3.5BOX SUPER MILD
前回の続きです。夢の中で、八重刃がどうしてユーニに買われたかを描いています。
賭け事をやっているのですが、ゲームをやっていないのでどうにもそこらへんが詳しくわからず、間違っている点があるかもしれないので、間違っている点を見つけたらご一報をお願いいたします。
八重刃と二人で、ネオン彩る夜の街を歩く。
二人? 少ないような?
流れる風景は、あまり見覚えの無い町並み。
だが、とてつもない既視感。
なぜか、充実感で満たされている。そして、違和感。
二つの思考が入り乱れる。それ自体がおかしい。
そうか、今、八重刃と二人で歩いているはずは無い。今もし二人であるとすれば、それは八重刃ではなく、真理だ。それにさっきまで、俺、真理、八重刃、三人でいたはずだ。
そんな思考をしながら、視線は自然と動いて街を眺めている。よく見ればそれは、一度きりしか行っていないが、あれが起こってしまったため、忘れようとも忘れられない、あの街。
これは、夢、だな。
そう気づいても、なんら変わりなく、夢、過去の出来事は進んでいく。変えようの無い記憶。
こういうのをなんというんだったか、夢とわかっていて見る夢、覚醒夢、明晰夢とかいったか。
あまり思い出したく無い出来事、悪夢といっていいそれを見たくはなかったが、そんなことを望んでも、過去の記憶は止まらず、流れ続ける。
……眠っているからか、頭がぼうっとする。もうどうでもいい、流されるままに見るとしよう。
これはたしか、依頼で、遠距離恋愛をしている女性が、離れている間彼が他の女と何かしていないか、調べて欲しいという、遠方への浮気調査の仕事の後だ。だから、一度しか行ったことがない俺が住んでる場所とは違う遠い場所。
ちなみに、その浮気調査は無事終了、彼は問題なく、誰とも付き合ってはいなかった、幸せな結果で無事終了。
今目指しているのは、確かカジノだな。八重刃の誘いで、この街の名物となるほどの巨大なカジノに行くことになった。
夜の中、そこが太陽でもあるかのように、こうこうと輝くカジノの明かり。賭博の音、人の音が入り乱れ、外にまで響いてくる。
高級車が列を作るカジノの入り口を、俺たちは通り抜ける。
中に入った途端、さっきまで遠くで聞こえていた音が、耳元へ騒音となって届いてくる。
なぜか破格だった依頼の前金五十万を、保険のための金十万を残して全てチップに交換する。これで手持ちのチップは四千ドル分となった。
八重刃の独断で取った大胆な行動だったが、俺も口出ししない、八重刃への信頼と、自分の腕への自負があった。
とりあえずは、ある程度チップが増えるまで、八重刃の観戦をする。
向かう場所は、一番人気、カジノの花形、ルーレットだ。
八重刃のテーブルのディーラーは女性、ここは高感度アップのためか、ディーラーの女性の数がかなり多い。
じっと、八重刃はディーラーの目を見る、視線に気づき、ディーラーも八重刃を見返した。だが、八重刃は視線をそらさない、数秒後、ディーラーは自分が人とは思えぬ美神に見とれてしまっていることに気づき、はっと目をそらす、その後も少しほほを染めたまま、ちらちらと八重刃の姿を見ていた。
これは、勝ったな。二倍くらいなら、勝たしてくれるだろう。
八重刃の自らの美貌を利用した、卑怯とも取れる最強の戦術。
「ODDに全額を」
ODD、つまり奇数を意味する枠に、持っていた全てのチップを置いた。
「全額は、さすがにまずいんじゃ……」
いくら勝てると予想できても、怖気づく。
「No more bet」
ホイールが回り始めてしばらく後、ディーラーが手を振り、賭けが行なえなくなる。
ボールを放る直前、ちらりとディーラーの目が八重刃へ向いた。
彼女たちは、プロだ。熟練の技術により、集中すれば、自ら狙った番号へとボールを落とすことが可能らしい。プロだから、私情を挟んではいけないはずだが、これは別にいかさまではなく、ちょっとした厚意だ。
放られたボールは勢いよくホイールの壁面を転がり、やがてホイールの番号が刻まれた場所へと落下し、からころと音を立てつつ絶え間なく自らの居場所を変えていく。
勢いが収まり、ボールは一つの番号の上で停止する。運か彼女の技術によるものか、ODDの番号にポケットさせていた。
チップが全て回収され、八重刃の前にだけ、先ほど賭けた倍のチップが返される。
「Please your bet」
再び賭けが再開される。
「俺はしばらくここにいる。半分は好きに使え」
戻ってきたチップの半分を俺に渡すと、再び八重刃はテーブルに向かった。少しの間は勝てるだろうな。
さて、俺はどうしようか?
