5BOX MILD
俺の妨げるように、電話が鳴り響く。まるででることを急かすように。
わりと近いところで、でも、携帯じゃない、着メロではなく、無機質なベルの音、事務所の電話。
依頼の電話だろうか?
でたくはないが、すっぽかすと信用が落ちるから、仕方なくでることを決意。
寝起きでだるいながらも、はいずるようにして事務所の電話に到達。少し気持ちを入れ替えて、受話器をとる。
「叢紫さん!? うちのロロちゃんが!!」
いきなり響いてきたのは、元から甲高い声が、さらにヒステリックになって耳障りな女性の声。
よく俺を使ってくれる、美咲夫人からの電話だ。
ちなみに、かなりヒステリックを起してるが、子供がいなくなったわけじゃない。飼ってる猫がいなくなっただけ。
「いなくなってしまいましたか? 依頼はその子の捜索ですか?」
何度も利用している人間には、ここで二つの対応の仕方がある。
先に依頼内容を言い当てるのと、最後まで聞いて依頼内容を確認するのと。
ここで、その人の好みに合わないことをいうと、いちいちうるさい。
例えば後者が気に入らない人に後者を用いると、そんなこともわからないの? 探偵のくせにどんくさい、とか罵られる。場合によっては仕事をもらえなくなる。
ちなみに彼女は前者を好む。
「そうなのよ! 今日の朝からいなくって! 心配なの、早く見つけてあげて!」
ああ、まだ一日も経ってないのに探させるのか。だからロロも愛想を尽かして逃げるんだよ。
大体猫ってのは、自由主義者だから、そんなふうにいつも目をかけてたら嫌がる。
「はい、わかりました、それではすぐに探し始めましょう」
「頼みます、うちの子を見つけてください!」
通話が切れたから、受話器を置く。
美咲夫人には、かなり気に入られている。なおかつ報酬がいい。
理由としては、五日間ほどロロが見つからなくて、わらにもすがる思いでうちの事務所を利用し、初の依頼でありつつも俺が一日で見つけたため。そのため猫がいなくなるとすぐ俺を利用するようになった。
ロロっていうのは、ソマリっていう種類の猫で、見た目は、ライオンを彷彿とさせるゴージャスなえりまきと、狐の尻尾みたいなふさふさの毛並みの尾、毛色はブルー、何より俺の第一印象は、ふてぶてしい。
野良猫になったとしても、ボス猫になりそうなくらいふてぶてしい。
そのためか、室内飼いの猫の行動範囲は、三十から五十メートルが基本なのだが、ロロは自由外出猫並みの五百メートルくらいまでが行動範囲。どこかで怖くなって縮こまってるっていうこともない。
とにかく、あの家の近辺に行ってみよう、大体どこにいるかも目星がついてる。
服を着て、煙草の箱をポケットに入れて、俺は事務所を出て行った。
高級住宅街の中でも、結構大きい家が、美咲夫人のお宅。とりあえずその前まで来た。
道で煙草を吸うのはマナーがわるいが、そんなこと気にしないで俺は煙草を吸っている。
吸いつつも、ちょっと辺りを見回して、ロロの姿がないか確認。
ぼったったままじゃ見つかるはずもないので、くわえ煙草しながら猫の目線まで下げる。
ここら辺は、猫の居心地がよさそうな場所はないな。
もう一度立ち上がって、煙を吐いた。
おお、そういえば、おびき寄せるためのエサを買ってなかった。
買いに行きつつ西方面を探すことにしよう。
空を見上げると、まだ明るいけど、時間としては、夕飯時。猫が活発な時間帯だな。
近くのスーパーまで、狭い路地とか、猫が入れそうな小さな隙間とかを見ながら、かなり曲がりくねって行く。
見つからないな、こっちで見つけたことはほとんどない。なぜかあいつは東に行くことが多い。
スーパーの周りを一回りして、猫がいそうにないことを確認すると、店の中に入って、ペットフードの場所へ直行。
てっきり俺は、いつも家で食べてそうな、豪華な食事しか食べないのかと思ったら、ロロのやつは意外と普通の缶詰の食いつきがよかった。
いつもお世話になってるお礼に、少し高めのレトルト缶を買ってやる。この前もロロは食べたし。
缶二つだけ買って、俺はスーパーを出る。少し変な人に見えるかもしれないが、気にしない。
さて、こっからだな、大体いそうな場所は、猫がよくいる四ヶ所。
