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百合な彼女の転生後(仮)  作者: バルメ・メリーゲート
第二章 駆け出し冒険者編
31/39

月明かりの下で

 王城の城壁の周りを四番街へ向かってぐるりと回りこむように走る。

 街の中を通らずに城壁に沿って行こうと提案したのはアヤメだった。

 たぶん街の中を通るよりは安全だろうと言うことだったが、確かにそのとおりだった。 

 別に四番街までの区間で治安の悪いところは無いと思うが、兵士が巡回している城壁の近くはそれ以上に安全だろう。

 時折剣までいて走っている私達をいぶかしむように見たり、どうしたと声をかけてくる兵士もいたが、ほとんど無視して走った。


 四番街の近くまで何事もなくこれた。

 だが四番街に入ればどうなるか分からない。

 気を引き締めるようにと二人に伝えようと思ったが、一人いない。

 後ろを見ると息も絶え絶えにアヤメが走ってくるところだった。

 

「ちょっと、少しくらい、私に、合わせなさいよ」


 アヤメは私達のところまできてへたり込んでしまった。

 これはちょっと休憩してからのほうがいいかもしれない。


 アヤメに革でできた水袋を渡して少し休んでから行くことにした。

  

 ふと空を見上げると、月がもう少しで真上まで昇るところだった。



~~~



 アヤメも落ち着いたしそろそろ行こうかと立ち上がる。


 月はほぼ真上まで昇り、その月明りで道を照らしてくれる。

 松明やランタンなどを使わないでいいのでありがたい。

 

 私達はゆっくりと警戒しながら四番街へ足を踏み入れた。


 

~~~




 薄暗い路地、静まり返った大通り、時折見かけるギラギラした目の住人たち。

 私は一気に警戒レベルを引き上げる。

 もしもの時のためにバックショット弾を装填しておく。


 ここはグルーブの裏の道よりひどかった。

 王都の裏側にこんな場所があるとは……

 私達が寝泊まりしている一番街からすると天国と地獄だ。

 

「四番街の三の廃屋、たぶんもうすぐよ」


 アヤメが周りを警戒しながら言う。

 

 もうすぐ白い悪魔と会える。


 セリシアを見ると宿からずっと同じ顔。


 これでよかったのだろうか?

 いや、いいはずだ、私のように本当の両親――前世のだが――に会えなくなってからでは遅いのだ。

 まだ生きているんなら会えたほうがいいはずだ。

 きっとセリシアも会えばうれしく思うだろう。

 両親じゃなくても何か聞けるかも知れないしね。


 そこでふとギルドのお姉さんが言っていた白い悪魔の討伐ランクを思い出す。


 話し合いができず襲いかかってきたら、全力で逃げよう。そうしよう。


「ここ、のはずなんだけど……」


 目の前にはボロボロになった廃屋があった。

 ホラースポットにあるような廃屋だ。

 扉は朽ちて倒れている。

 窓は枠しか残っていない。

 中は月の光が差し込まず奥行すらわからないほど真っ暗だった。


「……こんなところにいるのか?」


 およそ人の気配なんて感じられない。


 ……これは嘘かもしれないな。


 今更ながら報告書の信憑性に疑問を持ち始める。

 仮面の男とかあやしさ半端ないしな。

 なぜ私はあそこまで本物だと思ってしまったんだろう……


「とりあえず、入る?」


 廃屋を指さすアヤメ。

 顔からすごく嫌なのが見て取れる。


「いや、正直入りたくない……」


 怖すぎる、ほんとに怖すぎる。

 ホラースポットでの肝試しなんて目じゃないほどの怖さだ。

 幽霊なんていない、絶対いないと誰に何を言われてもそう言ってきた私でさえ足が動かない。

 

「でも待っててもしょうがないし」

 

 そう言って怖々だが、近づいて入り口から中を覗き込むアヤメ。

 

 アヤメさんまじぱねぇっス……

 今度からさん付けで呼ぼうかしら。


「ねぇどうするのよ?」

「ど、どうするっスかねぇ……」


 入りたくないなぁ! 嫌だぁ!

 信じてないよ! 信じてないけど、何かさ! 怖いんだよ! 信じてないけど!

 

「ビビってんじゃないわよ男のくせに!」

「ちょ、これ男装だから! 私か弱い女の子だから!」

「どの口がか弱いって言ってんのよ! 筋肉だるまのくせに!」

「あ、言ったな! 私だってちょっとは気にしてるんだぞ!」

 

 言葉の刃ブレード・オブ・ワード心を傷つけるブロークン・ハートしてくるアヤメさん。

 最近ほんとに冷たい気がする……

 ここは癒しを、私の心に恵みの雨を! 女神セリシ……あれ?


「セリシア、どうしたの?」


 私とアヤメの言い合いをよそにじっと道の先を見ている。


 え、猫がじっと何か見てたら何かいるって奴……?


