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3.女教皇、同僚につき


 それからは特に何事も無く日曜日。



 亮二の後輩にそのバンドに興味があるやつがいたので、そいつにチケットを譲ったらしい。

 交換条件で何人かの女子のメアドを聞き出したらしいが……まあ健闘を祈るくらいはしてやろう。


 祈るだけならタダだし。




「ごめんなさいね、私の為に友達を裏切るような真似をさせて」


「何魔性の女気取りの台詞吐いてるんですか。つかどの面下げてここまで来やがったこの給金泥棒」


「激しく機嫌悪いわね。何かあったの?」


「そのフラットな胸に手を当ててよく考えてください」


「あらやだ欲求不満?」


「だから考えて話せと!」


 赤岳頼子。同じバイト先に勤めるフリーター。自称永遠の十七歳。

 都会の灯に誘われた夢追う旅人などと吹いていたが、実態は二十歳を過ぎても働かないので親に家を追い出されたのだろうと推測。

 自活能力が著しく欠けている、典型的な駄目人間。料理とかできるんですか、と聞いたところ各種コンビニ弁当についての所感を熱く語られた。早死にしてしまえ。



「頼子さんが来れないと連絡があったから今俺がここで友人の誘いを断ってまでして店番についている訳ですが?」


「いや、ほんとに今日は無理だったのよ? けど寸前で相手方の都合で予定をキャンセルされちゃって。

 狭い部屋の中でテレビとパソコン相手に無駄に時を過ごすなんて勿体ないじゃない。人生限られてるんだし、生産的に生きなきゃ駄目よ」


 フリーターが何を言うか。


「ではここに来る事がどう生産的なので?」


「生産的な会話でも楽しもうかと思って」


「ここでやる必要無いだろこのチャバネゴキブリが、という思いはさておき、例えばどんな話を?」


「男女間に於ける性交渉時の 」


「それは猥談だ!」


「子供ができるから生産的じゃない」


「あんた、生産的って言葉を意味分かって使ってないだろ」



 輸入雑貨&骨董販売店イシュタール。

 繁華街の大通りから一本裏に入った通りのビルの一階を借りている個人経営の店である。

 民族風の装飾品に始まり西洋甲冑や桐の箱に入った茶碗や掛け軸、果てはメイド服に呪いの人形まで置いてある混沌とした品揃えが特徴。

 そもそも輸入雑貨と骨董では求める客層がさっぱり違う筈なのだが、その二つを合わせる利点がどこにあるのかという疑問は全力で無視している。


 普段は閑散とした店舗内で店番や在庫整理をして過ごすのだが、今日のような休日には人通りの多いメインストリートに出店を出して若者向けのお洒落な雑貨を販売している。

 実の所、この週一の出店での売上が月全体の収入の半分近くを占めているため、何か事情でもない限りはバイトに呼び出される事になる。


 とはいえ最近はいい金蔓……じゃなくて常連でも出来たのか、新しくバイトを雇って合計で二人から四人になり、呼び出されることも以前に較べ少なくなった。

 また、当の昔に還暦を迎えている店主たる老夫婦は、面倒で慌ただしい出店の管理は俺のようなバイトに任せっきりにして、店舗内でNHKなんぞを見ながらのんびり茶を啜って週末を過ごしている。

