砕け、壁にぶち当たる。

 周りの棚ががたがたと鳴り、がしゃんと倒れる。


 それだけ暴れても、腕は離れなかった。

 ぐっと掴まれている感触が消えない。


「やだぁあ!! やっ離してええぇえ!! やあああ!!」


 だめだ離れない、ああ、私死んじゃうんだ。

 このまま首をかまれてゾンビになるか、そのまま黄泉の国に連れてかれるんだ!


「やめてえぇえ、うっやだ、連れてかないでぇえ!!」

「おい大馬鹿者!! いい加減その魔力を止めろ!! おいっ!!」


 やぁああ喋ったぁあああ……喋った?


「ふぅ、っえ? あれ?」


 あれ? あのゾンビみたいなのは?

 

 ぐちゃぐちゃになった部屋を見ると、机やら棚の残骸の山の中から足が見える。

 あれ、私、やっつけたのか?


「お前、やってくれたな……」


 あ、扉が開いてる。

 

 開いた扉から光が差し込んでいる。

 その光を背中から後光のように背負いながら、誰か立っている。

 涙をぐいと袖でぬぐうと、はっきりとたっている人が見えた。


 膝まである長い白衣を着た、癖っ毛だらけの髪。

 色は金にも緑にも見える不思議な色だった。


「さて、言い訳は考えたか? それとも部屋の隅で震えながらお祈りでもするか?」


 彼女は後光なんて背負ってない。

 背負っているのは怒気、怒りのオーラだった。


 私は今日、何度目かの冷や汗をかいた。


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