冗談みたいに
精神科医が問いかける。
「最近どうですか」
「変わんないですね〜。死にたさ、元気に継続中です」
「“元気に”なんですね」
「もう長期連載なんで」
「自傷は」
「減ってないです。隠すの上手くなりました」
「それを笑って言うんですね」
「だって怒られるじゃないですか」
「怒りませんよ」
「でも、“よくないですね”って顔はする」
「それはします」
「ほら〜」
「止めたい気持ちはありますか」
「半分くらい」
「もう半分は?」
「別にこのまま壊れてもいいかなって」
「……」
「先生、その顔やめてくださいよ。私まで深刻になる」
「深刻だからです」
「いや〜、でも普通に大学行ってるし、バイトもしてるし。ギリ健常者やってます」
「“ギリ”がついてますね」
「ギリギリが一番コスパいいんですよ」
「落ちる直前まで動く」
「止まったら終わる気がして」
「誰にそう思わされました?」
「分かんないです。気づいたらそうなってた」
「疲れてませんか」
「めちゃくちゃ疲れてます」
「休みたいですか」
「休んだら、空っぽになるから嫌です」
「もう十分、限界に近いように見えます」
「そういうこと言う人、みんな“休め”って言うんですよね」
「休む必要がある状態だからです」
「でも誰も、“休んだ後どうするか”は教えてくれない」
「……」
「暇になると死にたくなるんですよ。だから予定詰めるんです。予定があるうちは、“今日死ぬ”を先延ばしにできるから」
「そのやり方で、ずっと耐えてきたんですね」
「まあ。でも最近ちょっとバグってきて」
「バグ」
「授業中に、“ここから飛び降りたらどうなるかな”とか考えてる」
「実行したい気持ちは」
「ある時とない時があります」
「今は?」
「……五分五分」
「一人で帰さないほうがいいかもしれません」
「大丈夫ですよ」
「根拠は?」
「今まで死んでないので」
「それは、“大丈夫”の根拠としては弱いです」
「ふふ」
「笑うところではありません」
「先生、最近ちょっと焦ってません?」
「焦っています」
「珍しい」
「あなたが、“まだ大丈夫なふり”をしながら、少しずつ危ない場所に近づいてる感じがするので」
「でも、止まれないんですよ」
「止まってください」
「止まったら、自分の中身見ることになるから嫌です」
「中身が怖い?」
「空っぽなのが怖い」
「……」
「なんにもないんですよ、私。頑張ってる間だけ人間っぽいだけで」
「そんなことありません」
「そう言うしかないですよね、仕事だし」
「仕事じゃなくても言います」
「でも、家帰ったら忘れるでしょ」
「忘れません」
「忘れますよ。患者なんて何人もいるし」
「……あなたは、“忘れられる前提”で話してるんですね」
「だって大体そうだから」
「そう思わせる経験が多かったんでしょうね」
「まあ」
「でも、ここでは——」
「“一人にしません”とか?」
「……」
「そういうの、もういいです」
「……」
「結局、夜になると一人なんですよ」
「今夜、誰かに連絡できますか」
「したくない」
「なぜ」
「重いから」
「重くてもいいです」
「よくないですよ。みんな離れていく」
「あなたがそう思うほど、追い詰められてるんです」
「だから笑ってるんですって。笑ってれば、“普通”でいられるから」
「普通じゃなくてもいい」
「よくないですよ、それ」
「……」
「普通じゃなくなった人から、落ちていくんです」
「あなたは落ちてほしくない」
「もう半分落ちてますよ」
「……」
「先生」
「はい」
「もし私がそのうち死んだら、ちゃんとショック受けます?」
「……受けます」
「そっか」
「だから、生きていてください」
「難しいこと言うなあ」
「難しいです。でも、本気で言っています」
「……」
「今、何考えてますか」
「今日の夜、薬どれくらい飲めば眠れるかなって」
「……一人にできません」
「大丈夫ですよ」
「大丈夫じゃない」
「先生」
「はい」
「私、“助けて”って言うタイミング、たぶんずっと間違えたんですよ」
「今からでも遅くありません」
「……どうだろ」
「遅くないです」
「ふふ」
「……その笑い方、嫌な感じがします」
「え」
「何か決めた時の笑い方に見える」
「気のせいですよ」
「本当に?」
「はい」
「約束できますか。今夜、自分を傷つけないと」
「……約束って、破ると悪いじゃないですか」
「……」
「だから、しません」
「……お願いします。今は、一人にならないでください」
「先生」
「はい」
「今までありがとうございました」
「その言い方はやめてください」
「冗談ですよ」
「……」
「じゃあ、また来週」
「……必ず来てください」
「善処します」
最後まで、彼女は笑っていた。
診察室のドアが閉まる瞬間まで、軽い雑談の延長みたいな顔をしていた。
だから数日後、電話越しに訃報を聞いた時、医師は最初、現実感を持てなかった。
あの笑い方を、何度も思い出した。
冗談みたいに「死にたい」と言っていた声を。
本気ではないと思いたかったのは、もしかすると患者ではなく、自分のほうだったのかもしれない。
こういうことばっかり書いてると、気分だだ下がりです。良くないんでしょうね。
でも、こういうの書くと楽しいんです。というかめっちゃ好きです。
ある種の中毒って奴です。




