無属性とは
あたたかい。
ふんわりした感触が手に当たっている。
あ、セリシアの尻尾だ、と気がつき目を開けると、かわいらしい寝顔のセリシアがいた。
尻尾を後ろから腰に巻きつけるように前に持ってきている。
あぁ気持ちいい。
私がふにふにと触るとそれにあわせて肩がぴくぴく動いている。
昨日は夕方に起きたセリシアと一緒に書斎で本を読み、夕食の後またセリシアはすぐに寝てしまった。
檻に入っている間はゆっくり寝れなかったのかもしれない。
まだ早いが私も起こさないようにベッドに入ってそのまま寝てしまったのだった。
気持ちよさそうなセリシアを起こさないようにそっとベッドから出て一階に降りる。
「おはようございますカレンお嬢様」
「おはようカレン、昨日はよく眠れた?」
パーフェクトメイドのセーラは既に朝食を準備してくれていた。
さすがだ。
アーレはもうテーブルについて少しぼーっとしながらパンを食べていた。
「お母様、セーラおはようございます、ぐっすり眠れましたよ。セリシアはまだ夢の中です」
「そう。疲れがたまっていたのでしょうね、ゆっくり寝かせてあげましょう」
もとよりそのつもりですお母様。
あんな気持ちよさそうなかわいい寝顔を見たら起こすのが悪い気がしてくるしね。
「じゃあ私は先に庭に出てるわね」
アーレはそう言って裏の庭へ出て行った。
私も残りのパンをミルクで流し込んで庭に出た。
今日も魔法の授業が始まるのだ。
「さて昨日は黒の属性までやったのよね。じゃあ最後、無属性をやってみましょうか」
私は元気よく返事をして詠唱を……
「あれ? 無属性の詠唱ってどう言えばいいのでしょうか?」
「あらあら、そういえば教えて無かったわね。無属性は詠唱せずに意識を集中すればいいのよ」
無属性は詠唱が無いのか。
他の属性はそれぞれ精霊に呼びかける詠唱があったが、無属性には精霊がいないのだろうか。
そもそも精霊自体全然見えないし、存在してるのかどうかもわからないが。
いや詠唱したら発動するのだし本当にいるのかも。
まぁいいや、とりあえず意識を集中……したいがイメージがわかない。そもそも無属性ってどんな魔法なんだ?
「あの、一度無属性の魔法を使ってもらってもいいですか?見たほうがイメージを固めやすいです」
「そうねぇ。あんまり得意じゃないんだけどいいわよ」
そしてアーレはおもむろに庭の端にある大きな岩に手をぺたりとつけると
「……っん!」
と悩ましい声を上げたかと思うと、ってあの岩胸あたりまである大きさなのに動いたぞ。
しかも片手ってお母様。
「お、お母様は力持ちだったんですね……」
「ふぅ、違うわよ。これが無属性の魔法よ」
ん? どういうことだ?
首をかしげていると、それを見てアーレが教えてくれた。
無属性魔法とは身体強化が主らしい。
なるほど、身体強化であの岩を動かしたのか。
「さぁやってみて」
私は腕に力がみなぎるような、オーラが出るようなイメージをして岩を押してみた。
が、動かない。
イメージが悪いのだろうか。
「ん~どう言えばいいのかしら、こう体を魔力で支える感じかしら」
なんかよくわからないジェスチャーで教えてくれるが、何を言いたいのかさっぱりわからない。
前から思っていたが、何かを教えるとき、アーレは感覚で、ゴルドールは理屈で教えてくれる。
なまじ魔法が得意だから感覚だけでやってこれたのかもしれない。
アーレは天才肌ってやつなのかな。
アーレが言うには魔力で体を支えるようにって言っていたが、何かいいイメージはないか。
と考えていると、ぽっと前世の記憶の中からアイデアが出てきた。
前世でよくやっていたFPSでは近未来化した世界での戦闘が流行っていた。
そして、近未来では兵士は色々な戦闘メカを使い、強化外骨格というのを着ていた。
強化外骨格。
これは体の外側につける機械で、体の動きをアシストし強化してくれる物だ。
ゲームの中では戦闘用に作ってあったが、現実では医療分野で体の動きのアシストに開発されてたっけな。
私は体に強化外骨格を装着したイメージで魔力を込める。
そして足と腕を外側の骨格で動きを補助するイメージで一気に力を込めた。
「ふんっ!!」
ずずっと岩が動いた。
おお、と自分でも驚いた。
確かに魔力に支えられてるような感覚だ。
アーレの言ったことは結構的確だったのか。
私はもう一度岩を押して無属性の感覚を確かめてみた。
無属性魔法は面白い。あの名前からしてゲーマー乙女? の心を揺さぶる強化外骨格を再現できるのだ。
そしてもうひとつ閃いた。
ゲームの中では強化されるのは力だけではない。
移動速度やジャンプ力、つまり脚力の強化もすさまじいのだ。
普通の家屋なら楽々飛び越えていた。
もしかして私もできるんじゃなかろうか。
私は明確に足に強化外骨格を装着したイメージをする。
そしてぐっと両足を踏み込み、勢いよくジャンプした。
体が一気に加速する。
びゅんと風を切る音が聞こえる。
眼下に置き去りにされる景色。
このまま屋根の上までいって着地だ! と思ったのだが
屋根まで届かず、私は二階の窓に突っ込んだ。
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あの後アーレとセーラにクドクド怒られ、もう少し他の魔法の制御が上手くなるまで無属性魔法は使用禁止となった。
