3BOX SUPER MILD
今回、時々暴発する持病にも似た俺のアビリティ「あぁ!? 書きたいこと書いてたら予定していた量の三倍だったよ!? シャアじゃん!」が発動し、予想以上の量(三倍)になってしまったため、この後に書こうと思っていたアクションシーンが次回に持ち越されてしまいました。そのためアクションは含まれていません
「しょうがねえ、付き合ってやる」
そういって俺は席を立つ。しょうがねえといいつつも、実際はそれなりに楽しみだったりする。
横で緊張がほぐれてグニャリとした感じにだれていた真理も一緒に立った。
「じゃあ、私は入ったお金で買い物してこようかな!! 最近連日の依頼を成功させて儲けてるし」
その言葉に反応し、なぜか八重刃はいつもの首筋に右手を当てる癖、考える動作をしていた。
「ならば、俺が荷物を持とうか?」
おっと、そういうことか、すごい紳士的な考えだ。しかも昨日あったばかりの女性の買い物の荷物持ちを自ら引き受けるなんて。俺は真理と一緒に買い物も行った事がないというのに。
「え……大丈夫だよ。行きたいところとかあるだろうし、荷物持ちとか、迷惑なことだろうし」
さすがの真理も遠慮するのは当然だろう。
「生憎、今はすることがない」
「そうだな。真理はかなり酒がいける口だ、だから、今日は俺たちと一緒に行動すればいいんじゃないか?」
八重刃はかなり酒を飲むのだが、俺は下戸なのでまるでダメだ、俺じゃ酒のおともに付き合いきれないが、真理ならいい相手になってくれるだろう。
「……じゃあ、お願いします」
真理も賛成した。これで今日は、八重刃と一緒に真理のショッピングに付き合うことに決定した。
「それじゃ!! 行こうか!」
うれしそうに真理がドアから出て行った。さりげなく、八重刃がドアを開けてエスコートしている。
ここら辺は、昔から変わらなく、かなりのキザだ。しかも、押し付けがましく感じない。
「相変わらずだな」
感心するように、あきれるように俺が言う。
「女性に優しくするのは、当然のことだ」
はぁ、ごもっとも、俺は面倒だからあまりしたくないな。
「それにしても……」
俺が、意味ありげに呟く。
「ん?」
それに反応して、八重刃が、周りから見れば無表情なのだが、俺から見たら、不思議そうな顔をした。
「お前、ユーニに染められてないか? 前より、その、なんていうか、女に跪くかのような……」
「……それを言うな……」
自分でも、自覚するところがあるのか、誰から見ても、落胆した表情に顔をゆがめた。
ユーニには、かなりのプライドを砕かれてきたのだろう。俺じゃなくてよかった。
「まあ、気にするなよ。下で真理が待ってる、早く行こうぜ?」
「ああ」
再び、気を引き締めていつもの顔に戻しつつ、八重刃が俺の後ろを付いてきた。
先日落ち合う場所に使った、ここ近辺で一番主要なあの駅前の大通りを歩いていた。
人ごみの中でも、八重刃の美しさは際立ち、通りがかる男女からの視線が目立った。
さすがに慣れているのか、そんなものは気にもせず、堂々と人ごみを割って八重刃は歩いていく、割ってというより、芸術的なその男が通る道を、人が作り出すように、勝手に割れていく。その後ろを歩いている俺と真理は、なんだか冴えない感じかもしれない。
そうは言うものの、俺と八重刃二人で歩いてるときは、俺を完全無視するわけではなく、一緒に声を掛けられたりするので、そこまで悲嘆することは無いかもしれない、そのときは、決して俺は単なるこぶでは無いと信じたい、いや、一人で歩いていても時々あるから、それはないと思う。つまり、俺はもてないわけじゃない。
「どこに行くんだ?」
「えぇっと、見たい服屋が三軒あって、後、小物類も見たいし、靴は痛んできたから新しいの買わないと危ないし。……あ! 後、気になるケーキ屋さんがあるから、そこでデザート食べよ?」
「あー、お好きにどうぞ」
けっこう計画的だな、まあ、こういうところは女は細かくチェックしてることが多いか。
「それで、何で八重刃は先に行ってるんだ?」
そう思ってたら、急に一軒の店の前で立ち止まる。
そしてこちらを振り向いた、視線は、質問した俺ではなく、真理へ。
「この店が好みじゃないか?」
「え? あ!? すごい、私が行こうとしてたお店、ここ……」
口元に手を当てて真理が驚いている。俺も、驚いたが、それよりも感じたことは、
やっぱり、キザだ。
ということなわけで、ホストとかが天職なのじゃないだろうか。
「誠志さん、何でわかったんですか?」
「君を見れば……わかる。入らないのか?」
その言葉に、少し真理が顔を赤くした。よく考えれば、好みを目で判断するのはまだしも、その好みが、一体どこの店にあるのか把握していることのほうがすごかったりする。
やはり、さりげなくドアを開けて真理を中へ入れる八重刃。一応、そのまま開けておいて俺も通してくれた。
そこはBGMにヒップホップが流れる、軽い感じの、若い子むけの店だ。
