11.雑談雑議、オンザトレイン
ごとごとと音を立てながら徐々に加速する電車の中、座敷に端から頼子さん、俺、北瀬の順に三人並んで座る。しかしこの人、なんでここにいるのやら。
「あらあら両手に花」
「片方は茶色く枯れかけてますがね」
「そんな事言うなら試してみる?」
何をだ。……いや、言わなくていい。もう突っ込み疲れた。
それにしても共通の話題が思い付かん。話の切り出し方に困りしばらく黙っていると、まず北瀬が口を開いた。
「世話になったと言ってましたが、昨日何かあったのですか?」
ああ、そういえば俺もそれについて詳しく聞いてなかったな。頼子さんはその言葉にいやそれが困ったことにねぇ~、と前置きして、
「ちょっと別件で面倒が起きてそれを処理しなくちゃならなくなったんだけど、その日にバイトが入ってたのよ。それで私の代わりにマサっちに出てもらったワケ」
「そうですか。その件はもう片付いたのですか?」
「いやあ、それがすっぽかされちゃって。仕方ないからこれから改めて顔出しに行くのよ。あ、それと年上だからって無理に敬語使わなくていいわよ」
「いえ、あまり気安く話すのも気が引けますしこの位で」
「つか、何があったんです? 客に手を出したとか?」
「手を上げた、じゃないのか?」
「いや、間違ってないぞ」
俺の発言にすかさず北瀬が訂正を加える。しかしこの人なら冗談でもやりかねん。頼子さんは平気な顔でまさか、と否定しつつ相変わらずの軽い口調で話す。
「男なら誰でも手を出す訳じゃないわよ。ましてやバイト中かつ初対面の他人にはね」
「そうでしたっけ?」
「信用無いわねぇ」
そりゃ、顔合わせる度に猥談紛いの事を吐かれれば。……と、北瀬の表情がぴくりと動いた。
「しかし別件って、一体どれくらいバイト行ってるんです?」
「んーと、掛け持ち3つで週6?」
「もうどっか就職しろよ」
なんだその無駄な勤労っぷり。キャラと違わないか?
「就職なんてサービス残業だの上司のご機嫌取りだの面倒ばっかりじゃない。バイトの方が気楽でいいわ」
「相変わらず将来性の無い意見ですね。そんなんで年取ってからはどうする気ですか」
「両親の年金を……」
「やめい! その歳で親に寄り掛かるな!」
「じゃあマサっちに」
「抱き着くな!」
横から抱き着いてくる頼子さんを必死に引きはがしていると、背後から北瀬に声を掛けられた。
「宮内はいつごろからバイトを始めたんだ?」
「ん? 高校入って少ししてからだな。夏休み前に金が欲しくなって始めたのが今も続いてるって感じか」
「あの頃のマサっちはうぶで可愛かったわねぇ」
ようやく諦めた頼子さんが席に座り直しながら懐かしむように言う。
「何かあるごとに赤岳さん赤岳さん~って私を頼ってきてねぇ。ちょっとからかうだけで顔を真っ赤にして恥ずかしがってたのも面白かったわ。それが今では……」
「こんな変態に」
「違う!」
さらっと人を変態呼ばわりするな。というかお前もそんなキャラだったか?
「冗談だ。しかし、随分と仲が良さそうだが、実際あれだ、一時期付き合ったりとかしてなかったのか?」
「……またえらく目が輝いてるな、北瀬」
なんつーかもう見るからに興味津々といった感じのニヤニヤとした笑いを浮かべている。実はコイバナとか大好物か?
「気のせいだろ。で、どうなんだ? 赤岳さんの言ったような事が実はあったりとか」
「いやん♪」
「じっちゃんの名に懸けて断じて無い!」
また変なリアクションをした頼子さんに被せて否定する。
「第一俺の好みに年上と髪を染めた女性は含まれてない」
「成る程、黒髪フェチか」
「……北瀬、なんか別の言い方は無いのか?」
確かに間違ってはいないが、フェチとか言うと物凄くアブノーマルな性癖に聞こえるだろ。
すると年上であり尚且つ髪をブラウンに染めていて俺の好みからばっちり外れていることになる頼子さんは、あら初耳、と驚いたように声を上げる。
「染髪した女性が嫌だなんてまた随分と感性が古いわね」
「いいでしょう別に、俺の好みの問題なんですから」
「見た目と年齢で人を判断しちゃ駄目よ? お姉さんが矯正してあげようかしら」
「頼子さんについては見た目と中身が同一だということはよーく分かってますから結構です」
「因みに黒髪のどこがいいんだ? というか、単に髪を染めるのが嫌なだけか?」
「あー、そうだな……」
その質問に少し考え込む。生れつきの金髪とか茶髪についてはなんら抵抗は無いわけだし、ということはということか。
「艶のある黒髪が好きだという単なる好みの問題もあるけど、それ以上に髪を染めるという行為が嫌だな。周りの流行に合わせて自分なりの個性を捨ててるみたいでさ」
「周りに流されやすいのも個性と言えなくも無いが」
「そりゃそうだけども。だから単にそういうのが個人的に気に入らないだけだよ。説得力も何もない、我が儘みたいなもんだ」
「まあ、詰まるところ」
頼子さんはそこで口を開き、俺の意見を簡潔に一言で纏める。
「頼子さんが幼女キラーのマサっちを墜とす為には黒髪のアジアンビューティーにならなくてはならない、と」
「惜しい、それじゃ0点だ」
「記述式でオールオアナッシングの採点とは珍しい」
そこに突っ込まれても反応出来んぞ北瀬。どうせなら幼女キラーの方に突っ込んで欲しかった。
「因みの因みそこの北瀬ちゃんは黒髪だけれども、マサっち的にはどうなのよ。萌え~?」
「ああ、萌え~だな」
「そうか、萌え~か。ところで宮内、電車に撥ねられると四肢と首が吹っ飛ぶらしいな」
「はっはっは、それは怖い。今度から通学時には背後に気をつけるとしよう」
そんな毒にも薬にもならない馬鹿話に興じていると、
『間もなく、扇谷、扇谷。お出口は右側です』
「おや、もう着くな」
車内アナウンスが目的の駅の名前を告げ、ゆっくりと減速を始める。
「私は西口だが、二人はどちらに?」
「俺は東だ」
「私は西ね。それじゃ、マサっちとはここでお別れかしら」
ぐぐっと体が傾ぐような感覚を残して電車は止まり、薄い金属製のドアがスライドして開く。
「それじゃ、また明日」
「おう、またな」
「今度は二人きりで……ね?」
「さっさと行け」
軽く手を振って去った北瀬と肩に手を置いて意味ありげな視線を投げかけて来た頼子さんを背後にバイト先へと歩き出す。
しかし、頼子さんの服装は思いっきりアレ系な私服だったんだが……それで大丈夫なのだろうか。
「まあ、頼子さんならバイトのひとつやふたつクビになった所で屁とも思わないだろうけどな」
鞄の紐を肩にかけ直し、これからの退屈な店番を前に一つ欠伸をした。