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Cool Night Smoking  作者: LUTE
8/9

6BOX FULL FLAVOR

「とにかく早く、やりたいんだろ?」

「はい」

「じゃあ、今夜、仕掛けるぞ」

さすがに早すぎると感じたのか、真が驚く。

「手っ取り早く、ユーニから情報を買うぞ、どうせ金はお前持ちだ」

「そ……そんな!?」

ユーニの情報の破格具合を知っているため、真の顔が恐怖に染まった。

「よし、そうと決まればとっとと行くぞ」

「決まってないですよ!!」

真の意見は無視。俺はどんどん事務所から出て行った。焦ってるんじゃない、もう俺は、平常だ。

「ちょっと!? なんでそっちの方向に進むわけ?」

真理が横まで来て、小声で聞いてきた。後ろからしょうがなくついてきている真には聞こえていない。

「俺が、やらなきゃならねえんだよ」

「じゃあ、真君を巻き込む必要なんてないでしょ!?」

小声で怒鳴るとか、結構器用なことをしてくれる。

「すでに、巻き込まれてるんだよ」

「そんな……」

友達を殺された時点で、法術士になった時点で、すでに真は巻き込まれてるんだ。

「でも……」

「でもじゃねえよ、俺は、あいつに誰も殺させないし、死なせもしない」

「そこまで叢紫が言うなら……わかった、私も協力する」

「それはすでに決定事項だがな……助かる」

協力するという意味の本質は、一緒に戦うことなのか、真を守ることなのか。

「ほら、とっとと行くぞ、真」

「わかりましたよ!」

真も隣まで来る。三人で、ユーニのところへ向かった。


「あら、諸田、おかえり。おまけも来てるわね」

「おまけ言うな」

すでに来ることが予測済みだったのか、ユーニは八重刃を率いて待ち構えていた。

「ソルエッジについての情報が知りたい」

「いくら出すの?」

「真に聞いてくれ」

「え!?」

急に話を振られ、あたふたとする真。

「あぁ、冗談だ。ところでユーニ、ソルエッジのリーダーの名前知ってるか?」

「名乗ってる名前はもちろん知ってるけど、本名についてはわかっていないわ」

「じゃあ、それと引き換えにそのリーダーの居場所を教えろ」

「あら、あなたたちが潰すって言うのなら、その時点でその情報の価値はなくなるんだけど。……いいわ、それはこっちの情報も変わらないしね」

「じゃあ、いうぞ? 本名は、空煙 一輝、俺の兄だ」

「あ〜ら? 驚きの新事実発覚ね。じゃあ、私からの情報は……」

全く驚いてないかのような言い方だ。

ソルエッジが本拠地としているビルの場所を教えてもらう。さらにそのビルの間取りと、正確な居場所まで教えてもらった。

「ほかの情報はいる? 敵の数とか」

「どうする、真? 俺はいらないんだが」

「じゃあ、いいです」

これでユーニに取られる金は無くなった。

「用件はそれだけだ」

踵を返して俺は出て行こうとする。

「俺も行こう」

八重刃が俺達と一緒に行こうとする。

「誠志ちゃん、何してるの? 私は許可してないわ」

その言葉に立ち止まり、ユーニのほうへ振り向いた。

「友が死地に赴こうとしている。放っておけない」

「あなた、私に許可無く行動したら、ただじゃおかないわよ。わかってるの?」

笑顔の中に、畏怖させる何かを潜めてユーニが言った。

「ただじゃなくていいさ」

何事もないように、八重刃は冗談交じりに受け流した。

「言うじゃない、いいわ、あそこは私達にとっても邪魔。潰してきなさい」

まるで八重刃の覚悟を試していたかのように、すぐに行くことを許可した。

「承知した」

無事、八重刃が加わることになり、これで四人になった。


「さて、どうするか?」

「少しでも敵の手を減らすべきだろう」

「なら、深夜の方がいいか?」

「予測がつかない以上、それが最善だ」

ということになって俺達は深夜まで待機することになった。その間も真は落ち着きが無かった。

俺は、ずっと煙草を吸って待ち続けた。ほとんど会話は無かった、決戦に向け、全員神経を研ぎ澄ましていた。

それほど危険なことだった、たった四人で組織の本拠地にかちこむなんて。無謀ともいえる。

途中、俺は煙草が吸いすぎて切れそうになってることに気づき、買いに出かけた。二箱もあれば十分だろう。

