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7.戦車、担任につき

 

 時計の長針が8を指し、校内に電子音のチャイムが鳴り響く。

 月曜の朝からクラスにならんでいるのはどれもこれも暗い顔。中には先週の土曜よりもむしろ疲れが溜まっているような表情を浮かべる奴すらいる。


 ……いや、その気持ちは分からんでもないが。


 俺と亮二は教室に入る寸前で先を歩いていた担任に追い付き、そして共にドアをくぐった。

 別に自分が来るまでに席に着いていないと遅刻、なんて規則はない。だが後から教室に入るのは何となく気が引ける。

 いつもはチャイムが鳴って数分後くらいに来るのに、たまにこうしてまともな時間に来るから油断できない。


「総務、号令」


 檀上から芯の通った力強い声で件の担任、科倉(しなくら)が最前列の那佐に指示を出す。

 すらりとした170cmと少しの上背に短くカットした髪を金に染め、耳には赤いピアス。

 服装も男物のTシャツの上に体のラインがはっきり出る黒の、ライダー風というのだろうか、そんなようなジャケットを羽織り、下はダメージのばっちり入ったジーンズにスニーカーというとても教職に就く者とは思えない服装をしている。


 おまけに軽く吊り気味の目尻とラフな口調、そして思ったことを遠慮せずずばずばと口に出すせいで第一印象までばっちりヤンキーな人だ。

 20台、美人女教師、独身と話だけ聞けばあれだが、男子生徒諸君からはアイドル教師というよりは剛の者といった感じで恐れられている。


 因みに一部で囁かれているベリちゃんという呼称は、実子と書いて『べりこ』と読む、ヤンママ達の絶望的命名感覚の先駆けのような名前に由来する。

 補足というか蛇足として昨年、体育祭の日に本人の目の前でそう呼んだ勇者がいたのだが、


 ……その時俺は、地面と平行に吹き飛ぶ人間を生まれて初めて目撃した。


 

 科倉実子、容赦せん!




「起立」


 静かな声で那佐が言うと、がたがたとそこらで椅子のぶつかる音を立てて皆が立ち上がる。

 因みに総務というのは他の学校で言う学級委員と同じ役割である。総務長というのは存在しないが。


 礼、着席、と続けて号令を出した後は、そのままクラスが静まり返る。僅かにぼそぼそと話し声がするものの、他のクラスに比べればかなり大人しいものだろう。

  

「なんだ、早いもので五月ももう半ば過ぎ、みなそろそろ新しいクラスにも馴染めたか? 間違って一年の頃のクラスに行ったりするのはいいかげんこっ恥ずかしいぞ」


 というと、何人かがびくりと肩を動かし、また何人かは苦笑する。いや、俺もあまり笑えないけども。


 ……一度だけな、うん。



「勉強も大事だけど、楽しく日々を過ごすことは更に大切な事だ。特にこの二年生っつーのは一番プレッシャーやストレスの掛からない気楽な時期だしな。皆、適度に手を抜いて楽ーに過ごすように」

 

 それは確かにそうかもしれないが、教師が生徒の前で堂々と言うことでもないような……

 

「んじゃま挨拶はこの辺にしておいて、今日も恒例のテストな。今週は派手なニュースばっかりだったから、今までのより簡単だろ」

 


 そういうと持ってきた書類の束からプリントを取り出し、先頭の席に一列分ずつてきぱきと配っていく。

 

 毎週月曜の一時限目、ロングホームルームの時間に科倉先生は時折テストと題して一枚のプリントを配る。

 中身は10題の問題からなっており、内5題はニュースとしてテレビで流されている時事問題、4題はいわゆる一般知識や雑学、最後の1問は与えられた問題文に対する論述問題となっている。

 採点は20点満点、単純計算では一問2点となるが、実際はそうではない。持ち点20から減点していく方式で計算しているので、ふざけたまともじゃない答えの場合3点でも4点でも引かれていく。

 

 このようなテストをする理由は、『どうせろくに勉強しないのだから、せめてテレビのニュースくらいには関心を持て』、とのことである。

 

 ちなみに亮二は初回に分からない問題に対してボケを書いていった結果、マイナス51点という凄まじい点数をたたき出した。

 次回は半分近くを空欄で提出した結果、その失敗を恐れるしみったれた根性が気に入らないとしてマイナス20点を付けられた。

 結果、現在ニ連続で最下位のディフェンディングチャンピオンである。友人として情けない限りだが。

 

