【第一話】「同じオタクって、言ったのに」
高校二年の陰キャアニメオタク・篠原悠真は、今日も一人で昼食をとっていた。
静かにアニメを眺めていたその時――
隣の席の陽キャアイドルオタク・星野莉音が話しかけてきた。
「ねぇ!あなたもオタクでしょ!?私もオタクなんだよっ!」
最初は全く噛み合わない“オタク会話”。
アニメとアイドル、陰と陽、視点も温度もまるで違う。
でも、どこか通じ合う“好き”の気持ちが、少しずつお互いの心を動かしていく――。
恋か友情か、はたまた推し活か。
これは「違い」を通して「同じ」を見つける二人の青春ラブコメ。
昼休み。
クラスの隅、窓際の一番後ろ。
篠原悠真は、コンビニのおにぎりを片手に、スマホでアニメ公式サイトを眺めていた。
「次回予告……うわ、作画すげぇ……」
イヤホンを片耳に差し、静かに微笑む。
それが彼の日常であり、幸福だった。
――少なくとも、今日の昼までは。
「ねぇ、それ!」
突然、背後から明るい声がした。
驚いて振り向くと、クラスの中心にいる女子――**星野莉音**が立っていた。
彼女の指先は、悠真のリュックにぶら下がる小さなキーホルダーを指している。
「それさ、なんのアイドル? めっちゃ可愛いじゃん!」
「……え?」
「ほら、その羽根っぽい子!髪の色キレイ!」
悠真は一瞬、固まった。
莉音が指しているのは、アニメ『魔法少女セレスティア☆ミラージュ』のメインキャラ・アリアのキーホルダー。
「……あ、これ、アニメのキャラ」
「え!? アニメ!? アイドルじゃないの!?」
「うん。魔法少女モノ」
「え〜!完全にアイドル系だと思った〜!」
莉音は本気で驚いたように笑う。
そのリアクションに、悠真の胸の奥が少しくすぐったくなる。
(あぁ、そうか……この人、アニメ知らないんだ)
だが次の瞬間、予想外の言葉が飛んできた。
「でも、私もオタクだよ!」
「……は?」
「アイドルオタク! “Lumi☆Tic”って地下アイドル知ってる?
もうね、ライブ行くたびに泣けるんだよ……推しが尊すぎて!」
莉音は机に腰をかけ、スマホを取り出す。
画面にはキラキラ衣装の女の子たちが笑顔で映っていた。
「見てこれ、うちの推しの美咲ちゃん! 昨日の配信でファンの名前読んでくれてさ〜!」
「へぇ……」
リアクションに困りながらも、悠真は画面を覗く。
派手な照明、ステージ、ペンライト。
彼が知る“オタク”の世界とは、まるで別次元だった。
「悠真くんもオタクでしょ? だったら仲間じゃん!」
「え、いや……オタクっていうか……」
「いいじゃんいいじゃん!推しがいるんでしょ?」
「……まぁ、アリアは……好き、だけど」
「でしょ! じゃあ同じオタク仲間だね!」
――同じ、なのか?
悠真の頭にクエスチョンマークが浮かぶ。
たしかに“好きなものを推す”という意味では似ている。
けれど彼の“推し”は、二次元の向こう側。
莉音の“推し”は、現実のステージの上。
世界が違う。
温度も、光も、届く距離も――。
「ねぇ、今度放課後、オタクトークしよ!」
「えっ、オタク……トーク……?」
「そう!語ろうよ、推しの尊さ!」
勝手に約束を取りつけて、莉音は笑顔で去っていった。
残された悠真は、ひとり小さく息を吐く。
(……同じ“オタク”って言うけど、絶対通じないやつだ……)
でも――
その口元には、ほんの少しだけ笑みが浮かんでいた。
(……なんか、変なやつだな)
教室の窓から差し込む午後の日差しが、
ほんの少し、いつもより暖かく感じた。
放課後。
教室の片隅に残っていたのは、悠真と莉音の二人だけだった。
「よーし、それじゃあオタクトーク会議、はじめまーす!」
「……そのテンション、どこから湧いてんの」
「情熱! あと睡眠不足!昨日の配信2時まで見ちゃってさ〜!」
莉音は机をくっつけながら、スマホを構えた。
背景にはアイドルグループ《Lumi☆Tic》の集合写真。
眩しいライトと笑顔、キラキラの衣装。
「この真ん中の子が私の推し、美咲ちゃん!ライブだといつもセンターでね、笑顔がまぶしくて、でもMCのときめっちゃ噛むの!」
「噛むの?」
「そう、それが可愛いの!」
莉音が早口でまくし立てるたびに、悠真は少し引き気味に頷く。
「へぇ……その“噛む”のが……尊いの?」
「そう!! 完璧じゃないのがいいの!人間味っていうか、“努力してる”感じがさ〜」
悠真は考え込むように小さく首を傾げた。
「……なるほど。俺の推しは、完璧な方がいいけどな」
「完璧? 誰推しなんだっけ?」
「“セレスティア☆ミラージュ”のアリア。使命を背負って戦うタイプのキャラでさ。
毎話ちょっとずつ成長して、最後には……泣けるんだよ」
「ふむふむ。リアルで会える?」
「……いや、アニメだから」
「なるほど、会えないんだ」
「……そう。そこが、いい」
莉音が「?」という顔をする。
悠真は、少し照れたように続けた。
「現実にいないから、変わらない。
ずっと、理想のままでいてくれるっていうか……」
その言葉に、莉音が小さく笑った。
「そっか。悠真くんの“尊い”って、静かな尊さなんだね」
「……静かな尊さ?」
「うん。私のは、“うるさい尊さ”だから!」
そう言って笑いながら、机をばんっと叩く。
「推しが今日も生きててくれるだけで感謝!