服屋に入ったものはいいものの、俺には肩身の狭い場所だ。
まだ、上品な高級店なわけではなかったから、幾分かましだが、居心地がわるい。適当に端のほうのイスに腰掛けた。
女性用の服しかないというのに、なぜか八重刃は慣れた様子で立っている。真理の少し後ろに立ち、服を選ぶ姿を見守っている。まるで、彼氏と彼女だ。ただ、見方によっては、無表情で佇む姿が、ボディガードを連想させるのだが。
「誠志さん。これとこれなら、どっちがいいですかね?」
八重刃のほうを向き、交互に服を体に当てながら聞いた。
「こっちだな」
青と水色の内、八重刃は水色を選んだ。俺には、服の違いなんて色ぐらいしかわからない。どっちが似合ってるかと聞かれたら、俺は困る。
それを、八重刃は悩まずに、即答した。無表情なので、本当に選んだか疑わしい。
「え〜ッと、どこら辺がいいと思ったんですか?」
やはり真理も気になり、選んだ理由を聞いていた。
「君はスタイルがいいからな、丈や柄がこちらのほうが似合う。この二択なら、申し分なくこちらだ」
八重刃からしてみれば、断然水色を押すらしい。水色の大差の勝利だ。それとなく、真理のプロポーションをほめている点も見逃せない、セールスの基本的手口。
「へぇ、そうなんだ。じゃあ、こっちを買おうかな」
八重刃に促された結果、やはり水色を真理は選んだ。
「これが合うだろう」
さらに八重刃は、そこらへんにあった、上に羽織るものを一着取ってきていた。
よくわからない俺でも、たしかにあわせると、いい組み合わせの気がした。女性の服まで選べるとは、恐るべし、八重刃。
その後もしばらく服を眺めて、計五着ほどの服を買って、その店を出た。
「すご〜い、いい買い物しちゃった。ありがとうございます」
ぺこりと、荷物を持っている八重刃に真理がお辞儀をした。かなりご機嫌のようだ。それほど、八重刃のセンスがよかったんだろう。
「まだ、二軒行くのだろう? 礼を言うのは早い」
荷物を持った美男子が言うのも、少し滑稽なものだ。いや、まず言葉が微妙か。
だが、女性としては頼もしいと感じるかもしれない。
「そうですね! どんどんいきましょう!!」
前を指差したりなんかして、今度は真理が先頭を行った。
その後も、順調に真理の買い物は済んでいく、行こうとしていた残りの服屋二軒では、俺は、用事もないので外で煙草を吸って待っていた。
八重刃は服選びを手伝い、さらに荷物まで持っているというのに、俺はまったく役に立っていない。役に立つつもりもあまりないが。ならばそもそも、この買い物に俺まで付き合う必要はあったのだろうか?
……いや、あるな、こいつら二人にしてしまえば、本当にデートのようだ。それはなんだか許せない。
ちょうど俺が煙草を吸い終わり、灰皿に捨てたところで、アクセサリーショップから二人が出てくる、八重刃の荷物がまた増えていた。すでに一人ではきついような気がするが、慣れているのか、苦労している様子は微塵もない。
「次、靴を買いにいこ〜」
これまた店から出てくるたびに上昇していく真理のテンション。顔は邪気の無い満開の笑み、足取りも非常に軽い。実年齢よりも少し幼く見えた。
アクセサリーショップから程近く、靴屋に到着する。俺も、靴は買おうか迷っているので、一緒に中に入った。
男物のほうに行くのは俺だけ、やはり八重刃は真理をエスコートしている。
とうの真理は、女性が履くような靴ではなく、スポーツシューズ、もしくは戦闘に向いた靴の類を見ている。日ごろから、いつ何が起きてもいいようにと、靴だけは、動きやすいものを真理は履いている。
「ほぉ、靴は機能的なものを選ぶか。なら……」
そういって、荷物を持ったまま八重刃が棚を眺め、やがて一つを両手がほぼふさがった状態で器用に手に取る。
「これはどうだ? 戦闘中、君は足技の類が多い、ならばこれのように、ソール以外、全面的に頑強な作りのほうが良いだろう。ソールの部分も、この素材なら、君の踏み込みの摩擦にも耐えうる」
どうやら、この前の戦闘のとき、つぶさに真理の戦闘まで観察していたらしい。おそらく俺も見られていただろう。女性だけ見る、マニアでは八重刃は無い。
俺は、自分が目当てとする棚を全て眺めたが、どうもしっくりするものが見つからない。まあ、まだ履けるから、今度買えばいいことにしよう。
少し遠くにいる八重刃と真理の会話に再び聞き耳を立てる。
「そうなんですか。あ、それかわいいですね。それにしようかな」
「気に入ったか。今、君は何足靴を持っている?」
少し、指をあごに当てて考え込む真理。
「え〜っと、これを合わせて、普段から履く靴は三足になるかな。他にも五足ぐらい」
「三足か。となると、この靴を履く頻度を平均週三回とした場合、さらに週一回激しい運動をすると考慮した場合、約四ヵ月がこの靴の寿命だ。それ以降は性能が落ちる、買い換えたほうが良いだろう」
いつもはあまりしゃべらないのに、今日はやけに饒舌だ。女性と接するときはいつもこんなものなんだろうか?