これで準備は整った。

「そろそろ、行こうか」

「承知した」

「はい」

「うん!」

八重刃の表現を借りれば、死地へ赴く、だが、誰も死なせはしない。


空は完全に闇に染まり、今ある照明は切れそうになってチカチカしている街灯と、ソルエッジ本拠の入り口に設けられたライト二つ。

入り口は鉄扉で、見回りが三人。

とりあえず相手から見えない位置でそれを確認した。

「私が行くよ」

「頼んだ」

俺が許可すると、すぐさま真理が物陰から走り出した。

闇夜にまぎれ、音も無く接近し、光の中に躍り出たと思った瞬間には、反撃する暇も、増援を呼ぶ暇も無く、三人の男は気絶していた。

周囲を警戒し、安全を確認すると真理がこっちに合図した。

鉄扉の前に四人がそろう。

「さて、どうする?」

回りくどいことをすれば、被害は最小限に抑えられるかもしれない。だけど、そんな気分じゃない。

「正面突破だな」

俺と八重刃の意見があうと、八重刃は門の前に歩を進めた。剣の間合いまで。

居合いの構えで、意識を研ぎ澄ます。

突如、一連なりの金属音、網膜に焼きついた、照明を照り返す刀身の輝きの残滓だけが、数発の剣戟を放ったことを教えた。

鉄で出来ているはずの扉が、斬撃で斬り崩れた。

「相変わらずのお手前で」

法術もなしに、普通できるか? そんなことが。

だだっ広い一階フロアには、意外と敵がたまってた。

ほとんどが唖然としてるが、何人かはすでに戦闘体勢、さらに数人は何か連絡をとってる。

崩れた扉を踏み越えて、真理と八重刃が集団へと突っ込む。敵はまるで奇襲をされたかのように行動が遅れ、何人も倒れる。二人の奮闘に、俺と真の存在に気づいていない。

やはり、今までソルエッジが起してきた事件からの予想通り、全員が法術士だ。

はきだした煙を、指でなぞる。

「鉄楔よ……」

真理と八重刃の動きを阻害しないように、フロア全体を埋め尽くすように無数の鉄の楔が、法陣から伸びる。

敵の体中が射抜かれ、身動きが取れなくなる、中には致命傷を受けている奴もいた。

「我、麒麟の流麗なる足を両足に纏う」

無事だった敵も、無数に伸びる鉄に動きを阻害され、身動きが取れないまま、棒を足場にして縦横に駆け巡る真理に次々とやられる。

八重刃が、抜刀し、目を閉じて意識を集中し始めた。

蒼き輝きを放つ剣で、空間を刻む。それは、しっかりとした力として、収束し始める。

「灼剣」

血振るいと共に、再び剣へと収束し、刀身が、紅く紅く、空間を揺らめかせるほどに、赤熱する。

ただの鉄で形成された俺の楔を、軽く融解させる温度まで上昇した刀身を使って、地形を無視して全てを切り刻んでいく。

乱戦状態ならば、渾身の一刀で鉄を切り裂くより、法術を使って、鉄を無視して戦ったほうが早い。

敵の体に斬撃が疾ると、切り口から発火していき、瞬く間に灰と化していく。

八重刃と真理が隙を作る間に、俺は続けてもう一発ぶち込む。

意識を研ぎ澄ます、紫煙と法力を、同化させるかのようになじませていく。

吐き出した煙に、右腕をすばやく疾らせていく。

紡ぎあげる法術は、遠隔発動の全方位壊滅法術。

すばやく八重刃が俺の援護に回る。

描かれた煙の法陣に、左手で、火の法陣を重ねていく。

法力を宿した煙草の火が、俺が左手を振るうたびに軌跡を残していく。

やがて、完成した二つの法陣が同化し、一つの強大な法陣へと変化する。

「真理! いったん退け!」

俺の声に反応して、戦闘を中断して真理が俺の後ろまで退避、俺が法術を放つぎりぎりまで八重刃が俺を守護する。

「空の、嵐刃よ!」

俺の法陣が築かれたかなり先、敵の中心地で法術が発現する。

強大なエネルギーの発生が中心に重力が発生したかのように空間を歪ませた。

それは爆発的に広がると共に、巨大な丸い白雲を発生、ほぼ同時に周辺に弾道のように白煙が生じた。

敵や楔に無数の斬撃痕が生じた後、わずかに遅れて爆音が轟く。

血霧と砂塵が巻き起こり、全てを切り刻んでいた。

遠隔法術は、かなりの精度を要求する高等技術、さらに、今俺が行なった法術は、発動地点を中心に、全方位に向かって、極薄の、音速を超える真空波を放つもの。線のように巻き起こった高圧の衝撃波は、不可視の刃として、敵を蹂躙しつくす。

