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8.会話、通話、意志表示

 

「よし、それじゃ授業はここまで。今週も元気よく過ごすように」

 

 そんな小学校の朝の会のような台詞と5分ほどの授業時間を残し、科倉は教室を後にした。

 全員の点数を読み上げた後は、その他の配布物を配るだけの簡単なHRとなった。

 この時期はまだ定期テストも先であり、新しいクラスにも馴染み始めた頃なので学校での日常には何の懸念もなく、のほほんとした空気が校内に漂っている。

 他の学校なら部活の仮入部の期間もそろそろ終わり、新人集めのラストスパートといった感じで二、三年の体育会系はギラギラと目を光らせている頃なのかもしれないが、うちに限ってはそんなこともない。

 なんせ、一年と二年の入部率に倍近い開きがある学校であるからして。

 

 そんな春の陽気にあてられたような気分で漫然と欠伸などをしていると、こちらへと歩いてくる北瀬が視界の端に捉えられた。

 

「よ、旧人類」

 

「デジタルデバイドは恥じるべき事ではないさ。ほら、昨日の電車賃だ」


 そう言うと北瀬は机の上に数枚の硬貨を積む。

 ちゃりちゃりと片手で数えてみたらきっちりと10円単位で揃えられていた。律義なやつ。


「ところで、財布はどうなった? 何か分かったことはあったのか」


「ああ。どうやら部活の練習試合で向かった先の高校で落としたらしい。朝、相手先から顧問に電話が掛かってきたらしい」 

「部活ねえ。それで昨日は制服だったのか」

 

「まあそうだ。例に漏れず弱小のハンド部だが、それはそれで楽しくやっているよ」

 

「ちなみに結果は?」

 

「ダブルスコアは阻止した」

 

「……さいですか」

 

 謙遜とかじゃなくマジで弱小らしい。ハンドボールには詳しくないが、そんなに点差が開くスポーツだったか?

 

「ん? でも、それなら部活仲間とかは一緒にいなかったのか? あの時一人きりだったよな」

 

「ああ、それは……帰り道の途中で少し用事があってな。その時に他の皆とは別れたんだ」

 

「用事っつーと、どんな?」

 

「え?」

 

 何とは無しに聞いてみたのだが北瀬は急にうろたえだし、歯切れ悪く答える。

 

「あー……そう、ちょっと買い物を」

 

「買い物って、財布忘れたんじゃなかったのか?」

 

「いや、そうなんだが。あー、なんだな……」

 

 と、一人で勝手に悩みだす。何か言い難い話なのだろうか。

 すらりと細く整った眉を八の字に歪め、10秒ほど考えた末に北瀬が出した答えは、

 

「そんなことはどうだっていいだろう」

 

「……さいですね」

 

 無理矢理はぐらかされました。


 まあ言いたくないなら別にそれでいいのだが、なんかちょっとその言い方が胸にグサリといいますか。

 そんな事を話していると、後ろから近づいて来た那佐が無言で先程のテストを差し出してきた。

 プリントの返却も総務の仕事。名前の響きだけは恰好良いが、やってることはただの雑用である。


「しかし、また那佐だけ満点か。ちょっと見せてくれるか?」


 自分の答案を見直しながら那佐に話し掛ける。

 那佐はちょっと待て、と言って残りのプリントを配り終えた後、自分のプリントを持って戻って来た。

 

「どれ……ふむ……成る程」


 達筆な文字で記された答案に目を通していく。新聞のコラムのように整った文。この一割ほどの知性が亮二にあれば……いや、言うまい。


「ほう、そういう考え方があったか。しかし、携帯のサイズでそんな機能が実現できるのか……?」


 北瀬も俺の肩越しにその答案を見る。


「北瀬は携帯持ってないんだったよな」


「ああ。パソコンなら一応持っているのだが、それも使いこなせているとは到底言えんな」

 

「今時携帯を持っていないのか、珍しいな」

 

 と、那佐が会話に割り込む。むしろ那佐が積極的に話すことが珍しいような気もする。

 

「いや、那佐。お前も今時珍しい部類に入ると思う」

 

「携帯なら持っているぞ」

 

「漬物が美味しく漬かるようなサイズの携帯を今でも使ってるやつなどそうはおらん」

 

「まだ使えるぞ?」

 

「そういう問題じゃねえ」

 

 通話の際にアンテナを立てる必要があるとか、もはや過去の遺産レベルじゃないか?

 

「ところで北瀬、パソコンのメール機能くらいは使えるよな?」

 

「大丈夫だ。というより、ネットとメールしか使えん」

 

「勿体なっ……いやまあ、それじゃアドレス教えるから、暇な時にでもメールしてくれ。あ、それと那佐。プリントあんがとな」

 

「構わない」

 

 那佐にプリントを返し、机の中からルーズリーフを一枚引っ張り出し携帯のメアドを書いて北瀬に渡す。

 

「ん、それじゃ家に帰ったら送らせてもらうよ」

 

「おう、まあ気軽にメールしてくれ」

 

 と、席に戻る那佐の後ろ姿を見て、ふと一つの疑問が浮かんで来た。

 

「なあ、北瀬。ところでさっき那佐……陣堂が来た時なんだが、良かったのか?」

 

「良かったというと、何がだ?」

 

「いや、ほら……その話し方。気にしてるんじゃなかったのか?」

 

 那佐はああいうやつだし別に気にしていないようだったが、またうっかりしていたのだろうか。

 そう思ったのだが、北瀬はああ、と軽く頷くと、

 

「考えたが、学校ではこのままの話し方で行こうと思う」

 

 と、澄ました表情のまま告げた。

 

「……いいのか? 他の奴らの前で口調を変えても俺は別に気にしないが」

 

「いや、いいんだ。それに、私の方が気にしないようにしたんだ」


 そう言うと北瀬は軽くその口元に笑みを咲かせ、


「このクラスとはこれから先一年もの間付き合っていくことになるんだ。言葉の与える第一印章なんて長く付き合っていけば変わっていくもの、そう考えることにしたよ。

 今まで付き合って来た人たちには多少混乱させるかもしれないが、まあその辺はなんとかなるだろう。女の猫被りなんて日常茶飯事だしな」


「……男にはそれが何より恐ろしいんだがな」


「まあ、いつの世も男と女は騙し騙される関係にあるということだ」


「お前一体いくつだよ」


 青春の真っ只中を駆け抜けている若者の台詞とは思えん。




 しかしまあ、この考えの前向きな変化の原因が昨日の俺との会話なのだとしたら。




 少し嬉しい、かもな。


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