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百合な彼女の転生後(仮)  作者: バルメ・メリーゲート
第三章 学園編
35/39

古傷

 フラウは振り切った斧を構えなおす。


 彼女の前には二人の男。最初は三人だったが、すでに一人は体を二つに切断され無残な姿で転がっている。

 構えな押す直前に、一人の男が切りかかってくる。

 ある程度だが、剣筋から見て訓練を受けているのがわかる。尖った獣耳と太い尻尾。一目で獣族とわかるその体のバネを使った一撃は、速く、重い。

 だが、それをあわせたとしてもその程度。

 最初に切りかかってきた男もそうだが、複数でいるのに戦い方がなっちゃいない。数で勝っているのに個別の戦力投入はまったくその利を生かしきれていない。


「命は無駄にするもんじゃないっ、よっ!」


 袈裟懸けで切り込んできた男の剣を、後ろにスウェーのように避けつつ、その反動を利用して斧を振り上げる。

 横っ腹の下側からえぐるように食い込んだそれは、骨や筋肉などすべてを無視するかのように、いや、すべてをその重量と遠心力で砕き、引きちぎりながら反対の脇まで一気に通り抜けた。

 ぐるんと回転しながら派手に上半身が飛ぶ。

 雨のように血が噴出し、撒き散らされた内臓の臭いが鼻を突く。

 まるで何かの踊りを再現するかのように、ふわりとスカートを広げながらくるりと廻り、斧の勢いを殺す。そして肩に担ぎながら残りの一人に向かいなおす。


 男は迷っていた。

 自分より腕が上な二人が殺された。もう自分じゃどうにもできないのはわかりきっていた。

 勝てない、殺される。

 話に聞いていた以上に相手は強い。

 聞いた話だと、相手は魔法は得意じゃないし、もう現役を退いてもいいくらいの歳なはず。剣の腕に自身がある自分達ならやれる。敵を討てる。そう思って切りかかった結果。こうなるとは思っても見なかった。

 

 ちらりと後ろにある仲間の死体を見る。

 さっきと同じように上半身を切り飛ばされた死体。だが、注目するべきはそこじゃない。近くに落ちた折れた剣だ。

 獣人は筋力があるため、人間族が使う剣より厚く、重い。それが真っ二つに折られている。

 防げない、防御ができない。

 そして、目の前のフラウを見る。

 傷ひとつついていない。

 斧にさえついていない。

 彼女は攻撃を受けてさえいないのだ。

 

 一撃。

 彼女はその重く大きな斧を、敵の攻撃を避けながら、その巧みな重心移動と遠心力で振り回す。

 こちらの攻撃が終わり、防御に入る前にすでに斧が振り切られている。

 たとえ防御に入れたとしても、加速した斧の前には何の役にも立たない。


 勝てない、逃げよう。


 男は答えを出した。どれだけ考えても自分の死しか導き出せない、それなら逃げればいい。相手は重量のある獲物を担いでいるし、軽装で獣族の中でも脚力に自身のある兎族だ。逃げ切れる!


「おい、お前。勝てないのはわかるだろ? 武器を捨ててこちらの質問に答えろ。そうすれば逃がしてやる」

 

 フラウがそういいながら距離をつめていく。

 彼女は本気だった。自分の武器では手加減が難しく、大体はさっきのように一撃で殺してしまう。そのため相手の情報は基本別の場所から間接的にしか聞けなかった。

 だが、今回は運がいい。残りの一人は恐怖からか手が出なくなっている。うまくいけば直接聞き出せるかもしれない。聞き出せたら逃がしてもいい。

 そう考えるほど、彼女は情報を欲していた。

 だが、相手はその心の中を知る由もない。フラウの詰めてきた分だけ後ずさりして距離をとろうとする。


「その手には乗らない。仮面の男は言っていた、そうやって相手を騙くらかすってな」


 仮面の男。

 それはフラウが聞きたかった情報だった。


「お前は仮面の男を知っているのか? それを話してはくれないか? 仮面の男がどう言ったか知らないが、ちゃんと約束は守る」

「いやだね。殺されるのなんて真っ平ごめんだ。この殺人鬼め!」


 男はフラウに向かって剣を投げた。

 飛んできたそれをさっきのように上半身だけで避ける。

 だが、今度は斧を振らなかった。いや、振れなかった。

 すでに男は走り出し、斧の届かない範囲にいる。これでは攻撃のしようがない。

 

 斧の振られる音がしない。

 男は後ろを見て思った。

 追いかけてきていない、逃げ切れる!


「っあ、がぁあ!」


 突如バランスを崩し激しく転がる。

 すぐさま立ち上がり駆け出そうとするが、また同じように転がる。

 

 なんだ? どうなってる?