「目指す一輝は五階にいるはずだ。どんどん行くぞ」

階段なんて使わず、一気に入り口から正面に見えるエレベーターに駆け込んだ。

真が五階のボタンを押してドアを閉じると、俺はすぐさまドアの前に立ち、新しくつけた煙草を吸う。

「やっぱり、八重刃さんと叢紫は、息ぴったりだね」

「あぁ?」

とりあえず真理の言うことは放っておく、それどころじゃない。

八重刃は、上からの奇襲がないか警戒している。俺はその間に準備する。

俺は、扉に向けて、大きく円を描くように煙を吐く。

出来た輪に、右腕で法陣をなぞる。

さらに、輪の中心に向かって煙草の火で輪を刻んでいく。

エレベーターは四階を指し、そのまま登っていく。途中で止められることはなかった。

五階に着き、エレベーターが止まる直前、俺は法術を発動する。敵の、さらに先手を取らせてもらう。

「残念だったな」

もちろん、そんな俺の呟きは、外で待ち受けてる敵には聞こえてないだろう。

「光弾よ……」

煙の輪の部分で発生した光が、線に沿って中心へと収束していく。

扉全てを巻き込むほどの光の弾丸が、まだ開く前の扉を消し去りつつ、発射される。

その後を追う様にしてすばやく八重刃がエレベーターを飛び出す。

扉を開くまで待つなんて、悠長なことしてた奴らは悲惨だったな。

少し経って、俺と真が出る。真理がしんがりを勤める。

通路のようになっていて、左右には他の部屋に繋がる扉がいくつもある。そこからの奇襲が考えられるが、俺達が目指すのは一番奥にいる兄貴一人、いちいちドアを開けていって敵を撃退なんてことはしない。

八重刃の近くのドアが開く音と同時に、うめき声、すでに八重刃が斬り伏せている。

唐突に、八重刃がドアに向かって刺突を放った。引き抜くと、刃には血。

俺と似たようなことをしようとした奴がいたらしいが、八重刃に気配を読まれてあっさり反撃を食らった。

同じタイミングで、後ろの真理もドアごと敵を蹴り飛ばしていた。

こっちは動物並みの嗅覚でいることを察知していたな。

どちらも俺には出来ない芸当。

遠距離型と違って、近距離型は身体能力、格闘能力、その他総合的な能力で優劣を決するところがある。俺は格闘と行っても護身術程度しか出来ない。

こういう状況で、一番危ないのが、俺達遠距離型を狙った至近距離からの奇襲。

真横でドアが勢いよく開け放たれる音、考えた瞬間いきなりきやがった!

八重刃が察知できない場所まで離れてたのか? とりあえず、八重刃か真理どっちかが到着するまでの一瞬の時間を稼ぐしかない。だが、その一瞬で、やられる可能性がある!

一気に俺は飛び退く、横の真を見たら、武器を振り上げてる敵に突っ込みやがった!

振り下ろされる刃を冷静にみつめ、真はその軌道から体を反らすと、振り下ろされる右腕の手首を左手でつかみとり、さらにひきつけ、右側面から敵に密着、右掌打で敵のあごを捉えた。いや……寸止め!? しかし敵は力なく膝から落ちた。

「やるじゃねえか。何したんだ、一体?」

「動きのほうは、八重刃さんに叩き込まれました。でこっちは……」

右手をみつめる。

「法術で、ごくごく小さな範囲の、酸素濃度を低くしたんです。小さなって言うけど、今俺が出せる最大なんですけどね」

わずかな呼吸の間に、敵は気絶していた。ということは、酸素濃度を極端に下げて、ヘモグロビンの動きを逆転したということだ。酸素を輸送する役目のヘモグロビンが、体内で酸素を吸収し、肺で酸素を排出する逆転現象が起こり、一瞬で気絶した。そんな空気を吸うより息を止めていたほうがまだましだ。