「あ……はぁ」
最初の印象とは違って少し驚いたのだろうか。真理が八重刃の説明に少したじろいだ。
「……すまない……少し口を挟みすぎたな」
どうやらそれを八重刃も気づいたらしい、だが、肩を落とす、ということまではしない。現状では、肩を落とせば荷物が落ちる可能性がある上、さらに八重刃自身感情を表に出すようなことをあまりしないからだが。
「いえ、でも、すごく参考になってます。さっきから何もしてくれない叢紫よりずっとましです。あ、これを、買いますね」
結局、また真理は、八重刃にすすめられた靴を買った。俺よりずっとましなのはたしかだろう。そこはあえて否定しない。
靴屋をでて、再び街を歩き出す。
「これで、全て買い物は終わったか?」
「ハイ。……あ、まだ買いたいものがあるんだった。ここです。叢紫はちょっと待っててね」
ん? 少し引っかかる言い方だな。今まで待っていることしかしなかった俺に、なぜ改めて待つように言うんだ?
まあいい、どうせすることは煙草を吸うだけだ。
通りがかった店に真理たちは足を運ぶ、何を売っているか見ないまま俺は人ごみを眺めながら煙草を吸い始めた。
俺が一本吸い終わるころ、二人が店を出てきた。かなり早い、おそらく買うものをすでに決めていた場所なんだろう。
「じゃあ、デザートを食べにいこー! 少し歩くから、荷物手伝いましょうか?」
「あぁ、だったら俺が手伝うよ。何にもしてなかったしな」
さすがにここで俺が何も言わなかったらろくでなしだろう。
「いや、大丈夫だ」
どうやら一人で持ったままでいいらしい、正直のり気じゃなかったから助かった。
何も持たない普通の男一、それなりにかわいい女性一、荷物持ち担当の美男子一で、そのまま街を歩いた。
駅を中心に、買い物をした場所からほぼ対極の位置の店につく。少しじゃねえ、俺からしてみれば十分遠い。
「ここのケーキがおいしいって評判なんだ〜」
こじゃれたケーキ屋、食べるところは二階のテラスのようだ。持ち帰りが主な場所か。
真理がケーキが並んだ棚を真剣に眺めている。
「どれにしようかな〜……さすがに全部はなぁ、お金がもったいないし、次に取って置きたいし……」
お前は金さえあれば全種類を食べたと言うのか、腹に入ったと言うのか、その体のどこにそんな場所がある!?
とりあえずは、俺は苺ショート、王道を行く、甘いものは別に嫌いじゃない、おそらく真理にせがまれるだろうし。
「じゃあ、苺ショートと、ホットコーヒーを一つ」
店員に言うと、すばやくかつ丁寧に店員はケースからケーキを一切れ取り出す。
「あ、それ私も頼みたかったやつ」
「いいよ、食わしてやる」
「やた! じゃあ、私は、ミルフィーユと、シフォンケーキ、季節のフルーツのタルト、あとアイスミルクティーを一つずつ」
「三つもたべるのか」
「いいじゃん別に」
顔をほころばせつつも、一応俺に講義してくる真理。とにかくケーキが食べれることに幸せなようだ。
「俺は、ベイクドチーズケーキとホットコーヒーをもらおう」
甘さを控えたチーズケーキを八重刃はチョイスする。
テラスで待つと、すぐにテーブルにケーキが並べられた。同じようにケーキを食べている客は十八人、ちょうど俺たちでテーブルが埋まった、人気が高いのは本当のようだ。
ケーキを食べる前に、まずコーヒーにスティックシュガーを流し込む、例のごとく半分は残す。それを八重刃に渡した。いつものように八重刃がその残りを使った。
砂糖が、コーヒーのおいしさを引き立ててくれることを教えてくれたのは八重刃だ。そのおかげで、いつの間にか、俺が半分使い、その残り半分を八重刃が改めて使うという構図が出来上がっていた。
真理は二本のスティックシュガーを紅茶に入れた。
なぜか、俺たちの行動を注視している真理がいた。手元を見ないせいで少し砂糖が的を外れ、ぱらぱらとコースターに落ちる。
「二人とも息ぴったりだね……」
なぜか少し不満が混じった声を出す真理。
「どうした? 急に? まあ、長いからな」
「べつになんでもな〜い」
そんなこといいつつも顔には不満の成分が混じったまま。表情が豊かだから、とにかく顔に出やすいタイプだ。
理由を聞き出したいが、意外と頑固なので無理と判断する。
予想としては、妬いてる、のかもしれない。いや、そんなわかりやすくはないか。
「さぁ、ケーキ食べようか」
とりあえずは、放っておいてケーキをほおばる。クリームの甘さと苺の酸味が口に広がる。真理もケーキを食べれば機嫌を直すだろう。
