森
堪能した。
セリシアの反応を思いっきり堪能した。
あのぴくぴく反応する華奢な肩。
我慢する声。
正直、たまらんです。
だがやりすぎると嫌われそうなので、そこそこでやめておいた。
セリシアが可愛すぎるからしょうがないな。うん。
その後昼食を食べ、走り込みに出かけた。
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いつものメニューは、柔軟体操、ランニング、腕立てなどの筋トレ、そして筋トレ後の柔軟体操、後は遊びだ。
まず柔軟体操をする。
これは体を使う運動をする前の基本だ。
まぁ前世から持ってき知識だが、これにはゴルドール達も賛成してくれた。
よく思いついたなと言われたが、前世の記憶がなんて言えないので前に来たキャラバンの人が言ってて、と誤魔化した。
セリシアと背中合わせで背筋を伸ばし、前屈を手伝い合い筋を伸ばしていく。
セリシアは猫族、じゃなかった虎族だから体が柔らかい。
柔軟は要らないかもしれないが、念のため。
決してやましい気持ちでそうするわけじゃない。
念のため、念の、あ、背中に柔らかい感触が……
そしてランニング。
コースは村の広場を何周か回る。
何週かは決めてないが、とりあえずきつくなるまでやる。
どんどん体力がついて、きつくなるまでかなり周回しないといけなくなったので、最近は走る速度はかなり速めにしている。
二人ともかなり体力がついた。
たぶん前世より断然あると思う。
まぁ前世は完全なインドア派だったからね。
遅刻しそうになって走った時は目眩がしたね。
ランニングが終わると広場の隅で筋トレをする。
腕立て腹筋、背筋、そして軽くスクワット。
前世でスクワットはやりすぎると膝や腰を痛めると聞いたので、そんなに回数せずに終える。
この世界では筋トレは一般的に知られていないらしい。
筋肉は剣を振っていると勝手につくもの、という認識みたいだ。
私達は二年間毎日やっているので、私の腕は結構筋肉質になった。
だがセリシアは筋肉の質が違うのか、あまり外見からはわかりにくい。
なんだっかな、インナーマッスルだったか。
獣人は皆そうなのかはわからないが、正直うらやましい。
「さてどうしようか」
「今日も釣りに行ってみる?」
筋トレも終わり、今日はどうしようかとセリシアと筋トレ後の柔軟をしながら話し合う。
昨日は川に釣りに行ってみた。
竿は家の物置にあったものを使ったのだが、一匹も釣れなかった、だが楽しかった。
前世ではやった事なかったし、釣るまでの試行錯誤がまた楽しいのだ。
別に釣れなくて負け惜しみを言っているのではない。
何に負けたってわけではないが。
「それとも、川じゃなく、森に行ってみる?」
森、か。
村の近くには森がある。
奥に行くと魔物が出るのであまり深く入らないように、とゴルドールに言われているのであまり深く入らないようにすればいいか。
それに私の魔法もあるし、もし魔物とであってもセリシアとなら逃げ切れるきがする。
「おっけー、じゃあ今日は森に行ってみよう」
よーいどん! と二人で競争しながら走っていった。
~~~
アリールの森。
まんま村の名前がついた森。
村のすぐそばにあり、鹿のような動物や山菜が取れる。
私は取りに来た事はないが、ゴルドールが魔物を狩る帰りなどに取ってくることがある。
鹿のような、だが角が三本あり少し短足ぎみな動物、シックルって名前だったか。あれの鍋は美味しかった。
前世で狩りをしている親戚に、何度か鹿肉のフライを貰って食べた事があるが、味はいいが若干独特の臭みがあった。
だがシックルにはこれが無く、少し硬かったが味は鹿の肉と同じだった。
見た目が似てると味も似てくるのだろうか。
まだこの村では見ていないが牛とかいないかな。
とりあえず何か面白い事がないか探索する。
村に近い場所は明るいが、少し入ると薄暗くなってくる。
今の時期は乾燥しているのでじめじめした感じはない。
一応今は前世で言うところの秋にあたる季節だ。
この地域は夏と冬の寒暖の差があまりないので、冬でもたまに雪がちらつくぐらいだ。
乾燥した落ち葉を踏みしめながら奥のほうへ行ってみる。
森独特の香りがする。
静かだしリラックスするにはいい場所かもしれない。
「カレン様、ちょっと待って」
「もう、様つけないでいいって」
「しっ」
相変わらず家族に様をつけて呼ぶセリシア。
言葉は普通になったのだが、奴隷から救ってくれた人たちを呼び捨てにはしたくないらしい。
これだけは最後まで譲らなかった。
私の言葉を遮り口に指を当て、静かにするようにジェスチャーする。
なんだろう。
私は口をつぐみ、耳を澄ましてみる。
かさかさ、ぎしぎしと木々が揺れる音が聞こえる。
鳥の鳴き声、風の音……
そのなかに気になる音があった。
がさがさと何か重さを持ったものが移動する音。
私は息を殺し、周囲を観察する。
なぜだかこちらの居場所がばれたらいけない気がした。
きっと何が出してる音かわからないからだろう。
ここは村に近い場所だから魔物じゃないだろうけど、正体がわからないモノは怖い。
音は左前方から聞こえてくるようだ。
だが木が邪魔でよく見えない。
どうしよう、見に行ってみようか。
恐怖心と好奇心が私の中でせめぎあってる。
たぶん魔物じゃないはず。
だがもし魔物だったら、それはそれで少し見てみたい。
遠くから見るだけなら大丈夫かな?