ちょうど、ブラックジャックのテーブルが見えた。
ディーラーは女性だが、俺に八重刃が使うような手は使えない、そのディーラーはちょうどカードを切っていた。いいタイミングだ。
まだ席に座らないで、観戦することにする。負け続けて席を立つ奴がいなければ、意味のない行為になるが。
デックの厚さを見る、どうやら二デック、非常に良心的だ。カード・カウンティングを行ないやすい。
カウンティングというのは、配られたカードから、ディーラー、プレーヤーどちらが有利か判断することだ。
数の大きいカードが残っているほど、こちらが有利になる。
三ラウンド見ておこう、カウントが有利なら、そこから勝負する。
順調にラウンドは進んでいく、ディーラーの運がないのか、小さいカードばかりが排出されていく。
だが、どこかの大馬鹿が、あまりいい場面では無いのにダブルアップしたり、5のペアが出た時、そのままやればいいのに、手札を二つに分けるというスプリットをして負けたりと、大損をこいて、テーブルに八つ当たりした後、席をたった。
紳士的じゃないし、次やれば勝ってただろうに、技術も運もない奴のようだ。
その空いた席に、俺は座る。これで、かなり有利に進められるはずだ。三ラウンドで稼がせてもらう。
今の手持ちが、四千ドル分のチップ、負けても残るよう、最大で賭ける量を千ドルに決める。となると逆算して、二ラウンド連続で負けたときに次のラウンドに最大金額をつぎ込むとして、最初に賭ける量は二百五十ドルだ。
「Please your bet」
開始の合図と共に二五〇ドルをベット。他のプレーヤーもチップを置き、カードが配られ始める。
やはり予想通り、大きい数が多い、俺の前に配られた二枚のカードは、10のカード二つ、勝ったも同然だ。
右の人間のターンが終了し、俺の番になる。
「ステイ」
何もすることなく俺はターンを終了する、ここで何かするほうがおかしい。
プレーヤーのターンが終わり、ディーラの二枚のカードのうち、ホールカードという伏せられた一枚が開かれた。
二枚のカードの合計は、17、ディーラーはルールでステイしなければならないため、俺の勝ちが決定した。
ブラックジャックには、ディーラー側に特殊なルールがあり、16以下の場合は必ずヒット、次のカードを手にする必要があり、17以上になった場合、その時点でステイ、役が決定するというルールだ。
倍の額の五百となってチップが変換される。
清算が終わり、再び賭けが再開する。俺はさっきと同額の二百五十をベットする。
順調に、このまま勝って行く予定だった。だが、ここでディーラーにいい手が出てきた。サレンダーするタイミングを逃し、俺は負けた。
次のラウンド、負けた分を取り返すために、倍額の五百をベットする。こうやって、負けるごとに倍、倍としていけば、勝った時に確実に利益が出る。この戦法の弱点は、永遠負け続けるといずれテーブルの最高額に達し、戦法自体が使えなくなるということだ。そうなったときのリスクもでかい。
あいにく俺は、そこまで賭ける予定はない。負け越したら、おずおずと退散する。
ゲームは進行していく、俺の予想を裏切って、ディーラーは二枚の合計が6というところから、ドローをし続けて21ということをやってのけ、再び負けた。
まさかこの状況で二連敗するとは。
しかし、今まで流れたカードからして、かなりの勝率のはず、負けるなんてことはない。
予定外だが、もう一ラウンドやるしかない。もう一回負けたら、俺も馬鹿の仲間入り、ただ大損するだけだ。
冷静に状況を判断していく。
「Please your bet」
俺にとってこのテーブル最後の賭けが始まる。俺は、千ドルをベットした。
俺の前にカードが配られる、二つのカードは、5、6、合計11だ。さらにディーラーのオープンカードは8。これはキた。
他のプレーヤーのカードを見ると、俺に幸運の神が舞い降りたかのように、少ない数ばかり出ていた。
かなりの高確率で、次の一枚で俺の手は強くなる。
ターンがまわってくる、次の一枚で勝てるならば、俺はさらに勝負にでる。一気に稼いでやる。
「ダブルダウン」
掛け金を倍額にして、ワンヒットのみで終了する。これで10がでれば、どんぴしゃ、負けることはなくなる。
ディーラーが手を伸ばして一枚のカードをこちらに差し出し、オープンした。
そこにあるのは、Kのカード。つまり合計は21、負けなしの最強の手。
よし!
