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Cool Night Smoking  作者: LUTE
3/9

2BOX ULTRA MILD

仕事も無いのでぐっすり寝たら、起きたときは昼の十一時をさしていた。

ぼんやりと、なんも考えないで煙草を吸い始める。

この一本で今吸ってる箱がちょうど切れ、所持数は二箱+新しく買ったシガレットケースに常備された八本。

金もあるので、仕事もメシも心配しなくていい。

真理が俺の寝てる間に来た様子は無い。

大体来ていたら、せっかくの休日なのに起こされているが。

いや、休日というのも筋違いか?

探偵なんて仕事が無かったら休日、仕事のある日はそりゃ仕事だ。毎日の休日にたまたま仕事を入れられてしまうようなものだ。となると休日は俺にとっては平日のようなもので、ならこれは休日といわず平日なのか? いや、だが働く日こそが平日という気もする、休んでいるから休日なのか?

……ダメだ。職業病が出た。

探偵なんてやってると急にろくでもないことで考えすぎちまう。

とにかく、今日はゆっくり休める、はずだ。即日の依頼が来なければ。


昼時も過ぎ、適当に事務所の窓から顔を出して煙草を吸っていると、せまっくるしい路地に、一台の高級車が、走るとはいいがたいゆったりとした速度で進入してきた。

普段、事務所の前の道の車の交通量は少ない。高級車となれば、なおのこと。

ちょうど真下あたりで、車が止まる、あぁ、お客さんか。めんどくさいな。

近くに泊めただけかもしれないという考えもあったが、あいにくこの近くに店や人が住んでるところは一つもない。廃ビルに囲まれた非常に静かな場所だ。

家賃が非常に安かった、というかタダ同然だったからここにしたんだが、問題が出来た。

……ここまで客が来ない。

おかげで一時期そのタダ同然の家賃さえ払えなくなりそうなときがあった。

今はちょくちょく下請けの仕事を回してもらっているからその心配は無い。

車のドアを開けてSPらしき人物が二人出てきて、一つのドアを開けた。

中から出てきたのは一人の美女、きれいだ。

……というかユーニだった。

仕事の依頼? あのユーニから? 本能で身の危険をちょっと感じた。

俺の第六感に反応しようがしまいが、事は進んでいく。つかつかとハイヒールの音が階段を上ってくる。

とりあえず居住まいを正すと、事務所のドアがノックされる。強くは無いが、有無を言わさず開けさせるようなノック。

「叢紫くん、いる?」

「開いてるよ……」

ちょうどドアの向かいに位置するソファに腰掛けたまま、声を掛ける。

ドアを開けたユーニの顔は、相変わらずのポーカーフェイスの笑顔。

この笑顔に、昔はめられた。

「こういうときは、男の子はちゃんと女性をエスコートしないとダメよ? あなたがドアを開けなさい?」

「以後気をつけるよ」

真摯に聞いているような感じで答える。内心では従う気は無い、あくまでフリだ、あまりこの女の言うことは聞きたくない。

「で、ここにきたから仕事なんだろ?」

「ええ、そうよ」

向かい合うようにユーニが座る。

ユーニが持ってくる仕事なら、おそらく荒事。しかも飛び切りハイなやつ。

いや、もう一回はめようって言うのか?

「なぜ、俺、なんだ?」

俺以外にも、こんなことしてるやつは意外に多い、それに、法術士として稼ごうとしてるやつならもっと多い。

「この前の活躍を見て、かしらね? そんなに警戒しなくていいわ、今回は本物」

何か裏がありそうな言い方、しかしその真意は笑顔の裏に隠され読み取れない。理由を聞いたってそれほど意味を持たない、詮索する必要は無い。

「依頼内容は?」

「あるものの奪取。相手は最近頭角を現し始め、この、街でも大組織になった『ソルエッジ』よ」

ソルエッジ、最近街の裏側で回り始めた名前だ、確か、かなり暴力的な集団だったはず。

そもそも、なぜ、存続出来ているのか、目的はなんなのかがはっきりしていない組織。ソルエッジという組織の行動は、徹底的な破壊であることが多かった。そして、その一つ一つの行為の意味さえ定かではない。テロ行為とも取れる破壊行為は、テロとしての根本的に存在するはずの、政治的、もしくは宗教的な、信条、信念というものが無い。

「ある物、とは?」

「これよ」

テーブルの上を滑ってきたのは複数枚の写真。

手に取り見比べていく。

写真に写っているのはすべて黒いキャリングケースのようなもの。

それ自体が光を吸収するような、まったく光沢の無い黒い金属で出来ている。

名前は忘れたが、核の直撃にも耐えうるといわれている術化練成金属だったはず。そしてその重量は鉄並み、重くはあるが強度の割には軽量なほうだ。

少し興味が沸いてきた。やるなら、本気で行く。

「なんでしたか? この合金の名前は? いったい何がこんな頑強なものに入っているのでしょうか?」

自らの口調を仕事用に変化させていく。相手の様子を常に伺い、自らが手に入れるべきは全て手に入れようとする姿勢。

「スナプライト軽合金よ。よくわかったわね。中身は……そうね。知りたい?」

「あなたがそういうのなら、けっこう。依頼主に話す意思が無い上、俺には関係のない話。仕事こなすさい出来るだけ相手に立ち入るな、は基本事項です」

内心ものすごく気になる、手に入れても開けはしないが、情報集めて探ってみるか。

「よくわかってるじゃない」

関わってしまえば命の保障も無い可能性が出てくる。出来るだけ首を突っ込まないほうが懸命だ。中身が本当に今回の仕事に関係ない、のならば。

「あなたのことです、この情報が得られなくて俺の仕事が失敗に終わる、ということは無いと信じておきます」

そう、ユーニからの依頼だ、ならば彼女が必要な手札を切らない意味が無い、切らなくて負けた、なんて醜態を彼女が晒したいはずが無い。

「そうね、それ自体に問題はないわ、あなたが、開けずに、私の元まで持ってきてくれるのならば」

「つまりは、開けるな、と?」

初めからわかってたがな。教えないといいながら、開けていいなんていう奴は、黄色い救急車に運ばれた方がいいかもしれないとさえ俺は思う。

「ええ」

「わかりました」

「で、引き受けるの?」

先ほどとさほど変わらぬ笑顔、だが、そこに宿るものは、優しさでなく、強要させる恐怖でもなく、相手を自然と従わせるような、魔力に等しい魅力。

「引き受けましょう。では、私のこの依頼での役目は? 依頼品の在り処の特定からでしょうか?」

引き受けると決めたのは別にその笑顔じゃない、来た時からなんとなくは決めていた。

「その必要は無いわ。今回あなたたちを必要とするのは、探偵としてではなく、法術士として。情報はこちらから渡すわ。それと、今回はあなたたちと共に行動させるメンバーがいるわ」