機嫌を損ねつつもタルトを口に入れると、途端に真理は笑顔に変わる。
「おいしいよ、これ! 叢紫も食べる?」
「いや、全部食べていいよ。それよりも俺の食うか?」
「ありがと! ……さすが苺ショート、やっぱりおいしい」
完全に機嫌は改善されたようだ。単純な性格で助かった。
俺たちの会話を聞きもせず、どこか一点を見て八重刃は何か考え事をしている。
もくもくと片手でケーキは口に運ばれている。
「どうした?」
「あぁ、ここならば……一軒、寄ってみないか?」
どうやら今度はお誘いまでするようだ。めぼしをつけている服がある店が、近かったようだ。
「あ、いいですけど?」
「ならよかった」
そういった後、また考え込む八重刃、どうやら悩みは店に寄る事だけじゃない様だ。
しばらくして、俺のほうを向く八重刃。
「お前次第だな」
「は? なにが?」
意味深な言葉を吐いてくる。いや、口数が少ない故に理解しにくいだけだ。
無事真理が三個プラス俺の半分を平らげ、八重刃が眺めていた方向の店の前。
少し高そうな、落ち着いた白を基調とした店。
ショーケースを眺めると、意外と若いデザインというか、スポーティーなような、たしかに真理が着れるような服がおいてある場所だ。
「へぇ、私、ここに来るの初めて……」
早速二人は入っていく、俺は外で待つとする……
「お前も来い」
「は? なんでだ?」
しょうがなくついていくことにする俺、結局三人で店に入る。
「君に、似合いそうな服がある」
「そうですね。かっこいいのが多い。でも、私なんかに……」
真理の返事を聞かないまま、服を選び始める八重刃、やはり器用に、荷物は持ったまま。
「これだ。着てみろ」
なぜか珍しく強引な八重刃だ。まさに一押し、なのかも知れない。
「あ、はい、じゃあ試着してきます」
素直に返事をする真理。服を持って試着室まで歩いていった。
その姿を見届け、俺の横に八重刃が座ってきた。
「お前、よくそんな荷物持って平気だな」
さすがの八重刃に感心する。
「これぐらいはまだましだ。ユーニにつき合わされてみろ……」
そういわれ、想像する、金もある、無駄遣いもしそう、出てきた映像は、埋まるほどの荷物を持ち上げる八重刃の姿だ。
「うわ……勘弁したいな……」
「なぜ、女性は着もしない服まで買うのだろう?」
独り言のように、頭を抱えたかのような声で八重刃が呟く。
たしかに、ショッピング、買う過程を楽しむ女性もいると聞く、買うだけ買って、着もしない膨大な服が原因で破産する女もいるらしい。
「まあ、真理はそんなことねえよ、買った服はちゃんと着てると思う」
いったいどれほどの服を買ってるのか知らないが、普段の服のバリエーション、購入の話を聞く期間、今回の買い物で見た、一度に買う服の量、これらを総合すると、さほど無駄遣いは多くないはず。今回は、金があるせいで多めに買っているとみれば、この推理は正しいはず。
「そうなのか?」
再び、悩むような無表情を浮かべる八重刃、どうやら女性に対し、偏見を抱いていたらしい。今まで付き合ってきた女性によるものか、ユーニ一人によるものかは推理しがたい。
「それにしても、何で俺を?」
「あの服は、少し値が張る」
その言葉に、思考をめぐらせる。今まで真理は買い物をしていた、もう金を使うつもりはあまり無いだろう、さらに高いのなら、買う気が起きないかもしれない。ならば、服をすすめた八重刃が買うべきなのかもしれないが、金は全部ユーニに搾取されるため、おそらく持ち合わせが無い、あったとしてもそれは今夜の酒の軍資金のみ、ということは、三人の内残った一人、つまり、俺に金を払って欲しいということだ。
「なんで、俺?」
「気に入れば、少しは買う気になるだろう?」
俺が買えば、真理へのプレゼントということになる、八重刃は、俺と真理の仲を取り持とうとでもいうのだろうか。
「まあ、気が向いたら、だな」
俺の買う意欲をわかせようとするとは、よほど似合っているのだろうか、あいにく持っていった服がどんなものか確認していない。
やがて、試着室のカーテンが開く音がする。
柱の陰から、真理が出てくる。
「どうかな? にあ……う?」
少し照れたように顔を赤らめて言う真理。もちろん、恥ずかしくなるような服装ではない。
俺はしゃべらない、俯いた。
あまりの急襲、そして真理がきれい過ぎて顔を紅くしかけた、何とか急いで心臓を落ち着かせる。
冷静になったところで、もう一度よく見る。
服装だけで、こうも違うものだろうか?