 おかしい、踏み出した瞬間倒れてしまう。

 踏み出した瞬間、かくんとバランスを崩す。

 なんだ? 速く逃げなければ! そう思い、焦りながらながら足元を見る。


「……あ? な、え?」


 真っ赤に染まる右足。

 脛の辺りからおかしな方向に曲がっている足。

 折れたか? 一瞬そう思ったが、次の瞬間襲ってきた激痛と共に理解する。

 

 切られている。

 足は皮一枚でぶらりと繋がって、断面から白い骨と、血を噴出す肉が見える。


「う、ぐぁああああ」

「さっきの質問だが……答えてくれるな?」

 

 男はひいひいと切られた足を押さえながら、がくがくと頷いた。

 フラウは男のそばに落ちている三十センチほどの長さのトマホークを拾い、太ももについているホルスターに差し込む。そして持っていた布を男へ渡し、足を縛るように言う。

 男が落ち着くのを待つ間、二つの死体へ視線を向ける。

 手にまだ感触が残っている。

 戦場で何人も殺してきたが、いまだにこの感触だけは慣れない。

 躊躇なく殺すことはできる。だが、その行動と心は別だ。

 しかも、元戦友であった者達の血縁かもしれないのだ。なおさら心にクるものがある。

 でも、この自分の行動がさらに多くの血が流れるのを防ぐ。そのための小さな犠牲だ。

 そう思わなければやっていけない。

 男が落ち着いたのを見て、彼女は暗い思考の中から意識を引き上げる。


「さて、仮面の男についてだが……」


  

~~~



 シューレ魔法学園に入学してから数ヶ月……。 


 私の学園生活は順風満帆、今までできなかった青春というやつを謳歌していた。

 ためになる魔法の講義、新魔法の開発、そして私に黄色い声を上げる女の子達。

 たまに依頼を受けて街の外へ行き、軽く討伐がてら考えた魔法を試す。


 私の魔力は人よりかなり多く、さらに未だに増え続けているらしい。学園の教師達にもなぜかわからないらしく、研究のためにとたまに魔力の測定などをやらされている。

 自分では魔法を使ってもへばらなくなった事以外は変わったように感じないので変な感じだ。

 

 寮のほうは一時期女だとばれそうにもなったが、何とか切り抜けた。

 まぁそれはまた今度話そう。


 学園内の大食堂。


 昼になると多くの学生達がここで食事をする。

 そこそこ安くそこそこ美味い、悪くはないけど絶品とはいかない。普通よりちょい食堂だ。

 パンとスープとチキングリルとサラダのセットを持ってテーブルに座る。

 メンバーはいつもの三人に、ヨナ先輩とセリシアの同室の先輩のアイナも一緒にいた。

 今日はいないがアヤメの同室の先輩も時間が合えば一緒に行動したりする。

 目が悪いらしく、たまに目を細めてじっと物を見たりする。

 最初は睨まれているのかと思って焦った。

 

「自分、絶対これはいけると思うんですよ! なので是非とも皆さんに手伝っていただきたいんです!」


 アイナ先輩が他のメンバーにこれでもかと力説している。

 私はサラダを突きながらそれを聞く。

 アイナ先輩は行動するときは何かと周りを巻き込むことが多い。

 楽しかったり報酬が出たりするので悪くはないが。

 

「別に手伝うのはいいけど、あんまり遠くまでは難しいかな」

「あーヨナ先輩はお祈りに行かないとですもんね」

「うん、ごめんね」

「いえいえ、ヨナさんが居ないと薬草の良し悪しなんてわかりませんから、気にしないでください」

  

 アイナは実家の商家を継ぐための勉強にここに通っていた。

 あまり気にして見ていなかったが、ここは魔法や剣術以外も幅広く教えているみたいだった。

 さっきからアイナが言っているのは、傷薬になる薬草で最近需要が高まりつつあるプラネマだ。

 アイナの見立てではまだ値があがるだろうとのことで、自分達で採ってきて持っておこうということらしい。

 それなら採りに行かなくても転売でいいのではないかと言ったところ、そっちはそっちで別にやってくれている相方が居るらしい。

 この転売ヤー、じゃなく商人(仮)のアイナにヨナ先輩がついて行くのは、ヨナ先輩が薬師になるために勉強しているので薬草に詳しいからである。

 なんでも薬草にも良し悪しがあり、質のいいものは高額で売れるとか。

 前に依頼で採りに行ったことがあるが、どれも同じただの草にしか見えなかったが、違いがあるのかあれ。

 ついでにヨナ先輩はこの国で今一番信徒が多い予言の教会に入信しているらしく、二日に一回は教会にお祈りにいっている。 

 教祖様の予言は絶対で、なんでもヨナ先輩の家族もそれで命が助かったことがあるんだとか。

 にしてもネーミングそのまんまだな。


「私も聞きたい講義当分無いから行ってもいいですよ」


 アヤメはここに来てから積極的に講義に出ている。

 主に青属性についての魔法系の講義で、今では回復魔法もなかなかのものになっている。

 前に聞いたが、将来国がいけないような村などを回り、魔物に困っている人たちを助けたいと言っていた。

 

「さすがアヤメちゃん! アヤメちゃんが居たらどれだけ怪我も怖くないから安心しますよ!」

「それほどでもないですけど、というかできるだけ怪我しないでくださいね」

「わかってるって! 後はセリシアちゃんとカーレント君だけど、どう?」

「私も、いいよ」