そして他の属性を前と同じように出してしぼめて消してを何回かやって、体がだるくなってきたところで終了となった。
私はお風呂場でアーレと共に汗を流し、昼食の準備ができている食堂へ向かった。
食堂に着くと、昼食が用意されていた。
さっきの騒動で起こしてしまったのだろう、セリシアが眠たそうに席についていた。
眠たそうに顔をごしごしこすってるのを見るとやはり猫にしか見えない。
種族的に猫族とかなのだろうか。
「おはよう、ございます」
ぺこりと頭を下げるセリシア。
私はおはようと返して隣に座った。
セリシアはよく食べる子だった。
まだ体は細かったが、足取りはしっかりしていた。
耳がぴくぴくと動き、尻尾はしゅっと上を向いている。
私はさっき気になったことを聞いてみた。
「ねぇセリシアって猫族とかそんな感じの種族なの?」
セリシアは行儀が悪いが食べながら説明してくれた。
セーラの眉がピクリと動いた。
セリシアの答えは結構あいまいな答えだったのでアーレが補足してくれた。
セリシアが言うには猫族じゃなくて虎族らしい。
なんでも獣人には色々な種族がいるらしく、その種族ごとに国を持っていたのだが、二十年前に始まった帝国戦争で、攻め入ってきたアキレス帝国に対抗するために国々が集まり今のハオウ共和国になったそうだ。
その戦争は十年前くらいに終結したが、その時ゴルドール達も参戦していたという。
「わたしはその戦争で、家族とはぐれちゃ、ました……それからおなかが減って、たおれたあと、きがついたら檻にいれられてた、ました……」
食堂を重たい空気が流れる。
そうか、この子は戦争孤児なのか。
奴隷はそういう子供を捕まえて売ったりするのか。
最低だな。
「いつかお母さん達を探しに行こうか」
私の言葉を聞いたセリシアは、はい! と元気のいい返事をした。
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午後。
食後のティータイム。
貴族で淑女な私には欠かせない時間。
なんてね。
今日はゴルドールは仕事に出ていていない。
なんでも村から少し離れた森に魔物が出たらしく、それを狩るために村の男集と共に出ている。
そういえば剣を習いたいって言うの忘れてたな。
アーレは剣術を習っていないのだろうか。
聞いてみよう。
「お母様は剣術を修めていないのですか?」
「ん? 私は剣は使わないわ、手が荒れるもの」
さすがお母様、戦争に参戦したときは魔法だけで渡り歩いたのだろうか。
「前衛でゴルドーが頑張ってくれてたからね」
ゴルドーはゴルドールの愛称だ。
ルしか短縮されてないが。
なるほど、ゴルドールが前衛でアーレが後衛で組んでたのか。
となるとアーレからは剣術を学べそうに無いな。
今日はおとなしく本を読んで過ごそうか。
そう思っているとマリアが掃除道具を持ってひょっこり顔をのぞかせて
「お嬢様がよければ私がお教えしましょうか?」
と言った。
「え? マリアは剣術を習っていたのですか?」
という私の問いに、掃除道具を置いてあまり無い胸をぐっと張り
「これでも元冒険者だったんですよ! しかも前衛を勤めてました!」
と自慢げに言った。
そしてセーラにお嬢様達にその態度はなんだと怒られていた。
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ティータイムの後、私とマリアとアーレ、そしてセリシアの4人は裏庭に出た。
マリアは私に木剣を渡し、自分は自前剣を佩き、自前の小手をつけていた。
左の小手には丸い小さめの盾がついていて、その中心はとがったとげがついている。
「いやぁ懐かしいですね。今でもあの当時を思い出しますよ、魔物をばっさばっさと倒してまわる青い髪の美少女、まるでヴァイキルトのように華麗に戦う私」
マリアはそう言っているがすごく胡散臭い。
ヴァイキルトはこの世界の神話に出てくる三大神の使いの戦乙女らしい。
なんでも青い髪をたなびかせながら戦う姿は、見るものを魅了してしまうほど華麗なんだとか。
「じゃあとりあえず素振りからはじめましょうか」
あ、いきなり模擬戦とかするのかと思ってたが違った。
ちゃんと基礎からやるようだ。
じゃあなんで小手までつけたんだ。
「いやぁなんか久しぶりに剣を握ったら興奮しちゃって」
おい。
てへっとかわいいしぐさをするマリア。
セーラがいたらたぶん怒られてるな。
「では私が先に素振りをするのでちゃんと見ていてくださいね」
マリアは剣をすっと鞘から抜き、上段に構えて振り下ろした。
びゅんと音がして、ぴたっと止める。
それから逆足を踏み込んで上向きにびゅん、と振り上げる。
そして元の位置に戻る。
それを何回か繰り返して見せてくれた。
「こんな感じですかね。はじめは剣の重さに振られると思いますが、体の芯はまっすぐぶれないように気をつけてやってみてください」
私はマリアの真似をして上段に構えた後びゅん、と振って、そのまま前のめりにバランスを崩した。
予想以上に振ったときのバランスが難しい。
「剣術は足腰の強さも関係しますから、今度から空いた時間に走り込みなどした方がいいかもしれませんね」
そういいながら楽しそうに剣を振っている。
バランスは崩さない。
足腰か。
朝は魔法の授業があるからできないが、午後から少し走るようにしよう。
その後楽しそうなマリアと共に剣を振り続けた。
そして次の日全身筋肉痛になった。