「全員まわったか? では、始め。時間は10分な」

 

 ぱらぱらとプリントをひっくり返す音、次いでこつこつとシャーペンが机を叩く音が連続する。

 俺も遅れじとそれに合わせてペンを動かし、すらすらと解答欄を埋めていく。

 

 前半の時事問題はともかく、後半の問題については単純な知識問題ではない。

 文をよく読んだ上で頭を使えば答えが出るように作られている辺り、適当に設問を作っているわけではないと分かる。外見と裏腹に、科倉の内実は立派な教師と言える人なのである。

 

 

 

 

 

※※※※※※※※※※

 

 

 

 

 


「……よし、そこまで。一番後ろの列、回収してあたしのとこまで持ってきなさい」

 

 袖を押さえて腕時計を見ながら、科倉が告げる。

 問題の回収が始まると、教室にざわめきが戻ってくる。殆どは楽しげな声だが、中にはひどく暗い顔をしたやつもいる。例えば窓際の席とかに。

 今回は科倉が宣言した通りに分かりやすい問題ばかりだったのに、それでもお前は駄目なのか、亮二。

 

「よし、じゃああたしは採点してるから、その間に総務、これ読んどけ」

 

 そう言って科倉は那佐にクリアファイルを手渡し、そのまま教卓で採点を始める。

 那佐は数枚の印刷物を取り出すと、少し文を目で追ってからクラスを振り返り、その内容を朗読し始める。

 

「本日の放課後に委員会を開くので、クラスの各委員は決められた集合場所へ速やかに移動し――」

 

 淡々と特にこれといった感情、恥じらいや責任感など、を見せずに那佐はその内容を口述していく。

 去年ちらっと見たことがあるのだけれど、ああいうプリントって表に『教師用』とか『朝のHRで必ず連絡して下さい』とか書いてあるんだよな。……こうやって易々と生徒に渡していいものなのか?

 生徒に対する信頼とはまた別の話のような気もするが、この人の場合はそれで通ってしまいそうな気がするから不思議だ。

 

 

 

 数枚のプリントを読むのが一枚につき10問ぽっちとはいえクラス全員分のプリントを採点するより時間がかかる筈もなく、必然その差分だけ時間の空白が生まれ、そしてまた必然的にそれは雑談に使われる事になる訳である。

 内容はいわずもがな、先のテストのこととなる。分からなかった問題を教え合ったり、常識的な問題を間違えたやつをからかったりと楽しげな雰囲気である。

 思えばこの時間で俺も今のクラスの何人かと打ち解けた訳で、そこまで考えてこのような時間を設けているのなら大したものだと思う。

 

 そんな空気の中で俺も後ろの席の友人と話していると、ふと少し離れた席の一人と目が合った。

 艶やかな長髪を青いリボンでポニーテールに纏め、筋の通った鼻筋とクールな印象を与えるすらりとした目元に漆黒の瞳。

 昨日駅で出会った記憶の外のご近所さん、北瀬絢音である。近くの席の数人で話しているようだ。

 

 片手を上げて挨拶すると、北瀬も遅れて同じように返事をし、それからその手をこちらに向けて指差し、『どうだった?』と言うようにして僅かに首を傾けた。

 それに俺はにやりと笑って親指を突き立てることで返答し、今度はこちらから指さして問い掛ける。

 すると北瀬はまた俺を指さす。どういうことかと考えていると、次はその指で自分をさした。

 

 ますます意味が分からないので見ていると、最後に北瀬は親指を立て、ぐっと持ち上げる仕種をして口元を歪める。

 成る程、『俺より上だ』と言いたいのか。

 

 ……上等だ。後で吠え面かくなよ。

 

 その瞬間、二人の間でひそかに対決の火花が散らされた。

 

 

 

「よし、終了。みな静粛に、結果を発表するぞー」

 

 計ったようなタイミングで科倉が声をあげる。

 クラスが僅かに静まり、皆が聞きの体勢に入った。採点結果はまずは個人に返却されずにこうして公表されるのだ。

 

「まず鮎川。前回12点から今回は13点。まあぼちぼちといった所だが、もう少しニュースを見ろ、2問丸々落としてるぞ。次、猪田は……」

 

 各自に点数と共に一言付け加えつつ、結果をすらすらと述べていく。出席番号順なので、7番の亮二から北瀬、俺と続き、少し離れて13番に那佐が来ることになる。

 