店と同じで、白に統一された服、ところどころに赤いワンポイントがある。スポーティな作りで、真理のしなやかな肢体をしっかりと際立たせる感じ、全体的に、すごく大人びて見える服。
真理の、少し大人の女性のような一面を見てしまい、さっきはマジで危なかった。唐突な変化に人間はついていけないものだ。
「どうなの?」
俺があまりにもぼうっと眺めていたせいか、真理が不安な顔をする。
その瞳にも、大人の女性としての光が浮かんでいる気がした。
「い……や……すっげぇ、似合ってると思うぞ?」
ここで顔を背けてしまえば、おそらく真理は嘘だと思い込む、何とかそらしそうになる衝動を押さえ、目を見て言う。
「ほんと! ……でも、この服、少し高いんだよね」
先ほど思ったとおり、購入の一歩はすぐには踏み込めないようだ。いきなり、初めての店でなじみの無い服を選んで買うのは、なかなか度胸がいるものだ。
しょうがねぇ、八重刃に頼まれてたことだし……
「いいよ、俺が買ってやるよ、似合ってるし、プレゼントだ」
自分がそんなことをするなんて思ってもいなかった、おかげで、くさい台詞になっている気がする。
「ほんと!? ありがとー! 大切にするね」
うわ、プレゼントだからって大切にするとまで言われてしまった、逆にこっちが恥ずかしい。
そこにはやはり、いつもどおりの、実年齢よりも三歳ほど若く見える真理がいた。
俺が決めたわけじゃない、八重刃との打ち合わせでそうなっていたんだ。しかし、その言葉は八重刃の面子のために言い出せない。
服を元通りにするため再び試着室へ戻る真理の後姿を目で追ってしまった。
「どうだ?」
「かなり、似合ってたよ」
正直に感想を述べる、まさかここまですごいものを選ぶとは、さすが、八重刃様。
「彼女なら、もう少し上の年齢の着こなしが出来ると思ってな」
「ほぉ」
「それに、お前が、真理を子供にしかみていないような気がしてな。考えを改めさせようと思った」
そんなことは無い、俺はちゃんと真理を大人として見ていた。子供として見るなんて、そんなことは……無い。
「あ〜あ、はやく煙草すいてえ」
わざと話しをそらす、実際、ケーキ屋への道のりからずっと吸っていなかった。
ちょうど真理が試着室から出てくる、いつもの真理、もちろん手にはさっきの服。
一緒にレジまで行き、俺が会計を済まし、店を出た。
煙草を吸いながら、来た道を戻る。荷物を置きに、俺の事務所まで帰還することになった。
最後の店からは、真理が独り暮らししているアパートのほうが近いのだが、真理の断固たる拒否により、一度事務所に運び、改めて真理が持ち帰るそうだ。
そりゃ、急に異性を部屋に入れるのは避けたいだろう。特に、気になる異性がいるとすれば。
外で待っていればいいのだが、それさえも極力回避したいらしい、場所そのものを知られたくないようだ。その点については、すでに探偵としてのお仕事で調べはついてしまっているのだが。
「まだけっこう時間があるねぇ」
日が傾きつつはあるものの、まだ朱に染まることの無い空を見上げながら、真理が呟く。
駅前、人通りの激しい場所で、荷物満載の美丈夫が、急にその歩みを止めた。
やはり、何もいわずにどこかを注視している。いや、すぐに見ている場所はわかった。
彼の目の前には、柱しかない。もちろん、柱をただ眺める精神障害者ではない。柱には、一つの張り紙。
『本日、午後一時から七時にかけて、武器市を開催』
と書いてある。様々な武器商店が集い、大規模な市を開催するようだ。
もちろん、俺も少しは興味があったが、常に日本刀を携帯しているほどの八重刃にとっては堪らない市だろう。
「行きたいのか?」
しょうがなく聞いてやる、すでに、八重刃の目に留まってしまった以上、俺たち三人の行動の選択肢は一つしかない。
こちらを見、純粋無垢な子供のような瞳でコクリとうなずく八重刃。
戦闘に関するもの全てに異常な執着を見せる八重刃は、少し破綻した精神構造を持っているといってもいいだろう。
武器に金は惜しまない、努力も時間も惜しまない、命と武器なら武器を選びかねない。
行くまで頑として動かなかったろう、変に義理堅いため、一人で行くようなこともしなかっただろう。
「おい、真理、また行く場所が出来た」
気づかずに先に行き始めていた真理を呼び止める。
「八重刃の趣味に付き合ってくれ」
急遽予定を変更し、俺たちは武器市の会場に向かうこととなった。
そこには、鎧、刀剣、銃から、はたは戦車まで、ありとあらゆる武器がそろっていた。
いや、よく見ると戦車は非売品のようだ。法律でも、大雑把に説明すれば、一個人の所有できる殺傷能力を保有する物品は、対人、主に個人への効力を発揮するものまでと決まっている。