まだ法術を習い始めて間もないっていうのに、よくやる。これで、広範囲に発動でき、なおかつ遠隔で精密発動できるようになれば、敵は気づく間もなく全員倒れてる。

「怖いよな。自然発動ってのは」

「でも、こんなんじゃ、人は……殺せない」

そういって、真はみつめていた掌を握りこんだ。

「いいんだよ。殺さなくて。とにかく先を急ぐぞ」

この通路を抜ければ、一つ会議室のような大きな部屋がある、あらにその奥にある部屋に、逃げてなければ兄貴がいるはずだ。逃げるなんてこと、兄貴がするはずは無いと思うが。

会議室へ続くドアを開け、中へ進んでいくと、突然視界が消える。照明を落とされた!?

とっさに真の手をつかんで、明るいうちに把握していた物影へと飛び込む、入ってきた扉と、奥の扉から、敵のなだれ込む足音。

どちらからも安全な場所へと回り込む。かがみこんだ頭の上を銃弾が通り過ぎ、壁ではじける。

銃!? 法術よりも手っ取り早いの選んできやがった!

反撃に法術を叩き込んでやりたいが、そんな隙はない、第一こんな中で法力の光を見せたら単なる的だ。

銃弾の雨が降り注ぐ中、それに違和感を感じた。まず、敵が余り狙いをつけてないで問答無用にばら撒いてきてること、それともう一つ。

……なんでだ!? おかしい、銃火が見えない。

発射するときの、銃口の光が、一切見えないのだ。

明かりを消しただけじゃない? おそらくこの空間は、法術で、光を吸収している。

くそ、状況がどうなってるかわからない、前衛の二人はうまくやってくれているだろうか。

「おい、真理! この部屋に光は完全にない! 使うなら猫じゃなくて蝙蝠!」

「わかった! 我、蝙蝠の音眼を眼に纏う!」

一つだけ、歩調の違う足音が銃撃音の中に新しく加わる、おそらく真理だ。超音波を反響を利用し、さらに法術で音を視覚化している。真理にとって暗闇は意味をなさない。

横の真からは、何か張り詰めるような空気を感じた。

八重刃はどうなってる? あいつも暗闇の中じゃ、さすがに銃弾を捌き切れない、身動きが取れてないか?

「うわ、ちょっと私一人じゃ無理かも、数が多い!」

敵の銃弾から逃れながらこちらに救援を求めているのか、真理が少し焦っている。

どうする? 光が吸収されてるなら、法術を築けるが、敵の位置がわからない、さらに、結局隙だらけになることは変わらない。

「八重刃さん! 二時方向、十二メートル先物陰の後ろに二人! そこから六時方向二メートル先三人、四時方向、一時方向、共に三メートルのところに二人ずつです!」

突然何かを真が叫んだ。……敵の位置? なんでわかる?

「承知した」

八重刃の足音が増える。発射場所さえわかれば暗闇でも出来るのか、剣で銃弾が割れる音が時々響く。

「叢紫さん! 七時から九時方向、二十から二十四メートル先に十三人います!」

わけがわからないが、ここは真を信用するしかない。場所さえわかれば、物影に隠れたこの体勢から、遠隔法術を発動して、いける。

暗くなった瞬間とっさに消してしまった煙草の変わりに新しい煙草を取り出し、火をつける。やはり火さえ見えなかった。

肺に入ってくる煙で火がついたかわかるなんて、不思議な気分だ。

「剣龍寺さん! いったん退いといてください!」

「了解!」

煙を吐き出す。全く見えていないが、すばやく法陣を築いていく。ずっとやり続けた行為、見えなくたって問題ない。

鉛弾を、お返ししてやるよ!