湖のような池があるでかい公園と、ちょっと木がある空き地、小さめの公園、神社だな。
でかい公園は、探すのが大変だからいないで欲しい。まずは一番近い空き地に行こう。
スーパーの前にある灰皿に煙草を捨て、新しい煙草をくわえながら、俺は空き地を目指す。
美咲夫人の家より東側にあるので、それなりに遠い、道すがらロロがいないか確認しながらゆっくり行く。
空き地に到着、携帯灰皿に吸殻を入れ、中へ踏み入る。
木が二本、あとは膝くらいの草が生い茂るのみ。前に一度だけここで発見した。
木の上をよく見てみる、やっぱり、猫の姿は一匹もいない。
奥の一本を見るためにさらに進んでいくと、草を掻き分ける音と共に足元を高速で影がすり抜けた。
ロロか! 急いで振り向いて後姿を見ると、ふわふわ尻尾じゃなかった、ロロじゃない。
ふう、危なかった、ああやって逃がすとあとが大変なんだよな。
猫を探してるのにいたちごっこするハメになる。
もう一本の木にも、ロロは登っていなかった。草の中にも、猫がいそうな気配はない。
ここははずれか、次は……神社だな。
また同じように探しながら歩いて、神社が見えた。
石段を登った上にあるから、少し面倒くさい。
なんで神社の石段って言うのはこうも急なんだろうか? 昔から日本人は土地に困っていたのか?
急だけど、段が少ないからさほど苦労せずに上りきる。
上ったところにあるのは、下に猫がいそうな、涼しそうな床下がある社と、そのうしろに、木々で影になって涼しげな庭が広がる。
境内で煙草を吸うとか、罰当たりなことはさすがにしない。
とりあえず、しゃがみこんで下を覗き込む、結構広いので、奥は暗くて見えない。
懐中電灯はもってないから、携帯のライトで照らす。一気に照らすと驚いて逃げられるから、ゆっくりと下から前に向けていく。
猫の足さえ見えない、ガキだっていない。
いちおう、回り込んでさまざまな角度から調べてみるけど、いない。
「ロロ〜、いないのか〜?」
名前も読んでみるけど、返事なし。
いなそうだな、庭にいるか?
裏手に回って庭を見ていく、自然のものだから、探すのが難しい、ここにいるのに見つけられないで、他の場所に行ってしまうとずっと見つからなくなるから、念入りに探していく。
岩陰、木の上、木陰、とにかくいそうなところから、いなさそうなところまで全部探す。
「ロロ〜」
時々名前も呼びながら探す。でも反応はない、影もない。
ここも、はずれか。
次だ、次。
連続ではずれくじ引くとは、運が悪いな。
よし、ここで最後にしたい、目指せ小さな公園。
またもや、道程は塀の上とか足元とか、視線をさまざまに変えて探索、猫は見かけるけど、ロロはいない。
小さな公園は、猫が隠れる場所がたくさんある、遊具にも隠れられるし、もちろん木があるし、花壇のところとか。
人が少ないせいか、猫がいっぱいいた、保健所の野良猫回収は、ここら辺はあまり行なわれていない。
とくにひどい被害が出てないらしいからだ。
適当に、みんなごろごろしたり、遊んでたり、あぁ、なごむなぁ。
ベンチに座って煙草を吸いながら、しばらくボーっとしていた。
見えてるやつらにロロはいねぇなぁ、あいつ何やってるんだろ。
立ち上がって、捜索を再開する、結構、猫を見つけるのは得意なんだが、今日に限ってロロだけ見つからない。
やめてくれよ、あの公園捜すとどれだけ時間かかると思ってんだよ。
空を見上げると、日が沈み始め、朱に染まっている。こっから日が動くのは早い、すぐ暗くなる。
暗くなってしまえば、捜索は困難だ、かといって明日に延期すれば、美咲夫人にいろいろ言われた挙句に、お金なしとかもありうる。
はぁ、どこ行ってんだか、本当に。
諦め半分で、橋の上で、煙草を吸いながら黄昏る。
行かなくちゃならないのか、公園、とか思ってたら、足に不思議な感触。なんか当たってきた。
「むあ?」
くわえてた煙草をはずしつつ、下を確認。
物体は、体をこすり付けてくるロロだった。妙になついてるんだよな、俺に。
ふぅ、骨折り損じゃねえか、これじゃ。
「おいおい、いったいどこいってたんだよ?」
かがみこんで、頭をなでてやる。その手にもじゃれ付いてくる。
