【第二話】「陰キャ、現場に立つ」
高校二年の陰キャアニメオタク・篠原悠真は、今日も一人で昼食をとっていた。
静かにアニメを眺めていたその時――
隣の席の陽キャアイドルオタク・星野莉音が話しかけてきた。
「ねぇ!あなたもオタクでしょ!?私もオタクなんだよっ!」
最初は全く噛み合わない“オタク会話”。
アニメとアイドル、陰と陽、視点も温度もまるで違う。
でも、どこか通じ合う“好き”の気持ちが、少しずつお互いの心を動かしていく――。
恋か友情か、はたまた推し活か。
これは「違い」を通して「同じ」を見つける二人の青春ラブコメ。
翌週の月曜日。
教室に入ると、悠真の机の上に何かが置かれていた。
白い封筒。中には、見慣れないカードが一枚。
「Lumi☆Tic 4th ワンマンライブ 優先入場券」
「……は?」
後ろから「おっ」と声がした。
振り向けば、星野莉音。
風邪から復帰したらしく、マスク越しでもわかる笑顔だ。
「それ、私が置いた」
「いや、なんで」
「チケット!」
「見ればわかる」
「一緒に行こ!」
「いやいやいや無理だって!」
悠真は思わず立ち上がる。
「人混みとか苦手だし、ライブとか行ったことないし!」
「だからこそ行くの!」
「だからこそ!?矛盾してない!?」
「新しい世界を知るチャンスでしょ?」
莉音は机に肘をつき、真剣な顔をした。
「悠真くんって、いつも“静かな尊さ”語るじゃん?
でも、私の推しは“うるさい尊さ”なの。
だから、どっちが本当に尊いか、体験してみて!」
(勝負みたいに言うな……)
「無理って言っても行くまで誘うからね!」
「脅迫じゃん」
「うん、推し活だから!」
そう言って、莉音は満足げに笑った。
悠真は頭を抱える。
(いや、ライブとか……陽キャの巣窟だろ……)
でも、封筒を見下ろすと、なぜか捨てられなかった。
あのキラキラした笑顔を思い出すと、
「行かない」と言い切れなくなる自分がいた。
「……一回だけ、な」
「え、マジで!? やったあああ!」
莉音が机を叩いて喜ぶ。
その大きな声に、教室中が振り向いた。
「ほら見ろ、注目されてんじゃん……」
「大丈夫大丈夫、推しの声援と思えば!」
「そんな精神論あるか」
けれど、そんな風に文句を言いながらも――
悠真の心は、どこか少しだけ高鳴っていた。
(……現場か。
“推しがそこにいる”って、どういう感覚なんだろ)
放課後、教室の隅。
机の上には――謎の荷物の山。
「はい、ペンライト! これが現場の命!」
「……命って重くない?」
「軽いけど大事なの!あとタオル、リストバンド、推しカラーのTシャツ!」
「どんだけ装備いるんだよ……」
莉音が満面の笑みで一つずつ並べていく。
机の上はまるでアイドルグッズの展示会。
「ねぇ、俺、これ本当に必要?」
「当然!ペンライトは“推しへの返事”なの!」
「返事って、声出せばいいだろ」
「違うの!光で伝えるの!」
莉音が真剣な顔でペンライトを振る。
ピンクと青の光が教室を照らす。
「ほら、ライブ中って距離あるでしょ?
声は届かなくても、光は届くの。
“見てるよ”って気持ちが伝わるんだよ」
その言葉に、悠真は少しだけ黙る。
“見えないけど届く気持ち”――
どこか、アニメを見ている自分と似ている気がした。
「……まぁ、理屈はわかる」
「でしょ!? じゃあコール練習!」
「こーる?」
「掛け声!」
莉音はスマホでライブ映像を再生した。
スピーカーから流れるアップテンポな音楽。
彼女はペンライトを振りながら叫ぶ。
「せーの! み・さ・きー! が・ん・ば・れー!」
「……恥ずかしい」
「はいもう一回!」
「無理!」
「悠真くんも“推しへの声援”を出すの!」
「俺の推し二次元だぞ!?」
「じゃあ“アリアー!”って叫んでみて!」
「やだよ!!!」
莉音は笑い転げた。
「もう、顔真っ赤!かわいすぎでしょ!」
「うるさい!俺は冷静なタイプなんだよ!」
「その冷静さ、ライブでは置いてって!」
「俺の人格否定するな!」
教室に二人の笑い声が響いた。
本気で笑う莉音の姿を見て、悠真はふと気づく。
(……この人、ほんとに楽しそうだな)
ペンライトを振る手、声を張り上げる笑顔。
まるでステージ上のアイドルみたいに、
見てるだけで元気をもらえる。
「……なぁ、星野」
「ん?」
「そんなに“好き”を叫んで、疲れねぇの?」
「疲れるよ!でも、その分笑える!」
そう言って莉音は、にかっと笑った。
「“好き”って、叫んだ分だけ元気になるんだよ!」
悠真はその言葉を、少しだけ胸に留めた。
(俺も……そんなふうに“好き”を言えるの、
ちょっと羨ましいかもな)
「よし!これで準備完璧!」
「完璧って……何が?」
「ライブデビュー!」
莉音が勝ち誇ったように親指を立てる。
悠真はため息をつきながらも、少し笑った。
(……まぁ、ここまで来たら、もう行くしかないか)
ライブ当日。
「……でけぇ」
悠真は呆然と立ち尽くしていた。
目の前に広がるのは、数千人の人、人、人。
ペンライトの光が波のようにうねっている。
「すごいでしょ!」
莉音が隣で嬉しそうに言う。
彼女は推しカラーのピンクのTシャツを着て、
腕にタオルを巻き、完璧な“現場装備”だった。
「……マジで、これ……異世界転生の会場か?」
「ちがう、現場。尊い現場。」
悠真は緊張で手汗をかきながらも、
どこか胸の奥がざわついていた。
やがて、照明が落ちる。
暗闇の中で、ざわめきが一瞬止まり――
♪♪――ドンッ!