共に行動するということは、同業者、なら、たいていの場合は友好的ではない。自分と同じ仕事をしていてそいつに仕事を取られたら誰だって嫌だ。こういう場合の連携作業は、足の引っ張り合いで逆効果に働く確立が低くは無い。

「その点なら安心して、あなたとは旧知の仲、久しぶりの仕事での再会、というとこかしら?」

こちらの考えを見透かしたかのように、ユーニが言ってくる。見透かすのは俺の仕事のはずだ。

どうやら、俺の知り合いのようだ。仕事で何度か共にしたやつだろう。なら心配は無い。

真っ先に頭に浮かぶ顔があったが、そいつなわけは無い、何せ今は彼女の彼氏役、下僕といっても言い状況だ。ほとんどつききりでユーリといるから、離れられない、ユーニが離さない。

いや、ユーニの気分次第では、今回の仕事のパートナーになる可能性が無いわけでもないということか。

集合場所に着けばわかることか、と、探偵としては致命的な、楽観的、に考えた。

「では、この契約書にサインを」

ふふっ、と笑みを漏らしながら、手早くユーニが契約書にサインした。

もし、昔ちゃんとこれをしていたら、俺たちははめられることは無かった。彼女の笑みも、昔のことを思い出しているからだろう。

「それじゃ、私は行くわ。段取りはこの紙に書いてあるわ」

そういって、何枚かのクリップされた紙を机の上に流し、俺の元に届けつつ彼女はドアに向かっていった。

俺は左手でその紙を取りつつ、右手で携帯を取り出し、真理の番号を呼び出す。

四コール後、彼女は大体そうだ。

「よぉ、真理か、仕事の依頼が入った」

きっかり四コール後、真理が携帯に出ると共に、ユーニが出て行ったドアの閉じる音がした。


集合場所は、事務所からの最寄の、地下リニアの駅に面した大通りにある、まだ新しい店舗のこぎれいなカフェだった。

入り口で待っていると、右手の方向から大声を出して手を振ってくる影、剣龍司 真理だ。

「おまたせ〜!」

「別に待ってねえよ」

吸っていた煙草を店の前に置かれていた灰皿に捨てつつそっけなく言う。

店の前に置かれている灰皿、嫌なにおいがするな。

「で、仕事って?」

「今回はチームを組むやつがいるから、ここで合流して、詳しく話し合うことになってる。だからそのときに話すよ」

「まだ来てないんだね? じゃあ中で待ってようか」

「あぁ」

あまり乗り気じゃない。嫌なにおいがしてるんだ。

彼女はそんなことかまわずに中に入っていった、仕方なく俺も店に入る。

「いらっしゃいませ! お客様は何名様でしょうか?」

二十歳くらいの染め上げた茶髪が綺麗なウェイトレスが、手慣れた様子で聞いてきた。

「二名です」

真理がそれに答える、一瞬ウェイトレスの視線が俺と真理を見比べた。

「当店は全席禁煙となっておりますがよろしいでしょうか」

「よろしくない」

思わず反射的にそう言う。ウェイトレスが驚いて目を見開いた。

ほら、きた。だから嫌なにおいがしたんだ。吸えないんじゃこんなところにはいたくない。

「真理、俺は向かいの店で待ってるよ。一人で相手を待っててくれ」

「えぇ〜!?」

「うるせぇ、見えやすいように窓側の席に座っとけよ」

俺は、とっととその店を出て行った。

真向かいにあった店は、少し古ぼけた感じの、味が出ている喫茶店だった。

カランコロン、と入店を告げる鐘が俺がドアを開くと共に鳴ると、カウンターのほうから店員が黒髪の長髪とこじんまりとした制服のスカートをパタパタさせて早足でかけてくる。

「いらっしゃいませ! お客様は何名様ですか?」

メガネをつけた、高校生くらいの可愛らしいバイトの子だった。まだ働いて日が浅いらしい。しっかりとした接客だが、まだ動きがぎこちない。

「一人……煙草は、大丈夫?」

「はい、いいですよ。ご注文が決まったら伺いします」

……やはりまだ日が浅いらしい、少し口調が変だった。そんなふうに思いながら去っていく後姿を眺めていた。

座った席は真理の姿が窓越しにしっかり見える位置。今真理が店員に何かを注文した。

一本煙草を取り出し、ゆっくりと吸う。上に向いて吐いた煙越しに、天井でのろのろと空気を撹拌している扇風機が目についた。

そのまま首を動かして見たカウンターの中には、人のよさそうな白髪の老人が立っていた。やることも無くて暇そうに、すでに磨き終わったはずのグラスを磨いている。おそらくここのオーナーだろう。