首もとのゴージャスなえりまきをワシャワシャして楽しむ、ごろごろロロも言っている、気持ちいいらしい。
「あ〜あ、はじめから俺んとこ来いよ、そうしたら、遊んでやれるし、俺も簡単に金もらえるし」
とか、ちょっと腐ったことを猫に言ってみる、飼い主に告げ口されたら大変だな。
おっと、猫缶買ってきていたんだった。
袋から缶詰を取り出すと、ご飯だとわかっているのか、ロロがはしゃぎ始める。
「腹減ってたのか?」
言葉なんてあまり理解できないと知りつつも、ついつい声を出してしまう俺がいる。
缶を開けたあと、中身を載せる皿がないことに気づいた、しょうがないから缶が入ってた袋の上に開ける。
出した瞬間、俺の許可も無くがっつき始めるロロ、まあ別にいいが。
夕暮れ時、橋、猫、メシ……そういえば、こんなことが、昔にもあったな。
逃げ出しはしないか確認しながらも、立って煙草を吸い、そんなことを思い出してた。
そうだな、あれは、ずいぶんと前か。
まだ子供のころ、ガキって言う年のときだった。
いくら煙草を用いた法術を扱う家系であろうと、そのころ煙草はもちろん吸ってない。
七歳年上の兄貴がいた。俺よりずっとしっかり者だったが、なぜか時々、怖い瞬間があった、怒鳴って怖いとか、そういうもんじゃなく、得体のしれないもの。なぜ兄貴にそんな物を感じるのか不思議だった。
それでもいい兄貴で、俺のことをよく助けてくれた。
夕暮れ時、俺が友達の家からの帰り道を歩いてるときだった。
橋の下のところに、ダンボールを見かけた。中に動くものあり。
気になって下に降りて、中を確認すると、小さな猫がいた。多分捨て猫。
ちょっと痩せてて、体を震わせてた。
どうしていいのか分からなくて、とにかく兄貴に来てもらおうと思って家へ駆け出す。
自分の部屋で本を読んでいた兄貴を引っ張って、橋の下まで行くと、まだそこに猫はいた。
「ねぇ、どうしよう、兄ちゃん」
助けてあげることをせがむように、兄を見上げる。
「んん、そうだね、まずはご飯、食べさせてあげようか」
実際、飼う意思もないのにご飯をあげるのはいけないことだったけど、俺のために、そう言ってくれた。
そんなこと気づきもしないでうなずく馬鹿一名。俺。
「じゃあ、買ってくるから、そこで待ってて、体が弱ってると思うから、そっとしておくんだよ」
そういい残して、兄貴は買い物に出かけた。
言いつけを守って、じっと猫を見守ってた、すごいさわりたい衝動もあったけど、兄貴に言われたことは律儀に守った。
しばらくして、兄貴が戻ってくる。手には猫用の食べ物が入った袋。少し大きい。
「このぐらいの猫だと、何食べれるかよくわからないからね、いちおういろいろ買って来たよ」
こんな小さいのがそんなに食べるの、とか疑問に思ったけど、すぐに解決した。
「あぁ、どうしよ、ミルクは温めないといけないな、入れる皿もないし」
袋の中身を広げて、兄は問題に直面する。
「もう一回待ってて、ちょっと取ってくる」
そういって、ミルクのパックを持って、家のほうへかけていく兄を再び見送る。
置いてあった食べ物を、どれか食べれないか試せばよかったかもしれないけど、やっぱりわけがわからないでただ兄貴を待っていた。
猫が飲みやすそうな浅めな皿と、人肌くらいに温めたミルクを持って、兄が橋を降りてきた。
まず猫を、慎重に箱から出してやって、目の前にミルクを注いだ皿を置いた。
かなり長い時間、びくびくしてミルクに手をつけなかったが、空腹には耐え切れなかったか、少し舐めたあと、しばらくしてがっつくように舐め始めた。
「ねぇ、このあとどうするの?」
当面の問題が解決した瞬間、次の問題が浮上した。
「そうなんだよね、どうしようか? 家じゃ飼えないし」
二人で悩み始める、その間も猫はミルクを飲み続けてた。
家で飼えれば一番よかったけど、あいにく捨て猫を拾ってまで飼うことは出来なかった。
「ご飯あげちゃった責任もあるし、しょうがない、ここで面倒見ようか」
「うん」
それは、飼うわけでも、見放すわけでもない、ひどく曖昧で、猫にとっての、一番の仕打ち。
そうやって育てられれば、いつか、生きる環境と適合できなくなる。
兄貴はその時、それを知っていたかもしれない。