これでさっきまでの負け分を全部チャラに出来る。
俺の合計は21、ディーラーは最初に所持したカードの合計が16以下で、そこからのドローで21にしなければ、俺と引き分けることは出来ない。
ディーラーの番が来る。オープンは8だから、ここで9以上だったら俺の勝ちだ。
ゆっくりと、ディーラーがホールをオープンする。普段どおりの早さだったかもしれないが、俺には遅く感じた。
出てきたカードは、9。観衆が小さくどよめいた。
ラウンドが終了し、俺の手元には四千ドルが返ってきた。
正直、ここまで勝つとは思わなかった。
調子に乗って負ける前に、俺は席を立つ。テーブルを離れる際、二十ドル分をチップとしてディーラーに弾いて渡した。
勝つってのは、気分がいい。賭け事にしろなんにしろ。
その後も俺は、スロットなどで小さく稼ぎ続け、最初の手持ちを倍額にまで増やした。これはもう十分勝ち組だ。
そろそろ引き上げようと思い、あたりに八重刃の姿がないか探す。
すると、ちょうどこっちに来る八重刃の姿があった。どうやらあっちもキリがよかったようだ。
こういう賭け事、引き際が肝心だからな。
「どうだった? そっちは」
八重刃に俺が問う。少し顔が笑っていただろう。
「勝った。どうやらそちらも勝ったようだな」
「あぁ、倍になった」
そういった瞬間、八重刃が小さく笑った。
「三倍」
どうやら、俺の稼いだ分の倍を稼いだようだ。小さな笑みは、俺への嘲笑か、二人して勝ったことへの喜びか。
……どちらでもかまわないが、考えないようにしておこう。
「さすがだな」
八重刃は、普段からのポーカーフェイスもあって、かなり賭け事が得意だった。先ほど見せた最強の戦術もあるし、まず負けることはなかっただろう。それにしても、かなり勝ったほうだ。
「どうやら今日は、二人してかなりツいてるっぽいな」
八重刃の方に腕を回し、開いた腕でわき腹を小突きながら俺は喜ぶ。幾分、さっきの笑いへの報復として強めに殴っといたが。
「あぁ、そのようだな、そろそろ帰るとしよう」
そう、引き際が肝心、ここで帰ったほうが無難だろう、十分稼いだわけだし。
入るときより気持ち背筋を伸ばして、出入り口へと向かう。
「ちょっと、僕たち」
出ようかと思った瞬間、俺たちに向けて声が飛んでくる。
立ち止まるが、少しの間、自分たちのことか考えた。まだ相手のほうには振り向かない。
「そうそう、僕たちよ」
少し、周りを見る。僕たちと呼ばれるような年齢の人間は一人もいない、それどころか、俺たち以外に近くに人はいない。
「ぼくたち〜?!」
どう見ても俺たちは、僕たちと呼べる年齢じゃない。
驚きの声を上げつつ、声の主がいる方向へ振り向いた。そこには、柱に寄りかかって、こちらを妖艶とした瞳でみつめる一人の女性がいた。
そう、俺たちをはめた悪魔、ユーニが。
「そうよ、僕たち、あぁ、気に食わないようだからあなたたちにしておくわ。あなたたち、法術士でしょ? 私の頼みごと、聞いてくれない?」
「頼みごとって?」
「もちろん、頼みを聞いてくれたら、それなりの御礼はするつもりよ。」
どうやら、仕事の依頼のようだ。
「今すぐにして欲しいことなの」
「どれくらい出す?」
「そうね、こんなのはどう?」
ユーニは一目見て高級とわかるハンドバックから、切手を出した。
そしてその額面を、俺たちに見せた。
その額は、正気の沙汰とは思えない高額、さっき稼いだ額とは桁が違う。よほどやばい仕事なのかもしれない。
見た瞬間、俺は依頼内容も確認せずに承諾しそうになったが、八重刃がそれをさえぎる。
「内容を聞こう」
「じゃあ、まずは場所を移しましょ?」
そういってユーニは柱を離れた。その後ろを俺たちは付いていく。
招かれたのは一つの高級車。中に入れば七人は座れそうなほどの広い空間。酒なんかも置いてある。
「最初は自己紹介からね。私はユーニ」
それは悪魔の名前。
自己紹介といいつつも、彼女は名前しか申し出なかった。
「俺は空煙叢紫、法術士事務所を経営している。こっちは相棒の八重刃誠志」
俺が八重刃の分まで自己紹介を済ませる。八重刃はただ微動だにしていなかった。
「へぇ、叢紫と誠志、ねぇ」
含みのあるような言い方だった。
「まぁ、あなたたちにやってほしいことはとっても簡単なこと」
簡単なことで、あれほどの額を出すものか。絶対危ない。
「OYCセントラルビルの、十四階にある一室のアタッシュケースを持ってきて欲しいの」
「なんだ? ずいぶん適当な」
「急な用事で、今すぐ頼みたいの。なおかつ説明するための資料はないわ。アタッシュケースは一つしかないから、すぐにわかるわ」
「どっちにしろ、それは俺たちに物を盗めってことか? 犯罪の片棒担ぐのはごめんだぜ?」
ちゃんとした依頼の仕事でもないので、あえて仕事口調にはしない。相手もそれでいいようだ。
「大丈夫。あのビル自体、犯罪組織のものだから、そんなことにはならないわ。警察もひどく困っているわ」
ビル自体が犯罪組織って、そりゃ危ない仕事じゃねえか。どこが簡単なんだ。
なんか引っかかる言い方だ。
「まぁ、私から話せるのはそれくらいかしら。どう? 引き受けてくれる?」
