頭の奥 煩わしく悶える
ブランデーの入ったコップを持ち、女の死体を眺めて一口で飲み干す。ぬるりとした感触が手を滑らせ、ゆっくりとコップが落ちていく。陶器が放射状に炸裂する様は男の脳裏に開花の文字を浮かべさせた。
男は数歩後退り、声を出しながら呼吸をする。小刻みに震える手は神経が麻痺して力が入らない。何度も膝に手を叩き付けて感覚を呼び戻そうとした。
不快だ。と男は奥歯に力を込めた。不快な感覚だが不思議と受け入れている。理由は明白である。ついさっき、そこの名前の知らない女は死んだのだから。
男はブランデーの蓋を開け、直接口を付けて飲み込む。一瞬喉が冷え込み、意識が飛びそうになると、喉の奥に燃えるような熱さが襲った。箪笥にもたれかかり、死に落ちるまで飲み切れない自分を繰り返し呪う。
男がこうまで自暴自棄なのは恐ろしく倒錯したものを見てしまったからだ。掌に山と盛った睡眠薬を口に含み、それをコップいっぱい注がれたブランデーで胃へ流し込む女。そして女の黒目が左右あちこちを飛び回り、何かを察すると、生に縋るため喉を掻き毟る。女が意識を失う寸前に乾いた目玉が飛び出しそうなほど見開かれ、男の目をジッと射抜く。その目が閉じられることはなく、女の体は見えない糸で引かれたように勢いよく床に叩き付けられた。
それは男にとって酔いが見せた幻のような時間だった。何よりも死によって自分が救われると信じた女が、今に訪れる死に恐怖して足掻いた。女の心根で何が起きたのかを男は理解していた。もしかすると、男は自分でも気づかぬ内にそれを見に来ていたのかもしれなかった。
白色蛍光灯が女の肉体を冷ややかに照らし、窓から差し込む車のヘッドライトがハロゲンランプ特有の夕陽にも似た橙色の色彩で女の肢体を染め上げる。柔らかな暖色が肌の上を撫でる度に血色が取り戻されたように輝いて、死を嘲るが如く光が部屋から逃げ去ると、男は、ああ……いま死んだなと頭の中で繰り返した。
男が最も信じられなかったのは、その一部始終を劇と同じように観賞していた自分だった。悲劇で人が死んだように、女は脚本によって最期を迎えたとしか考えられなかった。だから男の感情は複雑かつ単調なひと言で表せた。悲しいものだとただひと言。