「……梶、9点。微妙に答えの内容がずれてんな。もう少し意識的に記憶してみたらどうだ。で、次は」

 

 採点したプリントの束を一枚めくり、名前を確認する。

 

「ぎ、えーと、ぎ……ざれしろか」

 

「『ぎじょう』っすよ! なんすかその悪意の篭った間違い!?」

 

「馬鹿の名前なんか一々正確に覚えてられるか。まともな点を取ってから文句を言え、ぢわくろ」

 

「ひらがなレベルで読み間違え!? もういいっすよ、それで何点すか?」

 

「おお、喜べ。ようやく常識レベルの点数だぞ」

 

 そう言って科倉はにっこりと笑い、

 

 

 

「0点だ」

 

 

 

「異議ありぃぃっっ!」

 

 大きな笑いに包まれたクラスの中で、亮二が一人必死に声を荒げる。

 

「裁判長、それはあまりに不当な採点であると思われます!」

 

「ほう……あたしの採点が不当と?」

 

 ぎらりと刃物のような鋭い目が亮二を睨み付ける。うっ、と一瞬息を詰まらせるが、それでもなんとか反論の体勢をとる。

 

「い、いや、だって空欄は全部埋めたし、何問かは絶対合ってる自信ありますし、それにふざけて書いた解答も今回は無いっすよ! それで0点はちょっと」

 

「ふむ、ではこの10問目のも真面目に書いたのか?」

 

「もちろんっす!」

 

「そうか……それはすまんな。てっきりまた受け狙いで書いたものかと思ってな。それなら少し点をやらんでもないが……しかしこの解答は……」

 

 と、何故か突然腕を組んで真剣に悩み始めた担任に、クラスが少しざわめき始める。

 今回の10問目、論述問題の内容は「携帯電話の更なる進化の可能性について」であったが、一体何を書いたやら。

 

「あの、先生。一体何が……?」

 

 おずおずと先頭の席に座っていた女子の一人が問い掛けると、科倉はこめかみをぽりぽりと指で掻き、

 

「いや、真剣に考えたのなら減点を押さえてもいいのだが……真剣に考えた結果がこれというのも問題があるし、どうしたものかと」

 

「へ? 何が問題なんすか?」

 

「……お前なぁ」

 

 純粋に訳が分からないといった顔をした亮二を見て、ため息をつきながら告げる。

 

「全長1ミリの携帯なんて、どうやって使うんだ?」

 

 

 

 

 


 正確には『技術が発達すると色々小型化するので、いずれはミクロサイズの携帯が作られるかと思われ。』と書いたらしいが、それでも十分馬鹿な解答である。

 

 思われ。って何だ。

 

 

「まあ仕方ない。馬鹿は罪じゃない、病気だ。病気を責める訳にはいかないし特別に5点にしてやろう。感謝しろよ、ざくれろ」

 

「ついに無機物に! しかもジオン軍の黒歴史機体っ!?」

 

 頭を抱えて天を仰ぐ馬鹿は置いておき、とにかく次は北瀬の番である。

 ここまでで最高点は16点。果たして何点を取ったのだろうか。

 プリントが一枚めくられる。それに軽く目を走らせた後科倉は小さく頷き、

 

「北瀬、18点。全体的によく出来てるな。この調子なら問題無いだろう」

 

 おお、と小さく歓声が上がる。ここまでの最高点を更新してみせたか。

 北瀬は周囲の席の人からの誉め言葉に謙遜しながらちらりとこちらを見て、どうだといわんばかりの顔をしてみせた。

 

「今学期の終わりには全員がこれ位取れるようになってもらいたいものだな。では次」

 

 さて、俺の番である。正直自分ではかなりいい出来だと思っているのだが、果たしてどうだろうか。

 なんせ目標は18点である。最悪でも一つのミスしか許されない。

 

 その結果は――

 

 

 

「宮内も18点だな。最後はなかなか良かったが、時事問題を一問落としてる。だがまあ、十分良い点数だ」

 

 

 

――引き分けか。

 

 近くのやつにガッツポーズを取ってから、こちらを微妙な目で見ていた北瀬にグッと親指を突き立てる。

 

 いわゆる『ナイスファイト』ってやつだ。

 

 苦笑して、北瀬も同じように指を立てた。

 

 

 

 

 

 余談だが、那佐はあっさり20点をとってのけた。

 

 これで3連続でクラス一位&満点である。きっとあいつにはメフィストフェレスでも憑いているに違いない。


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