爆音と同時に、ステージが光に包まれる。
巨大スクリーンに映し出されるシルエット。
そして――
『Lumi☆Tic、いっくよーーーっ!!』
観客の歓声が爆発した。
「うおおおおおお!!!」
莉音が全力で叫ぶ。
悠真の耳をつんざくほどの熱気。
(な、なんだこれ……すげぇ……!)
推しが現れた瞬間、
空気が変わる。
人々の呼吸が、鼓動が、すべて一つのリズムに。
悠真の視界いっぱいに、光の海が広がる。
青、ピンク、オレンジ……
まるで星空のように輝いていた。
「悠真くん、振って!」
莉音が彼の手を引く。
ペンライトを持たされたまま、半ば強引に振り上げる。
「こ、こうか!?」
「そう!リズムに乗って!いけるいける!」
気づけば、彼も一緒にペンライトを振っていた。
音楽に合わせて、体が自然と動く。
最初はぎこちなく。
でも――
ステージ上のアイドルが笑った瞬間、
莉音の顔が、心から嬉しそうに輝いた。
その笑顔を見た途端、
悠真の中で、何かが“繋がった”。
(……そうか。
推しを見て笑うのって、
誰かが幸せそうにしてるのを見るのと、
きっと同じなんだ)
演出の光に照らされながら、莉音が口を開く。
「ね、言ったでしょ!“うるさい尊さ”って!」
「……たしかに、うるさいけど……」
悠真は笑った。
「悪くないな」
莉音はにかっと笑って、再びステージへ向き直る。
二人の間を流れる音と光。
何も話していなくても、
同じものを見て、同じように心が揺れていた。
⸻
ライブが終わる頃には、
悠真のペンライトの電池は切れていた。
「……はぁ、疲れた……」
「ね!最高でしょ!」
「いや、体力お化けかお前……」
「これが推し活筋!」
莉音は汗をぬぐいながら、どこか誇らしげだった。
悠真は笑いながらも、
まだ胸の中に残る熱が、消えそうになかった。
(……この感じ、初めてだ)
帰り道。
二人並んで駅に向かう途中、莉音がぽつりと言う。
「ね、来てくれてありがとう」
「別に。なんとなくだ」
「うそ。ちゃんと“行く”って言ってくれたから、嬉しかったんだよ」
莉音の横顔が、街灯に照らされてやわらかく光る。
その一瞬だけ、悠真は言葉を失った。
(……ああ、俺、
この子の“推し活”も、ちょっとだけ好きかも)
翌日、教室。
「……喉、死んだ」
机に突っ伏した莉音が、ハスキーな声で呻いていた。
隣では悠真が無言でのど飴を差し出す。
「ありがと……っていうか、なんで悠真くん元気なの?」
「声出してないからな」
「出せよ!」
「陰キャにボリュームはない」
莉音が机を叩いて笑う。
その笑い声も、少しかすれていて妙に可笑しかった。
「でもさぁ、昨日の悠真くん、
めっちゃノってたよね?」
「……別に普通」
「ペンライト二刀流してたくせに?」
「……あれは勢いだ」
「ふふっ、楽しかったんでしょ?」
莉音がいたずらっぽく微笑む。
悠真は顔をそらしながら、ぼそりと呟いた。
「まぁ……嫌いじゃなかった」
その言葉を聞いた瞬間、
莉音の目がふわっと丸くなった。
けれど、次の瞬間にはいつもの笑顔に戻る。
「じゃあ次も行こ!」
「次……?」
「次のライブ! 推しの誕生日イベント!」
「イベント多すぎじゃね?」
「生きる理由が多いってことだよ!」
莉音の言葉に、悠真は思わず笑ってしまった。
ほんの少し前までは“陽キャの意味わからんテンション”だと思っていたのに、
今はそのまっすぐさが、眩しくて心地いい。
「……星野ってさ、
“好き”の方向がすげぇ真っ直ぐだよな」
「ん? 褒めてる?」
「……多分」
莉音が目を細め、軽く肩をぶつけてくる。
「悠真くんも、もっと真っ直ぐになっていいんだよ」
「俺、曲がってる?」
「めっちゃ遠回りタイプ!」
「うるせぇ」
二人の笑い声が、昼休みの教室に溶けていった。
⸻
放課後。
帰り際、悠真の机の上に何かが置かれているのに気づく。
小さな袋と、手書きのメモ。
『昨日、楽しかったね!また一緒に行こ!
PS:ペンライト二刀流、最高だった!☆ ―莉音』
悠真は、思わず吹き出した。
「……ほんと、陽キャだな」
でも、そのメモをそっとカバンにしまうとき、
胸の奥にほんのり温かい感情が残った。
(次も、行くか……)
窓の外では夕陽が沈んでいく。
光の中で、二人の“オタク”はまた少しだけ近づいていた。
【第一話・完】
ここまで読んでくれてありがとー