時計に目をやると、時刻は午後二時三十分、集合時間の三十分前。

「ご注文はお決まりでしょうか?」

店に入ったとき接客に来た子が注文を聞きにきた。周りを見回してもほかの店員がいないから、ウェイトレスは彼女だけなのだろう。

「コーヒー、ホットで」

「はい、かしこまりました」

カウンターのオーナーのところへ戻っていく。真理と同じくらいの長髪の黒髪が少し遅れて彼女の体についていった。

注文を聞くと、オーナは豆を取り出しのんびりとした動作で挽き始めた。どうやら挽きたてをいただけるようだ。

真理のほうに目を向けると、店員がトレイに乗せられたさまざまなパフェを、全て真理の席においていた。その数4種類。

よく、あんな甘いものを、あそこまで食えるな。こっちまで甘ったるくなってくる。

太るんじゃないか? と茶々でも入れてやりたくなったが、あいにく今は一緒の席にいないし、彼女の日ごろの運動量からしてみれば、さほど問題の無い量だった。

うれしそうに口にほおばる姿を眺めていると、

「コーヒーをお持ちしました」

自分の目の前にある机、つまりは自分の席に、コーヒーが置かれた。

ちょうど真理が三個のパフェを平らげたところだった。

いい香りのするコーヒーだ、飲まなくてもおいしいことが容易に想像できる。

シュガースティックの中身を半分ほど入れる。少量の砂糖は、コーヒーの味と香りを引き立たせる。

一口すすると、香りと苦味が口の中に広がる。熱さもちょうどいい。

極上、だ。時間が無いときに作るインスタントとは桁が違う。もちろん俺が真剣に淹れたときの味ともまるで違う。少なくとも、俺が飲んだコーヒーの中で最高の味わい。

おそらく、値段からして豆は上等だが最高級のものを使っているわけではない、ここまでおいしく作るのは淹れ方の問題だろう。教えて欲しいくらいだ。

今度から暇なときたまにここに来よう。煙草が吸えるところもいい。

そうやっていろいろ考えてる間に時間は集合時間3分前になるところ。そろそろ相手が来てもいいころだ。

カラン……コロン……

この店に客が誰か来たようだ。入り口に目を向ける。

そこに立っていた男は、スリーピースのスーツを着、腰の前には、その服とはつりあわない日本刀を帯び、その鞘が右足へ向かって伸びていた。

秀麗な容貌に落ち着いた深き青の瞳と綺麗に整えられた金の髪を備えた、美丈夫とは、まさにこのこと。

「落ち合う場所を間違っているぞ」

その端正な作りの唇から発せられたのは、容姿に見合った落ち着いた男の声。

たしかに、旧知の仲で、久しぶりの、再会だ。だが本当にこいつだとは思ってなかった。

八重刃(やえば)……」

思わず、その男の名前が口をついて出た。

彼の名前は、八重刃(やえば) 誠志(せいじ)。かつての、俺の相棒だ。

とある事情によって、いま八重刃はユーニに彼氏として買われている。ほぼ下僕に等しい関係だ。買われているというのがすでに彼氏彼女としてはおかしい。

「なんだ? 早くあちらと合流して、行動を決定する」

八重刃があごで指すほう、向かいのカフェに目を向けると、真理がぎりぎり成年して無いだろう男の子に絡まれてた。

いや、絡まれているというより、双方の会話がかみ合ってなくて、単純な会話が長引いている感じ。その証拠に少年は焦りながら変なジェスチャーをして、真理が意に介していないようで首をかしげている。会話が聞こえていないとただ少年が滑稽だ。

「あれ、誰?」

「今、俺が法術を教えている習い立て。今回の件に同伴する」

「ハァ!? そんなやつを現場に向かわせる気なのかよ!?」

「あの女の考えていることはわからない」

あまり表情は変わらないが、へこんでいるのは理解できる。

「……あぁ、たしかに」

あの女とは、もちろんユーニのこと。

「あれじゃ埒が明かないな、とっとと合流するか」

いまだ珍妙なダンスを踊り続ける少年を横目に、煙草の火を消し、席を立つ。

「あぁ」

右後方に、八重刃がついて歩く。いつもどおりの、なつかしのポジション。

コーヒーの代金を払い、二人で店を出た。

「ありがとうございました」

店員の声と、ドアの鐘が後ろで聞こえた。


真理のいたカフェの四人席に、俺、真理、八重刃、さっき真理と話していた少年が集まる。

俺の隣には真理、その前には、三種類のケーキが載っている。さすがに太るぞ。

幸せそうな顔をしてるが、会議の場面であまりこういうものを食べていて欲しくない。

向かいの席には、八重刃と少年、俺の前に八重刃、真理の前に少年だ。

「どりあえず自己紹介をしようか、俺は空煙叢紫、隣は同僚の剣龍寺真理」

「よろしく」

ケーキを口にほおばりながら、ぺこりと真理がお辞儀をする。

「俺は八重刃誠志、昔叢紫と組んでいた。こいつは諸田(もろた)(まこと)、先日法術に触れたばかりの新米だ」

「前、叢紫と一緒にいたのはあなただったんですか! 誠志さんの名前、この町でも一二を争う近接法術士ってことで耳にしたことあります」

同種の法術士としての羨望のまなざしを八重刃に向ける。

「俺だけで、その名は得られない。相棒に恵まれただけだ」

いつものように、謙遜した答えを八重刃が返した。だが、それは確実に嘘だ、たしかに、俺のおかげもあったかもしれないが、こいつは数多もの研鑚を繰り返してきた。強さへの、努力を惜しまなかった。

「嘘だぁ、こんなのと誠志さんじゃ天と地の差だって。誠志さん自身ががんばったんでしょ」

くそ、俺をこんなのと言って八重刃には敬称をつけてやがる。

「人を過小評価するものじゃないぞ。案外、使えるやつかもしれないじゃないか」

くそ、二人して俺をコケにしやがって。

「そうだねぇ、で、君は新米ってことは仕事は始めて?」

話題が少年、諸田真に移った。俺のへのフォローはなし。

真は、特に印象が強いわけではなく、赤みがかった様な色合いの黒髪、ここでの赤とは、赤髪の様な赤茶色のことではなく、一般の赤だ。その目のカラーは黒だった。

「あ、はい。初めてです」

少し顔を赤くして俯く、青春ってやつだな。知らない綺麗なねえちゃんととしゃべって緊張してやがる。

「あ、ケーキ食べたい?」

俯いたときにちょうど視線に入ったものがテーブルの上にあるケーキだっただけだが、真理はその動作をそう受け取ったようだ。

今まで口に入れていたスプーンを差し出して訊ねる。

「あ、はい……じゃなくて、いい、いいです!」

しどろもどろのご様子だ。さらに顔を赤くして完全に俯いた。

「そう?」

首をかしげた後、さっきと同じようにケーキを口に運んでいく真理。

「ダッハッハッハッハ……」

爆笑だ、これは。笑えないわけが無い。いくらなんでも初々しすぎる! しかもハイっていいそうになってあわてて止めてたよ! 昔自分にもこういうときがあった気がするがそんなことは無視して笑うしかない!

「な!? なんですか!」

今度ははずかし紛れに俺に怒りをぶつけて顔を赤くしている。

「ゥワッハッハッハ……」

「……?」

しかも原因が自分にもあるということを真理が気づいていない! ウける!

「死ね! 死んでしまえ!」

ようやく気付いたか、初対面の俺に度胸ある怒りの言葉を飛ばしてくるが、拳までは飛んでこない。法術士の俺に勝てないのは承知してるようだし、こんな場所で喧嘩する気も無いらしい。

急に冷めた。いちいち些細なことで笑っている自分が馬鹿らしくなったし、真がなりふり構わず暴走する馬鹿でもないことがわかったからだ。

「それくらいでいいか? 早く仕事の話を進めよう」

まったく動じずに冷静に勤めていた八重刃が話を切り出す。

「あぁ、そうだな、悪かった」

真顔に瞬時に戻し、仕事の話を聞く体勢をとる。真顔にするのも職業テクの一つだ、どんな依頼を受けても笑うようなことの無いようにする大切なテクニックの一つ。そのほか心情を悟られないこともあるが。

淡々と仕事の話を俺たちは進めていった。目的の品の移動時刻から移動経路まで、事細かに情報を八重刃が話した。敵の動向は丸裸だ。情報収集の仕事の効率の良さなら、ユーニは俺のはるか上を行く。ユーニが探偵を開いていたら俺の仕事はなくなっていた。もちろん、俺が実働部隊で、ユーニは情報のみを請け負っているのだから、そういう事態が発生することは無いのだが。

移動場所は、名前を聞いたことの無い会社名のビルから、海岸の倉庫群の十三番倉庫。

移動を開始する時間までそう長くは無い、さらに経路がわかっているのなら、移動前の厳重な警備がある可能性の中奪取するよりも、移動中の比較的警備が薄くなる場面で行動したほうが吉だ。

「じゃあ、どこで襲撃する?」

「そうだな、おそらく相手も襲撃を想定してこの経路にしているのだろう」

経路は、全て大通り、人の通行量が多い場所を選ばれていた。

この場合、大通りでことを起した場合、かなりの被害が出る。その賠償金は、依頼主であるユーニが支払うが、もし、取り逃がした場合、人生を金に変えても無理な請求が、こちらに来る可能性がある。