「悪いが、そこまで情報不足な仕事は……」
「いいじゃねぇか。引き受けようぜ? 俺たちに掛かれば楽な仕事よ。しかも今日は、二人してツいてるじゃねえか」
八重刃が断ろうとしたのを止め、引き受けるほうに俺は持って行った。まさかこれが、引き金になろうとは……。
「お前がそういうのなら、別にかまわない」
基本的に俺を信頼している八重刃が、俺の意見には口出しせずに引き下がった。
ここから俺たちは、全て間違っていた。
「まぁ、無事依頼の品をここまで運ぶよう善処しますが、何らかの原因で、それが紛失、破損した場合も、一切こちらは責任を問いかねますが、よろしいでしょうか?」
この部分は、しっかり安全を図っておきたいため、俺は仕事の口調を用いた。
「えぇ、それぐらいは、わかってるわ」
そういって、笑みを浮かべる。昔からなんら変わっちゃいない、笑顔のポーカーフェイス。すでに心の中では、別の意味の嘲笑を浮かべていたのだろう。
「じゃあ、早速行ってきてくれる?」
「あぁ、了解したよ」
そういって俺は、ドアを開けた。その後ろを八重刃が付いてくる。
俺たちは、着実に、あの悪魔の糸にからめとられていった。
道中の記憶は薄いらしく、いきなり場面が飛び、すでにビルの中。いや、薄いというのは間違いだ、あまりにも他の出来事のインパクトが強すぎた。
「さて、俺たちは頼まれて荷物を取りにきたんだが」
すでに危なそうな男たちに囲まれている。話しで何とかなりそうな状況ではなかった。実際は、話せば何とかなっていたんだが。
「とっととそこをどいてもらうぜ?」
そういって俺は、懐に手を入れる。それに反応して、男たちは懐から銃を取り出す。何名かは法術具を手に持つ。
だが、俺が取り出したのは煙草。敵は俺が吸い始める姿を見た瞬間、唖然となって硬直した。
ここで厄介なのは、法術よりも銃だ。生身の俺じゃ対応しにくい。
十分な量の煙を吸うと、それを吐き出した。そこに含まれるのは、法力。淡い輝きを放つ。
「まずいぞ! あれは法術だ、撃て!!」
俺はその煙を、なぞっていく、高速に、精密に。すぐさま法陣が浮かび上がり始める。ようやく敵が動き出した。
一斉の銃撃、第一波。俺と八重刃へ向けて、数発の弾丸が放たれた。殺すためというより、威嚇の類か。
威嚇といえど、数発のうちのさらに何発かは、運動機能を阻害するための位置に放たれている。
着弾音が後から続く、だが、鳴るのは壁面や床のコンクリがはじける音と奇妙な鋭い金属音。やわらかいものに着弾した音、つまり、人間に当たる音は微かもしない。
八重刃が、先読みの法術によって、即座に弾道を予測、俺と自分の体に当たる弾丸だけを、反らし、弾き、払い落し、斬り割っていた。
ありえない事態に、再び敵の動きが停止した。俺も、最初は驚いた。
誰が出来ようか、数発の音速さえ超える弾丸を、同時に捌ききるなど。
いくら先を読んでいようと、それを行なうのは非常に難しい、さらに、初速は音速を超える弾丸に、絶妙に刃を真正面から捉えて斬り割るなんて、常人では決して行えない。もし刃がずれ、弾丸の先端に当たらず、さらに力の軌道が噛み合わなければ、刃のほうが折れてしまう。
八重刃が神業を披露している間に、俺の法術は完成する。複雑になぞられ、赤く光りさえする煙は、運動機能を補助する法術。
「風の足よ……」
全身を赤く光がともなった煙が薄く包み、染み込むように俺の体と同化していった。
再び銃口がこちらを向く、引き金が引かれる前に、俺は地面を蹴った。
とんでもない速度で景色が後ろに流れる。それは自分が踏み込んだからだったが、脚力とは明らかに差のある移動速度。おかげで実感がわかない。
俺を見失い、あたりに視線を走らせる男たちを後ろに、俺はゆっくりと煙草を吸っていた。
今、俺が使った法術は、俺の速度を補助する法術。速度に法力を上乗せして、異常加速している。
しかし、反射速度にまで変化をもたらすわけでは無いから、八重刃のように撃った弾丸を見切って回避、なんてことはせずに、撃たれる前にあたらなそうな場所まで全力疾走。先に逃げておく。
「派手に行くぜ」
十分に吸い終えた煙草を踏み消すと同時に、すでに俺の口には煙草が一本。
俺の声に気づき、八重刃を相手にしてるもの以外全てがこちらに、切っ先を、銃口を、矛先を、拳を向けてきた。
煙草をくわえたまま、俺は宙に身を躍らせる。吹き抜けとなっている玄関ホールの、天井近くまで一気に到達、再び俺を見失って右往左往する敵が小さく見えた。
適当な取っ掛かりに右手でつかまる、あいにく空を飛ぶ法術までは使っていない、左手で、真下に向かって法術を描き始める、煙草の火を用いた、俺の中で少し上級の類の法術を構築していく。
威力よりも、範囲を優先させる法陣を築いていく。
ほぼ完成したところで、ようやく敵の一人が俺の姿に気づいた。残念だが、遅すぎるな。
今のポジションなら銃を当てることはそうとう難しい、法術を放つにしても、八割方完成し、なおかつ補助術で加速している俺に今からスピード勝負を仕掛けるなんて、無謀なことだ。
敵が眼下で難しいことと無謀なことをしている間に、無事法術は構築された。
「鉄雨よ……」