それからしばらくは、暇なときを見つけては猫の世話をするようになった。
兄に教えてもらって、一人のときでも世話が出来るようにもなった。
猫に元気が出てきて、少しくらいなら抱いても大丈夫になって、二人で喜んだ。
俺達が来ると、ご飯ってことがわかって、ダンボールからはいずり出てくる姿が可愛かった。
二人で様子を見に行ったある日、ダンボールの中にその姿が無かった。
どうしたのかな、と周囲を捜すけど、いなかった。
「もしかしたら、独り立ちしたのかもね」
「そうだといいね」
少し悲しいけど、うれしく思うべきことだし、それだったらしょうがないと思った。
「でも、あとちょっと、捜そうよ?」
「そうだね」
俺の意見に賛成して、二人でもう一度よく捜す。捜す場所を少しずつ広げた。
自分の膝くらいの草が生い茂るところで、一画だけ踏み荒らされてる場所を見つけた。
不思議がって寄ってみたら、そこにいた。
ぼろきれのように転がってる、あいつが。
足が間接が増えたようにぶら下がり、体中泥と血にまみれて、腹だってつぶれて、死んでいた。
捨て猫を、ふざけていじめたやつらがいたんだ。猫にだって、命はあるというのに。
「にぃ……兄ちゃん!」
半泣きになりながら、その場で兄貴を呼んだ。すぐに気づいて走り寄ってくる。
「これは……ひどいな……」
そういって、兄貴は死んだ猫をじっとみつめたまま動かなくなる。
「力が……足りなかったせいだ……」
搾り出すかのような兄の声に、その顔を見上げた。
悲しんでいたけど、その表情に、あの得体の知れない怖さがあった。
兄貴は、よく力を尺度にすることが多かった。
力で全て決め付け、優劣を測っている節があった。兄貴のいう力は、腕力ではなく、抽象的、全般的な力を指していた。
そして、そうやって話すとき、怖くなることが多かった。
「こいつに力があれば、死ななかった、逃げれたかもしれない。俺達に力があれば、殺されずにすんだかもしれない、ずっと飼えたかもしれないのに……」
震えるほどに、拳を強く握っていた。
「力が……欲しいな……」
「兄ちゃん?」
すでに、いつもの兄では無い気がして、びくつきながら呼びかける。
「ん? あぁ、ごめん。死んだから、猫のお墓、作ろうか」
いつもの兄にすぐに切り替わった、不思議なくらい、あっさりと。
二人で掘った穴に、猫のなきがらを埋めて、申し訳程度に石と木の枝を積んだ。
「野良猫になんかなるなよ? 飼われてた方が、幸せってもんさ」
飯を食い終わってご機嫌なのか、ロロがニャーと返事をする。
でもまあ、こいつの場合、飼い主の運が悪かったな、あまりにも溺愛しすぎて、一時期ノイローゼで毛がはげてた時期があった、そして俺がそれを忠告したら、逆ギレされた。それでもロロが不憫だからなんとか説得して動物病院に行かせたら、案の定飼い主の過保護によるストレス性のものだった。
今の毛並みを確認すると、すっかりよくなっている。たまに外にプチ家出して、ストレスを発散してるんだろうな。
相変わらず美咲夫人は、姿がいなくなると俺をすぐに呼ぶくらい、過保護なわけだが。
「ちょっと待ってろ、これ吸い終わったら行こうか」
喫煙で猫を待たせるのは、なかなか不思議な感覚。
「久しぶりだな、叢紫、四年ぶりか?」
すると、背後から俺を呼ぶ声。懐かしく、それは俺の心を揺るがせる。
振り向くと、俺より年上の男が、煙草を吸っていた。
七歳ぐらい年上、つまり俺の兄が、そこには立っていた。俺の人生の中で、一番会いたくない相手。
その姿を見るだけで、俺の心は抉られ、自戒の念に苛まれる。
俺の横まで来て、欄干に寄りかかるようにして上を見上げた。ちなみに俺は欄干に肘をついて夕日を眺めてる。
「本当に、久しぶりだな、一輝」
自分でも、とげのある口調になってるのがわかる。
兄が嫌なんじゃない、過去を思わせる存在が、認められない。
「お前はまだ、法術士事務所なんて続けてるのか?」
煙を上に向かって吐き出しつつ、質問してきた。
「あぁ、まだやってるさ、俺はずっと、続けるつもりだ」
煙草を示した後に、足にじゃれ付いてる猫を指した。
「猫探しに、法術は関係ないがな」
「はは、そうだな」
まだ、あんたは笑えるのか? それは本当に、笑ってるって言うのか?