「なら、ここしかないな」

そういって俺が指差すのは、海岸に面した浮島の形になっている倉庫群と街をつなぐ橋。唯一人通りが少なく、相手方が避けては通れない道だ。

「あぁ、そこだな」

「大体、予定はこんなもんでいいな?」

およその段取りを決定し、そのあと少しの間細かい打ち合わせをした後、集合の時間まで自由行動になった。

俺は打ち合わせの間ずっと吸えなかった煙草を吸いながら、移動経路を適当にぶらぶらと歩いて時間を潰した。


左手で煙草を口に運んでいくついでに、腕時計を覗く。時刻は七時十分前。

完全に日がくれ暗くなりつつも、いまだ人通りが激しく一般人を盾にして進める時間帯だ。

橋に入り口に面する道に、俺たち四人は集まっていた。

「先ほど言ったように、七時ちょうどに敵輸送車はアジトを出発し、この橋を通過する時間は七時十七分前後。十五分間でこの橋を制圧する」

八重刃が、作戦の実行あたって敵の動向を再確認を行なっていく。

敵の配置は出入り口に八人、後は五十メートル毎に二人ペアが二組の計四人。この橋の全長は約二百メートルだから、護衛の合計は二十八人。さらに車の護衛は前後に一台で各四名の計十二人。出来れば合流される前に橋のやつらを沈黙させておきたい。

なぜ、制限時間が十五分かというと、二十分おきに護衛たちが定時連絡をいれるためだ。敵に悟らせないためには、定時連絡をいれ終わった7時以降に襲撃を開始しなければならない。定時連絡が無かった場合、相手の進路の変更や、輸送の中止の可能性が出てくる。さらに、もし七時以降に襲撃し、敵を全滅できなかった場合、

「おそらく、車に乗ってる十二人はそれなりに強いだろうな。雑魚が混ざるとめんどくさいことになるぜ?」

こちらに不利になる可能性が高い。

「うん、そうだろうね。スピード勝負だ。だから私は別行動をとるんでしょ?」

真理もわかっているようで、気を引き締めている。彼女には今回、単独で倉庫側から奇襲してもらうことになった。一度二つの班に分けて挟撃する案が出たが、倉庫側は巡回している警備がいて、感づかれずに移動するのが難しく、なおかつ倉庫群へつなぐ全ての橋に見張りがいるためその案は却下。そこで真理が単独で法術による翼を使って、敵後方の上空から奇襲する算段になった。ひとりにするのは心配だったが、仕方が無い。

「あぁ、頼むぜ? くれぐれも、ひどい怪我してくんじゃねえぞ?」

「わかってるって」

戦闘前だというのににこやかに返事をしてくる。そういえば一人、何もしゃべっていないやつがいる。まあ、新米がしゃべる機会などそもそも無かったわけだが。

「緊張してんのか?」

真の肩をたたきながら茶々を入れてやる。

そしたら本当に緊張してやがった、体が震えてやがる。がちがちじゃねえか。

「だ、大丈夫ですよ」

恐る恐るといったようにこちらを見上げてきた、こいつは、おびえていた。自分の死を恐怖している目だ。

「ハァ? 何なめたこと言ってんだよ。近くで小便でも漏らされてもらっちゃ困るんだよ」

「叢紫さん!!」

よし、挑発に乗ってきた。わざと、笑ってやる。本当に笑ってるわけじゃない、芝居の笑いをする。

「ハッハッハ、おまえみてぇな子供は家帰って縮こまってりゃいいんだよ!」

「あんたいくらなんでもなめすぎだよ!」

怒りをあらわにして殴ってきた、いい感じだ。

ゆるいパンチだ、さすがにあたってやるつもりは無い。左に頭をずらして避けようとした途端、何かに押されて、拳の軌道に押し戻されそうになる。踏ん張ろうとした途端、今度は足をすくわれ、そのまま何かさまざまな力に押され自分の体勢が訳がわからなくなり、殴られはしなかったものの、こけてしまった。

少し唖然として真を見上げるが、明らかにはなったのは不恰好なパンチだけ。

「なんだよ! 叢紫さんなんか俺のパンチなんかでこけてるじゃないですか」

俺を侮辱しようとしつつも敬称付きなのが真らしい。少し息が上がっているが、心の揺らぎはなくなってる。

「ハハ、たしかに、しょうがねえな。で、緊張は解けたかよ?」

服についた土を払いながら立ち上がる。

「あ……すいません」

俺が意図したことをわかって、真が謝ってきた。震えはすっかり止まっているが、謝られるほどのことをしたつもりは無いんだが。

「なあ、今のは……なんだったんだ?」

八重刃の耳元でささやいて問いかける。

「あれが諸田の使う法術だ」

「どうやって発動したんだ」

「彼は、自然発動型。主に、大気を操る法術を使用している。局所的な気圧の変化によって、風を巻き起こすことも可能だ。そして、本能的に、人をこかす術を知っていた」

「自然発動型か、そりゃすげぇ」

驚かないやつなんていない。それぐらいに希少な存在だ。まったくモーションなしで法術を放てるというのは、反則に近い技だ。本来法術は、予備動作が出る。たとえば真理のような体内で発動させる法術でも、警戒すべき部位は外からわかる。だが、遠距離から隙なしの法術を放たれたら、ほぼ反応できない。問題として、たいがいの自然発動の法術士は力の総量自体が少ないということだったが。