噛んでも、転んでも、歌外しても、全部かわいい!
……ほら、もう尊くない!?」
「いや、勢いが強すぎて何も入ってこないんだけど」
「伝われ!!」
「伝わってない!」
ふたりの声が重なり、教室に笑いが響いた。
しばらくして、莉音が息を整えながら言った。
「ねぇ悠真くん、“好きなもの”を語るときって、誰かと話したくならない?」
「……ならない」
「即答!?」
「だって、誰も理解してくれないし」
「それでも話したいじゃん。“好き”って、見せびらかしたくならない?」
「……わかんないな。俺は一人で楽しむ派だから」
「そっか。でも――」
莉音が少しだけ真面目な声で言った。
「今日、悠真くんと話してて楽しいよ。
全然わかんない話ばっかだけど、“好き”が伝わってくるから」
その一言に、悠真の心臓が少しだけ跳ねた。
「……そういうの、言えるのすごいな」
「え?」
「“楽しい”とか“尊い”とか、すぐ口にできるの。
俺、そういうの苦手だから」
「ふふ、慣れだよ。推しを語ってると、恥ずかしさなんて消えるから!」
「……俺には一生無理かも」
「じゃあ練習しよ!」
「練習!?」
「うん!“推しを褒める練習”! 次の放課後、やるからね!」
そう言って莉音は満足そうに笑い、教室を出ていった。
取り残された悠真は、ため息をつきながらも――
口元が、少しだけ笑っていた。
(……面倒くさいけど。
なんか、悪くないかもな)
窓の外では、夕日がゆっくり沈んでいく。
その色は、莉音の笑顔みたいに、ちょっと眩しかった。
翌日の放課後。
悠真は教室に呼び出され、ため息をついていた。
「で、俺はなんでここにいるんだっけ」
「推しを褒める練習だよ!」
莉音はやる気満々で机に肘をつき、
手帳に「今日のテーマ:褒めて伸ばすオタク魂」と書き込んでいる。
「……いや、そんな練習いる?」
「いる!悠真くん、褒めベタすぎるもん!」
「アニメキャラ相手に褒める機会なんてないだろ」
「でも“好き”を言葉にしないと伝わらないんだよ?
