13.新人教育、必要ですね?
「お、終わった……っ!」
「腕が……腕がもげるかと……」
暗黒物質でも詰まってるのかと疑いたくなるような物凄い重量の段ボールを二階の倉庫へと運び終え、腹の底から息を吐き出す。
「さて、後は残った細かいのを並べりゃ作業終了……だけど、その前にちょっと休むか」
「そうすっかぁ。力入れすぎてさっきから指の震えが止まらねぇ」
どす、と運んで来た荷に背を預けて座り込んだリルは、自分の手を見て苦笑しながらそう言った。つられて自分の指を見ると、俺も小刻みにプルプルと震えていた。うわっ、気付かんかった。
「毎回こんな荷物ばっか来んのか? そうだったら身が持ちそうにねえんだけどよぉ」
「いや、そんなことないよ。仕入れは月に数回しかないし、中身も大概は小物だから」
時たま等身大の石像やらが運ばれて来るが、それは流石に店頭で受け渡しじゃなくて業者がきっちり倉庫まで運んでくれるし。
「マサさんはこのバイト結構長いのか?」
指を組んでぐにぐにと揉み動かしながら、リルは質問を口にした。
「んー、まだ1年そこそこだな。赤岳さんには会った? あの人は俺より長く働いてるみたいだけど」
「……あの人はちょっと、近寄りたくねぇなぁ」
赤岳という名前に、リルは引き攣った笑いを浮かべてたらりと汗を垂らす。
「自己紹介した瞬間に抱き着いてくるわ頭を撫でてくるわ膝の上に座らせようとするわ……僕はペットか? 日本人は慎み深い民族じゃなかったのか?」
「あれはちょっとばかしブッ飛んだ一例だからあまり気にするな」
俺の時も方向性は違うけど似たような感じだったなぁ……。
「ところで、リルは日本に来てから長いのか? 日本語も結構使えてるみたいだし」
「いや、まだ1ヶ月ほどだなぁ。言葉は向こうで色々と教わったんだけど、なんか変か?」
「……間違ってはいないけど、独特ではあるな。教師の顔が見てみたい」
「そいつも日本語は現地で学んだわけじゃあねぇらしいから、問題の根源ってわけじゃねえけどな。わりぃが我慢してくれ、今から直すのも大変だしよぉ」
人形職人の手で丁寧に整えられたかのような美貌を苦笑いにし、申し訳なさそうに謝る。
このギャップに慣れるには大分かかりそうだなぁ……。北瀬のそれとは違って違和感バリバリだもん。
「日本には親の仕事か何かで来たのか? 留学って訳でもないだろうし、近くに家族とでも住んでるのか?」
「いや、なんつーか親はいないんで……出稼ぎみたいなもんかねぇ?」
「いないって……亡くなったのか?」
「いや、僕孤児なんですわ。別に気にしてないからいいっすけどねぇ。両親にもなんかしら理由があったんだろうし」
飄々と自然な態度で、顔色一つ変えることなくリルは淡々と言い放った。
「…………そりゃ、悪いこと聞いたな」
「いや、ホント気にしてないんで大丈夫っす。それで、義務教育も終わったんで院の子供たちのためにも働かねぇと、と思って、院長のツテを頼って日本に来たわけよ」
「つーことは、今15歳か?」
「いや、16歳。しかしあれだ、日本のコーコーセイってのはどいつもこいつもちんまいなぁ。学校で1番小さかった僕と大して変わらないんじゃねえかぁ?」
「欧州のガチムチとずんぐりむっくりのアジア民族を比べんな。どうせ日本人は短足胴長だよ」
そのお陰で重心ががっしりするので柔道などのスポーツでは有利であるという話もあるが、外見は機能美よりも形式美を優先して欲しかったものだ。DNAのいたずらか。
「あと、黒髪が多いと聞いてたのに茶髪が結構いたのには驚いたな。特に女性なんか半分近くそうじゃん?」
「なんだ、お前黒い髪が好きなのか?」
「好きっていうか、珍しいからなぁ。イギリスには黒髪ってあまりいなかったから。なんでわざわざ染めんのかわかんねぇ」
「ッその通りだ!」
「うおっ!?」
突如叫びと共に立ち上がった俺に驚いたのか、リルはびくっと体を震わせると眼を見開いてこちらを見上げている。
「女たちはやれオシャレだやれ流行だと言っては様々な色に髪を染める! 俺はそんな奴らに言いたい、色素がすっかり抜け落ちた老婆でもあるまいし、何故せっかくの美しい黒髪をわざわざ別の色に染めてしまうのか、と!」
「は、はぁ」
呆然とするリルを尻目に、俺は一人で更に過熱していく。
「昔から大和撫子といえば『烏の濡れ羽色をした艶やかな黒髪』の持ち主であると決まっている。それがなんだ、今では茶髪がカワイイだの金髪がイケてるだの黒髪は地味でダサいだの! 貴様らは馬鹿かと! おまけに髪を染めてる奴に決まって髪が傷んで困るだの言いやがって、薬を使ってるんだから当たり前だろうが! 髪を染めるなんて文化がどうやって生まれたのか知らんが、俺はそんな文化は駆逐され撲滅され抹殺されてしかるべきであると思っている! 歳を重ねて白髪が混じるようになったら見苦しくないよう染め直すというのはまあ許そう。いや、見苦しいという考えも本来は唾棄すべきものではあるが、身嗜みとして許容できる範疇だろう。だが、健康な黒髪があるのにそれを脱色しあまつさえ不自然な着色を施すなどという暴挙は決して見逃すわけにはいかんのだ! そもそも欧米人の顔立ちならともかく日本人の顔にあのような色を乗せたところで似合うはずもないだろう! 日本人なら! 黙って! 黒ッ!! そう思うだろ、アンタもッ!!」
「は、はいぃっ!」
ぐっと拳を握り締めながら息も荒くリルに目を向けると、リルは小さく縮こまりながらガクガクと首を縦に振った。
「金髪のアメリカ人、茶髪のフランス人、赤毛のオランダ人は別に構わん! だが、日本人はダメだ、日本人は何時でも何処でも何人であろうとも黒髪であるべきだッ!」
「あ、あのー、赤岳さんは……」
「あれは言うだけ無駄だ。むしろこっちの身が危ない。俺だって命と貞操をこんなところで無駄に散らしたくはない」
「あー……なんか分かるような」
それだけ言うと俺は目を閉じて一つ深呼吸をし、…………ゆっくりと瞼を上げる。
「――さて、んじゃそろそろ下の荷物の整理でも始めるか。どうせ客もろくに来ないだろうし、適当な所に並べときゃいいだろ」
「お、押忍。お供します」
「うむ、我について参れ」
その後、階段を降りている間にどこかで「これからはもうちょっと真剣にバイトを選ぶべきかのぅ……」と小さく呟く老人の声が響いたとか、響かなかったとか。