数千にも及ぶ鉄の小球が、法陣からショットガンのごとく射出され、下に向けて発動したために、それこそ雨のようにフロア一帯に降り注いだ。
一つ一つの小さな音が重なり合い轟音と化し、コンクリがはじけ、粉塵で一階は完全に見えなくなった。
音が止むと、うめき声だけが耳に伝わってくる。
数十秒して、やっと粉塵が晴れる。
床や壁のコンクリは砕け、ガラスケースに入れ展示されていた高価そうな骨董品も全て粉々になり、地面には血を流してうめいている人間、惨状といってもいいかもしれない。
その中で一画、人一人入れる隙間だけ、完全な無傷だった、そしてそこに立つ人間も無傷、八重刃だ。
もちろん、俺はそんな細かい制御はしていない、八重刃の腕を信じ、八重刃の部分もまんべんなくあたるように発動していた、予測どおり、法術をかき消す術、崩刃によって、俺の攻撃を防いでいた。喰らっていたら俺まで困っていたわけだが。
「よし、どうする?」
ぶら下がったまま、下にいる八重刃に問う。
「先にいけ」
たしかに、この位置からどこかの階に飛び込んで、単身で行ったほうが早い。
「わかった、早く来いよ」
「承知した」
八重刃が瓦礫を踏み越えて、階段を目指し始めた。俺は反動をつけて飛び、手近な階に転がり込んだ。
周りに視線を走らせ、情報を得る、どうやらここは十一階、敵がいないのを確認すると、煙に法術を描き出し、解呪を行なった。
補助法術は、使い勝手はいいが、発動している間は常に法力を持っていかれるため、いちいち移動にまで使っていられない。
八重刃が下から上がってくるようだし、ゆっくり行くことにしよう。
そう思って、のんきに煙草でも吸いつつ、俺は階段を上っていった。
どうやらさっきの戦闘でほとんどが下に降りていったようで、九階抜かしてここまで来た俺は、誰とも鉢合わせせずに、十四階まで到達した。八重刃のほうは大変かもしれない。
階段から通路を覗く、人が五人は余裕で通れる通路の先に、その大きめの通路を半分埋め尽くすかのような、巨体が一つ。
煙草に火をつけ、くゆらせながら悠然とそいつの元へ向かう。
筋骨隆々の巨漢、近づけば、見上げるほどにでかい。体に見合った角ばった顔には、照明で影が差していた。
「用事があるんだ。通してくれないか?」
「俺はこの階の守護を命ぜられた。なんびとたりともここは通さん!!」
暑苦しい男だ。
「力ずくで行くぜ?」
「ならば貴様の力を示してみよ!」
がばっと両腕を開いてきた、一瞬攻撃かと思い身構えたが、巨漢はそれ以上動かない、ほんとにこっちの力を試しているようだ。見た目どおり、頭の回りはあまりよくないようだ。
全力で付き合う気はない、気絶させるだけで十分。
煙を吐き出し、術を描き始める。法術が隠れて張られている可能性もあったが、初撃は、生身の体を気絶させる、ひどく簡素な雷撃法術を作る。
「痺れてろ」
放たれた雷撃を、やはり避けることなく巨漢は受けた。大きく後ろに下がり、卒倒、するはずだったが、巨漢はひざをつくだけにとどめた。気絶していない。
威力を測り損ねたか? それとも根性とかいう奴か?
とにかく、敵はまだ倒れていない。二発目を撃つのは卑怯といわれそうだが、法術を張られる前にケリをつける。
「きかん……きかんわぁ!!」
重低音の大声を出しながら、巨漢は立ち上がった。そして、その体には、異変が現れ始めた。法力が収縮していき、歪みが起きる。
おかしい、何も法術を発動させた様子はなかった。
男が立ち上がるころには、鈍い輝きを放つごてごて過ぎる重鎧が装備されていた。そして周りを、衛星のように回転する三つの三角の盾が現れる。
「貴様の攻撃など、この俺様の『パーフェクトスーパーアーマー』と『グレートビットシールド』の前には、貴様の攻撃は石ころと同じよお!」
そんな説明どうでもいい、防御性能もどうでもいい、何で発動したんだ? モーションはなかったはずだ。
……まさか自然発動型か!?
ありえねえ、あんな馬鹿にそんな才能があることが認めたくねえ。法術の構造自体は単純だが、あの法力の量もおかしい。自然発動だとは認めたくない。
鎧に覆われてさらに一回り大きくなった男は、背中に背負っていた折りたたみ式の巨大な戦斧を取り出し、豪快に横薙ぎに振ってきた。
モーションが大きすぎてバレバレだ。容易く下をもぐって避ける。
そこから連動して地面に法術を描き始める。横で通路の壁に斧が激突し、コンクリがはじけ、瓦礫がこっちまで飛んでくる。
とくにダメージを受ける大きさの物は飛んでこないから、無視して法陣を描き、完成させる。
「雷蛇よ……」
地面に放たれた細い三条の雷撃が、うねるように複雑に地面を跳ね回りながら、大男の足元に直撃。
したと思ったら、男の周りに浮いていた三つの盾がそれぞれを受けきり、まったくダメージがない。
雷撃との衝突により砕けた盾は、すぐに新しい物が再構築され男の周りを回っている。
「ガッハッハ! 効かぬといっている! 早々に立ち去れい!!」
くそ、ふざけんなよ? 雷撃は人間の反射速度を超えてるんだぞ? そして今の法術は、標的の足元に狙いが集中するというのが弱点だが、複雑に跳ね回るランダムな軌道で多角から攻撃するものだ、なぜ全て防御できる?