「心配すんな、俺たちが必ずお前を守る、死なせやしないさ。俺だって、お前みたいな時期があったんだ。死ぬモンじゃないさ」

「嘘をつくな、初の仕事、それも真のような新米が無事にこの難度の高い仕事から帰れる確立は三割だぞ。俺たちがいたとしても五割程度だ」

「八重刃! こんなときまで素直じゃなくていいんだよ! そもそも、それは近接法術士としてみた場合じゃないか。離れてりゃ安全なのは確かだぜ」

嘘をつくときの美味さはかなりのものなんだが、嘘が嫌いなタイプだから八重刃は困る。

「いや、いいです、自分のおかれた状況がしっかりわかってたほうが、気休めより安心します。まあ、気休めってわかりませんでしたけどね。それに、五割なんて十分っす」

やけにポジティブな思考してやがんな、まあ、これくらいの方がいいか。

「そろそろ時間だな、行くか」

時計は七時一分前。相手の定時連絡を確認後、行動開始だ。


煙草の煙を、肺の中に入れていく。

ゆっくりと吐き出すと、法力によって俺の正面に円形に広がり煙が固定される。

そこを指でなぞり、術化法陣の文様を描いていく。

今、発動させようとしているのは、橋をすべて包み込む電磁障壁。

「壁よ……」

小声で術を発動させる。

これで敵の連絡は不可能。派手に暴れてもかまわない。倉庫側も真理が塞いだから、直接応援を呼ぶことも不可能だ。

「一気に行くぞ」

一グループごとをまったく悟られずに倒すことも可能だが、それでは時間が足りない。あえて派手にやって敵をおびき寄せて一網打尽にする。

敵はまだこちらに気づいていない、俺が、先制攻撃を仕掛ける。

一網打尽にしようとしても、やはり先制出来るなら気づかれずに先制するべきだ。

煙を吐き出し、そこに右手で描き出しつつ、左手の煙草についた火でもう一つの法陣を描き出す。

「細き鋼よ……」

ごくごく微細な金属の糸が十六本法陣から飛び出し、音も無くそれは空間を渡り、八人の護衛に一対ずつ絡む。

ようやく敵は事態を把握した。

「瞬電よ……」

同時につむぎだしていた法陣から、鉄線に高圧電流が流れ、八人は何も出来ずに気絶した。

「流石だ」

八重刃が隣を駆け出しつつ呟いてきた。

今俺が行なった芸当は、法術の並行発動。それなりの高等技術を要する代物。力は分散されるが、応用次第では今のような相乗効果をもたらす。

「しっかり俺の後ろについてろ! 真」

「はい!」

どんどんと先に行ってしまう近接法術士に、置いてかれまいと走る。

走り抜ける途中、俺が気絶させた相手の顔を見ると、見たことの無いようなやつらばかり、おそらくまだ実戦が少なく、手配書には載っていないやつらだ。ほかの橋の警備も全員まだ無手配の可能性が高い。

すでに八重刃が四人の敵を相手に戦っていた。

「殺しはタブーだ!」

「承知!」

鞘ぐるみで刀を腰から抜くと、石突で一人の胸板をついて失神させる。続いて横にいた相手の側頭部に柄を叩き込んで無理矢理意識を刈り取る。

八重刃が相手に何もさせないままその場にいた敵を全員倒したころ、後方から六人の増援が来た。

半分はすでに詠唱か何かを開始している。残りは八重刃に殺到しようとしている。どうやら遠距離一人近接一人のペアでいたらしい。

「おい、真! 出来るだけ大きい範囲でこっちから八重刃のほうへ5メートルほど風を発生させろ!」

真に指示を送りつつ、法陣を作ろうと煙草を吸う。

「そんな量細かい制御できません!」

「いいから適当にやって……」

あ……れ? おかしい、息が、うまくできない。視界が白みがかる。うわ、ヤベェ、気絶する。でも、何でだ? なぜ今? 理由もわからない。

視界全てが白く染まったあと、急激に暗転した。


「ねぇ、ねぇ! おきて! はやく!」

ぼやける視界に誰かが入る、え〜っと、今俺は、

「やば! 敵は!?」

「ふう、大丈夫、まだ車は通ってない。橋の上の人たちはもうノびてる。五分も気絶して無いよ。」

さっきから俺をゆすっていたのは真理だった。

それにしても、なぜ俺が気絶?

「起きたか、おそらく、気絶は諸田のせいだろう。彼には、戦闘している空間の大まかな減圧を行なってもらっていた」

つまり酸素濃度の薄い高山の上のような状態にしていたってことか、その中で体力ない俺が喫煙しつつ運動なんかすれば、気絶することだってあるだろう。

「たまげたね、そりゃ」

自分にあきれちまうぜ、そんなのも気づかなかったなんてな。敵の体力を奪うための法術だ、しかも、今の俺のように気づかないうちに体が重くなっていく。やはり自然発動型は厄介なやつだ。

「すいません」

「いや、謝んなくていい、こっちの不注意。大丈夫、もうならない」

簡易の法術を築いて、自分の周辺の酸素の量だけを調節するようにすれば倒れることは無い。真理に至っては戦闘中常にベストの状態を保つために口内で酸素を精製してるしな。

「来たぞ」

見張りをしていた八重刃が静かに言う。目線の先には、三台の車。

「俺の、仕事だ」

立ち上がり、煙草に火をつけると、煙草の火で陣を築く。

「紫炎よ……」

だるい意識の中、法術を発動させる。赤き円から飛び出す力の奔流は、鉄さえ融解させるほどの青き炎。

巨大な炎の濁流は、敵の車全てを飲み込み、一瞬にして消失させる。

予想通り、全ての人間が外に逃げ出していた。一人は目的のものを胸に抱えて、ほかの男に担がれている。どうやら非戦闘員のようだ。戦うのは十一人。

思わぬ副収入だ。その面子は、どれも犯罪者。最近生死問わずになったばかりの活きのいいやつらばかり。さすがはソルエッジのやつら。

「殺してもいいぜ?」

「承知……」

冷徹な意思を静かに視線に宿らせ、八重刃が敵を睨む。そして、鞘に収まったままの柄を握り、彼独特の構えを取る。

「てめぇ、ふざけてんのか!」

怒声を上げて、一人の男が八重刃の懐に飛び込もうとする。その瞬間、その体に左肩から股間に向け亀裂が入る。

怒声を上げるのも無理は無い。初見の相手からしてみれば、八重刃の構えは馬鹿にしているようにしか見えない。

腰を低くし、右肩を前にして鞘に収めたまま剣を構えれば、たしかに居合いのようだが、彼の場合、刀の向きがおかしい。逆なのだ。立っているとき、鞘は腰の前から右足へ向かって伸びていた。そのまま構えれば、もちろん鯉口は敵とは正反対の方向に向くことになる。

だが、そこから、彼は敵を斬った。両手を交差させる形で左手で鞘を持ち、右手で刀を抜く。刀は後方、上方を経由して大きく弧を描きつつ、敵の体へ吸い込まれるように打ち下ろされた。異形の構えから繰り出された、異形の縦の居合い斬りは、鯉口を切るのと敵を切り伏せるまで、ほぼ同時。

一瞬の出来事に、周りは何が起こったのかわかっていない。悠然とした動作で八重刃が刀を納める。

収めているところを、さらに二人が襲おうとする。

「遅い」

振り返るように腰をひねりつつ、すばやく手を入れ替え左手で抜刀し、横一文字の斬撃。同時に二人の胴が割れる。

さらに追い討ちをかけるようにいなくなった二人の壁をすり抜け、真理が敵に追いすがる。迎え撃とうとして振りぬかれた近接法術士の刃をかがんで避ける。

「我、氷狼の白き腕を左手に纏う!」

左腕周辺の空気が急激に冷却され、ダイヤモンドダストが発生した。

敵の刃の斬り返しにその拳を叩き込む。途端に刃が凍結し、霜が表面につく。さらに流れるように右腕での剛力の一撃を加えると、刃は粉々に破砕した。

鋭利な散弾と化したそれは、至近距離にいた真理と武器を持っていた敵に迫る。あらかじめ想定していた真理は散弾を急速後退で回避するが、敵は反応出来ずに直撃。ぼろぼろになって地面に倒れた。