「荷物を頼む」
周りを眺めていたところを、八重刃に全て荷物を押し付けられた。その目に、もはや仲間を思う気持ちは含まれていない。武器のことが気になってしょうがないらしい。
結局、俺が荷物を持つことになろうとは。
落としそうになるのを何とか踏ん張りながら、八重刃の後ろについていく。
八重刃がまず立ち寄ったのは、盾、篭手などの防具類が揃えられた店だ。
盾を使う主義は無いはずだから、目的とするのは篭手類か。
八重刃が眺める棚を荷物越しに見ると、そこにあるのは、多目的軽防刃篭手、篭手の中でも一番高い類の品だ。
その篭手は、軽とつくだけあり、袖の下に忍ばせることも可能なほど薄型で、基本的に銃弾や刀剣など、常人が繰り出せる物理的攻撃にはびくともしない。
多目的といわれる部分は、篭手によって様々だが、ワイヤーシューター、弾倉交換機構、ナイフなど、ただの篭手としてだけではなく、オプションも装備されているということだ。
今八重刃がスーツの中につけているのは、一世代古いタイプのものだが、まだまだ現役として使えるはず。だがそれでは気に食わないらしく、新しいのが欲しいらしい。
ちなみに彼のスーツは特注品で、外見はサラリーマンが着るような、いや、ホストの類が着るものに近いかもしれない、まあ普通のスーツなわけだが、そんじょそこらの戦闘服より数段性能がいい、柔軟性、防弾防刃性、対法術耐性、どれをとっても一級品だ。よって鎧の類も興味は無いだろう。
しばらく吟味した後、少し笑みを浮かべて、八重刃は三つを持って値段も確認せずに店主の元へ行こうとする。
「待て、八重刃! まずい、真理、止めろ!」
「え? なんで?」
「いいからはやく!?」
俺にいわれてわけもわからずに止めようとして前に出てきた真理を、八重刃は躊躇なく右手で振り払った。
「きゃっ! なにするの!?」
先ほどまでひどく優しくしてくれていた八重刃の急激な変化に、不意をつかれて倒れた真理は、驚きのあまりその体勢のままで、少し呆然としてしまっていた。
だが、その小さな悲鳴で、かろうじて八重刃は止まった。
「すまない」
小さく謝罪すると、右手で優しくつかみ上げて、真理を立たせた。
「お前、金無いだろ? 一つも買えないほどなのに、三個も買うつもりか? 調子に乗るな!!」
絶望にも似た顔色に変化した八重刃の顔は、まるでおもちゃを買うことを親に止められて今にも泣き出しそうな子供。
なぜここまで表情が豊かになるのかも理解できない。
八重刃の武器に対しての愛情とも言える執着は、彼自身の金銭感覚まで狂わせる。借金作ってまで買おうとしていた。
ひどく名残惜しい顔をしつつも、何とか決心を固め、険しい顔で篭手を棚に戻した八重刃がいた。
がっくりと肩を落とし、周りにまでしっかりとわかる陰鬱な空気を漂わせて八重刃が他の店へ向かう。
最初の店で買えないんだ、他の店でも買えないことはわかりきっているだろう。
はじめから、俺は八重刃に物を買わせるためではなく、ウインドショッピングのつもりでつれてきた。
……もしかしたら、ユーニは、このはた迷惑な八重刃を、俺たちに押し付けたくて今日は休みを取らせたのかもしれない。
いくつかまわるが、銃器に興味は無いらしく中には入るものの、ほぼ素通りしていく。俺は興味があるので、軽く見て行きたいのだが、両手を完全に荷物で塞がれているため、もはや何もすることが出来ない。仕方なく八重刃の後ろを付いていく。
ブースが変わり、いよいよ本命である、近接武器類の並ぶ場所まで到達する。
一段と目を輝かせるが、数秒後に、買えない事実に気づき再び黒い空気をまわりに漂わせた。
それでも、武器を眺めることを八重刃はやめはしなかった。何とか自分の買える物が無いかと、値段を注視する姿が、少し痛々しい。
ここでも、俺は暗器やナイフなど、手に納まるサイズの武器を見たいのだが、荷物という障害のもと断念。
買えないのならそれでいい、そこまで欲しいものではない。あれば便利というだけだ。
ふと、一本のナイフを手に取り、こちらに目を輝かせて視線を送ってくる八重刃。
その視線の意味は、これ、買ってもいい? だ。
ナイフに目を移すと、それは明らかに安物、粗悪品といえなくも無いものだ。
「そこまで無理して買おうとするなって……」
頭を抱えたくなったが、そのポーズは荷物を落とすので却下。
「そんなに欲しいなら、ナイフくらい俺が買ってやるよ」
「いや、さほどナイフに興味は無い」
じゃあ何で買おうとしたんだよ! そうツッコむべきだがその気力もうせた。
次に入った店は長物、斧や薙刀などが売っていた。ここもほぼ素通りに近い。というよりも、はじめから八重刃は日本刀にしか興味は無いだろう。
