【第三話】「それ、言えばいいのに」
高校二年の陰キャアニメオタク・篠原悠真は、今日も一人で昼食をとっていた。
静かにアニメを眺めていたその時――
隣の席の陽キャアイドルオタク・星野莉音が話しかけてきた。
「ねぇ!あなたもオタクでしょ!?私もオタクなんだよっ!」
最初は全く噛み合わない“オタク会話”。
アニメとアイドル、陰と陽、視点も温度もまるで違う。
でも、どこか通じ合う“好き”の気持ちが、少しずつお互いの心を動かしていく――。
恋か友情か、はたまた推し活か。
これは「違い」を通して「同じ」を見つける二人の青春ラブコメ。
月曜日の朝。
いつも通り教室に入った悠真は、思わず足を止めた。
「……あれ?」
星野莉音が、席で友達と話していた。
けれど、何かが違う。
どこか“いつもの彼女”と雰囲気が違うのだ。
髪。
そう、髪が――肩より上で、軽く跳ねていた。
「おはよ、悠真くん!」
ぱっと笑った瞬間、
短くなった前髪が揺れた。
(……っ)
言葉が出なかった。
頭では“髪を切った”ってわかってる。
でも、それだけじゃない。
彼女の笑顔まで、少し柔らかく見えた。
「なに? どうしたの?」
「……いや」
「え、まさか気づかないパターン?!」
「いや、気づいたけど」
「けど?」
「……似合ってるとか、そういうの、言うタイプじゃない」
「えぇ~!なんでよ!」
莉音が頬を膨らませる。
周りの女子がクスクス笑っていた。
「ほんと悠真くんって、そういうとこ不器用~」
「不器用っていうか、そういう文化じゃない」
「文化!?」
「陰キャはコメント控えめなんだよ」
「なんだその生態系!」
莉音は笑いながらも、どこか嬉しそうだった。
そんな彼女の表情を見て、悠真は内心焦っていた。
(……やっぱ言っときゃよかったかな)
だって、本当は。
最初に見た瞬間、
「かわいい」って思ってしまったのだ。
でもそれを言葉にする勇気が、
まだどこにもなかった。
⸻
放課後。
二人はいつものように帰り道を歩いていた。
「で、なんで髪切ったんだ?」
「んー……気分?」
「適当だな」
「ライブ終わって、スッキリしたかったの。
“新しい私”になりたくて!」
莉音が笑いながら、
切りそろえた髪を指先でくるくると回す。
その仕草が妙に目を引いて、悠真は視線を逸らした。
「……なんか、アイドルみたいだな」
「え? なに今の!」
「いや、別に!」
「言った!今“かわいい”って言おうとしたでしょ!」
「違う!」
「言ったぁ~~!」
莉音が全力で茶化す。
悠真の耳が真っ赤になる。
(……ホント、心臓に悪い)
けれどその赤面を見て、莉音は満足げに笑った。
「ありがとね」
「……何が」
「言葉にしなくても、ちゃんと伝わった」
その笑顔に、悠真はもう反論できなかった。
⸻
(“言わなくても伝わる”って……
そんなのズルいだろ)
教室の窓の外、春風が吹き抜ける。
季節が少しずつ変わるように、
二人の距離もゆっくり、確かに変わり始めていた。
昼休み。
いつものように莉音と話していた悠真は、
不意に感じた視線に気づいた。
ちら、ちら……。
なんか……多い。
「……なぁ、なんか見られてね?」
「え? あ~、たぶん私の髪のせいだよ」
「髪?」
「切ったから、ちょっと目立ってるだけ!」
莉音が軽く笑う。
けど、その直後――
「なぁなぁ星野~、お前、その髪さ~」
「可愛くなったなー!」
「お、彼氏できた?」
──地獄のワードが飛んできた。
「え、ちがうちがうちがう!!!」
莉音が即座に否定。
でもその隣で、悠真は思考がフリーズした。
(……え、俺見られてない?なんか関係ある雰囲気じゃない?)
そして追い打ち。
「もしかして、横の黒崎(悠真)と付き合ってんの?」
「えっ」
「いやいやいやいや!!!」
莉音と悠真の声がハモった。
教室がドッと笑いに包まれる。
「うわ~息ぴったり~!」
「カップル漫才かよ~!」
「陽キャ同士お似合いじゃん!」
「陽キャじゃねぇよ!!!」悠真が即ツッコミ。
「私は陽キャだけど!」莉音がノリよく返す。
「認めるな!!」
笑いがさらに広がる。
もう完全にネタにされていた。
(これが……社会の陽圧……!)