敵の能力を把握しようと頭をフル回転させつつ、再び煙の法陣を築き始める。
「穿て……」
一つの腕の太さほどはありそうな、鉄の杭が法陣から打ち出される。
敵の動きを注視する。相手はそれを無視して突進してくる、当たる直前でさえ、完全に意識していない。見えていないかのような動き。ぎりぎりのところで、俺は突進を回避した。相手はそのまま壁に激突した。
鉄杭は盾を砕くが、次の瞬間には新しい盾が男の周りに回っていた。
そうか、無意識下で、勝手に防御してるな、自然発動、おそらく敵の法力に対し反射的に発動する自動防御、厄介だ。
壁に埋もれた半身を引き抜くと同時に、再び俺に向け突進、斧の質量に任せた豪快な縦振り。
豪快すぎる、一発あたれば、体が真っ二つだろうが、あれを当たってくれるお人好しはいない。
「おのれちょこまかとぉ!!」
「でくのぼうがいうなよ」
その言葉に、男の額に血管が浮き出る。
挑発しつつ、俺はすばやく法陣を描き出す。盾が今出ている三つだけなら、それ以上の技を繰り出せばいい。
だが、敵もそこまでとろい奴じゃなかった、法術を編みこむ前に、次の一撃が肩めがけて飛んでくる。法術を描くのを中断してそれを回避。
法陣に敵の刃が当たり、途中まで形成された法術が、煙を霧散させる形で無効化された。
ここは一気に距離をとって、大きい奴を一発決めたいが、あいにく通路には限りがある、しくじればこっちが八方塞だ。鎧の強度もわからない、測り損ねる可能性が高い。
相手の法術は防御一辺倒、全精力を防御に回している、攻撃は自身の怪力のみのようだ。
現状じゃ、勝てもしないし負けもしない勝負だ、我慢比べしてる時間もない。
八重刃を呼んだ方がいいな。俺じゃ少し状況がわるい。
ポケットから携帯を呼び出し、八重刃へコール。
「携帯だと! なめたまねをぉ!」
さらに顔を真っ赤にして、猛烈な突進、元から頭のない攻撃が、さらに単調になる。
「そっちはどうだ?」
『敵と交戦中』
たしかに、携帯越しに戦闘の音が微かに聞こえてくる、敵はそれなりに人数がいそうだ。
「今、目的の階にいるんだけどな、少し厄介な馬鹿がいる」
「ばかだとぉ!!」
大声でわめきつつ、風を巻き込みながらの攻撃が飛んでくる。もちろん俺は避けた。
『確かに』
男の声が聞こえ、八重刃もうなずく。
携帯越しに響いてくる音は、さっきから剣戟音と敵のうめき声ばかり。片手でよくやる。
「俺じゃ少し分が悪いんだ。大変そうだけど、こっち来てくれるか?」
『分が悪いとは?」
「防御力を生かした、突撃戦法。倒せるほどの法術を構築する暇がない。来てくれるか?」
『持ちこたえられるか?』
俺が来るまで、ということだな。
「安心しろ、あたりゃしないさ」
当たるはずがない、携帯を持って片手がふさがった状態で、話しながら避けられるんなら、余裕だろう。
『承知した……』
そして通話が切れる。さて、適当に捌いていれば来てくれるか。
再び振るわれた戦斧を、俺は難なく避けた。
何発避けたか、すでに通路はぼろぼろ、倒壊しかねないころ、瓦礫の崩れる音の中に、微かに背後からの足音。
「来てくれたか。早かったな」
「少し遅れた」
俺からしてみれば十分早いが、八重刃はそうは思わなかったようだ。
「貴様も敵かぁ! 二人に増えようとも俺は倒せんぞぉ!!」
「俺達も倒れないんだがな。このままじゃ……」
「なにをぉ!」
俺に向かって突進してくる巨漢、さっきからこれの繰り返しばかりだ。
「少し時間稼ぐ。一撃で倒せる法術を準備しといてくれ」
後ろにいる八重刃に指示を送ると、再び俺は幼稚なダンスに付き合い始める。
「どういうことだ?」
疑問を八重刃が投げかける。
八重刃は、敵の鎧が法術によるものだと判断して、準備の掛からない崩刃で一気に倒すつもりだったのだろう。
「崩刃は駄目だ。奴の鎧は確かに法術によるものだが、厄介なことに自然発動型。消してく後から形成されて、刃が止まる可能性がある」
崩刃で分解した法術の鎧を、一瞬にして再構築されてしまえば、鎧の途中で刃が固められ、そのまま折れる。
「承知した」
倒す術を思いついたか、鞘から剣を抜き、両手で前に掲げるように水平に構えた。
そこから、彼は踊るかのように動き始める。剣を振るい、空間を切り裂いていく。
その軌跡には青き光が帯び、一つの形が形成されていく。
動きはさらに加速され、まるで剣だけが踊るがごとく、八重刃の周りには無数の線が浮かび上がっていく。
「零刃」
最後に、血振るいをするかのように右足元へ刃を振るうと同時に、静かに喝を放って法術が完成する。
描かれた蒼き線の群れが、微動だにしない刃の元へと収束していき、刀自体が蒼く輝きを帯びた。
八重刃の持つ、かなり高位の法術だ。この男の法術を破るためには、一番効率がいいだろう。
八重刃のほうをずっと眺めながら攻撃を捌いていた俺に激昂し、ひたすらに俺に向け攻撃していた男は、八重刃が喝を放ってようやく法術を発動することに気づいた。これで、男の勝ちはなくなった。
「何をやっても無駄だぁ!」
俺から八重刃へ標的を変更し、地響きを立てながら八重刃に突進し始めた。
それに対し、八重刃は霞下段に構え、静止する。
動かない八重刃に向け、斧が振り下ろされ、直撃するかと思われた瞬間、八重刃が男の脇をすり抜ける、同時に金属音。