いつの間にかパンフレットを見て八重刃が描いていたまったく無駄の無い移動経路の終着地点に、お目当てである日本刀の店があった。
ナイフの値段から数十倍から数百倍に跳ね上がる刀を、八重刃が買えるはずも無いのだが、なぜかその表情には笑み。
一本一本、丁寧に眺めていく、かなりの時間をかけ一本を眺め、眺め終わると、大体は残念そうな顔をして鞘に戻す。
いくつか目に止まる物があったか、少し見比べたりもするが、やはり決め手は無いらしく、それも棚に戻した。
「やはり、これ以上の業物はお目にかかれないか」
そういって、腰に差した刀に手をやり、熱い視線を送る八重刃の姿。
最初の笑みの意味がわかった、初めからこいつは、自分の持つ剣が周りのものより優れているという優越感に浸りたくてここに足を運んできていたわけだ。
八重刃の持っている刀は、日本刀としてかなりの価値を持つらしいが、そこらへんはよく知らない。昔、一時間にも及ぶ熱弁をされたことがあったが、あそこまで目の輝いていた八重刃は見たことがなかった。
印象に残っている部分とすれば、作者は近年で唯一の最上業物指定であった、光村 影真、八重刃の知り合いだったと聞く。
たしか刀銘は、月穿、由来は、月を穿つという意味だったか、もしかしたら、月で穿つという意味だったかもしれない。
それ意外は、永遠、この波紋はなんだ、この匂いはなんだと、日本刀の知識が無い俺にはまったくわけのわからないことばかり聞かされた。
「終わりだな」
買いたい物が買えなくて下がりまくっていたテンションを、刀で持ち直すことが出来たらしく、普段の八重刃に戻っていた。
「じゃあ、荷物持ってくれ。俺は疲れた」
「ああ」
八重刃が素直に俺が持っていた真理の荷物を受け取り、今度こそ本当に事務所に帰還した。
街に夜の明かりが灯り、昼間とは違った表情を見せ始めたころ、俺と真理が八重刃に連れてこられた場所は、バックミュージックにピアノジャズが流れる、落ち着いた感じの正統派といえるバー。
八重刃がどこの席に座るのかと思えば、カウンター越しに、バーテンダーの前の席に、腰を下ろした。
どうやらかなりの常連らしい、こういうところで席に着くとき、常連でもないのにこの位置の席に着くのはマナーが悪い、そこに本当の常連が来るかもしれないからだ。
もし話がしたい場合は、両隣の席、ここならば、話せもするし、さほど問題はない。
そこらへんのマナーをわきまえてる八重刃が座ったのなら、八重刃はかなりの常連なのだろう。
「おや、誠志君じゃないか、ずいぶん久しぶりだね」
名前を知っているほどの仲のようだ。
「ご無沙汰してました」
そういって、八重刃が頭を軽く下げると、柔和な笑みをバーテンダーが返した。
「今日は何にするの?」
「この二人には、ブルー・ムーンを、俺は、スティンガーを」
「かしこまりました」
手早くバーテンの前に材料が並んでいく、そのうち三種類の材料がシェーカーの中に注がれた、材料の入っていたビンを見ると、ドライジン、パルフェタムール、レモンジュースだ。
パルフェタムール、リキュールの一つか、シェーカーに注ぎ込まれる液体は紫色だった。
なんだっけかな? パルフェタムール、聞き覚えのある単語。何語だ?
考えているうちにバーテンのリズミカルな二段振りが終わり、グラスにすみれ色のカクテルが注がれた。
「ブルー・ムーンとなります、二人の秘めた縁が傷つくことの無いよう……」
しゃれた台詞を言いながら、俺と真理の二人の前にグラスが差し出された。
ブルー・ムーン、ロマンチックな名前だが、たしか『言えない相談』という意味もあった。だが、バーテンダーはそれよりも、神秘的な『二度目の満月』、『ひどくまれな』という意味のほうを用いたのかもしれない。
俺が少し詳しい理由は、もちろん八重刃によく飲みに連れて行かれたからだ。俺、飲めないけど。
『いえない相談』か。俺には、真理には……あるんだろうか……。
青い月という名前の割には、薄紫色の液体がグラスに浮かぶ。
「きれい……」
グラスを目線の高さまで持ち上げて中のすみれ色、真理の瞳と同じ色の液体を見て、すごくうれしそうな顔をしていた。
「誠志君、はい、スティンガー。最初は肩慣らしかい?」
その後、すぐに八重刃の前にも白く透明な液体の入ったグラスが置かれる。
「乾杯」
八重刃がグラスを軽く持ち上げ、音頭を取った。
「かんぱ〜い」
うれしそうにグラスを掲げると、一口真理が飲んだ。
「ウン、おいしい。甘くて、でもレモンのさわやかさがあって、すごく飲みやすい。それに色が、私と似てて好き」
どうやら一発で惚れたようだ。さて、俺も少し飲んでみるか。