「セリシアが行くなら僕も行きます」


 セリシアの予定も大丈夫なのかすぐに行くことを決めた。

 セリシアが行くなら私も行くしかないな。


「カーレント君は本当にセリシアちゃんラブですね!」


 そりゃな! これは運命付けられていると言っても過言じゃないね!


「でも、将来はどこかに嫁ぐことになるんだから! 兄妹愛もほどほどにしないと!」


 ……まぁ、そうだな。


「在学中結婚したらカーレント君発狂しそうですね!」


 アイナ先輩の笑い声が響く。

 一応成人しているから在学中に結婚する人達は多い。

 結婚して、学園の外に家を買うか借りるかして、学園はそのまま通い続けるというのはよくある話らしい。

 皆が笑っているのに苦笑いで返す。


 わかってはいるんだけどな。


 私と違ってセリシアは"普通"だ。いつか嫁いで行く事になるだろう。

 成人してからいつかはそうなると心にどこかで思っていても、それを考えないようにしてきた。

 でも、こうやって外から言われるとがつんとクるものがある。


「もういっそのこと二人で結ばれるってのはどうなの? 血はつながってないんだし」


 アヤメが言う。

 口調からして冗談だろうが、一応できないことは無い。

 もし、私が本当に男だとしたらの話だが。


「まぁでもカーレント君はもてるからすぐに結婚する相手もみつかりますよ!」


 確かにここでは私はもてている。

 たまにお茶に誘われたり、告白されたりもした。

 だが、それも私を皆が男だと思っているからだ。

 もし、もし私が女で、しかも同姓にしか興味が無いと知ったら、どういう顔をするのだろう。

 この人達も、変わってしまうだろうか。

 私が、本当はセリシアとずっと一緒に居たいというのが、姉妹としてじゃなく、そういう意味なのだと知ったら、どういう顔をするだろうか。


「あの、カーレント君? 大丈夫?」


 アイナ先輩が私の顔を覗き込んでいた。

 その、冗談だから本気にしないでいいから! とあわてた様子でさっき言った事を謝ってくれる。

 というか謝らないとって思うくらい変な顔してたかな私。


 ……いや、確かにちょっと気分悪いかも。


「すいません、ちょっと体調悪いみたいで、明日のために先に休んできますね。ほんとすいません」

 

 少し早口でそう言って席を立つ。

 皆の雰囲気が困惑と悪いことをしたかもという少し暗い感じになったのが背中越しにわかる。

 私は食べ終えた食器をがちゃんと返却口に置いて、逃げるように部屋に戻った。


 昨日ちょっと夜更かししすぎたのかな?

 少し休んだら大丈夫だろう。





 ……何してんだろ私。





 …………。



 

                 


「カーレント君、起きて、もう朝だよ?」


 あれ、昨日昼からずっと寝てたのか……。

 寝すぎたせいか、体がふわふわしてる、力は入らないな……。


「大丈夫? 昨日辛そうだったけど」

「……大丈夫、もうかなり良くなりました。心配かけてすいません」

「いやいいならいいんだけど。もう少ししたら皆で薬草採りに行くけど来れそう?」


 そういえばそういうこと話してたな。


「はい、大丈夫ですよ。すぐ準備します」


 ベッドから起き上がる。

 これは体動かさないとだめだな。思うように体が動かない。


「よかった。それにしてもセリシアちゃんの相手の人気になるよね。どんな人なのかな」

「え? 何のことですか?」


 何のことだ? 相手? 


「カレン様、今日はこの人も一緒に行っていい?」


 セリシアがヨナ先輩の隣に立っている。

 その隣には知らない男が居る。ただ、顔が見えない。


「セリシア、えっと、その人は?」

「私の夫になる人だよ?」


 は? いや急すぎないか?


 あー、ドッキリとか?


「だって私"普通"だもん」





 声が、出ない。



 何の、普通?


「カーレント君は"普通"じゃないから、聞いたときは驚いたよ」

「カレンって"そう"だったのね。隠してる分フラウより性質が悪いわよね」


 アヤメ? なんでアヤメがここに?


「皆、何のこと? 何言ってるんだ?」

「気持ち悪い」


 心臓が一気に跳ね上がる。

 視界が変に揺れる。

 体に力が入らない。


 なんで、ばれたのか? でも、なんで。


 目眩がする。どうして?


「ここに来たのも女の子目当てだったんですね」

「そうと知ってれば近づいたりしなかったのに」


 よく話しかけてくれてくれる女の子達が言う。


 皆が私を見ている。


 目を背けても、視線を肌で感じる。

 

 一気に冷たい汗が吹き出てくる。


 私は、そんなつもりじゃ、


「おかしいと思ってたのよ、なんか見る目が変だって」

 

 アヤメ……。

 やめろ。

 気分が悪い……もう出てってくれ、お願いだから……。


 吐き気がする……。

 

 ごめんなさい、ごめん、お願い、もうやめて……。


「カレン様」


 セリシア、私は……。


「もう触らないで、気持ち悪いから」







「うっごぇ、ぅぇえええ」


 気がつくと私は、ベッドの中で吐いていた。  

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