悠真は机に突っ伏して心の中で叫んだ。
しかし隣の莉音はというと――
ほんの少しだけ、頬を赤くしていた。
⸻
放課後。
二人で帰り道。
まだ昼の冷やかしを引きずっている悠真が、ため息をつく。
「……マジで疲れた」
「ふふ、面白かったね」
「面白くねぇよ」
「だってさ、否定するときの悠真くん、めっちゃ必死で」
「いや、当然だろ」
「でも、ちょっと嬉しかった」
「……は?」
莉音が、照れくさそうに笑う。
「“違う”って即答してくれたけど、
なんか、“ちゃんと意識してるんだな”って思って」
悠真は口を開きかけて、言葉を飲み込む。
(……違うって言ったけど。
たぶん、違うって言い切れなかったのは、俺の方かもしれない)
「……お前、ほんと陽キャだよな」
「それ、褒め言葉にしとくね」
夕焼けの中、
二人の影が並んで歩く。
ほんの少し距離が近くなった気がした。
⸻
(“付き合ってる”って言葉、
冗談のはずなのに……
なんでこんなに頭に残るんだろ)
⸻
〜翌日〜
教室に入ってすぐ、悠真は違和感に気づいた。
「……星野は?」
隣の席が、ぽっかり空いている。
いつもは昼からテンションMAXで「お昼いこ~!」と誘ってくるのに。
「まーた風邪だってさ」
と、クラスメイトが言った。
「またかよ!昨日あんなに元気だったのになー」
風邪。
たったそれだけのことなのに、
前よりも教室が少し静かに感じた。
(……別に、いなくても平和だけど)
そう思いながらも、ノートを開いても集中できない。
授業中、いつも後ろから飛んでくる小声のツッコミもない。
放課後、帰りの声もない。
(……静かすぎる)
気づけば、校門を出る足が自然と彼女の家の方へ向かっていた。
(べ、別に心配とかじゃない。風邪の確認だ。ただの情報収集だ)
と自分に言い訳しながら。
⸻
星野家の前に立つと、門の前に自転車が止まっていた。
呼び鈴を押す勇気はなく、数分立ち尽くす。
そのとき、二階の窓が少し開いて、かすかな声がした。
「……ん? 悠真くん?」
顔を出したのは、マスク姿の莉音。
頬が少し赤く、髪も寝ぐせ気味。
「あ、いや、通りかかっただけで」
「通りかかって我が家の前立ち止まる人いる?」
「……調査」
「なに調査!?(笑)」
莉音が小さく笑って、咳をする。
悠真は慌てて口を開く。
「……大丈夫か?」
「んー、ちょっと熱あるけど大丈夫。
ていうか、なんでそんな真顔で心配してんの」
「別に。俺は“風邪の観察者”だから」
「観察者ってなに(笑)」
莉音がまた笑って、声が少し掠れる。
その笑い方が、いつもの元気よりも柔らかくて――
悠真は、胸の奥がじんわりと熱くなった。
(……ああ、やっぱり、
いないと変だわ)
「……あんま喋んなよ。治りかけで悪化すんぞ」
「うん……優しいね、悠真くん」
「優しくねぇよ」
「優しいよ」
ほんの数秒の沈黙。
風にカーテンが揺れる。
その隙間から差し込む光が、
莉音の髪を少しだけ金色に照らした。
「……ありがと。来てくれて」
「だから、通りかかっただけだって」
「はいはい、ツンデレ観察者くん」
悠真はため息をついて、
「……早く治せよ」
とだけ言い残して帰ろうとした。
でも背を向ける瞬間、
後ろから小さな声がした。
「ねぇ、悠真くん」
「ん?」
「また一緒に帰ろうね」
振り返ると、
窓の向こうで、莉音が微笑んでいた。
⸻
帰り道。
少し冷たい風の中、悠真は空を見上げた。
(“また一緒に帰ろう”か……
そんな言葉で、
なんでこんなにあったかいんだろ)
手をポケットに突っ込みながら、
思わず笑ってしまう。
(風邪、早く治せよ。……バカ陽キャ)
⸻
翌朝。
いつも通りの教室。
でも、席の隣がぽっかり空いている光景に――
悠真は思わず苦笑した。
(……昨日まで風邪だったし、今日も休みか)
そう思いながらノートを開く。
……と、その時。
「おはよー!」
その明るい声に、クラス中が振り返った。
ドアのところに立っていたのは、
マスク姿の星野莉音。
「星野! もう大丈夫なのか?」
「うん! 昨日いっぱい寝たら元気になった!」
「また寝すぎて寝坊しかけたけど!」
みんなが笑い、空気が一気に明るくなる。
その中心で、莉音が手を振っていた。
――けど、悠真は、なぜか素直に手を振り返せなかった。
(……なんでだ? 昨日、あんなに気になってたのに)
教室の笑い声に混じって、
自分の鼓動だけがやけに大きく響く。
⸻
昼休み。
莉音が、いつものように悠真の机の前に立つ。
「ねぇねぇ、昨日うち目的で来たんでしょ?」
「は? 来てねぇし通りかかっただけ」
「お母さんが言ってたよ、“黒髪の男の子が門の前でウロウロしてた”って」
「……か、観察者だ」
「うわ出た、まだ言う(笑)」
莉音がケラケラ笑う。
その笑顔を見た瞬間、
昨日の“声の掠れた彼女”が頭をよぎる。
(……よかった。ちゃんと戻ってきた)
だけど口から出たのは、全然違う言葉だった。
「……もう、無理すんなよ」
「ん?」
「寝不足とか、無茶とか、そういうの」
「うん、心配してくれたの?」
「ち、違ぇし!」
「またツンデレ観察者くんだ~!」
するとそれを聞いたクラスメイトが面白がり「観察者くん」呼びがクラスに伝染し、
なぜかみんなが真似するようになった。
「黒崎観察者~!」
「お前らやめろぉ!」
莉音は笑い転げながら言った。
「ありがとね、悠真くん」
「だから別に心配じゃねぇって!」
「……でも、ちゃんと嬉しかったよ」
その一言に、悠真は少しだけ目をそらした。
(……まじでズルい。そういう言い方)
⸻
放課後。
二人で帰る道。
風が少し冷たくなってきた秋の夕暮れ。
「ねぇ悠真くん」
「ん?」
「風邪うつってない?大丈夫?」
「俺、健康優良陰キャだから」
「なにそれ(笑)」
莉音が小さく笑って、
少し前を歩く。
その背中を見ながら、悠真は思った。
(“おかえり”って言えばいいのに)
(でもそれを言ったら、たぶん……
なんか、戻れなくなる気がする)
だから代わりに、
いつもの調子で言った。
「……明日、またバカみたいな話聞かせろよ」
「了解、観察者くん」
ふたりの笑い声が、
夕焼けに溶けて消えていく。
⸻
“言えばいいのに”
その一言を、まだ心の中に隠したまま。
【第三話・完】
ありがとー