後ろにいるセリシアは音の方向とこちらを交互に見ている。
どうするかは私に任せるということだろうか。
私はセリシアと一度目をあわせた後、ゆっくりと音の方向へ近づいていった。
息を殺して、できるだけ足音も出さずに近づいていく。
音はまだ聞こえる。
近づいていくと、その音に地面を叩くような音と荒い息のような音が混ざって聞こえてきた。
木々の隙間からちらっと茶色いものが見えた。
ん~なんだろう、シックルにも見えるけどなんか大きい感じがするし……
さらに近づいてみると、ちょうど木々の隙間から向こう側が見えた。
音はシックルと、それに覆いかぶさる別の動物とが暴れていた音だった。
風が吹き、こちらが風下なのか血の匂いがした。
やっと何かわかった。
肉食の動物がシックルを狩って止めを刺していたのだ。
シックルを狩るってことは結構な大きさの肉食動物。
もしこっちがいるのがばれたら襲われるかもしれない……
私はセリシアのほうをチラッと見て、手で戻るように伝え、視線はその動物に向けたままゆっくりと後ずさる。
肉食獣は獲物を食うのに夢中なようで、こちらに気づかない。
家に戻って村の近くに肉食獣がいた事をゴルドールに伝えたほうがいいだろう。
まだ気づかれない。
もう少し離れたら走っても大丈夫だろう。
そう思ったとき、背筋が凍りついた。
肉食獣と目が合った。
足が、震える。
やばい、やばい! やばい!!
私はセリシアに、逃げるよ! と言い、肉食獣の方を見ずに一気に走り出した。
セリシアも理解したようで全速力で駆け出す。
そこで私は思い出した。
熊とあったときは背中を見せて走って逃げてはいけないと。
今見たのは熊ではないだろうが、野生動物に対しては共通する注意事項だったはず。
だが、思い出したときにはもう遅い。
向こうから獣の鳴き声が聞こえる。
何かが走ってくるのがわかる。
やばい、生きた心地がしない……
とにかく森から出なければ、その後はセリシアがゴルドールを呼んできてくれれば大丈夫なはず。
「セリシア! このまま森を抜けたら私が囮になるから! お父様を呼びに行って!」
「いや! カレン様を置いていけない! 私が囮になる!」
何言ってんの!
セリシアを囮にするなんて考えられない!
「だめだ! セリシア! 君が呼びに行って!」
「いやっ!」
頑固者!
頑固なのは知っていたがここで頑固にならなくてもいいのに!
獣の足音はどんどん近くなってくる。
私たちはまだ十歳にもならないがきんちょ。
獣との距離はどんどん小さくなっていく。
どうする?
どうする!?
あせる気持ちと追われる恐怖心を押さえ込みながら、私は必死に考える。
こんなことならゴルドールにこういうときの対処法を教えてもらっとけばよかった!
どうにか足止めができれば!
そのとき私は閃いた。
なんで思いつかなかったんだ。
魔法を使えばいいじゃないか!
そう考えてすぐに詠唱を始める。
「赤の精霊よ! 我が呼び声に答え力を貸したまえ!」
とりあえず当たりさえすれば何でもいい!
私は詠唱し終えると後ろを振り返り方向を定め、そして見た。
私たちを追っていたものは、明らかに普通の動物じゃない。
魔物だった。
顔を血で真っ赤に染めた狼の頭に猪の体をつけたような見た目。
そしてゴルドールから言われていた魔物特有の特徴。
額にあたる場所にある真っ赤な石。
私はその額に向かって炎の玉を撃ちだす。
玉はぶおっと赤い尾を引きながら魔物へ飛んでいく。
そしてぼんっという音と共に魔物の頭が煙に包まれる。
やったか!?
だが私の希望は即座に砕かれた。
煙の中から速度をまったく緩めずに魔物が飛び出してきた。
「くそっ! じゃあこれなら!」
私は模擬戦闘で使ったように、魔物の進行方向の地面をえぐる。
どうだ!?
だが魔物は難なくそれを飛び越えさらに近づいてくる。
マジかよ!?
「カレン様!」
横からの強い衝撃に私は横に突き飛ばされる。
そしてぐぅ! と言うくぐもった声。
なんだ? セリシア?
私はすぐに起き上がり声のほうを見る。
セリシアの腕に魔物が噛み付いていた。
だらだらと左腕から流れる血。
「うぅ、こ、のぉ……!!」
セリシアは必死に魔物を反対の手で殴るが、魔物のあごは緩まない。
緩まるどころかどんどんきつく絞められみしみしと骨がきしむ音が聞こえる。
私はしばし呆然とした後すぐに身体強化し魔物にタックルした。
ぐるぅう! と唸り顎が緩む。
セリシアは腕を一気に引き抜いた。
「ぐうぅ……!!」
ずるりと引き抜かれた左腕は肉がえぐれていて、とても動かせる状態じゃない。
血もどばどばでている。
私は止血をしなければと思い、上着をびりびりと裂き、セリシアの腕を縛る。
「ごめん、私をかばってくれたんだよね」
「カレン様が傷つくのは見たくないから……」
私だって傷つきたくはない。が、セリシアが傷つくのも見たくない。
私は腕を縛りながら魔物を警戒する。
さっきのタックルが効いたのか、相手もこちらを警戒しているようでじっとこちらを観察している。
もう、逃げられない。
ここでやるしかない。
私は、覚悟を決めなければならなかった。
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