「じゃあ、あんたはなにやってるんだよ?」
「俺か? 俺はな……」
しばらく煙草を吸う、俺も吸って返事を待った。
「ソルエッジの、リーダー勤めてる」
……あ?
「本当……なのか?」
「こんな変な冗談、誰も言いやしないだろ?」
嘘なんて、つくような兄じゃなかった。信じたくないけど、それは事実。
「なんで、あんな馬鹿なことしてる?」
「どこまでいけるか、試したくなってな」
理解できない、兄貴は、何をやっているんだ。認めたくない。
「それだけ……それだけなのか!?」
「ああ、それだけだ」
感じるのは憤りだけだ。
ただ、自分の、力、でどこまでいけるが試したいがために、ソルエッジを作ったってことかよ。
それだけで、なんであんなに人が集まる、兄貴のカリスマ性が、目的の存在しない組織を、あそこまで大きくしたって言うのか。
「大勢の人まで巻き込んで、することかよ!?」
「するべきことじゃないさ。だが、試したくなったんだ」
意味がわからねえ、狂ってやがる。
昔からの、あの不思議な感性が、何かの線をはみ出してしまったかのようだ。
あんたが導いた答えは、そんなもんだったのかよ。
「それじゃ、俺はそろそろ行くよ、忙しいんでね」
「待てよ……おい!」
「おい、猫、どっか行こうとしてるぞ?」
え? 振り返ると、確かに暇になったのか、とてとてどっかに行こうとしてた。
「じゃあな、今度会うときは、敵、かもな」
猫を追っかける俺の背中に、兄貴が告げた。
逃げられる前に抱きかかえ、もう一度兄貴がいるほうへ振り向いた。
そこに姿はなく、法術を描かれた煙と光の残滓が、漂っているだけだった。
くそ、なんだったんだ一体。
まずは猫のほうを済ませる、そのあと、事務所で考えるんだ。
今は心が揺れすぎている、動揺は、間違いに繋がる。冷静になれ。
ロロを、美咲夫人のところまで届ける、泣くほど喜んで、ロロを抱いていたが、ロロのほうはなんだか嫌そうにもがいてた。
もう空は日が沈んで、暗くなり始めた紫紺の空。
事務所の前まで来ると、真理のバイクが停めてあった。
一人で何をやってるんだろうか。
階段を上って、ドアの前まで行くと、話し声が中から聞こえた。話し声?
とりあえずドアを開けると、そこにいるのは真理ともう一人、真だった。
「ねぇ、やめようよ、そんなこと」
見た様子、理由はわからないが、情緒不安定になっている真を真理が落ち着かせている。
「あ、叢紫! 真君が、危ないこと考えてるの。やめさせて」
「いきなりそういわれてもなぁ。とりあえず、話を聞こうか」
まずは落ち着かせて、事情を聞いた。
仕事の依頼として、真は話した、いくらかかってもいい、何年かけてでもいいから払うから、とにかく受けてくれ、といった。
内容は、ソルエッジ、兄貴が作った組織の、壊滅。壊滅は無理でも、主要メンバーを、殺してくれ。
理由を聞くと、前俺達がねじ伏せるように解決した、連続猟奇殺人の被害者に、真の親友がいたということ。それの復讐が目的。
こうやって、悲しむやつがいるから、巻き込んじゃいけねえんだよ。なに、暴走してやがる、兄貴。
真は、殺意で感情が埋め尽くされているようだった。
法術という力が、それを助長している。だけど、俺よりか、まだましだと思う、金で、人の命を奪うより、ずっとましだ。
「俺の、兄貴がソルエッジのリーダーだ。だから、俺が、落とし前をつける」
驚きの事実に、二人とも目を見張った。
「お前の意思が、人を殺すんじゃない、お前は誰も殺さない。俺の意思が、人を殺すんだ」
「え……じゃあ?」
「その依頼、引き受けましょう」