 まあ、それなりのバイト代を貰っているので特に文句などは無い。つか、歳の割にこういう若者向けの商品を選ぶセンスがやけに良いのは少々驚きだ。



「ところで私、お腹が空いたわ」


「そうですか。もう夕方ですしね」


「おおっと、偶然隣にはクレープの出店が!」


「そうですね。いつもの事ですけどね」


「私は甘いものが大好きでねぇ、マサっちも確かそうでしょう?」


「そうですよ。でも頼子さん前にスープの底まで真っ赤な坦々麺をぺろっと完食してましたし、別に甘党という訳でもないでしょう」


「ぶっちゃけクレープ食べたいから金を出しなさい」


「ここまでやっていきなり直球勝負に出るんじゃねえ!」


「バイト代が出たばかりでしょう? ほんの千円くらい、別にいいじゃない」


「バイト代に関してはそちらも同じでしょう。そもそもなんで俺が奢る必要がありますか」


「なに、女に金を出させるの? 全く駄目な男ねえマサっちは」


「未成年にたかる駄目な大人が何を言う」


「うっさい童……貞?」


「断言されるのもムカつくが疑問系もそれはそれで頭にくるなぁ!」


「マサっちの事だから何人もの女の子を鳴かせた過去があっても不思議じゃないし。で、どっち?」


 つか、鳴かせるとか言うな。


「答える義務は無い」


「私曖昧なのって嫌ー。確認するのも面倒だしこの場で押し倒してカラダに聞こうかしら。あら、あれって警察? まあいいわ。別に補導レベルで済むでしょうし」


 身の安全と引き換えに俺の財布から野口さんが一人消えた。



「なんでクレープってあんなに高いのかしらね? バナナなんて百円あれば一食分は楽に買えるでしょうに」


「商売だからでしょう。というかいつまでも前に立たれると邪魔なのでどいてください。つかむしろそれ食ったら帰れ」


「それじゃ隣を失礼」


 そう言って彼女は広げられた商品を挟んだ対面から移動し、……俺の膝の上に腰掛けやがった。


「…………隣?」


「うふ。たった今頼子さんフラグが立ったのよん。後は選択肢を間違えなければそのまま頼子さんルートに突入よ」


「んなもんへし折ってくれる」


「休日にばったり遭遇、一緒に食事、身体接触。故事宜しく三本集まればなかなか折れないわよ?」


「なら放っておいて朽ちるのを待つ。つか、どれもこれもあなたの意図的な行為じゃないですか。おまけに一緒に食事って何だ。頼子さんがクレープを一人で食ってるだけでしょう」


「いや、それはこの後の予定だけど」


「飯まで俺にたかる気か! 流石にそこまでする気はねえっ!」


 大体食事なら家に用意されてるだろうから外食の予定は無い。


 ……俺の家に押し入るという選択肢をこの女性が持っていないことを祈るばかりだが。


「仕方ないわね。じゃ……」


 と、不意に頼子さんは俺に対して直角になるように体をずらし、しなだれかかるような体勢で食べかけのクレープを俺の口元に突き出し、




「はい、あーん♪」


 なんてことをのたまった。



「…………」


 いや、別に彼女に気があるという訳では断じて無いのだけれど。


 お互いの体は密着してるし顔は近いしぶっちゃけ頼子さんって性格はあれだけど外見は綺麗な人だし、健全な男子としては脳がフリーズしてもおかしくないというか当然の状況でして。


 これ間接キスだけど気にしないのかな、とか小柄な人なのは分かってたけどほんとに軽いな、とか抱きしめたら柔らかそ――


(いやいやいやいや!)


 危ない、なんだか今物凄く危険な思考が頭を過ぎったぞ。ホントこの人に対してそういう気持ちは無いんだって。


 落ち着け俺、be coolだ、と心の中で言い聞かせ、すっと顔を傾けて端の方を一口かじる。


「美味しい?」


 視界の半分をにっこりと微笑を浮かべた頼子さんの顔が占める。口の横にチョコが付いている。


「……生クリームと小麦粉の味しかしませんね」


 つーかむしろ何の味もしない。舌と歯に固形物の感触が無かったからそう言っただけだ。


「まあ端っこだったからね。真ん中食べればいいのに」


「真ん中食べたら怒るでしょう、美味しいところ食べられたーとか言って。つか、満足したならどいてください。人の目があるんで」


 はいはい分かったわよ、などとぼやきながら頼子さんは俺の膝の上を離れ、ようやく本当に隣に座る。


 その時彼女の髪が鼻先を掠め、ふんわりと花のような甘い香りを残していったが強制的に意識から排除。胸の鼓動はこれ以上なく早い。顔は赤くなってないだろうか。夕日のせいにしてうまくごまかせるだろうか。


「うふふふふ、ここにマサっちの唇が触れたのね。じっくりはむはむして味わってあげよう」


「やめんかいこの痴女が。残りも全部食うぞ」


「からかい甲斐がないわねぇ、食べかけのクレープは素直に食べるし感想は乾いてるし。少しは恥じらったりしなさいよ」


「その言葉、そっくりそのまま返してあげます」


 普段通りに振る舞うことが出来ているだろうか。


「というか、口の端にチョコ付いてますよ」


「あらいやだ、ちょっと嘗め取って頂戴」


「あまりおいたが過ぎるようなら終いには殴るぞ」


 まあ、大丈夫だろう。




 それから一時間程過ぎ、電灯の光が強く感じられるようになった頃店じまいを始め、それが終わる頃には周囲はもうすっかり暗くなっていた。




 因みに頼子さんは片付けを始めようとした途端にふらふらと帰っていった。いつか何らかの痛い目に逢わせてやろうと強く心の底で思った。


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