0.始まる前の朝の始まり
「はよ」
「おはよ」
既に五月も半ば、GWもとうに過ぎて春らしくなってきたものの、朝はまだ肌に染みるような寒さが残る。
つい先ほど冷ややかな水で顔を洗ったばかりだというのにまだ霞がかかったような思考。雲の上を歩くようなおぼつかない感覚でリビングのソファーまで歩いていくと、そのままぼてん、と顔をクッションに埋める。
「……ぅぁー……」
知ってるかい、低血圧の人は朝に弱いというのは何の根拠も無い俗説なんだぜいー、なんてぼやけた思考をしつつ、そのままの姿勢で2、3分の時を過ごす。
それから段々と意識がはっきりとしてきたところでのそりと起き上がり、そして着替えるためにまた部屋へと戻る。
自分でも全く無駄の多い行動をしているという自覚はあるのだが、どうにもルーチンになってしまっていて朝はこの一連の流れがないと起動スイッチが入らない。
母も子供の頃から続いているこの奇行にすっかり慣れ、今となっては特に何を言うでもない。
カラーが少しへたった学生服を羽織り、数冊の教科書の入った薄いカバンとジャージ等が入ったバッグを掴み再度リビングへ。
テーブル上の少し冷めた朝食のおかずの内容を確認し――父の出勤時間が早く、その際に家族全員の朝食をまとめて作ってしまうためだ――茶碗に控え目にご飯をよそる。
「牛乳は?」
「父さんが全部飲んじゃった。お茶でいい?」
「ん」
報道番組のアジア諸国を名を聞いたことすら無いアナウンサーが巡るという企画を見ながら、目玉焼きの黄身を潰す。今日は少し固め。
熱い茶を吹き冷ましながら啜り、4、5分の余った時間をぼんやりと過ごす。
「……うし。んじゃま、そろそろ」
大分茶渋が沈着してみすぼらしくなってきた自分用の湯飲みを流しに浸け、バッグを背負う。
「ってきまー」
「いってらっしゃーい」
玄関のドアをくぐれば、春らしいふんわりとした日差しと小鳥達の囀りが心地よく体に染み渡る。
何のとりえも無い俺の、何の変哲も無い一日の始まりである。