 いやいやいやあれは猫がど近眼だからじっと見ているだけで、でもセリシアはそうじゃないからなんか見えていて? あれ? なんかこんがらがってきた。


「あぁ、セリシア? 何かいるの?」

「あれ、誰かいる」


 セリシアが指さした先、確かに誰かいた。

 いたが、これは……


「すごく怪しいわね……」


 怪しい、感想はただその一言でいいくらい怪しかった。

 

 黒く長いフード付きのローブを着て、すっぽりとフードを被っているので顔も影になって見えない。

 背丈は170位か、私より少し高い、体格は結構がっちりしているように見える。


 誰だ? もしかしてあれが?

 

 どうしよう、まさかこんな唐突に、ってそりゃそうか、いや落ち着け、とりあえず話し合おう。


「あの、もしかして白い悪魔さんですか?」

 

 ちゃうやんその問いかけ方! 絶対だめやん!


「あぁ、そこらでは私はそう呼ばれているみたいだな」


 答えよった! まじか!


「あ、私達は別に捕まえるとかじゃないんで! ただ聞きたいことがあってきました!」


 どうだ!


「ほお、捕まえるわけではないと、変わった奴らだな」


 いける。

 予想以上にフレンドリーだ。


「だが、その質問に答える前に聞きたいのだが」

「あ、はい、なんですか? 答えられる範囲ならですが」


 どんな質問がくるのだろうか。無茶ぶりされるのだろうか。

 ブラックホールの先とか、夢の遊園地の裏側とか、生命、宇宙、そして万物についての究極の疑問の答えとか。

 あ、その答えは42だっけか?


「俺からの質問は一つだけだ」


 はいはい、なんでしょうかって、やばい。

 

 これは選択を誤ったかもしれない。


 彼のフードに隠れた顔がありありと怒りに染まっていくのが雰囲気でわかる。

 

「お前たち、セリシア様となぜ一緒にいる、人間風情が!!」

 

 言い終わる前にフードの男が突っ込んでくる。

 とっさに剣を抜く、が――


 ――はやい!!――


 ローブの中からぎらりと鈍い光が見えた瞬間、私は間に合わないと感じた。

 どっ、と左肩に衝撃がはしり、私は後ろに倒れこんだ。


 遅れて一瞬冷たいような感覚の後、熱をもって痛みが襲ってくる。


「ぐ、あああ!!」

 

 切られた、防御もできなかった。

 とっさに後ろに避けようとしたが間に合わなかった。


「ふん、首を狙ったんだが、人間のくせによく動く」


 倒れた私を見下ろす男。

 

 その右手には短刀が握られている。


 やばい。

 こいつはだめだ。

 話が通じない以前に、人間を完全に見下している。

 こいつはだめだ、逃げろと頭の中で警報が鳴り響くが、体が動かない。


 動くと殺される。


 次は無いだろう、そう思わせるほど力量にさがあるのがさっきの動きでわかった。


「だが、これで終わりだ。セリシア様をどうやって手に入れたのかしらんが、万死に値する所業。死んで詫びろ」

 

 何の躊躇もなく振り上げられる短刀。

 

 それを何もできないで見てる私。


 死ぬ。


 こんなあっけなく死ぬのか。


 そういえば前世でもあっけなく死んだよな。


 私は新しい生でもまた、何もできずに終わるのか。


 やけにスローな光景をぼんやりと見る。

 

 振り下ろされる瞬間、視界に青い三日月が割り込んでくる。


 ギン!と甲高い音を出して三日月が割れた。


「カレンから離れなさい!」


 アヤメだ。

 さっきのはアヤメのウォータブレードか。


 とっさに無詠唱で撃ったのか。

 アヤメが無詠唱で魔法を使ったのを見たのは初めてかもしれない。


「魔術師か。めんどうだな、先に貴様から殺してやろう」

 

 男の意識がアヤメに移る。

 

 やめろ、やめてくれ!


 アヤメは震えながらも次の魔法を撃とうと魔力を練っているが、男からの視線に圧され安定しない。

 私の体は動かない、声もでない。


 男はゆっくりとアヤメに近づいていく。

 アヤメは無詠唱では無理と思ったのか、詠唱により魔法を安定させようとするが、ところどころ噛んでしまい詠唱が完成しない。


「ぶざまだな、人間」


 男はアヤメの完成しない魔法をあざ笑うようにゆっくりと近づく。

 だめだ、やめろ、頼む!