「鉄雨よ……」

真に指定された場所に、上から弾丸の雨を降らせる。自分の周りを跳ねてた弾丸とは比べ物にならない量をお見舞いしてやった。

八重刃のほうも終わったか、ほとんどの銃撃が消える。後数人だろう。

「真理! 後は頼んだ!」

「任せて」

再び真理が動き出した。次々と銃弾の量が減っていく。

「なあ、なんで敵の位置がわかったんだ?」

「あぁ、これは、空気の対流を読んで、敵の居場所を察知できるように、やっぱり八重刃さんに叩き込まれました。距離感とかもしっかり身につけさせられて、大変でしたよ。まだ、空気になじむまで時間がかかって、遅いんですけどね」

それにしても、すごいことをやってくれる。飲み込みも早いし、化けるかもな。

会話してる間に銃撃は完全に消え、敵が全員倒れたことがわかった。しかし、まだ部屋は暗いまま。

発動者はどこにいる? まあいい、大体構成は読めてる。

左手で法陣を築き、そこに手を当てる。

「解呪。闇に光を」

法陣を中心に、その部屋の色彩が復活していく。照明が落とされていたりはしなかった。

「全員。無事か?」

「心配ない」

俺とは部屋の対角線に位置する場所から、八重刃の声。

「大丈夫だよ」

真理の声も上がった。机の陰から立ち上がるのが見えた。

真のほうも、疲れてはいるようだったが外傷はないようだ。

正直、ここまで無傷だとは思わなかった。

残すはあと一人。それでこの戦いは終わる。ソルエッジが終わる。

奥にある、兄貴がいる部屋へと向かおうとしたら、そこに続くドアが開かれた。

出てきたのは、兄貴一人。

「敵として会いに来たぜ、兄貴」

「そのようだな」

悠然とした動作で煙草を吸っている。もちろん、それは俺達の持つ、法術の行使にも繋がる。

「なあ、もう一度聞く。なんで、こんなことをしてるんだ?」

「……………………」

無言は、答えることへの拒否か。しかし、その顔には、哀愁の感情が極わずかに含まれていた。

「目を、覚まさしてやるよ!」

同時に、左手を宙に躍らせる。先手を取る。

兄もほぼ同時に空間に指を走らせ始めた、速い。

俺の前で赤い線の法陣が築かれていく。

兄は、煙と火の、重ねがけの法陣を築いていた。

「紫炎よ……」

「駆けよ!」

法術を放つタイミングも、ほぼ同時。なんて構築速度だ。

赤き円から発生した力、蒼の炎が一輝に向け放たれる。結果を見ることなくその場を退避、相手のほうが高位の法術を放った、なら負けるのは確実だ、直撃しないよう逃げる。

だが起こったのは、力がぶつかり合い、そこで止まる、相殺。炎が揺らめきを残して消失した。

こっちのほうが威力が高いのか? このまま、いけるか?

だが、ただの相殺じゃない、法術と法術の衝突が起こった場合、互いの力を潰そうとする過程で、法力の発光現象が起こるはずだった。それが発生していない、だが、あれは確かに法術のはずだ。

回避運動を取っていた俺を尻目に、すぐさま第二撃を準備し始める一輝。

「我、猟豹の疾風の足を両足に纏う!」

構築している隙に、真理が俊足で懐に踊りこむ。一輝には護衛となる前衛がいない。初めから勝負は見えていた。

「遅いな」

「……ぐうぅ!!?」

手を休めないまま、肉薄しようとしていた真理に絶妙なタイミングで蹴りのカウンターを放っていた。

目で捉えきれてたってのか!? あのスピードを!

鳩尾に蹴りをもらった真理は、腹を押さえて崩れ落ちそうになりつつもなんとか後ろに引く。

追い立てるように、一輝が法術を真理に向け発動。

「駆けよ!」

まずい、と思った瞬間には、すでに八重刃が真理の前方に割り込んでいた。

放たれた氷塊を、真っ向から斬り割る八重刃。その間に真理をつれていったん退く。

まずい、いいところにもらっちまったらしい、真理はまだ動けそうにない。

「真、真理を頼んだ、俺と八重刃で行く」

「わかりました」

物影まで真理を運んでいく。

一輝は次の一撃を構築しようとはせず、煙草をくゆらせている。

八重刃は追撃しようとせず、俺達と一緒に退いてきた。

「まずいな」

さっきからまずいばっかりじゃねえか、俺達は好みが激しいらしい。

「どうしたんだ?」

「彼の使う法術は、崩刃では切り裂けない」

敵の法術が消せない?

「どういうことだ?」

「放っているものに、法力が伴っていない、放つ過程に、法術を用いているようだ」

放つ過程? 法力を使ってないのなら、なぜ何もない場所から氷を飛ばせた?