注意深く、一口と言えない量を俺は含む、たしかに、真理の言ったとおり甘味の後に口の中に淡いさわやかさが広がっていく。
非常に飲みやすいが、それ以上に俺は飲まれやすいので、注意深く飲んでいくことにする。他が飲んでる時間を俺は煙草に回すとする。
「誠志さん、それも飲んでみたい」
「少しきついぞ」
そういいながらも、八重刃がスティンガーのグラスを隣の真理の前に差し出す。
真理がどれくらい飲めるのか測るためかもしれない。
さほど抵抗もなく真理は一口飲み込んだ。
「ウン、ほんとだ、ピリッとしてる、お酒の強さが出てるね、そこにミントのすうっとする感じがとってもいい。ドライって言うのかな?」
「そうだな」
相変わらずのテンション低そうな声音だが、その中にうれしそうな響きがあった。
その後も、話をしつつ酒が進んでいく、俺だけは、まだはじめの一杯だったが。
バーテンも華麗なテクニックを披露しつつ、話しに加わり、四人でいろいろなことを話した。半分はお酒だったが。
様々なカクテルを、バーテンや八重刃に教えてもらって次々と飲んでいく真理。
少し顔が赤くなってきている。飲んだ数では倍を行っているはずの八重刃は、何事も無いかのようだ。
「そういえば、八重刃」
不意に思い出した疑問を聞くために八重刃を呼ぶ。
「なんだ?」
「今日の朝、ユーニに物を渡したときなんだが」
「あぁ」
「なぜ、あの兵器の使い道までユーニは俺に教えたんだ?」
「それは、口封じのためだろう」
口封じ? あぁ、そういうことか、ユーニがそれを答える前、マフィアに所属していることを俺に言っていた、それに対しての口封じということか。もし口外されれば、情報屋としての立場も微妙なものになるし、それ意外にも様々な障害がでてくるだろう。
「じゃあ、後もう一つ、お前は何で教えてくれなかったんだ? ユーニがオルタネイトにいることを?」
知っているはずなのに、相棒である俺に教えてくれなかったのだろう。もし俺が知っても、口外しないことぐらいわかっていたはずだ。
「周りにばれることよりも、危険なことがある」
「は?」
「ユーニにばれてみろ、何をされるか、わかったものじゃない」
そういうことか、たしかに、どんな責め苦があるかわからない。少し想像してしまって怖気が走った。
同じことを考えてしまったのか、やけとでも言うように八重刃は持っていたグラスをぐいっといって飲み干した。
「おぉ、すごぉいすごぉい」
その姿に、小さく拍手する真理。ほほが朱に染まっていて、少し色っぽい。もう酔っているんだろう。
「じゃあ、私も〜」
軽く手を上げながら、八重刃と同じようにカクテルを飲み干す真理。
「ん〜、一気はやっぱだめだよぉ、おいしく飲めない」
ろれつはまだ回っているようだから、さほど泥酔とまで入ってないようだ。
「あぁ、そうだな。次は……」
首もとに手を当てて、次に飲むカクテルを選ぶ八重刃。
「ロングアイランド・アイスティを二つ」
聞き取って、バーテンダーは作る準備をする、複数の材料を順番にグラスに入れていき、軽くステアした。
流れるようなステアは、まるで生き物のようで、きごちなさがまるで無い。バーテンとしてはかなりの腕だろう。
「ロングアイランド・アイスティとなります」
真理と八重刃、二人の前にグラスが差し出される。
名前にアイスティとついていたが、よくは見ていなかったが、材料の中にはお茶の類は入っていなかった気がした。
「このカクテルはね、アイスティを使わずに、紅茶の色と風味を出した、とても不思議なカクテルなんだ」
ひどくうれしそうに、自慢するようにバーテンが真理に説明した。どうやらそういうものらしい。
「へぇ、あ! ほんとだ、アイスティみたい。叢紫も飲んでみて!」
一口飲んで、驚いた後、真理が俺にすすめてきた。少しくらいなら、大丈夫だろう。
一口飲んでみる、あぁ、たしかにアイスティかもしれない、舌がしびれてよくわからない。
「あぁ、まずいな」
あまりまずくないかのように、八重刃が呟く。酒のことを言っているわけではないようだ。
じゃあ、なんだ?
ん? 俺は今、どこを見ている?
焦点が定まっていないことがわかる、視界が歪んだかのような感覚。
あぁ、まずいって言うのは、俺か?
前を向いているのか、耳ははっきり聞こえているのか、自分は寝たいのか、よくわからなくなってきた。
「これは、かなり強い酒だ。叢紫には荷が重いな」
テーブルにうつ伏せになろうとして、手をつこうとする、どんどん下げるが、まだ手がテーブルにつかなかった。
あぁ、急に思い出した。パルフェタムール、秘めた縁、そうか、フランス語だ、意味は……完璧な愛。
随分と、色っぽい単語を覚えているもんだな、俺も。
それがわかった瞬間、俺の意識はかすむように消えていった。