プロローグ
死ぬ。
どう考えても死ぬ。
そんな状況だった。
「グギャッ!...ギャギィ!」
子供のような体躯に老人の様な顔。
緑色の皮膚と黄ばんだ瞳。
それはゲームやアニメで見た事のある、【ゴブリン】そのものだった。
「...ギャッギャ!...ギャガガッ!?」
明るい時間なら森に入っても大丈夫か、なんて考えたのが間違い。
果物やキノコでも採れれば、なんて深入りしたのが大間違い。
視界を遮る木立を避けた時、水辺で屯しているゴブリン達と目が合ってしまったのだ。
数は5体。
その全員が棍棒や錆びた短剣などで武装していた。
対してこちらは素手。
ゴブリン達の足元に転がる兎は一抱えもあるサイズで、頭には角も生えていた。
そんな化け物兎が殴殺されていたのだ。
すぐに分かった。
少なくとも素手でどうにかなる相手では無いと。
俺は走った。
今まで生きてきた中で間違いなく1番の全速力で走った。
「ギッギッ!ギギギャ。」
迷いなく俺を追ってくるゴブリン達。
幸い...と言うには楽観が過ぎるが、俺とゴブリンの走る速度はほぼ同じで、すぐに追いつかれるという事は無かった。
だが言い換えれば、距離を離すことも出来ないという事だ。
うろ覚えながらも来た時と同じルートを逆戻りしてどうにか森から脱出すると、背後から聞こえて来る気色の悪い声がどんどんと近付いて来る。
「...ッ!クッソ!!」
俺のアドバンテージは手足の長さだった。
ゴブリン達より長い手足のおかげで、木立を避け、倒木を飛び越える度に距離を稼げていたのだ。
森から出てしまえば障害物も無く、俺のアドバンテージが死ぬ。
森から俺のボロ小屋までは、障害物がろくに無い平地だ。
このままでは追いつかれる。
と、その時。
《【トマト】は【魔トマト】へと進化しました。》
脳内に流れたメッセージで、今朝収穫したトマトの存在を思い出した。
進化とやらはよく分からないが、とりあえず...
「ぐっ!...こんのッ!これでも食ってろ!!【保管庫】【取り出し】【魔トマト】っ!!」
アイツらの目的は俺を殺して食うことだろう。
だったら代わりの食料をくれてやる。
半ばヤケになりながらもそう判断した俺は、何も無い空間からトマトを出現させた。
バスケットボール程の大きさがあるトマトは、俺の目の前でボトンっと音を立て地面に落下した。
???
収穫した時は普通サイズのトマトだったはずだが...
「グギャ?」
ゴブリン達は一瞬足を止めかけたが、「これは逃げないもの」と即座に判断して、俺への追跡を続けた。
「おいおい、せっかく人が好意でくれてやったんだからちょっとは興味持てよ!手に取れよ!食ってろよォ!!」
「ギャキャキャッ!」
足止めは失敗。
誰かが助けに来てくれない限り俺は死ぬ。
死の恐怖に足が止まりそうになるも、どうにか振り絞った気力で走り続ける。
そこで、異変が起きた。
ゴブリンが地面に落ちた巨大トマトの脇を通り過ぎようとしたその時...
ガパッ。
トマトが2つに割れたのだ。
「...グルルルゥ!!」
その割れ目からはナイフの如き鋭利さを持つ、白い歯が覗いていた。
「グルッグルゥ!」
「ギャキャキャッ!?」
トマトは獣のような声を発しながらゴブリンへと食らいつく。
1体目のゴブリンの頭を一呑みにすると、そのまま次へ。
「ギャッ!?」
「ギギ...ッ!」
「グギィ!!」
瞬く間に4体のゴブリンを噛み殺し、残るは1体のみとなってしまった。
「...え?は?な、なにが...??」
呆然と立ち尽くす俺には目もくれず、最後のゴブリンは森へと引き返すべく慌てて駆け出す。
「ギーギィー!ギギィ!!」
「...グルゥ。」
こちらをチラチラと見ながら走るゴブリンに対し、巨大トマトはその口を大きく開け、ゆっくりとゴブリンの方を向く。
そして次の瞬間。
ボッ!
という音がしたかと思うと、トマトは轟々と燃える火球を吐き出した。
火球は一直線に進み、瞬く間にゴブリンを呑み込み、炸裂する。
「ギギギャアァァァアアアッ!!」
耳障りな絶叫を上げ、ゴブリンは一瞬で炭と化したのだった。
「グルルゥ。」
「......。」
混乱の極地にいる俺とは対称的に、トマトは何処か機嫌が良さそうにこちらへと近寄ってきた。
あまりの事態に1歩も動けずにいる俺の足元まで来ると「撫でろ」とでも言うかのようにその身体を擦り付けて来る。
口にはゴブリンの体液が滴り、最後の攻撃の名残りなのかその身体は少し暖かい。
「アイツ...なんてもの育ててんだよ。」
この化け物の生産者にはとりあえずこう報告しよう。
今朝採れたトマトが火を吹いたんですが、と。
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