よく考えろよ……そういえば、この前会った時も法術を一輝は使ってた。

あれはなんだったんだ? 足音はしなかった、空を飛んでた様子も無かった、……なら……転送法術か!?

なんでそんな超高等法術を一人で構築できる?

転送法術は、他の次元から異形の物を召喚するより簡単と思われるかもしれないが、それは間違った解釈だ。

自分のいる部屋から、他の部屋へ続くドアを作るのは簡単だ、しかし、自分のいる部屋へ繋ぐドアを作るのは、ひどく難解なことだ。

しかも、召喚法術はすでに『契約』済み、作ってあるドアを通るだけだが、一輝の構築している転送法術は、いちいち新しいドアを作っている。

まだ強くなってやがんのか、あんたは。

転送法術や、召喚法術で呼び出されたものは、それ自体が実在し、法力で作られたものではないため、崩刃でかき消すことが出来ない。

「兄貴は転送法術を使ってるんだ。かなり厄介、てかヤベェ」

「だな」

俺達の会話が済んだのを見届けたか、再び一輝が法術を構築し始める、高速展開されていくのは、先ほどと同じ転送法術。

「どうやら、あれだけで勝負するつもりだ。転送法術は、出すものにもよるが、扉から放出されるものだから、法陣の前にしか攻撃できない。回避は余裕のはずだ」

一撃を回避した後、もう一発放たれる前にこっちの法術で殺す。

神経を張り詰める、発動した瞬間に回避しなければ、法陣の角度を変えられて狙われる。

「駆けよ!」

来た! 何が来る? 避けられるか?

だが、言を放った後も、法陣から何かが射出されることはなかった。

……なんでだ? なんで何も来ない!

失敗した? そんなことがあるはずはない。

かすかに感知した、法力の揺らめき、それは、上方から感じた。

一瞬の後、数発の弾丸が降り注いだ。回避に遅れ、足を撃たれた!

「くっ!」

焼けるような痛みと共に、右足の感覚が失せる。やばい、動けない。

とにかく、俺は死んでない、今のうちに、一撃を。

簡単な法術でいい、人一人殺せるだけの威力で、十分なんだ。

「貫け!」

「駆けよ」

すばやく、一本の鉄槍を放つ。

一輝の心臓めがけて飛んでいった槍は、しかし、眼前の法陣で消失していく。

飛ばされた!? あんな一瞬で再び築いたのか?

まだ構築速度が上がるってのか、しかも、こっちの法術をどこか他の場所へ転送された、転送法術は攻防一体の技か。

体を転送されかねない、近接戦は無理だ。八重刃と真理の本領は発揮できない。

俺は出来るだけ死角の少ない場所へと転がり込む。

さっき、上から飛んで来たのはなんだったんだ?

再び理解できないものに直面し、俺は思考を回転させる。

なんで上に法術を発生させられる? 元から遠隔地と法陣を繋ぐ法術だから、遠隔発動は不可能のはずだ。

……まさか、転送法術の二重発動?

遠隔地と繋いだ法陣を、さらに転送法術で俺の上へ転送したっていうのか?

さっきから、俺の予想のはるか上を行ってくれる。

転送法術による多角攻撃? しゃれになんねえぞ、おい。

どうやって勝つ? 勝ち目はあるのか?