男と八重刃が交錯した後、三つの盾が両断されると共に、男の両腕と両足から血が噴出し、転倒した。四ヶ所を斬っていたというのに、斬撃の音は一つしか聞こえなかった。
男はもがこうとするが、腕と足に力が入っていない。的確に腱を切り裂かれたためだ。
再び、本当の血振るいを八重刃がする、しかし、すでにその刃に血はついていない。礼儀上でそれを行い、八重刃は納刀した。
今、発動していた八重刃の法術は刃の先に、単分子の刃を付着させるという高位法術、分子一つ分という極薄の刃は、切断する物体の、分子と分子の隙間を通り、分子間結合力を消失させて斬るという、物質の硬度を無視し、全てを断ち切る絶対の刃。
男の鎧も、例外なく切り裂いた。さらに、物質の形をまったく変形させず、消失させたわけでもないから、総量の決まっていた鎧は再構築が行なわれず、刃を止められることもなかった。
だが、ただ使えるものじゃあない、刃自体が薄すぎて、少しでも角度を間違えたり、切断している最中に物が動いたら刃が欠ける、それに、極薄の刃だけでは形を保てないから、どうしても厚さのあるもの、今の八重刃のように刀などに装備しなければならず、それが邪魔をして刃が進まない。
八重刃の、達人の域を超えた剣術と、刃の摩擦抵抗を少なくして、邪魔にならないようにするという法術を平行発動させる巧みさがなければ扱えない代物。
「強いな」
「時間があれば、お前も倒せたろう」
もし時間稼ぎをするのが八重刃だったら、俺が高位の法術を築いて吹き飛ばしていた。
「まぁ、そうだろうがな。でも、俺とは違って動きもすごいもんでさ、改めておどろいたよ」
法術の技術、身体能力、戦術、どれを取ってもハイレベルだ。
「さて、もうここはお留守みたいだ。さっさといわれた品を探して持って帰ろう」
「承知した」
散策すると、目的の物は、豪奢な一室にある一つの机の脇に置いてあった。
「これだろ? よし、いこうぜ」
「あぁ」
ケースを持って、俺は踵を返した。後を八重刃がついてきた。
煙草を吸いながら、夜の街をゆっくりと俺達は歩いていった。
再び場面はユーニの車の中。目の前には笑顔を浮かべるユーニ。この場から逃げ出したいが、夢だから無理。
「もってきたぜ。これで依頼は終わりだろ?」
そういった瞬間、眉根を寄せ、頭を押さえ始めた。まるで、待っていましたとでも言うように。
「困るのよねぇ、なんてことしてくれたのかしら」
「どういうことだ?」
「あんなにめちゃくちゃにしてくれちゃって、これが請求よ?」
そういって見せた紙には、もらう報酬よりさらに桁が違う額が記載されていた。
「は? どういうことだ?」
理解できなかった。俺達は、何もユーニのものを壊していないつもりだったから。
「あのビルは……私の所有物なの。壊したものは全部お金、払ってもらうわ」
やっぱり何を言っているのか、理解できなかった。冗談としか思えない。
「は!? 犯罪組織のビルって言ってたじゃねえか! そもそも何でそんなところに俺達を行かせたんだよ! 俺達は仕事をやっただけだ、払う必要はねぇ」
言った瞬間、前者の問いに対し、一つ答えが浮かび上がった。
「そうよ、あそこは、犯罪に手を染める、私たちのビル」
「なっ!?」
嫌な予想が的中しやがった。
「そして、あなたたちは払う義務があるわ。私は、とても簡単な仕事、といったわけよ? 何も、戦闘する難しい仕事とは言っていないわ、あなたたちが勝手に勘違いしただけ。それに、もってきて欲しいといったの。あんな奪うようなことしなくてよかったの」
「お前が説明不足なんじゃねぇか! 知ったこっちゃねぇ!」
「でも、あなたは確かこういったわよねぇ。無事依頼の品を運ぶよう善処しますが、それが紛失、破損した場合も、責任を問いかねます、て。つまりは、それ以外の責任は負ってもいいってことでしょ? 言葉が足りないのはどちらかしら?」
完全な揚げ足取り、しかし、俺についていた足は全部取られてしまった。
「……くそが!」
怒りのあまり、殴りたくなったが、ここでそれをしてもまったく意味がない。もう、俺達には、その金を払うしか道が残されていなかった。
「今すぐ払うのは無理だ。それに、何とか少なくならねぇのか」
少しでも楽になるよう、交渉を開始する。
「ん〜、そうね〜、あ、こんなのはどうかしら」
そういって、しばし俺達を見比べて考えるユーニ。
「八重刃、だっけ? 私の彼氏になりなさい、そうすれば、少し安くするし、定期的に報酬を払うから、それで返済も出来て、一石二鳥よ」
つまり、八重刃を買うということだった。はじめから、そのために俺達をハメていたのかもしれない。
「断る」
そう一言で切り捨てた。
「じゃあ、私と勝負しない? 私が勝てば、全額払うまで私の彼氏、あなたが勝てば、全部チャラにしてあげる」
「勝負とは?」
「カジノで、ドローポーカー、手持ちはこれの返済額」
「いいだろう」
その一言で勝負することが決定し、二人が立ち上がった。
向かった先は、カジノのエクストラルーム、最低賭け金、アンティが一万ドルという金持ちが道楽に使うとは思えない破綻した部屋。
手持ちは五十万、賭けるだけなら五十回分、実際はもっと短期決戦になるだろう。
二人が一つのテーブルに着く。他には誰もいない。
八重刃の生死を分かつ戦いが、始まった。
二人ともかなりの好勝負をしている。とられたら取り返すの繰り返し。