ちょうどその時、敵の一人が遠距離法術を完成させた。

巨大な雷撃がこちらに迫る。俺に当たる位置だが、その場を離れずに術化法陣を築くことに専念する。

「叢紫!!」

動かない俺を見て驚き、何とか避けさせようとこちらに近づいてくるが、それよりも早く俺の前に一つの影が雷撃との間に割り込むように滑り込む。

「崩刃」

雷撃に向かって、その影が刀を振り下ろす。瞬間、まるで、そこには初めから電撃系法術など存在していなかったかのように、消え去る。跡形も無く、無に帰る。

「閃光よ……」

八重刃が敵の法術を消すと同時に、俺の法術が完成。法陣の周囲から十条の光が撃ち出され大きく弧を描いて迂回し、光条を帯びつつ敵を追尾、二人の敵に殺到する。

俺が放った光弾を追うようにして、八重刃が敵集団へ迫る。光弾の直撃を受け崩れ落ちる敵の横を、八重刃が駆け抜ける。

法術を消された敵は、唖然としたまま体に穴を開けて倒れた。

八重刃が使う、独特の法術は、正確には法術を組み上げる過程に存在するものであり、法術といえるものでは無いと彼は言っていた。法術とは本来、複雑な計算式により、無を有に変える計算を築き、何も無い空間から有を作り出しているものらしい。なぜ、らしい、かというと、法術士は普段法術というものを感覚で使用しているため、その大半が根源まで理解をしていない、俺もその一人だからだ。

で、その数少ない法術の原理の理解者である八重刃は、敵法術を解析、改変を行い、さらに新しい計算式を代入し、ゼロから生み出された有をまたゼロに戻すという、敵の法術を消し去る法術を用いる。

さらに八重刃は、法術の過程で生み出される膨大な式を用いて、湿度や地面の摩擦係数、風力、などの周辺の事象の計算、統計学を用いた行動予測から、さらには敵体内に流れる筋組織を操る微弱な電気信号までも読み取り、先の先を取る法術が使える。つまり、ごくごく近い未来を予測することが出来る。

煙をいったん肺にため、吐き出して空間に停滞させる。第二撃を準備するため、すばやく法陣を描き出していく。

「真理! 前衛を一人頼む」

俺や真のいる後衛のところまで一度引いていた前衛二人が、再び前へと突進する。

残る敵は、後衛の法陣形成型が一人と、詠唱型が一人、武器を持った二人の前衛。武装強化型と物質生成型。もう一人、武器を持っていない体質変化型の前衛。

八重刃が先ほどと同じ、抜きつけの一撃を物質生成型に打ち下ろすが、敵は反応し、左腕に法術で紡ぎだした鉄の盾でそれを防いだ。右手に持った得物は八重刃と同じく日本刀。剣術の心得はあるのか、勝ち誇った笑みが口に張り付いた。

居合いには、鞘の内にて勝敗を決す、という言葉がある。すなわち初撃の速さにあり、刃が鞘から放たれた刹那には敵が倒れてなきゃいけない。居合いの使い手はその技術のみを突き詰めているため、もし最初の一撃で相手が倒せず、斬り合いにもつれ込んだ場合には、存外もろいということがよくある。

しかし、そんな穴が八重刃の剣術にあるはずが無い。居合いはたしかに恐ろしかったが、彼が格闘戦で常に勝者であるのは、刀を鞘に戻さなくなってからの千変万化の攻め手があるからだ。

鞘に戻ることを忘れた刀は、目にも留まらぬ速さで無数の斬撃を縦横無尽に疾らせる。

相手は盾と刀を使って必死にそれを防ぐが、連撃に意識を取られ死角ができたところを、体中を覆う法術の鎧の隙間を正確に射抜く八重刃の膝蹴りによって均衡が崩れ、ものの数秒とせずに決着がつく。

「凍れ……」

術化法陣前方で冷却され、液化した大気の奔流を、後衛の一人に発射する。軌道上にある水分を固体化させ、周辺の物体を凍てつかせながら、相手の元へ向かい、見事命中。完全な氷と化した人間は、風に揺られて倒れ、床に触れた途端に砕け散った。

流れるようにして次の法陣を俺は描く。標的はもう一人の俺と同系統の後衛。敵の法術を観察し、大体の法術の種類を予測し、すぐにでも相殺できるような法術を選択して描き始める。これで決着がつく。

ほぼ同時に、真理が体質変化型の敵と戦闘を開始する。同じ体質変化型同士、すでに話になっていなかった。はるかに法術の数が多い真理が圧倒している。相手もよくもっているほうだと感心するべきかも知れない。

「我、火竜の赤き炎を吐息に纏う!」

すっと大きく深呼吸すると、肺の中の空気を全て吐き出す。呼気は獄炎に変わり、敵の足を焼いた。

重度の火傷によりショック症状で気絶した相手を置いて、後方の法陣を築く相手に迫ろうとする。いつもと違う、真理らしくない。この人数なら、真理は炎で気絶した敵までも、簡易の治療を施すはずだったが、それをしないで突っ走ってやがる。まるで何かに焦っているようだ。

撃ち出したばかりでまだ俺の法陣は組みあがらない。

相手の後衛を見る、やはりあまりいい法術じゃない、だがその分完成するのが早い。おそらく後三秒ほど。

真理が完成しようとする法術を潰そうと迫るが、距離が遠すぎる、あのまま突っ込めば至近距離で法術を食らうことになるはずだ。彼女もいつもならそれをわかっているはずなのに、前進が止まらない。確実に焦ってる、だが何を?

いや、理由なんてどうでもいい、とにかくまずい、このままじゃ真理が!

八重刃は残り一人の前衛と戦っている、助けに行ける状況じゃない!

俺はどうやっても走っては追いつけない、今から最速で法術を築いても間に合いはしない!

「避けろ! 真理!」

叫ぶが、その時相手が急に足元をふらつかせ、法陣の形成が遅れた。ぎりぎりのタイミングで、結局法術を放たれる前に真理が敵に到達、鳩尾に鋭い蹴りを食らわせ吹き飛ばした。

今の崩れ方は、おそらく軽い貧血、眩暈の類だ。どうやら真の法術が効いていたらしい。

八重刃のほうに目を向けると、すでに敵は事切れていた。

「でかしたぞ、真。助かった」

全ての敵を倒し、使う必要の無くなった法術の煙を散らしつつ、後ろの真をほめてやる。

「あんたに言われるほどでも」

なんだ、今の言い方? まだ根に持っているのか?

一言かけている間に、八重刃が真の傍らについた。

「よく、生きた」

「はい!」

やはり役に立てたことがうれしかったようだ。明るい笑顔を八重刃に向けていた。

真は八重刃に任せておくことにして、それよりも気になるのは、真理だ。

「おい! 真理! 何であんな危ないことした!」

「別に……。どうせあんなの当たらなかったよ!」

なんだよ? まるで駄々こねる子供じゃねえか、真のほうがよっぽどましだ。

「何でってきいてるんだよ!」

「いいじゃん、なんだって!」

今の言い方から察するに、なんでもないわけじゃなく、何か理由はあったわけだ。しかし、すねて顔を背けたままで、どうやら話してくれそうに無い。

「はあ、しょうがねえ、なんだっていいよ。とにかく、無事でよかった。あんま心配させんなよ?」

ぽんと頭に手を乗せてやる。はっとした顔をして真理がおれを見上げてきた。

「うぅ、ごめん」

「ごめんって? なんか謝るような理由だったのか?」

「いいの、なんでもない!」

まだ不機嫌なようだ。さて、何が悪いんだろうかね?