さまざまな戦略を頭の中で構築していく。どれも決定的ではない、ほとんどが潰される。

くそ、仕留めるには、一番単純にいくしかない、敵の構築速度のさらに上に行く、全員での波状攻撃。

さらに、最後の一発は、もしものために、転送可能量を超える極大法術。

「真理、動けるか!」

「う……ん、なんとか……」

なんとかしてもらうしかないな。

「真、なんか飛び道具になるようなもんあるか!?」

「護身用のナイフ投げるくらいしか出来ないっすよ!?」

「いい、それで十分だ!」

これで二枚壁を崩せる、後もう一枚、八重刃も俺の意図を読んでるはずだ。

さっき発動した三枚が一輝の限界だと信じたい。法力をなじませるために、それ以上はラグが出るはず。

「俺が合図したら最初に真理、次に真、最後に八重刃、攻撃頼む、兄貴に攻撃の暇を与えないで行くぞ!」

胸が熱くなるくらいに、煙草の煙を吸い込んでいき、限界まで肺につめ、法力と共に圧縮していく。

同時に、左手に持った煙草にも力を収束させていく。

紫煙を目の前に吐き出し、巨大な法陣を描き出す。

一輝も俺と同じ動作をしていた、真っ向勝負に、受けて立つつもりだ。

「いまだ、真理!」

紫煙を右手でなぞり、すばやく文様を描き出しながら、真理に指示する。

「我、火竜の赤き炎を吐息に纏う!」

「駆けよ!」

灼熱の吐息を一輝に向け放つ。それは、予想通り転送法術に吸い込まれ、一輝には到達しない。

展開する時間が過ぎたか、法陣が消失していく、すでに二枚目が構築されようとしていた。

俺の法陣は、煙の部分が描き終わり、次の行程、火で重ね掛けし始めるところ。

「次!」

俺の声に反応し、すばやく真がナイフを投擲。

空力を操作して、加速と軌道修正を行い、一輝の胸めがけて飛翔する。

攻撃に使おうとしていた法陣の一部をすばやく書き直し、ナイフに対応させる。

「駆けよ!」

ナイフはどこかへ転送され、消失する。

火は法力の紅き軌跡を空間に残し、形を成していく。

何重にも、より深く空間を刻み込むように、俺の手は何度も往復していく、次第に軌跡は力を持った光を宿しはじめる。

先ほどのナイフで、攻撃から防御に法術を変化させためか、一輝の法術のテンポが少し遅れる。

煙と火は重なり合い、より強く光を放ち始める。

「八重刃!」

すでに空間に刃を踊らせ、法術を発動する直前だった。

「飛刃」

「駆けよ!」

霞下段に構えた刃の刀身に沿うように、光の線が出来上がる。

同時に、刀身の根元には寄り添うように浮遊する一発の弾丸。

「ふっ!」

力を込め、小さく息を吐くと共に、神速で剣を振りぬいた。

刀身をレール代わりに、電磁加速して、弾丸が放たれる。

通常のライフルを軽く凌駕するスピードの、法術のレールガン。

すでに展開されていた転送法術に、一瞬にして吸い込まれた。

俺の準備も整った。詠唱を行い、喝を放つ!

「時に型成す破壊の神よ

生を現し

   死を現す

    災禍の蒼炎よ

   総てを葬り

    蒼空を切り裂け

 天無……龍蒼!!」

詠唱と共に掌打を法陣に叩きつけ、俺の最大法術が発動する。

翼を持った蒼き光の龍が法陣から飛び立ち、一輝の下へ飛来する。

その光の奥、一輝が法陣を築いているのが見えた。もう一枚、出せるってのか。

龍を転送しきるのは無理と判断したか、転送法術から、俺へ向け無数の雹が放たれる。刺し違えるつもりか。

あいにく俺は龍の制御で手一杯、ついでに足も撃たれてるから、身動きが取れない。

弾丸と化した氷のつぶてをまともに受けながらも、俺は倒れない。体中を激痛が打つ。

「龍よ……閃けぇ!」

翼を大きく広げ、龍が強く、蒼く輝き、一輝に向け突進する。

空間が全て切り裂かれ、消失、一輝がいた一帯は跡形も無く消し飛んだ。

「やった、な……」

龍を消失させると、完全に力を使いきって地面に崩れ落ちる。

体中が、痛みを通り越して感覚がない。ひどくぼやけてる感じがする。

紫煙のように、自分の体が不確かなものに思える。

白くかすむ視界の中、誰かが駆け寄って俺の横でひざまずいた。

「ねえ、大丈夫!? 叢紫!!」

あぁ、真理か。大丈夫だよ……きっと死なない。

なんだ……泣いてるのか?

「お願い、ねえ、死なないでよ!?」

大丈夫だって、ああ、なんか返事しとかないと、ずっと心配するんだろうなぁ。

口を開け、肺を動かそうとするだけでそうとう痛かったが、なんとか声を出す。

「大……丈夫、死には…………しないさ」

それでもまだ泣いている、頬に落ちる涙の暖かさだけは、しっかりとわかった。

唯一まともに動かせる、左腕で、力なく真理を抱く。

今、俺が出来ることは、それくらいしかなかった。

ただ、抱く、心配させないように、出来るだけ、力強く、生きている証をたてるために。


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