「やめて」


 男の動きが止まる。

 

「やめて」


 も一度、凛としたセリシアの声が響く。


「セリシア様、何故人間なぞかばうのです。あぁ、何か吹き込まれたのですね? 大方私達は味方とでも言われたのでしょうが、人間達はすぐに嘘をつきますからね。そうやって何人の同族が殺されたことか! こいつらがいなければ私達はあんな思いをせずに、故郷を失わずに済んだんだ!」


 情緒不安定なのか、男は話しながら急に切れだした。


「あの時、こいつらのせいで、わ、私の軍も、かぞくも、そ、そうだ! 族長、セリシア様のお、お父様も、こいつらのせいで!」


 唾を飛ばしながらどんどん興奮していく。

 もう言葉もまともに喋れていない。

 その狂気としかいえない雰囲気にセリシアも固まっている。


「おお、俺はこい、こいつらを殺す! 先にいった、家族と、みんなと、これは復讐だ! われらを裏切った、は、ハイランド軍もだ! 地獄にいって詫びろ!!」


 だめだ、今度こそ間に合わない。

 セリシアが剣を抜く、が、間に合わない。


 どん、と鈍い音が聞こえる。


 アヤメの胸が真っ赤に染まり、よろよろと後ろに下がるアヤメ。

 そして力が抜けたようにペタンと座る。


「あ、うああああ!!」

 

 叫び声が響き渡る。

 だが、それはアヤメのではない、男の叫び声だった。


「遅れてごめんよ、でも、もう大丈夫だ」


 アヤメの後ろに人がいた。

 

 いつもはふざけて絡んでくる、あのフラウさんがいた。


「ぎ、ぎざまぁ!! ふ、ふらう・ティンベルぅう!!」

「お前たちの狙いは私だろう。そんなことも忘れてしまったのか?」


 大きな斧を肩に担いで男を睨みつけている。

 ビリビリと肌に刺さるような殺気を放ついつもの雰囲気とは正反対のフラウさん。


 男は右手首を抑えて呻いている。

 アヤメの足元をみると短刀を持ったままの手首が落ちている。

 アヤメは刺されていなかった。

 あれは返り血か、よかった……


「カーレントちゃん」

「あ、は、はい!」


 呼びかけられはっと我に返る。

 声を出すと、さっきまで金縛りのようになっていた体が動かせるようになっていた。 


「アヤメちゃん達を連れて逃げなさい」

「でも、フラウさんは!?」

「あたし? こいつを片づけてから戻るよ」


 片付ける。


 気絶させるとかじゃない、きっと殺すつもりだ。

 言わなくてもそういう雰囲気でわかった。


「ま、待ってください! もしかしたらセリシアの両親のことがわかるかも」

「無理だ。こいつはもうまともじゃない、見てみな」


 私は男を見てみる。

 フードはめくれ、白く長い髪と耳が見える。

 だが、その髪は血がついたのか、どす黒いペンキのようなもので固まっており、眼は血走りぎょろぎょろ動いている。


「あれは、いったい」

「煙って知ってる? 特殊な調合をした葉っぱを焼いて、その煙を吸うんだ。そうすると魔法を使わなくても普段より数倍の力が出る。ただ、使いすぎると心が病んでああなっちまうがね」


 煙、たぶん麻薬のようなものなんだろう。


「あいつも理性を保つのがやっとだったんだろうけど、切れてしまって限界を超えたんだろうね。わかった? もう話し合いは無理だよ」


 せっかくなにかわかりそうだったに。

 くそっ!


「ふらう"う"うぅぅ!!」

 

 男が叫びながら走ってくる。

 左手にはさっきと違う短刀が握られていた。


「ふんっ!」


 重い風切り音と共にすごい速さで斧が振られる。

 だが、男は野生じみた動きで縦に振られたそれを避けた。

 そして振り切って無防備になっているフラウさんに鋭い突きを放つ。

 が、その突きに鉄製の肩あてをわざとぶつけ弾いた。


「っらぁ!」


 斧から手を放し、左のボディブローを打ち込む。

 肉を打ちつける鈍い音がして、男の体がくの字に曲がる。

 ○歩並のボディブローだな……


 たたらを踏みながらも素早くバックステップを踏む男。

 フラウさんはすかさず斧の長い柄につま先を突っ込み思いっきり蹴り上げる。

 柄は重量のある先端を軸に弧を描き、離れようとした男の頭を激しく打ち付けた。


「っが!!」


 柄も結構重量があるのか、鈍く重い音がして男が呻く。

 

 足が止まった。


 フラウさんは頭を打ち付けた反動でかえって来た柄を握り――


「ふっ!!」


 斧を真横に振りぬいて、男の首を切り飛ばした。

 

 鈍い音を立てて地面に落ちる頭。

 体は痙攣しつつ血を吹いている。


 殺した。

 躊躇せずに切り殺した。


 私はそのむせるような血の匂いと現実感の無さに吐きそうになる。


 今まで人の死体は何度も見てきた。

 森の中、魔物に食われていたり、足を折って動けなくなり死んだ死体もあった。

 だが、目の前で死ぬところは初めて見た。

 たとえそうしないと殺されたとしても、できれば見たくなかった。


「立てるかい?」


 その声に振り向くと、フラウさんがアヤメに手を差し出していた。

 その手を取ってお礼を言いつつ立ち上がるアヤメ。

 そうだ、セリシアは?


 セリシアは無表情のまま死体を見つめていた。

 

 私は、セリシアが今なにを考えているか、全く分からなかった。


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