八重刃は勝てそうにないと悟ると、すぐにフォールドして、被害を最小限に抑えている。
対するユーニはまだ一度もフォールドしない、ぎりぎりで競り勝ち、ハイリスクハイリターンに攻めている。
八重刃の手札を見たいんだが、それをして俺の動作でユーニに何か悟られてしまっては困るから、二人の手札が見えない位置で俺は観戦している。八重刃に迷惑はかけたくない。
配られたハンドを見ると、ユーニは小さく痙攣させるように、人差し指を親指に打ちつけていた。本当に小さな動作だったが、彼女はワンペア以下の手札のとき、必ずこれをしている。無意識に弱い役のときにしているようだ。
八重刃はこれに気づいているだろうか、いや、気づいているだろう、戦闘で培った洞察力が、それを見逃すはずがない。
「チェック」
やはり役が弱いのか、掛け金を増やさないで八重刃に番が回る。
「ベット」
八重刃がかなりのチップをポットに押し出した。
「コール」
同額をユーニが賭ける。
チェンジさせるターンが来る。
無言で八重刃が一枚のカードを場に出す。となると、ツーペア、フォーカードどちらかの可能性が高い。フルハウス狙いもありうる。
新しいカードが八重刃の手元に渡った。
「スリーカード、チェンジ」
ユーニは三枚を交換した。配られたカードを見た後、打ち付ける動作は行なわない。それなり、ということだろう。
「ベット」
さらに八重刃がチップを賭ける。
「コール」
掛け金を上乗せすることなくユーニがチップをポットに置く。さほど強くないということか。
ドローポーカー、単純そうに見えるが、それが故に、敵の手札を読みにくく、戦略が立てにくい。
「ショウダウン」
ディーラーが合図し、手札が開かれる。
「スリーカード」
八重刃が手札をオープンする。10のカードが三枚並ぶ。
「スリーカード」
三枚交換したというのに、同じ役を、ユーニが出した。そのカードはQ。八重刃の負けだ。
賭け金が回収され、全てユーニの元へ帰ってくる。これはかなりの痛手だ。ユーニがずいぶん有利になってしまった。
再び賭けが再開される。
配られると、再びユーニは指を打ちつけ始めた。また弱いわけだ。この癖が出ていることを、ユーニ自身に気づかれる前に、勝負をつけたい。
「チェック」
やはり、ベットは行わない。
「ベット」
大胆に攻め入る八重刃。それなりの役が出来ているのだろう。
「コール」
降りることなく勝負を続けるユーニ。
実は、すでに手持ちが決まっているわけだから、上回っている状態なら、相手が賭けれない額を賭け、無理矢理勝負から下ろして、姑息にアンティを稼いで勝つということが出来るのだが、そこまで卑怯なことはどちらもやらない。
先ほどと同じように、八重刃が一枚カードを交換する。
「ワンカード、チェンジ」
同じく一枚のカードをユーニが変えてきた。しかし、手札を見ると指を打ちつけ始めた。
なぜか、俺は違和感のようなものを感じていた。
「ベット、オールイン」
よりいい役が出来たのか、大勝負に八重刃は出た。全額を、八重刃はベットした。ユーニの手札は弱いはずだから、これなら勝てる。勝てば場がひっくり返せる。
「コール」
それでもなお、ユーニは勝負を降りなかった。
その声の響きに、俺は違和感をさらに覚えていた。
「ショウダウン」
ディーラーの合図と共に、八重刃が手札を広げた。
「フルハウス」
Jのスリーカードと9のペア。幸運の女神が彼に舞い降りたらしい、かなりの好カード、普通だったら負けない。
八重刃のオープンが終わっても、ユーニはまだオープンしない。負けたことを悔やんでいるのか、それとも、逆か?
「ふふふ」
含み笑いのようなものをカード越しに八重刃に送る。よくがんばったとでも言うつもりか?
「負け惜しみか」
札をオープンすることを八重刃が催促する。
「よくがんばったわね」
予想通りの言葉を、ユーニが言った、その意味は、百八十度逆だったが。
勝利の女神は、彼女に微笑んだ、いや、彼女が勝利の女神だったのかもしれない。
オープンされたカードは、Kのフォーカード。
八重刃は、全ての手持ちを失った。すなわち全体の勝負に負けたことを意味していた。
ありえない、確かにユーニは指を。
思わず指を俺は注視してしまった、その視線を追うように、ユーニも自分の指を見る。
「あぁ、これ、気づいてたの。まさか、こんな癖が本当にあると思った?」
そういって、見せびらかすように指を打ちつけた。
今までのあの癖は、巧みな罠、フェイクだったということだ!
そもそも、弱い役なのに、ユーニは一枚しか交換しなかった、そこからおかしいことに気づくべきだった。おそらく八重刃は、チェンジする前からスリーカードを持っていた。自分の役の強さに、その判断を読み間違えてしまっていた!
「さ〜て、約束どおり、私の彼氏になってもらうから」
「ぐ……」
その言葉に、愕然とし、八重刃は俯いたまま動かなくなった。
「ほら、さっさと行きましょ?」
腕をとられ、引きずられるように動く八重刃を、俺はただ見送ることしか出来なかった。
これが原因で、俺と八重刃はチームを解散した。その後も、俺は自分の給料の半額を八重刃を支援するつもりで仕送りしている、八重刃は受け取ることを拒否したが、引き金は俺だったから、無理矢理受け取らせている。
まったく、嫌な夢を……見ちまった。