「さて、ケースのほうはどうしようかね?」

ケースを持っていた運び屋らしき人間は、法術の戦闘のあまりの迫力に圧倒され、何もされていないというのにノびていた。

気絶しているというのに、しっかりと抱えられているケースを男の体から引き剥がす。

持ったとき、妙な違和感のようなものを覚えた。

「ん? これは……」

中身から感じるのは、異常な量の法力だ。高密度の圧縮の掛けられた法力が中に目いっぱいに入っている。密閉されたケース越しにその圧力を感じるほどだ。大体、中に入ってるものが予想できた。

「さて、これで八割方仕事は終わりだ。後はユーニに届けるだけか」

「それは、俺がやっておこう」

「いや、いい。ちょっと直接話したいことがあるんでな」

警察に連絡を入れ、処理を頼みつつ、押し付けつつ、惨状と化した橋を後にする。


ケースをユーニに渡す場所は、結局俺たちの事務所になった。

俺の前にユーニが座っている。そのやや右後方に八重刃がボディガードのように立っている。

隅のほうで、真が座っている。なぜ八重刃と並んで無いかというと、

「誠志ちゃんと一緒にいる時間を邪魔しないでくれる? ついでに言っておくと、弱そうなボディガードがいると、逆に狙われやすくなるのよ」

らしい、かなり辛辣な言葉だと俺は思う。俺が言われたわけじゃないのでどうってこと無いが。

「これが、依頼の品になります」

横に座っていた真理からケースを受け取り、テーブルの上におく。まだ取っ手から手は離さない。

「で、これについて、二つほど疑問点があるのですが?」

「聞いてはあげるわ。答えるかはわたし次第」

「それで結構。それでは、一つ目です。正直これは推測でしかありません」

聞く体勢に入ってくれている、何も言わないでただ続きを促してきた。

「これは、高濃度の法力が大量に詰め込まれていた。もしかしてこれは、展開式の巨大法術ですか? 解凍装置を使ってかなり大規模な法術が発動するのではないのですか?」

「ご名答。それで?」

推測は間違っていない。そもそもこんな異常な量の法力、これ以外に考えられないんだが。

「一体これで何をしようと?」

「さあ? 私に聞くことじゃないわ」

そう簡単に答えてくれはしないか。そもそも俺の考えが間違っていたら本当にユーニに聞いてもしょうがないが。

ようやく俺はケースから手を離す。

それを後ろにいる八重刃が抱えた。

「それじゃ、用件は済んだかしら。もういくわ」

「待ってください、少し、話に付き合ってくれませんか?」

上げかけた腰を、もう一度下ろしてくれた。

よし、こっからが俺の名推理の始まりだ、名推理と書いて、あてずっぽうと読むものだが。

「じゃあ、何から話しましょうか。いろいろと調べてみたんですが、そうですね、まず、どういった経緯でこの代物がソルエッジに渡ったかを話しましょうか?」

ここで、間を作り、話にリズムを刻むために、煙草を吸いたいんだが、いかんせんユーニの前だ。それは出来ない。

いや、待て、ここで俺の一つの推測が出来た。

「すいません、煙草を吸ってもよろしいでしょうか?」

「えぇ、いいわよ。この部屋がすでに煙草くさいからどうでもいいわ。早く出て行きたいからさっさと話を終わらせて」

あきれ返った表情を全面に出してきてユーニが承諾してくれた。

「じゃあ、失礼」

やはり、予想通り、すでにユーニには耐え難い空間だったわけだ。ユーニの、不快度が十から十二に変わろうがかまわないという寛大さも考慮に入れた俺の交渉。

煙草に火をつける。煙を吐き出すときはユーニのほうに行かないように注意する。

「で、どうやって渡ったかということでしたが、やはり、強奪でしたね、それも、ここ一帯で最大勢力の、マフィア『オルタネイト』の幹部の手から奪われたものでした。幹部がどうやって手に入れたかは調べませんでしたけどね。それをやると、堂堂巡りになるもので」

もう一度吸い、紫煙を吐く。換気扇を回し、窓も開け放ってあるというのに、やはり煙は空間に停滞する。

「この『オルタネイト』は今、次期党首候補が二人いて、幹部同士の勢力が二分化されています。これを奪われた幹部は現党首とは血縁関係の無い次期候補、デビット・ハンス側の者でした、まあ、どちらについていたとしても私刑は免れませんが」

テーブルの上においてある灰皿に押し付け煙草を消すと、新しい煙草を口に持っていく。

ソファから立ち上がると、少し部屋の中をうろつく。真が興味津々、だがいつユーニの逆鱗に触れてしまうのだろうかという恐怖を混ぜた表情でこちらを見ていた。どうやら十分に彼女の怖さは知っているようだ。

「次に調べてみたのは、ソルエッジが、これをどうしようとしていたのかというものです。かなり苦労したんですが、何とか調べはつきました。どうやら、これを売りさばき、資金源にしようとしていたらしいのです。売買先は、カジノ『JD』。このカジノ、ただ賭博をしているかと思いきや、よく調べてみると裏でオルタネイトに繋がっているようです。おそらく、資金洗浄のための賭場でしょうね。よくある話です」

ユーニから遠く離れたところで、窓から煙を外に吐く。空はのんきに雲が流れる晴天だ。

「そもそも、ただのカジノがこんな兵器を買うはずがありませんね。ただ名を使っただけでしょう。このカジノ、どうやら次期候補、うまく調べられず、相手デビットが血縁関係ではないことから現党首の実の子供だろうという推測しか出来ませんでしたが、その次期候補側のもののようです。これはどういうことでしょう?」

「どの点について?」

そう、この問いにはさまざまな疑問が浮かぶ。

この際、子供は一体誰なのかという点は考慮する必要は無い。必要なのは、今回の依頼についてだけだ。

「まず、奪われた品を買い戻す点。さして重要なものではないものを、一方的な損害をこうむり買い戻す必要があるのでしょうか?」

「同じ組織といえど対立関係にあるのよ? 買い戻すというのは適切な表現じゃないんじゃないかしら」

あえて、俺は間違った問いをした、それを冷静にユーニが訂正した。

「そうです、その点です。どちらにせよ、なぜ、なのです。あえて対立関係にある、敵といってもいいデビット側が奪われたものを買い取り、精神的優位に立とうとでもしていたのでしょうか? いえ、違うのでしょう、おそらく今回は、俺たち雇われ法術士を利用した、対立勢力の排除」