私の推しなんて、コメントひとつで笑顔見せてくれるんだよ!」
「……現実じゃないからな」
「はい出た、陰キャ理論!」
莉音が笑いながら机をトントン叩く。
その音が、やけに心臓に響く。
「じゃあさ、試しに私の推しを褒めてみて!」
「え?」
「これ!」
彼女がスマホを突き出す。
画面には、例の地下アイドル《Lumi☆Tic》の美咲ちゃん。
キラキラ衣装にピースサイン。
「どう?可愛いでしょ?」
「……まぁ、可愛い、んじゃない?」
「“んじゃない?”じゃなくて、“可愛い!!”って言うの!」
「テンション違いすぎて無理」
「じゃあアリアちゃんでもいい!悠真くんの推しで練習しよ!」
莉音がノートを構えた。
「さぁ、どうぞ!」
悠真は少しだけ息を整えて、言葉を選ぶように口を開く。
「アリアは……努力家で。
失敗しても諦めないし……優しい。
でも、ただの“いい子”じゃなくて……信念がある」
いつになく真剣な声。
莉音はその表情に見とれて、ペンを止めた。
「……すご。
本気で語ると、声のトーン変わるんだね」
「え?」
「今、ちょっとドキッとした」
「やめろ」
「いや、褒めてるのに!」
莉音は笑いながら身を乗り出した。
「でもさ、今の“褒め方”、めっちゃ良かったよ。
なんかアリアちゃんが本当に生きてるみたいで」
「……そりゃ、見てきた時間があるからな」
「いいね、そういうの。愛がある」
「愛とか言うな」
「ははっ、照れた?」
「照れてない」
「照れた〜〜!」
莉音が勝ち誇ったように笑う。
悠真は耳まで赤くなり、目をそらす。
(なんなんだこの人……)
「よし、次は難易度アップ! “人間相手”に褒めてみよう!」
「は?」
「アリアちゃんみたいに、私を褒めて!」
「いや意味わかんないだろ!」
「練習!練習だから!」
「そんなの……」
悠真は顔をしかめながらも、莉音がキラキラした目で見つめてくるものだから、
逃げられない空気になっていた。
「……えっと……明るい、し」
「おお」
「……うるさいけど、まぁ……悪くはない?」
「雑!」
「褒めるの下手だって言ったじゃん!」
「はぁ〜もう!オタク失格!」
そう言ってぷくっと頬をふくらませる莉音。
その表情に、思わず悠真が小さく吹き出した。
「なに笑ってんの」
「いや……お前、ほんと表情コロコロ変わるな」
「え、褒めてる?」
「……たぶん」
莉音は一瞬きょとんとして、それから照れ隠しみたいに笑った。
「そっか。じゃあ今日は合格ってことで!」
「採点ゆるいな」
「オタク仲間には甘いの!」
そう言って、莉音は満足そうにノートをパタンと閉じた。
夕焼けの光が差し込む教室で、二人の影が並んで伸びる。
“通じない”はずの会話なのに、
不思議と今日は、話してて楽しかった。
悠真は窓の外を見ながら、小さく笑った。
(……次の放課後も、呼ばれてもいいかもな)
翌日。
昼休みの教室は、いつもより静かだった。
「……あれ、星野は?」
隣の席の女子が首をかしげる。
「風邪だって。朝、連絡きてたよ」
――風邪。
その言葉に、悠真の手が一瞬止まった。
弁当箱のふたを開けたまま、なんとなく食欲が湧かない。
(……別に、いなくても静かでいいだろ)
そう思ってスマホを開く。
でも、昨日までの放課後の声が、やけに耳に残っていた。
「“好き”って、言葉にしないと伝わらないんだよ!」
「照れてない!」
「照れた〜!」
彼女の笑い声。机を叩く音。
それがない教室は、なんだか色を失ったみたいに感じた。
「……めんどくさいな、俺」
自分で呟いて、苦笑する。
アニメの話なら何時間でもできるのに、
“人”のことを考えるのは、すぐに処理が止まる。
ポケットから、例の《セレスティア☆ミラージュ》のキーホルダーを取り出す。
アリアの笑顔が、どこか優しく見えた。
「……推しが笑うと嬉しい、か」
莉音が言ってた言葉を、ぼんやり思い出す。
アリアの“笑顔”を見て元気をもらう自分と、
莉音が“推しの配信”を見て泣く気持ち。
違うようで、同じなのかもしれない。
(……まぁ、ちょっとだけ、元気出せって言ってやるか)
そう呟いて、悠真はスマホを開いた。
クラスのグループLINEを探して、星野莉音の名前を見つける。
けれど――
いざメッセージ欄を開いた瞬間、手が止まった。
「……何て送ればいいんだ、こういうの」
“お大事に”
……いや、硬い。
“早く治せよ”
……上から目線っぽい。
“ライブ配信見て寝ろ”
……いやなんで命令口調。
数分悩んだ末、出した結論は。
「……無理」
結局、何も送れなかった。
でも、ポケットの中でスマホを握る指に、
少しだけ温かさが残った。
その日の帰り道。
コンビニの入り口で、ふと目に入ったものがあった。
アイドル雑誌の表紙。
そこには、《Lumi☆Tic》の特集記事。
莉音の推し、美咲ちゃんが笑っていた。
悠真は思わず、そのページを開く。
「“ファンの言葉が、明日を頑張る力になります”」
というコメントが載っていた。
ページを閉じて、ひとり呟く。
「……そういうの、ちゃんと伝えとけばよかったな」
外はもう夕暮れ。
橙色の光が街を包む。
その空の下、
二人の“オタク”は、別々の場所で、
同じように“好き”を思い浮かべていた。
――違う世界のオタクだけど、
“誰かを想う気持ち”だけは、たぶん同じなんだ。
【第一話・完】
第一話読んでくださりありがとうございマース!