「どうして?」

「私が調べたものは、先ほど話したケースの出所についてと、買い手についての二点。それと後もう一つ、生死問わずとなっていた、運搬役の犯罪者たちについて。調べた結果、どうやらソルエッジの人間だけではなく、私たちのように雇われていた者もいたようです」

再び席に戻った俺は、吸っていた煙草を終わらせ、灰皿へと棄てるが、まだ次の一本は吸わない。

「彼ら、雇われた者には共通点がありました。全員、オルタネイトに多かれ少なかれ関わっていたという点です。つまりは……」

あえて言葉を切り、合いの手を待つ。ここでだんまりだったら、興味が無いというわけだ。

「つまりは?」

ユーニはどうやら俺の推理を面白がってくれているようだ。ならこの調子で続けよう。

「つまりは、まず、実の子供の側、少し長いですね。性別がわからないですがここでは息子としておきましょうか。息子側が手に入れたこのケースを、あえて横、デビット側に流す。つぎに、ソルエッジを手引きしてこれを奪わせる。これによりデビット側の一部の幹部は責任を問われ力を失います。さらに、ソルエッジの売買の手引きまでも息子側は行い、邪魔な人物を運搬の任につかせた。一緒に俺たちも息子側が雇った。情報が筒抜けだった点はこれが理由です」

一息つくために、新しい一本を取り出し、火をつけ一服する。

「なにせ自分が計画したものですからね。そして、俺たちを使ってケースを奪取し、邪魔な連中を消させれば、この件は無事解決。裏に息子側の陰謀が潜んでいようと、実行に移したのはなもわからぬ法術士集団。足がつきそうな点も、適当にしらを切れば、デビット側は公に報復を行なうことはできない。それにもし、俺たちが任務を失敗したとしても、被害は兵器一つの値段のみ、こんなものはオルタネイトとしては蚊に指されたくらいでしょう。以上、推理終わり」

少しおどけたポーズをして拍手なんかを待ってみる。

「面白い推理ね。でもなぜそんなもの私に聞かせるの?」

どうやら拍手はしてくれないようだ。

すぐには返答せずに、じらす。ユーニの表情を見るが、やはりあの笑顔。

さっきの煙草が吸い終わるころ、ようやく俺は返事を返す。

「正解なのか、当事者に聞きたかったわけです。ユーニさん」

「あら? 私がそうとでも?」

「えぇ、そうです。とはいっても、証拠といえば、彼、八重刃を、今回の仕事に同伴させたことくらいでしょうか。彼は一応あなたにとってさまざまな意味で重要な存在のはずです。さらに、八重刃は確実に殺すべき敵を殺していた。生死問わずといえど、必殺までは普段の彼なら行ないません。これは、八重刃が自分の役目を知っていたからじゃないでしょうか?」

そう、あまりにも詰めが甘い推理、穴だらけ、というより線が一本しかないような状況。

探偵の推理なんてこういうものだ、と俺は考える。少ない情報からあてずっぽうに、巧みな話術を用いてそれらしいようにしゃべるだけだ。詐欺師と大差ない。俺が今までやってきて導き出された解答。

「さらに、しいて言えば、この俺の話を最後まで聞いたところですかね」

さて、これで答えてくれなかったら、それはそれでしょうがない。別に俺に損は無い。

「あなたの推理は正しいわ」

案外と簡単に、彼女は認めてくれた。

これでやっと、彼女がどんな組織にいたかわかった。オルタネイトだったわけだ、そりゃ怖い目にもあうさ。

「じゃあ、あなたはどのあたりのポジションなんですか?」

「それはね……」

そっと、耳元に顔を近づけてくるユーニ。

「ヒ・ミ・ツ」

まるで耳に息を吹きかけるように、頭を痺れさせるような甘ったるい声。

俺は趣味じゃないからいいが、こんなのがタイプだったらイチコロ。

顔を戻し、こちらの反応を楽しむかのように笑顔で俺を見ていたが、こっちは無反応を貫く。

「そうですか。残念。それじゃあもう一つ、はじめにした質問、これを何に使うか、答えていただけますか?」

「それはあなたに関係ある?」

「いえ、あまり関係ないのですが。これを使用し、もし、街が破壊されるようなことがあるのならば、私は全力でそれを止めてみたいと思います」

「大した正義感ね」

別に、ヒーロー気取りたいわけじゃない。正直、街がなくなったって俺が困ることは、新しい仕事場を探さなくちゃいけないことぐらいだ。

「まあ、そこは気にしないで。大きすぎる力は、抑止力にしかならない。場合によっては自らさえ傷つけるようなもの、持っている価値は無いわ。そうね。軍にでも売ろうかしら」

まるでリサイクルショップに中古品を売るかのような気軽さで言ってくる。まあ、軍に売るのなら心配は要らないようだ。

「報酬は後ほど振り込んでおくわ。それじゃぁね〜」

今までのことが何もなかったかのような、緊張感の感じさせない声を出して手を振りつつ事務所から出て行く。八重刃と真が後ろについていく。

「あ、そうだ」

ふっと何か思い立ったようで、ドアの前で立ち止まった。ぴたりと八重刃は止まるが、反応できずに真は八重刃にぶつかりそうになった。

「今日は、誠志ちゃんを貸しといてあげるわ。旧友との親交を深めてちょうだい。これは、私からの余興へのご褒美」

俺への褒美というより、八重刃への休暇だな。

「ハイ、じゃあ諸田が荷物を持って」

なぜ、八重刃だけ名前にちゃん付けなのだろう? 疑問が浮かぶがこれを質問する気にはなれない。

いつの間にかユーニの手にあったケースを真に押し付けるように渡すと、さっさと出て行ってしまった。

渡されたケースを重そうに両手で抱えながら、あわててユーニのあとを真が追いかけていった。呆然と立ったままの八重刃だけが残された。

これで部屋にいるのは、俺と八重刃と、真理だけになった、ようやく平穏が訪れた。

「はあ、疲れた〜」

姿勢を崩し、ぐったりと前のテーブルに頭を乗せる真理。

「お前は何もしゃべって無いだろ」

俺の声に反応して、顔だけこちらに向けてくる。

「しゃべりたくないほど緊張した。蛇ににらまれた蛙って感じだったよ」

「聞こえてるかもよ?」

どきりと体をこわばらせて周囲を見回した後、焦点が八重刃に合う。

「嘘だって。それに大丈夫、こいつはそんなことユーニに言ったりしねえよ。どっちかというとこっち側の人間だ。つまり味方」

「なんだ、よかった〜」

ホッと胸をなでおろす真理。あわてすぎだって。

「それで、八重刃、休みがいただけちゃったわけだが、何したい?」

「そうだな」

背中側の首の付け根辺りに右手を当てて考え込む八重刃。考えてるときのこのポーズは、八重刃の癖だ。

「今からのことは特に思いつかないが、夜は酒、飲みに行かないか?」

「しょうがねえ、付き合ってやるよ」



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